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北欧美術

2026年4月15日 (水)

チュルリョーニス展 内なる星図・・・生のすべては、芸術という永遠にして無限、そして全能なる祭壇の上で燃え尽きる。

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第427回
虹始見(にじはじめてあらわる)、七十二候の第十五候の季節(略本暦による呼び名)。清明の末候となり、「雨の後に虹が出始める」中国(宣言暦)七十二候。虹始見、幸運の扉が開く、幸運の女神、美の女神が現れる。美の使徒、天道の使者、純粋な魂、美しい魂と美しい肉体を持つ者を如意輪観音が救う。
「僕たちの生のすべては、芸術という永遠にして無限、そして全能なる祭壇の上で燃え尽きる」チュルリョーニス
大国の影として属する人質国家、陽炎のように儚く、陽炎のように燃え尽きる。
ロシア帝国の支配下にあったリトアニアは、18世紀から20世紀、属国に甘んじ、国民を人質に、利権階級が私利私欲を貪る。
紀元前15世紀、エジプト新王国、トトメス3世、ミタンニ王国と戦い、ヌビアのクシュ王国を保護することにより金(防衛費)を獲得。永禄12年(1569)、織田信長、豊臣秀吉を派遣、堺の会合衆に矢銭2千貫(防衛費)、要求。
ペルシア帝国と戦い、帝国の奴隷になることを拒んだアテナイ、「ギリシア人は奴隷とならない」アイスキュロス『ペルサイ』。
テーバイの人質フィリッポス2世は、アテナイが哲学者が理念を教えていたのを知り、アリストテレスをアレクサンドロスの師に迎える。【アレクサンドロス大王、東方遠征(紀元前334年~紀元前323年)】マケドニア軍3万8000の兵士を引き連れ、【グラニコス川の戦い(紀元前334年)】にてペルシアの小アジアの防衛軍を撃破。この勝利により、小アジア全域を征服する足がかり。【紀元前333年、イッソスの戦い】ペルシアの王ダレイオス3世と対峙。ダレイオス3世は10万の大軍を率いて対抗、アレクサンドロスは天才的な戦術によって勝利を収めた。ダレイオスは逃亡。ティルスやガザなどが反抗し、この地域を征服、エジプトに進出。エジプトではペルシア支配に対する不満が高まり、無血でエジプトを征服。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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オリバー・ストーン、日本はかつて持っていた主権を持っていない。帝国の衛星国家(Hostile State)、人質を取られた国である。主権の欠如: 日本は、かつて持っていたような真の主権を持っておらず、米国の「同盟国」ではなく、実質的に「衛星国」または「人質を取られた国」であると指摘。
オリバー・ストーン監督は、日本がおかれた状況の最大の理解者。
「偉大で素晴らしい文化を持つ日本には、ひとつだけ問題がある。日本は自らの国家主権を持たない国、アメリカの従属国、いわば人質なのです」(News23 2017年1月19日)
http://dailymotion.com/video/x58y7zi
https://www.huffingtonpost.jp/foresight/snowden-movie-interview_b_14787326.html
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リトアニアを代表する芸術家、ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス(1875-1911)。祖国リトアニアにおける生誕150周年の祝賀ムードを引き継いで開催される本展は、日本では34年ぶりの回顧展。国立M. K. チュルリョーニス美術館が所蔵する主要な絵画やグラフィック作品、約80点を紹介します。人間の精神世界や宇宙の神秘を描いた幻想的な作品の数々のうち、謎に包まれた最大の代表作《レックス(王)》が日本で初公開。また、音楽形式を取り入れた連作や、自身の手になる楽譜、展示室に流れる旋律をとおして、優れた作曲家でもあった画家の個性と感性を体感していただきます。2000年以降、オルセー美術館(パリ)をはじめヨーロッパ各地で展覧会が開催されるなど再評価の機運が高まるチュルリョーニスの世界をぜひご堪能ください。
Mikalojus Konstantinas Čiurlionis
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス
絵画と音楽というふたつの領域で類まれな才能を示し、35歳の若さで亡くなるまでのわずか6年ほどの画業で、300点以上もの作品を手がけました。世紀末のアール・ヌーヴォーや象徴主義、ジャポニスムといった国際的な芸術動向に呼応しつつも、作曲家ならではの感性と、当時ロシア帝国の支配下にあったリトアニア固有のアイデンティティに根差した作品群は、唯一無二の個性を放っています。
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【担当学芸員の解説、朝倉南】報道内覧会
日本では34年ぶりの大回顧展となる本展は、祖国リトアニアにおけるチュルリョーニス生誕150周年(2025年)の祝賀ムードを引き継いで開催される。現存する作品の大部分を所蔵する国立M.K.チュルリョーニス美術館(カウナス、リトアニア)の全面協力のもと、厳選された約80点の絵画やグラフィック作品が来日した。謎に包まれた代表作《レックス(王)》をはじめ、日本初公開の作品が複数含まれる。担当学芸員は朝倉南(国立西洋美術館研究員)。
朝倉南(国立西洋美術館研究員)
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展示はテーマごとに区切った全3章とプロローグ、エピローグから構成されており、短くも濃密な画業の軌跡をたどることができる。プロローグではまず、画業の出発点を紹介する。
オルガン奏者の父を持ち、幼い頃から音楽の才能を示したチュルリョーニスは、18歳のときに作曲を学ぶためポーランドのワルシャワ音楽院に入学。さらにドイツのライプツィヒの音楽院で学んだのち、1902年頃から絵画の道を本格的に志すようになる。絵画制作に集中的に取り組んだのは1903年頃~1909年の6年ほどのことだ。
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 森の囁き 1904
作家は、1904年の春に新たに開校したワルシャワ美術学校に入学した。初期作品の大部分は失われており、ここで展示されている《森の囁き》(1904)は数少ない現存する作品のひとつ。暗い森の中で立ち並ぶ木々の上に、かすんだ人の手が浮かび上がる。木立と竪琴の弦、森のざわめきと竪琴の音色を重ね合わせたこの作品には、絵画と音楽、視覚的なものと聴覚的なものの融合というテーマがすでに見てとれる。

第1章「自然のリズム」
生命の本質、自然の動的な移ろいを描く
第1章「自然のリズム」では、チュルリョーニスが描いた自然の表現を紹介している。
ワルシャワを拠点にしながらも、祖国リトアニアの豊かな自然はチュルリョーニスにとって創造の源であり続けた。1905年のコーカサス地方への旅で壮大な山々に触れたことも、自然の力への眼をさらに開かせた。雪に覆われた山がひとつの塊のようにダイナミックに描かれた《山》(1906)は、その旅で得た印象をもとに制作された作品だ。
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 山 1906
本章ではエッチングの作品も展示。左から、《庭(噴水)》(1905/06)、《雪に埋もれた小屋(冬)》(1905)
ただし、ここに並ぶ作品群は、いわゆる写実的な風景画とは異なっている。チュルリョーニスの絵画作品に地誌的な風景表現はほとんど存在せず、作家が関心を抱いたのは、自然の「動的な移ろい」だったという。担当学芸員の朝倉は、「自然の内部に流れるリズムや生命の循環そのものを、抽象的、時には擬人的にとらえて、そこに叙情性や象徴性を与えている」と説明する。
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 春 1907
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 夏 1907
雪解けの大地、芽吹く若葉など、春の自然を題材とした作品群や、連作《冬》(1907)は、そうした自然のリズムへの関心が結実したもの。
8点から成る《冬》では、生命の象徴である樹木が様々なかたちで変奏され、雪が降りしきる情景から生と死の対比、燭台のように描かれた樹木を経て、雪片が幾何学的な星や矩形となった抽象的な風景へと変化していく。同時代の作家が冬の静謐でメランコリックな側面に着目したのに対し、チュルリョーニスは自然の内なる力を可視化したという。
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《冬》(1907)の展示
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 冬VIII[8点の連作より] 1908
また《閃光》(1906)では、光の群れの移ろいとともに「門」のモチーフが登場する。現実と幻想、此岸と彼岸を隔てながら結びつける通過点の象徴として、門はチュルリョーニスの絵画に繰り返し現れる。
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《閃光》(1906)の展示

「交響する絵画」
音楽の構造を絵画の構造に取り入れた《フーガ》《ソナタ》
「交響する絵画」は、チュルリョーニスを近代美術史における独創的な作家に位置付ける特徴である「絵画と音楽の融合」に焦点を当てる。作家がこのテーマに集中的に取り組んだのは1907年から09年にかけて。当時は同時代の多くの芸術家が絵画と音楽の融合に取り組んだが、チュルリョーニスの最大の特徴は、音楽の構造を絵画の構造に取り入れようとしたこと。ここで紹介される作品は、フーガ、ソナタといった音楽用語を作品タイトルに冠している。
《プレリュード》《フーガ》(1908)の2連画では、未完の《プレリュード》が導入となり、水面に映るモミの木の変奏が描かれた《フーガ》へとつながる。フーガは複数の声部で主旋律が展開される多声音楽の一形式だが、水平に分割された画面に描かれたモミの木の層は複数の声部に該当し、多声の共鳴を想起させる構図になっているという。離れて見てみると、線を成す木のシルエットが、音符の連なった楽譜のようにも感じられる。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス、二連画《プレリュード、フーガ》(1908)
いっぽうのソナタは3、4つの複数の楽章から構成される音楽形式。チュルリョーニスはソナタ形式を取り入れた作品を7点制作しており、本展ではうち3点《第3ソナタ(蛇のソナタ)》《第5ソナタ(海のソナタ)》《第6ソナタ(星のソナタ)》(いずれも1908)を展示している。

薄い緑のモノトーンで統一された連作《蛇のソナタ》は、「アレグロ」「アンダンテ」「スケルツォ」「フィナーレ」の4楽章から成る。蛇はリトアニアの神話や民間信仰で神聖視される存在であり、家に豊穣をもたらすとして人々のあいだでも大切に飼われていたという。蛇の体が蛇行、水平、垂直とかたちを変え、フィナーレに向けて楽章は場面を展開させていく。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《第3ソナタ(蛇のソナタ》(1908)、左から「アレグロ」「アンダンテ」「スケルツォ」「フィナーレ」
《海のソナタ》は「アレグロ」「アンダンテ」「フィナーレ」の3点から構成。輝く泡の粒がリズムを作り出す「アレグロ」から、涙のように泡の粒が落ち、下から大きな手が伸びる神話的な「アンダンテ」へと移り、「フィナーレ」では葛飾北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》を参照したとされる、大きな波で劇的に締めくくる。なお《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》は、隣の展示室で同時開催されている「北斎 冨嶽三十六景 井内コレクションより」展で見ることができる。
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《第5ソナタ(海のソナタ》(1908)、左から「アレグロ」「アンダンテ」「フィナーレ」
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《第6ソナタ(星のソナタ》(1908)、左から「アレグロ」「アンダンテ」
本章ではチュルリョーニス作曲の交響詩「海」が展示室に流れ、「絵画と音楽の融合」をより立体的に感じられる。

民族の記憶と精神世界の旅
第3章「リトアニアに捧げるファンタジー」は、チュルリョーニスの作品において重要な要素であったリトアリアの民族性がテーマ。
ロシア帝国支配下で民族解放運動が高まる1900年代のリトアニアで、チュルリョーニスは「リトアニア美術展」を組織した最初のメンバーになるなど、この運動に積極的に関わった。彼は祖国に息づく民話や民謡、民芸などの民衆文化の再評価こそがリトアニア固有の芸術様式の構築に不可欠であると考え、しばしばそれを作品の着想源とした。
たとえば《リトアニアの墓地》(1909)に描かれた十字架はその象徴だ。リトアニアでは、自然崇拝を現す記念柱や祈りの場が古くから存在し、その伝統とキリスト教の象徴が融合して民間信仰となった。ロシア帝国支配下では十字架制作が伝統的な民族アイデンティティの象徴として弾圧の対象にもなったが、それゆえに民族独立の象徴的なイメージとしても広がった。本作では、緑の背景にリズミカルに浮かび上がる十字架のシルエットと上空の北斗七星が、民族的な記憶と結びついた精神的な風景を表している。
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス リトアニアの墓地 1909
また深い緑で故郷近くの谷間を描いた3連作《ライガルダス》は、完成されたチュルリョーニスの絵画作品としては唯一の地誌的な風景画だが、この地に古来から伝わる民間伝承に関係しているという。
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 三連画《ライガルダス》(1907)
本章では、「リトアニア美術展」のカタログ表紙や、活動家で作家の妻ソフィヤ・キマンタイテと共著したエッセイ集のための表紙デザイン、頭文字のヴィネット(本文を飾る装飾図案)など、チュルリョーニスが手がけたグラフィック作品の数々も見どころだ。リトアニアの自然や伝統、文化と結びついた装飾的なモチーフが緻密に描かれている。
ソフィヤ・キマンタイテ=チュルリョーニエネ著『リトアニアにて』(1910年出版)のための表紙デザイン(1909)
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 頭文字のヴィネット 1908
オペラ「ユラーテ」の舞台背景のための下絵 1908
チュルリョーニスはこの時代、神智学や天文学といった国際的な思想潮流にも関心を寄せており、人間の精神世界や宇宙の神秘をめぐる幻想的な作品を多数制作した。1907年以降は童話や民間伝承の語りの構造を主題とした「おとぎ話」をタイトルに含む独自の形式を確立し、魔法の世界や王、王女、騎士、旅、道といった典型的なモチーフを取り入れた物語性のある作品を手がけた。
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス おとぎ話(城のおとぎ話) 1909
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス おとぎ話(王たちのおとぎ話) 1909
オレンジの明るい色彩と、見下ろすような視点で描かれた階段状の祭壇が目を引く《祭壇》(1909)は、祭壇の壁面に8つの場面が描かれ、下から上へ物語が展開していく。下の段に小さく描かれた騎士の旅が、人間の精神の旅を表していると見られている。展覧会のメインヴィジュアルに採用されたこの作品は日本初公開。実際に見てみると想像よりも小型の作品で、だからこそ細部に込められた象徴性の密度に引き込まれる。
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 祭壇 1909

火・水・大地・大気を描く、最大の野心作《レックス(王)》
展覧会を締めくくるのは、こちらも日本初展示となる《レックス(王)》だ。大きなキャンバス作品を展覧会に出品すべく制作された本作は、チュルリョーニス作品のなかで唯一1mを超える最大の絵画作品にして、「最大の野心作」(朝倉研究員の説明)。
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス レックス(王) 1909
「王」は初期から一貫して取り組んだ主題のひとつだ。ここでも象徴的なモチーフが無数に描かれているが、最下部の水面から、炎をあげる祭壇、木々が立ち並ぶ地平線、天に浮かぶ太陽と月へと、画面は多層的な構造を重ねていく。火・水・大地・大気という四大元素が揃い、世界の構成要素がひとつの画面に凝縮されている。その中心に透明に浮かび上がる「王」の姿が、各層を貫くようにそびえ立っている。
本作は、ロシア芸術界の重鎮アレクサンドル・ベヌアの絶賛を受けたが、チュルリョーニス自身はそれを知ることはなく、過酷な制作活動や伴わない名声に傷つき心身を病んでいった。そして1911年4月10日、35歳でその生涯を閉じた。

チュルリョーニス展会場
音楽と絵画の融合を探究し、リトアニアのアイデンティティと精神的な象徴性に満ちた唯一無二の作品群を残したチュルリョーニス。生涯で手がけた作品数が300点超であることを考えると、そのうち約80点が一堂に会する本展は貴重である。
――
展示作品の一部
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《リトアニアの墓地》1909年、テンペラ/厚紙、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵
《ライガルダスⅠ[三連画「ライガルダス」より]》、《ライガルダスⅡ[三連画「ライガルダス」より]》、《ライガルダスⅢ[三連画「ライガルダス」より]》 いずれもミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 1907年
《フーガ[二連画「プレリュード、フーガ」より]》1908年
《ライガルダスⅠ[三連画「ライガルダス」より]》、《ライガルダスⅡ[三連画「ライガルダス」より]》、《ライガルダスⅢ[三連画「ライガルダス」より]》 いずれもミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 1907
《レックス(王)》1909年、テンペラ/カンヴァス、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵
《「第6ソナタ、星のソナタ、アレグロ」1908年》
《第五ソナタ(海のソナタ):フィナーレ》1908年
《森の囁き》1904年
おとぎ話(王たちのおとぎ話)》1909年
――
★★★★★
参考文献
チュルリョーニス展 内なる星図・・・生のすべては、芸術という永遠にして無限、そして全能なる祭壇の上で燃え尽きる。
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-9f1e4f.html
「北斎 冨嶽三十六景 井内コレクションより」国立西洋美術館・・・神奈川沖浪裏、凱風快晴、赤富士、青富士、山下白雨
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-4d1d99.html
仏教美術の源流 ガンダーラ 1世紀から5世紀のガンダーラ美術、アレクサンドロス大王

http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2025/04/post-388540.html
仏教2500年の旅 仏陀入滅、アレクサンドロス大王、瑜伽行唯識学派、密教
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2023/08/post-d241f1.html
エジプト新王国、紀元前16世紀~紀元前11世紀
https://www.y-history.net/appendix/wh0101-041.html
――
★★★★★
チュルリョーニス展 内なる星図
2026年3月28日[土]-6月14日[日]
国立西洋美術館 [東京・上野公園] 企画展示室B2F

2026年2月 2日 (月)

「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」・・・夜明け前と黄昏時、青い光が漂う時間

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第418回

夜明け前と日没前、青い光が辺り一面に漂う時間帯、スウェーデンの地平線の美
沈む太陽が地平線を赤く染める黄昏時、妖精が住む世界
――
ニルス・ブロメール《草原の妖精たち》1850年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵。
夜明け前と日没前、青い光が辺り一面に漂う時間帯、スウェーデンの地平線の美
沈む太陽が地平線を赤く染める黄昏時、妖精、トロル、トムテ(小人)が存在する世界。スウェーデン国王グスタヴ・ヴァーサが建設したクリップスホルム城が建つ。
グスタヴ・アンカルクローナ「太古の時代」1897、
昇る朝日が地平線を赤く染め、夜明け前と日没前、青い光が辺り一面に漂う時間帯、
アウグスト・ストリンドバリ《ワンダーランド》1894年 油彩、厚紙 スウェーデン国立美術館蔵
エウシェーン王子《静かな湖面》1901年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵
北欧の美術、デザイン、木造の家への関心が世界的に高まっている。
「ヒルマ・アフ・クリント展」2025、「ウィルヘルム・ハマスホイとデンマーク絵画」2020、「北欧の神秘」2025、「ムンク展 共鳴する魂の叫び」東京都美術館2018
スウェーデン絵画の根源にある、世界観、美意識とは何か。
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3人の画家の家 一生住む家、700年の家
アンデシュ・ソーン《故郷の調べ》1920年、13世紀の家を購入、アトリエして一生住む。
ブリューノ・リリエフォッシュ《カケス》1886年、故郷ダーラナ地方、島の家に自然と共生する。
カール・ラーション《カードゲームの支度》1901年、カール・ラーション(1853-1919)。1888年カーリンの父から譲り受け、妻のカーリンとともに改装した家、アトリエして一生住む。(「スウェーデン国立美術館、スウェーデン絵画のABC」)
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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■展示作品の一部
ニルス・ブロメール《草原の妖精たち》1850年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Cecilia Heisser / Nationalmuseum
エードヴァッド・バリ《夏の風景》1873年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Nationalmuseum
カール=フレードリック・ヒル《花咲くリンゴの木》1877年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Erik Cornelius / Nationalmuseum
ブリューノ・リリエフォッシュ《カケス》1886年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Cecilia Heisser / Nationalmuseum
アンデシュ・ソーン《故郷の調べ》1920年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵Photo: Viktor Fordell / Nationalmuseum
カール・ラーション《カードゲームの支度》1901年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Anna Danielsson / Nationalmuseum
アウグスト・ストリンドバリ《ワンダーランド》1894年 油彩、厚紙 スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Erik Cornelius / Nationalmuseum
グスタヴ・フィエースタード《冬の月明かり》1895年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Hans Thorwid / Nationalmuseum
エウシェーン王子《静かな湖面》1901年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Anna Danielsson / Nationalmuseum
ニルス・クルーゲル《夜の訪れ》1904年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Nationalmuseum
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■参考文献
「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」・・・夜明け前と黄昏時、青い光が漂う時間
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/02/post-bb0912.html
ヒルマ・アフ・クリント展・・・霊界を旅する者

http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2025/04/post-0489b5.html
「ムンク展 共鳴する魂の叫び」2018・・・波瀾の画家、月光が輝く海と女
https://bit.ly/2Jw3pTO
マスホイとデンマーク絵画展2020・・・背を向けて佇む女、憂いを帯びる世界、だれもいない部屋
https://bit.ly/2RNIUq8
ヴィルヘルム・ハンマースホイ、静かなる詩情・・・陽光、あるいは陽光に舞う塵2008
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-f259.html
「北欧の神秘 —ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」(SOMPO美術館)レポート。知られざる北欧美術の世界に没入する。
3月23日~6月9日、新宿のSOMPO美術館で開催。北欧3ヶ国の協力のもと、日本では過去最大規模となる約70点の作品が公開。北欧絵画の見どころを解説しながらレポートする。
https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/sompo-museum-magic-north-report-202403
――
ヨーロッパトウヒ. 商品名, グレゴリアーナ. 学名, Picea Abies'Gregoryana'. 別名. 科名, マツ科トウヒ属. 原産地. 植物分類, 樹木、コニファー類.
https://www.komeri.com/contents/flower/list/yo_001.html
ドイツ・トウヒ
ヴィゴ・ヨハンスン《きよしこの夜》1891年ヒアシュプロング・コレクション蔵
ハマスホイとデンマーク絵画展・・・背を向けて佇む女、憂いを帯びる世界、だれもいない部屋
https://bit.ly/2RNIUq8
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スウェーデン、3人の画家の家。
カール・ラーション、1888年ダーラナ地方の妻カーリン父から譲り受け、家に引っ越し、多くの絵を描く。《カードゲームの支度》1901。
アンデシュ・ソーン、ダーラナ地方の13世紀の家を手に入れ、アトリエにし、そこに住んだ。アンデシュ・ソーン《音楽を奏でる家族》1905、
ブッリューノ・リリエフォッシュ、ダーラナ地方の家のアトリに住む。《カケス》1887。
――
プレスリリースより
ヨーロッパ北部、スカンディナヴィア半島に位置する国スウェーデン。本展は近年世界的に注目を集める、スウェーデン美術黄金期の絵画を本格的に紹介する展覧会です。
スウェーデンでは、若い世代の芸術家たちが1880年頃からフランスで学び始め、人間や自然をありのままに表現するレアリスムに傾倒しました。彼らはやがて故郷へ帰ると、自国のアイデンティティを示すべくスウェーデンらしい芸術の創造をめざし、自然や身近な人々、あるいは日常にひそむ輝きを、親密で情緒あふれる表現で描き出しました。

本展はスウェーデン国立美術館の全面協力のもと、19世紀末から20世紀にかけてのスウェーデンで生み出された魅力的な絵画をとおして、自然と共に豊かに生きる北欧ならではの感性に迫ります。
――
第1章 スウェーデン近代絵画の夜明け
スウェーデンでは、北欧諸国のなかでは早い時期にあたる1735年に王立素描美術アカデミーが創立され、1768年には王立美術アカデミーに改称、フランスにならった伝統的な美術教育が行われていました。19世紀半ばになると、風景画制作において先進的であったイタリアやドイツへ赴く画家たちが現れます。とりわけドイツのデュッセルドルフでは、美術アカデミーにおいて風景画の特別授業が行われ、ロマン主義的な荒々しくも崇高な自然の姿を描く画風が好まれました。1850年にストックホルムでその一派を紹介する展覧会が開催されたことも一つの契機となり、スウェーデンをはじめとする北欧出身の多くの芸術家たちがこの地に心惹かれました。一方で、少しずつ確実に、スウェーデンという自国を見つめる目がうまれていたことも事実でした。
ニルス・ブロメール《草原の妖精たち》1850年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Cecilia Heisser / Nationalmuseum
ニルス・ブロメール(1816-1853)は、19世紀半ばに活動した、スウェーデン独自の芸術の確立を目指した最初の画家で、北欧の古代神話や伝説に基づく作品を主題としました。本作は四季を表す連作の一枚として構想され、黄昏時の草原で「春」を表す妖精たちが手を取り合って踊っています。遠くに見える城はスウェーデンに実在する城であることから、この絵の舞台がスウェーデンであることを示しています。北欧の古代神話への関心や黄昏時の光の描写は、次の世代のスウェーデンの画家たちが探求していく方向性をはらんでいるといえるでしょう。
エードヴァッド・バリ《夏の風景》1873年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Nationalmuseum
エードヴァッド・バリ(1828-1880)はデュッセルドルフで風景画を学び、帰国後の1858年にスウェーデン王立美術アカデミーに風景画科を新設、スウェーデンの風景画の指導的立場を担いました。バリは次第にデュッセルドルフ派の荒々しくドラマティックなロマン主義的な画風から距離を置き、本作のように「スウェーデン的な風景」、つまりスウェーデン中部の湖水地方の清新な空気に満ちた穏やかな夏の風景を描くことで人気を博しました。

第2章 パリをめざして―フランス近代絵画との出合い
1880年代にスウェーデン美術は劇的な変化を遂げます。王立美術アカデミーの時代遅れの教育法に不満を抱いていた若い世代の芸術家たちは、新しい表現や価値観、そして専門的な指導を受ける機会を求めて、フランスのパリへと向かいました。当時のパリでは、伝統に反旗を翻す印象派などの新しい表現が広まりつつありましたが、スウェーデンの芸術家たちが特に魅了されたのが、人間や自然のありのままの姿を見つめ、確かな描写力で伝えるレアリスムや自然主義的な表現でした。
とりわけフランスの画家ジュール・バスティアン=ルパージュを手本としたスウェーデンの画家たちは、素朴で情緒あふれるその手法を貪欲に吸収し、都市に生きる人々や労働者、目の前に広がる光景をみずみずしく明るい光の下に描き出しました。
カール=フレードリック・ヒル《花咲くリンゴの木》1877年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Erik Cornelius / Nationalmuseum
カール=フレードリック・ヒル(1849-1911)は、印象派に深い理解を示した画家です。1870年代にフランスに滞在したヒルは、カミーユ・コローなどバルビゾン派や印象派との出会いを通じて明るく澄んだ色彩を用いるようになりました。本作は彼が1877年春にセーヌ河畔のボワ=ル=ロワに滞在していた際に制作されたものです。この町でヒルは短い花の盛りに十数点の果樹の絵を描きました。満開の白いリンゴの花を照らす穏やかな光と、それを包み込む大気を素早くも確かな筆致で捉えています。
アーンシュト・ヨーセフソン《少年と手押し車》1880年 油彩、板 スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Nationalmuseum
本作はアーンシュト・ヨーセフソン(1851-1906)にとって転換点となる時期に描かれました。前年にパリを訪れ、自然光の中で明るい色彩を用いて描く外光派の作品に触れたことが契機となり、本作に見られるように彼の作品も明るい自然主義的なものへと移行しました。フランスの新しい潮流に触れたヨーセフソンは、旧態依然とした美術アカデミーに対して新たな芸術の創造を目指す「オポネンテナ(Opponenterna:反逆者たち)」と呼ばれる若手の芸術家グループの中心人物となりました。

第3章 グレ=シュル=ロワンの芸術家村
19世紀の絵画芸術におけるリアリズムを実践する方法のひとつに、戸外での制作がありました。バルビゾンに集い戸外制作を実践していたコローやミレーにならい、フランスのいくつかの地域には北欧の芸術家たちのコロニー(共同体)が形成されました。なかでも1880年代前半、スウェーデン出身の芸術家たちが拠点としたのは、パリの南東約70キロに位置するグレ=シュル=ロワンです。
この村にはスウェーデンの画家だけではなく、各国からも芸術家が集まり、のちに日本人画家の浅井忠や黒田清輝も滞在しました。スウェーデンの画家たちは夏のあいだこの素朴で穏やかな田舎町に身を置き、田園生活を送りながら牧歌的な情景を淡く透明感のある色彩で描きました。
ブリューノ・リリエフォッシュ《カケス》1886年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Cecilia Heisser / Nationalmuseum
動物画家であるブリューノ・リリエフォッシュ(1860-1939)は、自然環境と野生動物のかかわりに関心を寄せ、鋭い観察眼と構成力でその姿を描きました。本作ではカケスが仲間を追って飛び立つ直前、周囲を見回す一瞬の動きを捉えています。彼は、動物の生存戦略のひとつである、環境へ擬態する姿を好んで描きました。

第4章 日常のかがやき―“スウェーデンらしい”暮らしのなかで
1880年代の終わりころになると、フランスで制作していた多くのスウェーデンの芸術家たちは、それぞれの故郷に戻っていきます。その一因には、都会の喧騒に疲れ、郷愁の念が高まったことが挙げられます。
しかし、最大の理由は、フランスでの経験を経た芸術家たちの心に、「スウェーデンらしい」新たな芸術を作り出したいという希望が芽生えたことにあるでしょう。彼らはスウェーデンに戻ると、自らのリアルにほかならないスウェーデンの日常の暮らしや身近な人の姿にまなざしを向け、その飾らない様子を親しみやすい表現で描きました。また、近代化の影で失われつつある、スウェーデンの伝統的な民俗文化を主題とする芸術家も現れましアンデシュ・ソーン《故郷の調べ》1920年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵Photo: Viktor Fordell / Nationalmuseum
アンデシュ・ソーン(1860-1920)は、国際的に最も成功を収めた北欧の画家の一人です。1896年にパリから、スウェーデン中部に位置する故郷ダーラナ地方へ戻り定住すると、この地に住む人々や失われつつある伝統的な民俗文化に目を向けました。最晩年に制作された本作には、ダーラナ地方の民俗衣装を身にまとい、リュートを奏でながら歌う女性の気高い姿が描かれています。
カール・ラーション《カードゲームの支度》1901年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Anna Danielsson / Nationalmuseum
スウェーデンの国民的画家として知られるカール・ラーション(1853-1919)。彼が妻のカーリンとともに改装した家と、そこでの家族の暮らしを描いた水彩画は、画集として広く一般に親しまれました。本作では、奥の居間で大人たちが当時流行したカード遊び「ヴィーラ」を始めるのでしょう、ダイニング・ルームではカーリンがゲームの合間に楽しむ酒類を準備しています。テーブルの左端に座るのは夫妻の子どもであるブリッタとチャシュティです。暗く凍てつく冬の戸外とは対照的に、オイルランプとろうそくの灯りが家庭の温かく幸福な情景をやさしく照らし出しています。

第5章 現実のかなたへ―見えない世界を描く
フランスから帰国したスウェーデンの画家たちのなかには、目の前の事物を客観的に描写することよりも、自身の感情や気分を表現することに次第に関心を寄せるようになった者たちもいました。
こうした動きは、近代化とともに発展した科学や合理主義への反動と見ることができ、同時代のヨーロッパ各地で展開された象徴主義の流れとも呼応しています。彼らは絵画の主題として、自国スウェーデンにまつわる宗教や文学、歴史、寓話などを取り上げ、目に見えない内面的な世界を象徴的に示そうとしました。風景画においても、画家自身の主観やスピリチュアルな雰囲気を醸し出すような表現が生み出されました。
アウグスト・ストリンドバリ《ワンダーランド》1894年 油彩、厚紙 スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Erik Cornelius / Nationalmuseum
19世紀北欧を代表する小説家、劇作家アウグスト・ストリンドバリ(1849-1912)は、専門的な美術教育は受けていないものの、精神的危機に陥った時期に絵画制作に没頭しました。彼は本作の主題を「鬱蒼とした森」とし、加えてこの作品を「ワンダーランド、光と闇の闘い」と解釈しました。後年の論考で、元々彼は「日没の海が見える森の中」を描こうとしていましたが、描くうちに森は洞窟に、明るい中央部分ははるか彼方へ広がる光の空間へと変容していったと回想しています。このような偶然性にまかせた実験的な表現に、ストリンドバリの絵画制作に対する関心の在りかがうかがえます。

第6章 自然とともに―新たなスウェーデン絵画の創造
1890年代から世紀転換期にかけて、スウェーデンの風景画は大きな変化を迎えました。かつては「描くべきもののない国」とさえ言われたスウェーデンでしたが、森林や湖、未開の原野や山岳地帯といったスウェーデンならではの自然が芸術家たちによって「発見」され、それらを描くにふさわしい表現方法がさまざまに模索されました。
たとえば、カール・ノードシュトゥルム、ニルス・クルーゲル、リッカッド・バリは、スウェーデン西海岸の町ヴァールバリを舞台に、海岸線や内陸の平原を題材とし、ポール・ゴーガンの作品に示唆を得て、自然の外観と構図そして自身の感覚を統合する独自の表現方法を追求しました。なかでも、スウェーデン絵画の真骨頂といえるのが、夕暮れや夜明けの淡く繊細な光の表現です。
彼らの作品からは1880年代の作品に見られた明るく輝く日の光は消え去り、代わりに北欧の夏の夜に特有の、長い時間続く薄明の光が叙情をたたえてスウェーデンの豊かな自然の風景を照らし出すようになりました。
グスタヴ・フィエースタード《冬の月明かり》1895年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Hans Thorwid / Nationalmuseum
グスタヴ・フィエースタード(1868-1948)は、スウェーデンの自然と深く結びついた冬の情景を得意とした画家です。1897年にはスウェーデン中部ヴァルムランド地方のラッケン湖畔に定住しました。本作では、星空のもと樹霜に覆われた雪深い森が広がっており、細かな筆致で色が重ねられ、雪の冷たい輝きが装飾的に表現されています。フィエースタードの作品は装飾的な性格が強く見られ、彼が描いた下絵をもとに彼の姉妹や妻のマイヤがタペストリーに仕立てることもありました。
エウシェーン王子《静かな湖面》1901年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Anna Danielsson / Nationalmuseum
エウシェーン王子はスウェーデン絵画の黄金期を代表する風景画家の一人です。本作は、1890年代に始まるスウェーデンのナショナル・ロマンティシズムを象徴する一作であり、王子が夏を過ごしたストックホルム南部に位置するティーレスウーで描かれました。ナショナル・ロマンティシズムとは、その国や民族のアイデンティティを示す画題を見出し、それを表現するにふさわしい方法を追求する傾向を指します。本作では雲に覆われる空の彼方の地平線を、北欧の夏の夜の特徴である、長い時間続く薄明の淡く繊細な光が照らし、静けさをたたえた画面に永遠性を与えています。
ニルス・クルーゲル《夜の訪れ》1904年 油彩、カンヴァス スウェーデン国立美術館蔵 Photo:Nationalmuseum
ヴァールバリ派を代表する風景画家ニルス・クルーゲル(1858-1930)は、ファン・ゴッホの素描から着想を得て、油彩の上にインクの点や短いストロークを重ねる独自の描法を確立、画面全体の統一を目指しました。本作では、短いストロークによって表現された北欧の夏の夜を象徴する青い光が、空を満たすだけではなく地上にも降り注ぎ、草を食む馬たちのいる風景に壮大で幻想的な雰囲気を生み出しています。
戦後、家具や照明などの北欧デザインが先行して国際的評価を確立しましたが、21世紀に入ると絵画も再評価が進み、展覧会でも人気が高まってきています。そのなかで、本展は、近代黄金期のスウェーデン絵画を過去最大規模で紹介する画期的な試みです。カンヴァスに宿る日常への温かな眼差しや、四季の移ろいをすくい取る静謐な叙情は、北欧画家ならではの趣にあふれています。
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東京都美術館開館100周年記念
スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき
会場:東京都美術館 企画展示室(東京都台東区上野公園8-36)
会期:2026年1月27日(火)~4月12日(日)
開室時間:9:30~17:30(金曜は20:00まで)
https://www.tobikan.jp/exhibition/2025_sweden.html
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山口県立美術館 4月28日(火)から
愛知県美術館 7月9日(木)から

2020年1月24日 (金)

ハマスホイとデンマーク絵画展・・・背を向けて佇む女、憂いを帯びる世界、だれもいない部屋

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大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第206回
12年前「ヴィルヘルム・ハンマースホイ、静かなる詩情」(2008)には数度、国立西洋美術館に行った。その時、フェルメールとの対比でみた。今回、19世紀デンマーク絵画の黄金時代の作品、スケーイン派、と比較してハマスホイ絵画をみると、スティーブン・キングの世界のようである。『呪われた町』。友人の詩人が、ハマスホイを愛好している。
憂いを帯びた世界。背を向けて佇む、若い女。後期バロック様式の100年前の古い部屋、静かに降り積もる時間。晴朗な夏空を描いた風景画も、霧がかかったように、陰影を帯びる。
ハマスホイは、100年前の古い家に住み、100年前の家具を集め、古書を1000冊蒐集し、初版本蒐集家で、古い時に刻まれて、51歳まで絵を描きつづけた。1891年、友人の画家、ピーダ・イルステズの妹イーダと結婚。イーダは以降、ハマスホイの室内画のモデルになり、妻イーダの後姿を描きつづけ、その後、誰もいない部屋を描いた。
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時の止まった部屋   誰もいないときこそ、それは美しい
ハマスホイの絵には、夏も冬もない。それは憂いを帯びた、遥か昔の遠い、遠い、彼方にある、こことは別の世界のものである。1906年「独立展」レビューより
「私はかねてより、古い部屋には、たとえそこに誰もいなかったとしても、独特の美しさがあると思っています。あるいは、まさに誰もいないときこそ、それは美しいのかもしれません」ハマスホイ1907
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
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デンマーク絵画の黄金時代
19世紀デンマーク絵画、1800~64年、「デンマーク絵画の黄金時代」の風景画は、画家たちが郊外で自然の観察を通し、デンマークの風景を描写する。
スケーイン派、デンマークの外光派
1870年代の画家たちは、デンマーク北端の漁師町・スケーインを発見し、多くの画家がスケーインを訪れ、「スケーイン派」と呼ばれる画家のグループが誕生した。ピーザ・スィヴェリーン・クロイア《スケーイン南海岸の夏の夕べ-アナ・アンガとマリーイ・クロイア》1893
北欧の内向する世界「ヒュゲ(hygge:くつろいだ、心地よい雰囲気)」家族、友人と閉じ籠る人々。ヴィゴ・ヨハンスン《きよしこの夜》1891年
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静寂の絵画、ヴィルヘルム・ハマスホイ(Vilhelm Hammershøi)1864年5月15日–1916年2月13日
1891年、友人の画家、ピーダ・イルステズの妹イーダと結婚。1898年、ハマスホイはコペンハーゲンのストランゲーゼ30番地に移住。その後、室内を題材に、《室内——開いた扉、ストランゲーゼ30番地》(1905)や《室内——陽光習作、ストランゲーゼ30番地》(1906)を描く。1909年の秋、ハマスホイはブレズゲーゼ25番地に移住し、《ピアノを弾く妻イーダのいる室内》(1910)や《カード・テーブルと鉢植えのある室内、ブレズゲーゼ25番地》(1910-11)などの代表作を発表する。51歳で死す。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
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展示作品の一部
ヴィルヘルム・ハマスホイ《室内》1898年スウェーデン国立美術館蔵 (C)Nationalmuseum, Stockholm / Photo: Nationalmuseum
ヴィルヘルム・ハマスホイ《室内―開いた扉、ストランゲーゼ30番地》1905年 デーヴィズ・コレクション蔵 (C)The David Collection, Copenhagen
ヴィルヘルム・ハマスホイ《背を向けた若い女性のいる室内》1903-04年 ラナス美術館蔵 (C) Photo: Randers Kunstmuseum
ヴィルヘルム・ハマスホイ《画家と妻の肖像、パリ》1892
ヴィルヘルム・ハマスホイ《農場の家屋、レスネス》1900、《ライラの風景》1905
コスタンティーン・ハンスン《果物籠を持つ少女》1827
ピーザ・スィヴェリーン・クロイア《スケーイン南海岸の夏の夕べ-アナ・アンガとマリーイ・クロイア》1893年 ヒアシュプロング・コレクション蔵 (C) The Hirschsprung Collection
ヴィゴ・ヨハンスン《きよしこの夜》1891年ヒアシュプロング・コレクション蔵 (C) The Hirschsprung Collection
ピーダ・イルステズ《ピアノに向かう少女》 1897年 アロス・オーフース美術館蔵 ARoS Arhus Kunstmuseum / (C) Photo: Ole Hein Pedersen
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★参考文献
ヴィルヘルム・ハンマースホイ、静かなる詩情・・・陽光、あるいは陽光に舞う塵
https://bit.ly/2MN8f3R
「ハマスホイとデンマーク絵画展」図録、東京都美術館2020
「ヴィルヘルム・ハンマースホイ、静かなる詩情」図録、国立西洋美術館2008
佐藤直樹、監修「ヴィルヘルム・ハマスホイ 沈黙の絵画」平凡社2020
萬屋健司「ヴィルヘルム・ハマスホイ 静寂の詩人」2020
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ハマスホイとデンマーク絵画展、東京都美術館、1月21日(火) ~3月26月(木)
https://www.tobikan.jp/exhibition/2019_hammershoi.html
山口県立美術館、4月7日~6月7日