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死生学

2019年8月 5日 (月)

島薗進×大久保正雄「死生学 ファンタジーと魂の物語」ソフィア文化芸術ネットワーク

Shimazono20190526
201706160
【質疑応答】島薗進先生に、死生学、比較宗教学の観点を踏まえて、先生の見解について質疑応答しました。ここにその内容を記録します。島薗進「死生学 ファンタジーと魂の物語」2019年5月26日、上智大学6号館203教室にて。ソフィア文化芸術ネットワーク
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』188回
――
1、宮澤賢治『雁の童子』、『インドラの網』について
大久保正雄
『雁の童子』は、天から降りてきた天の童子、天人がこの世で苦難を受け、輪廻転生で天界に戻る物語。『インドラの網』は、事事無礙法界の比喩『華厳経』を詩的イメージ化している。仏教用語を専門用語で説明すると感動がないが、宮澤賢治の詩的世界は美しい。生きる世界の真実を詩的世界で表現する。

島薗進
「雁の童子」はすばらしい作品です。仏教の諸理念が短い物語に埋め込まれ、奥深い宗教性に引き込まれていきます。とりわけ、暴力と別れと悲しみを体現した童子と、その童子を気遣う須利耶が父子として、また前生での悲しみを分かち合う者として心を通わせるいくつかの場面は珠玉といってよいでしょう。
「インドラの網」は物語というよりは散文詩のような作品で、賢治の心象風景を描いたもの、「華厳経」の世界、仏の神秘の到来、南無妙法蓮華経の題目体験、を表したものかと思います。類似の作品として「マグノリアの木」を思い出します。また、「十力の金剛石」も類似のものでしょう。
宮澤賢治は、修羅のように生きた。家業を受け入れず、苦しんだ。痛いこの世の経験の彼方に美しい世界への憧れを懐いた。

――
2、天正、織田信長、改元の目的は何か。
大久保正雄
「清静は天下を正と為す」。清い静けさ(自然の静寂)は天下を正しく在るようにあらしめる。出典『老子』45章。天、正義、武(=矛を止める)という老荘思想、古典の概念がある。既存の階級社会を打破する目的があると戦国史研究者は指摘する。これまでの信長像は、武力のみで改める必要があると思う。*【天正、織田信長】兵革(戦乱)の凶事を断ち切るために行われた【災異改元】。出典『老子』45章。
織田信長、宮澤賢治、二人は、修羅の道を歩いた。
まったく別の人生のように見えるが、まったく別の人生のように見えるが、織田信長は、階級社会との戦いの人生。宮澤賢治は、この世の苦と戦った。阿修羅は戦いの神。「唾し、はぎしり、行き来する、おれは一人の修羅なのだ」「修羅の涙は土に降る」(宮澤賢治『春と修羅』)

島薗進
織田信長は安土城の「天守」を作らせた人、これはゴシックの教会の影響を受け、天命を受けた帝王の幻覚にひたった人であったと思います。道教、仏教、儒教の壁画空間の上に、天主の間を作った。世界の諸思想の上に、天がいる。共鳴はしませんが、信長が長生きしていたら、日本はだいぶ違った世界になったと思います。信長以後、秀吉、徳川は、階級社会へ逆戻りした。
明清の中国の皇帝の強大な威信は、日本では織田信長から死後の明治天皇に引き継がれたような気がします。

――
3、密教真言について
大久保正雄
密教真言について。「真言とは、祈りである。真言(mantra)とは、真実の言葉。人知人力には限りある以上、人は祈らずにはいられない。」自分の限界に気づいた人間の祈り。(宮坂宥洪『真釈般若心経』角川ソフィア文庫2004)*密教学者、宮坂宥勝氏の子息の著書。密教真言の呪文は、大日如来の降臨加護を招き、即身成仏、幸福への祈りである。
4、【藝術と魔術】
大久保正雄
祈りは、人間の心の願いのことばである。祈りは魔術である。藝術は、敵意にみちたこの世と戦うための、魔術である。
【藝術と魔術】藝術は悲しみと苦しみから生まれる。絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ。敵との闘争における武器なのだ。いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ。パブロ・ピカソ

島薗進
マックス・ウェーバーは、脱呪術「Entzauberung」=合理化と考えた。しかし今、「祈りと魔術」は復活しつつある。
芸術と魔術(呪術)は深く関わっています。それはまた、祈りの方へも向かいます。悲しみをたたえた芸術は祈りのように受け止められます。「雁の童子」はそのような作品。他方、無上の境地の顕現をもたらす祈りもあり、お題目はそうしたものでしょう。お題目と真言、お念仏はそのような唱え言葉でした。歌には呪文的な歌詞が多いです。「春よこい、早く来い」はよい例。「志を果たしていつの日にか帰らん」(故郷)と歌うとき、現代人はいのちの源へもどるための呪文のように感じているようでもあります。

――
5、学問に重要な要素について、1、新しい価値は文化と文化の狭間から生まれる。2、権威、ブランドに依存してはならない。3、知を生みだす知、一次元上の知の体系、メタ知識を求めねばならない。
大久保正雄
私は、出版社の編集者から「あなたにしかできないものを作りだして下さい」と注文される。
建築家、梵寿綱氏は私に教えた。「創造的な思想、藝術を作りあげなさい。創造的な世界観であれば、人はそれを買いに来る。高度に普遍的な学問を追求しても、それは他にやっている人がいる。創造性がない」。
ある美術出版社の編集者は「なぜその作品が生みだされなければならないのか、その理由を解く人はいない。美術作品カタログなかり、出版される。」
学問の権威には欺瞞性がある。城は、権威とブランドの象徴。信長の名言がある。織田信長「人、城を頼らば、城、人を捨てん」。
ある映像プロデューサーは「生存競争の激しい社会、創造性がないと、厳しく追及される。わんわん、批判される」。
孫崎享氏から「学者は、先生の言ったことをそのまま写すと、出世する。憲法学者がその典型。だからTPPが憲法違反であることを判断できない」。
上野千鶴子の論点から。(1)新しい価値は異文化が摩擦するところに生まれる。(2)ブランドが通用しない世界。(3)知を生み出す知、メタ知識。
上野千鶴子「新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれる」「ブランドがまったく通用しない世界でも、どんな環境でも、どんな世界でも、たとえ難民になってでも、生きていける知を身につけてもらいたい。」「すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。知を生み出す知を、メタ知識といいます。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です。」2019年東京大学入学式祝辞より。

島薗進
『あしながおじさん』を最近、読みました。あの本には、17歳の少女が、人間教育を受けて成長する姿が、描かれている。あのような大学教育を失ってしまった。支援者の男性と少女は最後に結婚する。
上野千鶴子さんは、金沢で、14歳のころから知り合いです。
学問は、知る心(マインド)の側面と感じる心(ハート)の側面とがともに備わり、統合されることを目指していると思います。しかし、近代の学問は知る心の方に偏っていて、感じる心を組み込むのが難しくなっているように思います。かつての「教養」は人格完成を目指していたので、両側面が統一されることが前提でした。「子曰く、学びて時にこれを習う、亦た説ばしからずや。朋有り遠方より来る、亦た楽しからずや。人知らずして慍みず、亦た君子ならずや。」
――
【解説】注『死生学 ファンタジーと魂の物語』
大久保正雄
1、【宮澤賢治『雁の童子』】沙車に須利耶圭という人が、名門ではあるが落ちぶれて静かに暮らしていた。雁の群れが、弾丸に撃たれて、落ちてくるのを眺めた。「赤い焔に包まれて、嘆き叫んで手足をもだえ落ちてくる五人。ただ一人完いものは可愛らしい天の子供。次々に雁が地面に落ちてきて燃えた。天の眷属でございます。私どもは天に帰ります。ただ私の一人の孫はまだ帰れません。どうぞあなたの子にしてお育てをお願いします。」須利耶は雁の子供をつれて町を通った。石が一つ飛んできて童子の頬を打った。須利耶圭が、沙車の町のはずれの古い沙車大寺のあとから掘り出された。一つの壁がまだそのままで見つけられ、三人の天童子が描かれ、その一人はまるで生きたようだ。「わたしはあなたの子です。この壁は前にお父さんが描いたのです」
【宮澤賢治『インドラの網』】ツェラ高原を歩いているうちに「天の空間」に入り込み、天人、蒼い孔雀、天界の太陽、あらゆる美の極致を目にする主人公、青木晃。「天の子供らのひだのつけようからガンダーラ系統なのを知りました。于闐大寺の廃趾から発掘された壁画の中の三人なのを知りました。」「お早う。于闐大寺の壁画の中の子供さんたち。」「私は于闐(コウタン)大寺を沙の中から掘り出した青木晃といふものです。」インドラの網のむこう、数しらず鳴りわたる天鼓のかなたに空一ぱいの不思議な大きな蒼い孔雀が。『インドラの網』
【因陀羅網】インドラ、すなわち帝釈天の宮殿を飾っている網。その網の結び目には宝玉がついており、それぞれが互いに反映している。華厳宗の説く、すべての事物が無限に交渉し、通じあっているとする事事無礙法界の比喩としてよく用いられる。『華厳五教章』
【四法界】華厳宗で説く、世界の四つの世界観。 すべての事物が個々に存在するものとして把握する事法界、すべての事物の本体は真如であると把握する理法界、眼前の現象の世界と真如の世界は同一であると把握する理事無礙法界、現象するすべての事物は互いに縁起し合う存在であるとする事事無礙法界。『大辞林 第三版』

2、天正、織田信長、
*【天正、織田信長】兵革(戦乱)の凶事を断ち切るために行われた【災異改元】。出典『老子』45章。反織田勢力による包囲網が破綻し、信長の覇権が確定。1573年(元亀4)7月21日、信長が天皇に奏上。7月28日改元。義昭は1573年(天正1)7月に織田信長によって京都から追放された。
*【織田信長、天正】改元を朝廷に内奏。元亀4年7月21日。信長は、改元を内覧した。四位、身分低い信長が内覧したのは異例である。改元時に朝廷では信長に勘文を見せてその意向に応じて元号を「天正」と定め、信長が武家政権の長として改元に容喙した。28日決定。今谷明『信長と天皇 中世的権威に挑む覇王』
【織田信長、天正1573】大成(たいせい)は欠くるが若(ごと)く、その用は弊(すた)れず。大盈(たいえい)は沖(むな)しきが若く、その用は窮(きわ)まらず。大直(たいちょく)は屈(くっ)するが若く、大功(たいこう)は拙(つた)なきが若く、大弁(たいべん)は訥(とつ)なるが若し。躁(そう)は寒(かん)に勝ち、静は熱(ねつ)に勝つ。清静(せいせい)は天下の正(せい)たり。『老子』第四十五章
【織田信長、安土城、狩野派】この世から消滅した狩野派絵画、安土城。天主閣、6階は儒教、「孔門十哲」「三皇五帝」、5階は仏教、「釈迦十大弟子」「釈迦説法」、3階は花鳥図、「岩の間」「竹の間」「松の間」。2階は道教、「呂洞賓図」「西王母」。天正七年、安土城。天主閣完成。天正十年6月2日、本能寺の変の後、炎上する。太田牛一『安土日記』『信長公記』
*、修羅の道について、六道輪廻と天人五衰
六道(天、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄)を廻り続けるという輪廻思想。「六道輪廻」は死後の世界としてではなく、生きている人間の有様を分析する言葉と考える時、哲学的な意味がある。(天道・人道・修羅道は三善趣。畜生道・餓鬼道・地獄道は三悪趣)。
「天人五衰」天人は衰えて死ぬ。(『倶舎論』『大槃涅槃経』)五衰の中心は「本坐を楽しまず」(不楽本坐)。今、ここに生きている事実そのこと(本坐)、いのちそのものに満足し得ない。
*、六道輪廻と天人五衰
*泉惠機「天」。http://www.otani.ac.jp/yomu_page/b_yougo/nab3mq0000000qzn.html
*【天人五衰】天人五衰、『大槃涅槃経』によれば、1衣裳垢膩(衣服が垢で油染みる)、2頭上華萎(頭上の華鬘が萎える)、3身体臭穢(体が薄汚れて臭くなる)、4脇下汗出(脇の下から汗が流れ出る)、5不楽本座(自分の席に戻るのを嫌がる)の五つとされている。
*「存在するものは五蘊だけである。五蘊も存在しない(五蘊皆空)」(『般若心経』)という思想とは矛盾するが。五蘊(skanda)とは、色・受・想・行・識。

3、「真言とは、祈りである。真言(mantra)とは、真実の言葉。」宮坂宥洪『真釈般若心経』角川ソフィア文庫2004
密教真言の呪文は、大日如来の降臨加護を招き、即身成仏、幸福への祈りである。
【密教真言】前期密教の真言・陀羅尼が除災招福を中心とする現世利益であったのに対し、中期密教の真言・陀羅尼は悟りを求め成仏するための手段としての性格を強め、それまで別箇であった印契・真言・観法の「三密」を統合した組織的な修行法。
 真言は三密(身・口・意)の中の口密に相当し、極めて重要な密教の実践要素。真言や陀羅尼の多くは、呪句の前に「帰命句」と呪句の終末に「成就句」が加わる。陀羅尼の多くは、仏尊や三宝に帰依する宣言文+Tadyathā+帰命句+本文+成就句で構成される。

4、【藝術と魔術】藝術は悲しみと苦しみから生まれる。
【アンドリュー・ワイエス『クリスチーナの世界』1948】海を見下ろす丘の上に立つオルソン・ハウス。人間の境遇について描いている。人生で困難な状況に置かれた人々がそれをどう生き抜くのか。どう乗り越えていくのか。希望と絶望。クリスティーナは55歳。
目指すところにたどり着けない。悪夢の世界。でも、這っていく。

5、上野千鶴子「新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれる」
【要旨】東大入学式で女性学の名誉教授、上野千鶴子さんが贈った祝辞
あなた方を待ち受けているのは、これまでのセオリーが当てはまらない、予測不可能な未知の世界です。これまであなた方は正解のある知を求めてきました。これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。学内に多様性がなぜ必要かと言えば、新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれるからです。
よその世界にも飛び出してください。異文化を怖れる必要はありません。人間が生きているところでなら、どこでも生きていけます。あなた方には、東大ブランドがまったく通用しない世界でも、どんな環境でも、どんな世界でも、たとえ難民になってでも、生きていける知を身につけてもらいたい。
大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。知を生み出す知を、メタ知識といいます。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です。ようこそ、東京大学へ。
――
島薗進×大久保正雄『死生学 宗教の名著』2018
https://bit.ly/2NPYAX5
島薗進×大久保正雄『死生学 ファンタジーと宗教』2017
https://bit.ly/2TtDqjn
島薗進×大久保正雄『死生学 人の心の痛み』2016
https://bit.ly/2AeU3Hv

2019年4月25日 (木)

島薗進、講演会「死生学 ファンタジーと魂の物語」上智大学、5月26日

Miyazawa-ginga
20170628015
上智大学、6号館203教室、午後2時から4時
【講演】島薗進、【解説、質疑】大久保正雄【司会】畑中紀子【企画】大久保正雄
ソフィア文化芸術ネットワーク
――
島薗進 宗教学者、東京大学大学院名誉教授
「生と死の狭間の物語」の意味を、ファンタジー文学、宮澤賢治、古今東西の古典、仏教書、名作を通して考える。ファンタジーは生と死を超える物語。そのメッセージを読み解く。生死の意味、生とは何か。死とは何か。心の痛みをどう癒すのか。生死の問いに何を教えるのか。ファンタジーと宗教の意味を考える。「宗教は、物語の形で、人が生きるうえで大切な何かを伝えてきた」(島薗進『こころをよむ 物語のなかの宗教』)。死生学(Thanatology)の根本にある問いは「死を迎える人の心の痛みにどう応えるべきか」。
――
ソフィア文化芸術ネットワーク
【質疑応答】島薗進×大久保正雄『死生学 宗教の名著』
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/post-6c7b.html
【質疑応答】島薗進×大久保正雄『死生学 ファンタジーと宗教』
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-8f05.html
【質疑応答】島薗進×大久保正雄『死生学 人の心の痛み』
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-8607.html
――
★問い合わせ 上智大学ソフィア会 Tel.03-3238-3041
上智大学、四谷キャンパス地図 
http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/access/map/map_yotsuya

2018年4月10日 (火)

島薗進『死生学 宗教の名著 魂のことば』上智大学、5月27日

Botticellinascitaveneresimonettaves島薗進『死生学 宗教の名著 魂のことば』上智大学、5月27日
上智大学、6号館204教室、午後3時30分から
【講演】島薗進【解説、質疑応答】大久保正雄【司会】畑中紀子【企画】大久保正雄
上智大学ソフィア会 ソフィア文化芸術ネットワーク
―――
島薗進、東京大学大学院名誉教授、上智大学大学院教授
宗教の名著に刻まれる、生と死、知恵と愛の意味。様々な文明、多様な文化に宗教がある。宗教の名著のなかに、魂のことばを読み、生と死、知恵と愛の意味を考える。生死を超える言葉、人の痛みを癒す苦悩を超えて生きる言葉。宗教の名著には不朽の思想がある。
死生学(Thanatology)の根本にある問いは「死を迎える人の心の痛みにどう応えるべきか」である。
島薗進『宗教学の名著30』。空海『聾瞽指帰』『秘蔵宝鑰』、エリアーデ『永遠回帰の神話』、ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』、ニーチェ『ツァラトゥストラ』。他
―――
ソフィア文化芸術ネットワーク
【質疑応答】島薗進×大久保正雄『死生学 ファンタジーと宗教』
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-8f05.html
【質疑応答】島薗進×大久保正雄『死生学 人の心の痛み』
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-8607.html
★問い合わせ 上智大学ソフィア会 Tel.03-3238-3041
上智大学、四谷キャンパス地図
http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/access/map/map_yotsuya

2017年7月21日 (金)

島薗進×大久保正雄「死生学 ファンタジーと宗教」ソフィア文化芸術ネットワーク

2017062801201706160大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第121回
島薗進×大久保正雄「死生学 ファンタジーと宗教」ソフィア文化芸術ネットワーク
【質疑応答】宗教学者、島薗進先生に死生学についてご見解を質問しました。2017.5. 28
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-86b2.html

1【宗教とは何か】
大久保正雄
宗教の本質は何か。信仰。祈り。儀礼。幻想。癒し。救い。神殿。聖なる空間。宗教の定義は何か。例えば、*ソクラテスの祈り(プラトン『パイドロス』)*「當麻寺、中将姫の聖衆来迎練供養会式」
ソクラテスの祈り プラトン『パイドロス』最後の場面で、ソクラテスが祈る言葉。
「親愛なるパンよ、ならびに、この土地にすみたもうかぎりのほかの神々よ。この私を内なる心において美しいものにしてくださいますように。そして、私が持っているすべての外面的なものが、この内なるものと調和いたしますように。
私が、知恵ある人をこそ富めるものと考える人間になりますように。また、私が持つお金の高は、ただ思慮ある者のみが、にない運びうるものでありますように」『パイドロス』279B

島薗進
宗教は人間のさまざまな営みに用いられている用語で、「本質」を定めることはできないと思います。私は「聖なるものとの関わり」と定義しています。(『現代宗教とスピリチュアリティ』)人間は遠くのほうに思いを馳せる者です。

2【宗教が生まれる原因は何か】
大久保正雄
宗教が存在する理由。孤立する人間、苦悩する人間、混迷する世界に対して、宗教は何をなすのか。
島薗進
理性や日常的な経験で捉えられるものを超えた尊いもの(聖なるもの)がないと人は生きていくことができないと思います。

3【世界観の選択】
大久保正雄
世界の様々な宗教の世界観(Weltanschauung)の選択、その根底にあるものは何か。個に対する既存の社会は、世界観を選択する自由を許さない。ファンタジー文学には、世界観の選択がある。行動の選択は世界観の選択である。しかし、日常世界では、人は世界を選択し、社会構造を選択できない。藝術家、思想家は、現実の世界の軋轢のなかで、行動を選択し世界観を選択する。ファンタジー文学は、世界観を選択して構築される。世界観の選択の背景には、「社会構造の選択」がある。*『ギリシア神話の世界観』、密教の世界観、浄土教の世界観。

島薗進
「軸の時代」(ヤスパース)に古代帝国を基盤に宗教文明が広がりました。
この諸文明が形作っている世界観の枠組みはなかなか変わらない。しかし、近代になってファンタジー文学などにおいて、その枠を超えて個々人の感受性に即応できる世界観の構築が求められるようになってきていると思います。「新しいスピリチュアリティ」もそうした動きの表れです。(『スピリチュアリティの興隆』)

4【藝術家と宗教】
大久保正雄
藝術家と宗教との関係について。孤高の藝術家、壮絶な人生を生きる藝術家。藝術家は、苦悩の人生、壮絶な人生を生きる時、思想、宗教を心の支えとする。例えば、李白、葛飾北斎。*
李白は、60年の壮絶な人生を旅に生きた。「白髪三千丈、愁ひに縁りて、箇くの似く長し、知らず明鏡の裏、何れの処よりか秋霜を得たる。」。道教の隠者の生活を行った。(*井波律子『中国の隠者』、筧久美子『李白』)
北斎は、93回引越、30回画号を変える。73歳で代表作「神奈川沖浪裏」『富嶽三十六景』を生みだす。北斎は、67歳で脳卒中に襲われ、自分で治す。柚子を磨り潰して日本酒に溶かして飲む自家療法で治した。北斎が追い求めていたのは唯一つ。画業を極めること。75歳で画狂老人卍を名のる。傑作『鳳凰図屏風』を画く。(*大久保正雄『不死鳥の画家、北斎 北斎は天翔ける。美の天に向かって』)。
北斎 88歳ごろ『富士越龍図』(1849年)を画く。90歳画狂老人卍として死ぬ。「あと5年あれば、真正の画工になれるのに」(*飯島虚心『葛飾北斎伝』)
葛飾北斎は、日蓮宗や妙見菩薩、老荘思想など、複雑な信仰の持ち主。数多くの転居や画号の由来から、ある貫徹した信念にたどり着く。毎日獅子の絵を描くことが何故悪魔祓いになるのか。妙見信仰の対象は北斗七星か北極星か。(*諏訪 春雄『北斎の謎を解く―生活・芸術・信仰』)

島薗進
これは『宗教を物語でほどく』という本と関わっていますが、宗教と芸術は重なり合う例が多いです。近代以前は宗教芸術が主流だったと言えるかもしれません。近代になって、伝統宗教の枠を超えるような芸術家が多く輩出するようになってきます。宗教に近づけない現代の芸術家も道具立として、宗教を頼りにする例も多いです。藝術家は、どこまでも求めつづける。
宗教は、悲しみの器。悲しみを容れる器であり。悲しみを力に変える装置です。

5【天から降りてきた魂】
大久保正雄
ファンタジーには、天から降りてきた人のテーマがある。純粋な魂が、天から降りてきて、地上で苦の修行をして、天に還る。例えば、『星の王子さま』、宮澤賢治『雁の童子』、プラトン『パイドロス』魂のミュートス。*
島薗進
アンデルセンの「人魚姫」は海の底に「もう一つの世界」がありますが、最後は天に「もう一つの世界」がありますね。宮澤賢治は仏教徒なので、さまざまな天界があるという世界観がふさわしいはずですが、銀河のような無数のものを抱擁する一つの天のような他界を描いたようです。「ひかりの素足」では、地獄も出てきます。

6【織田信長と天の思想】
大久保正雄
織田信長は、天の思想をもっていて、自らの仕事を天命と考えていたといわれる。
安土城天主閣は、5層7階の天主閣、儒教、道教、仏教の世界観の屏風絵があった。天正の暦を天皇に採用させた。織田信長は、ローマから西洋の考えを輸入しようと考えた。宗教弾圧、藝術弾圧したのは、秀吉、家康である。(*大久保正雄『メディチ家と織田信長』)
島薗進
信長は日本の世界観からはみ出しそうになったところで死にました。キリスト教の影響も考えられますが、儒教における天の意思を受けた皇帝の観念の影響もあるかと思います。中国や韓国には「天」の理念があり、日本はそれが弱いです。

7【『秘密曼陀羅十住心論』】
大久保正雄
空海『秘密曼陀羅十住心論』『秘蔵宝鑰』『聾瞽指帰』。これは、比較宗教学、思想史の書であるが、意識レベルの上昇の精神史、地上の階級社会と精神の意識レベルとの隔絶を表している。地位ある者が、優れた精神をもつ者ではない。人の生きかたを問う倫理学でもある。(*例、『星の王子さま』6つの星めぐり、地理学者と探検家、プラトン『国家』第9巻。)*空海、サンテグ・ジュペリ、プラトンは「様々な生きかたを比較」して、よい生きかたを問う。意識レベルを比較する世界観がある。

島薗進
中国の仏教学は体系的な構築が行われ、教相判釈という比較宗教的な論理構造を作っていきました。日本でそうした思想構造を構築した稀有な仏教思想家が空海でしょう。中世的な唯一の真理の下の多様な世界観の位置づけということかと。
多様な思想を受け入れて存在するこの世界。現実の世界は、高い精神と俗なる人間、聖なる者と俗なる者が共生する世界です。

8【父殺しのテーマ】
大久保正雄
父殺しのテーマと宗教の誕生はどうかかわるのですか。父殺しのテーマと宗教の誕生、父権の抑圧と子の反抗、神話学の「聖なる弑逆」。(ソフォクレス『オイディプス王』、フロイト『トーテムとタブー』)。
島薗進
社会の秩序が父性的な存在、至高神に由来するとする神話が世界にみられます。救済の思想はそこになぜ苦難があるのかという根源的な葛藤と関わりがあります。そこでは、見放された存在が出てくる。仏教でも阿闍世王の物語があります。フロイトはキリスト教を横目に見ながら、神と人との葛藤を父殺しとして捉え返したと思います。宮澤賢治は、質屋を経営する父と確執があった。法華経を広めることを父に託して、この世を去った。

9【人の痛みを知ること】
大久保正雄
人の痛みを知る心をもつことは極めて難しい。どのようにすれば、人の痛みを知る心を持つことができるのか。
「どんなに高度な知識をもっていても、人の痛みを知らなければ存在する価値がない」。
「神々は、知恵に到る道の前に、苦悩を置いた」(エウリピデス)。「人の痛みを知る心」は、知識ではなく、知恵である。「徳(アレテー)を教えることは困難である」(プラトン『メノン』)。「惻隠」の心は仁のはじまりである。苦悩する体験をもつ人は、人の痛みを知ることができる。(*ギリシア悲劇、『孟子』、プラトン『メノン』)しかし、自分自身が苦悩を経験していても、他人の不幸は蜜の味、という人が存在する。
島薗進
これは難問ですね。痛みを経験した人が皆、他者の痛みを知るようになるわけではない。しかし、救済宗教が教えていることの核心かと思います。
「人間だけが赤面する。最近の人間は赤面しなくなった。特に、政治家は恥知らずだ」(山極寿一、ゴリラ学、京都大学)。現代人の失った赤面。近代人の失った悲しみ。人間は、悲しみを思い出すべきです。

10【理念の崩壊は『純粋理性批判』から始まった】
大久保正雄
『純粋理性批判』によって形而上学が否定された。「形而上学の崩壊」によって宗教の理想、プラトンの理念の崩壊が始まった。カント『純粋理性批判』は形而上学を否定した。カントは、先験的総合的判断(Synthetische Urteil a priori)は、疑いえない人間の判断と考え形而上学を批判した。人間の認識の根拠を科学的判断と考えた。科学主義である。「形而上学否定の根拠。感性的直観の対象となりうるもののみが存在する」(岩崎武雄『カント』思想学説全書、勁草書房P172)

島薗進
ポスト形而上学という近代以後の世界の特徴ですね。『宗教学の名著30』で述べましたが、現代世界はいかにして超越性を再構築するかの模索が続いていると思います。
★参考文献
島薗進『こころをよむ 物語のなかの宗教』
島薗進『宗教を物語でほどく』
島薗進『宗教学の名著30』
島薗進『現代宗教とスピリチュアリティ』
島薗進『スピリチュアリティの興隆』
島薗進×夢枕獏『人間って何ですか?』
島薗進『日本人の死生観を読む』
大久保正雄『ことばによる戦いの歴史としての哲學史』理想社
大久保正雄「美の奥義 プラトン哲学におけるエロス(愛)とタナトス(死)」詩誌『酒乱』
大久保正雄「プラトン哲学と空海の密教 ―書かれざる教説(agrapha dogmata)と詩のことば―」
大久保正雄「ギリシア悲劇とプラトン哲学の迷宮 ―ことばの迷宮―」詩誌『酒乱』
大久保正雄「魂の美學 プラトンの対話編に於ける美の探究」
大久保正雄「不死鳥の画家、北斎 北斎は天翔ける。美の天に向かって」
大久保正雄「愛と美の迷宮 イギリスロマン派からラファエロ前派」
大久保正雄「幻の花の都、京都 美の洗練、破壊と創造」

【質疑応答】島薗進×大久保正雄「死生学 人の心の痛み」
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-8607.html