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ギリシア悲劇

2017年2月19日 (日)

アトレウス王家、血族の抗争、ギリシア悲劇 オレステス

TroyTroy_paris_2004Leda_melzi_uffizi大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
アトレウス王家、血族の抗争、ギリシア悲劇 オレステス

骨肉の争いの歴史 
タンタロス王、ペロプス王、アトレウス王、アガメムノン王、オレステス。5世代の苦闘。
王家の戦い、血族の抗争、殺し合い。悲劇は五世代に重層する。王家は、父を殺し、兄弟を殺し、何を残すのか。

陰謀、裏切り、だまし討ち、下剋上、何でもありの乱世。戦国時代。
敵の陰謀を見破り、敵を滅ぼす最高の指揮官。
理念を追求する人は、天のために戦う。
美しい魂は、生死をのり超えて、美しい理念を探求する。美の化身となる。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい魂は、輝く天の仕事をなす。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
永遠を旅する哲学者は、時を超えて、理念を追求する不滅の魂の神殿に旅する。美のイデアへの旅。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
―――――
タンタロスは、自分の子(ペロプス)の人肉をスープにして神々に供した。
ペロプスは、ヒッポダメイアの子、アトレウスとテュエステスに呪いをかけた。
アトレウスは、テュエステスの子たちを食材にして料理して父親に供した。
アトレウスの子アガメムノンが、テュエステスを殺害し、王位につく。
理想を追求する人は、運命に対峙し、運命と戦う。
オイディプス王は、運命と戦い、荒野をさまよう。オレステスは、アトレウス王家の呪縛を解くのか。
―――――
■リュディア王タンタロス
ゼウスの子タンタロスは、ゼウスの食卓で、神々の食べ物アンブロシアとネクタルを飲み不死身になった。思い上がったタンタロスは、自分の子の人肉をスープにして神々に供した。神々はタンタロスの企みに気づき、罰を下した。ゼウスは、スープを釜に戻し子を生き返らせた。これがペロプスである。ペロプスは、美しい若者に成長した。
■ペロプス一族の悲劇 ピーサ王
ペロプスは、王女ヒッポダメイアを一目見ると恋におち、一計を案じて車輪の楔を抜き、ピーサ王を戦車競走で、転落死させる。ペロプスは、ニンフとの間にクリュシッポスを儲ける。ヒッポダメイアは、ペロプスが王位をクリュシッポスに譲るのではないかと不安になり、クリュシッポスを殺害した。ペロプスは、ヒッポダメイアの子、アトレウスとテュエステスに呪いをかけた。ペロプスの呪い。
■アトレウス王家の悲劇 ミュケナイ王
アトレウスとテュエステスは、ピーサから国外追放され、ミュケナイ王の下に身を寄せる。ミュケナイ王と子が相次いで亡くなり、アトレウスとテュエステスは王位をめぐって争う。アトレウスが王になり、テュエステスが追放される。アトレウスの妻とテュエステスが通じて、アトレウスを追放する。アトレウスは、テュエステスの不義を暴き王座に復権する。
アトレウスは、テュエステスに和解を持ちかけ、テュエステスの子たちを食材にして料理にして御馳走した。復讐の鬼と化したテュエステスは、自分の娘ぺロピアにアイギストスを産ませる。アトレウスを殺害させ、ミュケナイ王座を奪還させる。アトレウスの子アガメムノンが、テュエステスを殺害し、王位につく。アガメムノンは、テュエステスの息子タンタロスを殺害、その妻クリュタイムネストラを自身の妻とし、ミュケナイ王に君臨する。
■アガメムノン王の悲劇 ミュケナイ王家
ヘレネとトロイアの王子パリス
アガメムノン王の弟メネラオスの妻ヘレネがトロイアの王子パリスと駆け落ちして、トロイア戦争が始まった。
アガメムノン王は、トロイアに出帆するために、娘イピゲネイアを生け贄にした。
これを恨んだクリュタイムネストラは、テュエステスの子アイギストスと共謀して、アガメムノン王殺害を計画した。アイスキュロス『アガメムノン王』
■オレステスの悲劇
アガメムノン王の子、姉エレクトラと弟オレステスは、クリュタイムネストラの殺害を遂行する。エウリピデス『オレステス』『エレクトラ』
■オイディプス王 テーバイ王家
オイディプスは、テーバイの王、父ライオス王によって、幼少時に、キタイロン山中に捨てられた。コリントス王の子として育てられる。オイディプスは、ライオスと王妃イオカセテの子である。『オイディプス王』の悲劇が起きるのは、三叉路でライオス王に出会ってからである。ソポクレス『オイディプス王』
―――――
運命の美人姉妹、クリュタイムネストラ、ヘレネー
トロイア戦争の始まり 失われた『叙事詩の円環』
https://t.co/JjeYXXOypq
https://en.wikipedia.org/wiki/Epic_Cycle
愛と復讐 アイスキュロス『オレステイア』三部作
*ヴォロマンドラのクーロスKouros of  Volomandra
https://t.co/httDdX6Bvr
旅する詩人、エウリピデス ギリシア悲劇の極致
https://t.co/BIXeFsq7GS
デルフィ、光り輝く(ポイボス)アポロン アポロンの悲恋
https://t.co/gQ7mPYqr7A
デルフィ、オイディプス王の悲劇
https://t.co/9WqVXF2spg
アモールとプシューケー エロースと絶世の美女プシューケー
https://t.co/I5hzrLUU2R
エウリピデス『王女メデイア』アルゴ号の航海、金毛羊皮を求めて
https://t.co/dgAcFdNJlf
★系図 Genealogy of Agamemnon
https://en.wikipedia.org/wiki/Agamemnon
Tantalus  Lineage Tantalus
https://en.wikipedia.org/wiki/Tantalus
http://bit.ly/2maT9TS
―――――
★ヘレネ Helen of Troy
★トロイアの王子パリスParis of Troy
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
2017年2月19日

2016年7月27日 (水)

エウリピデス『王女メデイア』 アルゴ号の航海、金毛羊皮を求めて

MedeaCappadocia_2016大久保正雄「地中海紀行」第63回
エウリピデス『王女メデイア』 アルゴ号の航海、金毛羊皮を求めて

黄昏の丘、黄昏の森を歩いて、迷宮の図書館に行く。夕暮れの神殿。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝らの知る一切であり、知るべきすべてである。
美しき者よ、汝、死の灰の中から、蘇れ。地上に、汝の精神を刻印せよ。
汝を、美しい女神が舞い降りて救う。

*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

エウリピデスの悲劇は、マケドニア人、マケドニア王室に愛された。
『王女メデイア』の詩は、「クレオパトラの結婚式」で、フィリッポス2世暗殺に、アレクサンドロスによって、用いられた。
ヘレニズム時代、アレクサンドロスによって、地中海に広められた。

★エウリピデス『王女メデイア』上演BC431 年
初期の傑作『王女メデイア』は、コルキスの王女メデイアの物語である。魔術に通暁したメデイアは、愛するイアーソンのために国宝「黄金の羊皮」を盗み出して、実弟を惨殺し、イオルコスにイアーソンとともに行く。だがペリアスは王位返還に応じない。王位を簒奪したイアーソンの伯父ペリアスを殺し、復讐者に追われた彼らはコリントスに亡命する。コリントス王クレオンの求めに応じて、イアーソンはコリントス王女グラウケと結婚するため妻を棄てようとした。メデイアはイアーソンに怨みを晴らすため、毒薬を施した衣を贈りコロントス王女を焼き殺しその父親もろとも殺害、イアーソンとの間に生れた我が子をも殺し、復讐を遂げる。
メデイアは、我が子を殺した後、太陽神(ゼウス)*から贈られた有翼の龍車にのり、アテナイに逃亡、その地でパンディーオーンの子アイゲウスの妻となる。

■【アルゴ号の遠征】王位奪還
金毛羊皮を求めて旅に出る。
【航海の目的】
王位奪還
イアーソンは、故国イオルコスに戻って、叔父ペリアスに王位の返還を求めた。ペリアスは王位を返還する条件として、コルキスにある金毛羊皮(黄金の羊の毛皮)を取ってくるよう命じる。
【王位を奪われた父王アイソン】イアーソンの叔父ペリアスは、海神ポセイドンの息子、イアーソンの父王アイソンとは胎違いの兄弟。ペリアスによって父王アイソンは幽閉され王位を奪われた。幼いイアーソンは息子の身を案じた両親によってケイロンに預けられた。(ケイロン=半人半馬で音楽、弓術、医術に秀でる怪物)
【金毛羊皮】
金羊とは、海神ポセイドンとトラキアの王女テオパネとの間に生まれた金の羊。金羊は、コルキスの王女の代わりにゼウスの生贄にされた。毛皮は、コルキスの王によって、龍が番人を務める樫の木に吊るされた。
【女神ヘラ】
女神ヘラは、イアーソンの仲間として50人の屈強な若者を集めた。英雄ヘラクレス、テセウス、船大工アルゴス、アテナから航海術を伝授されたティピュス、竪琴の名人オルペウス。【アルゴ号の建造】船大工アルゴス、アテナの航海術によって、巨大な船を作った。
【コルキス王アイエテス】
イアーソンは、コルキス王に、金毛羊皮を譲ってくれるよう頼む。コルキス王は、イアーソンに条件を出す。
「1、青銅の足をもち、口から火を吐く牝牛で軍神アレスの聖地を耕すこと。2、竜の歯を撒き、土から出てくる戦士をすべて退治すること。」
イアーソンは、途方に暮れる。
女神ヘラは、アプロディーテーに頼んで、エロースに、コルキス王の娘メデイアが、イアーソンに恋するよう「金の矢」を射掛けさせた。
イアーソンに一目惚れしたメデイアは、イアーソンに魔法の薬草を渡し、この薬草を塗って不死身の体にした。メデイアは、金毛羊皮の番人の竜を眠らせて、イアーソンは金毛羊皮を奪った。イアーソンのアルゴ号は、船出した。コルキス王の軍隊が追ってきて、捉えようとした。メデイアは、コルキスの王子アプシュルトス=弟を殺害した。分断した遺体を海に撒いた。
メデイアは、イアーソンと航海の途中、島で結婚する。
【イオルコス王ペリアス】
金毛羊皮を持ち帰ったイアーソンだが、イオルコス王ペリアスは、金毛羊皮を受け取って、王位を返還しない。
メデイアは、イオルコス王の娘たちに「若返りの薬」があると言って近づく。イオルコス王ペリアスを切り刻んで大釜に入れ、「若返りの薬」を入れず、ペリアスは若返らず、命を落とす。
【コリントス王】
イアーソンは、イオルコスに居られなくなり、コリントスに行く。コリントス王から、娘グラウケの婿になってくれとの申し出を受け入れる。
【裏切られた王女メデイア】
裏切られた王女メデイアは、イアーソンとの間に生まれた子たちを殺害し、復讐を果たす。これは、エウリピデスの創案による。
メデイアは、ゼウスによって救われる。

エウリピデスの悲劇は、マケドニア人、マケドニア王室に愛された。『王女メデイア』の詩は、フィリッポス2世暗殺に、アレクサンドロスによって、用いられた。

★アレクサンドロスの妹クレオパトラの結婚式
側近護衛官パウサニアスに暗殺される
紀元前336年、夏、旧都アイガイで、アレクサンドロスの妹クレオパトラとエペイロス王アレクサンドロスが結婚式を挙げる。この結婚は、エペイロス王国とマケドニア王国の関係を修復するために、フィリッポス2世が画策したものである。クレオパトラはオリュンピアスの娘で、アレクサンドロスはオリュンピアスの弟であるから、2人は叔父と姪の関係であり、互いに幼なじみであった。クレオパトラは19歳、アレクサンドロスは25歳であった。政略結婚であるが良縁であった。結婚の祝宴で、フィリッポス2世が、貴族パウサニアスに劇場で、暗殺される。側近護衛官パウサニアスは、アッタロスに侮辱されたことに怨恨を抱き、それを罰しないフィリッポス殺害を実行した。
★フィリッポス暗殺事件
フィリッポス暗殺事件は、王妃オリュンピアスとその子アレクサンドロスが蔭で糸を引いた暗殺である。アレクサンドロスは、パウサニアスに、エウリピデスの悲劇の詩を引用して、「聞けば、汝、嫁の親と婿と嫁とを、脅しているという」(『メデイア』)と言って殺害を使嗾(しそう)した。アッタロスとフィリッポスとクレオパトラが、クレオンとイアソンとグラウケに対応するのであり、フィリッポスを殺すべしと指示したのである。メデイアが復讐したように、オリュンピアスは復讐を果たしたのである。フィリッポスは、47歳で死んだ。かくして、アレクサンドロスがマケドニアの王に即位した。★
★Pasolini, Medea 1969 ★Maria Callas
★ Cappadocia
★【参考文献】
文献目録、下記ページ参照。
トロイア戦争の始まり 失われた『叙事詩の円環』
https://t.co/JjeYXXOypq
旅する詩人、エウリピデス ギリシア悲劇の極致
https://t.co/BIXeFsq7GS
マケドニア王国 フィリッポス2世の死 卓越した戦略家
https://t.co/xcCI2H0le5
大久保正雄Copyright2016年7月27日

2016年7月16日 (土)

デルフィ、オイディプス王の悲劇

Ingres_odipus_and_sphinx大久保正雄『地中海紀行』52回デルフィ、アポロンの聖域 2
デルフィ、アポロンの聖域 オイディプス王の悲劇

運命の三叉路、スフィンクスの謎を解くオイディプス、コリントスから来た使者、羊飼い。
王妃イオカステは、真相を覚り、宮殿で自ら命を絶つ。
オイディプスは、王妃の黄金のブローチで目を突き、盲目となり、放浪の旅に出る。
若い日にみた、パゾリーニ『アポロンの地獄』。古代の扉を開いた。

*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

■オイディプス王 
Οἰδίπoυς τύραννoς
オイディプス王の伝説は、デルポイの神託から始まる。
テーバイ王ライオスは「自らの子によって殺される」という神託を受ける。我が子が誕生すると、ライオスは羊飼いに命じてみどり児をキタイロン山中に棄てさせる。しかし不憫に感じた羊飼いは人手に渡し、その子はコリントス王家で育てられ、王子オイディプスとして成長を遂げる。コリントス王妃ペリボイアに子がいなかったからである。
三叉路
成長したオイディプスは、コリントス王ポリュボスは実の父ではないという噂を聞き、眞偽を確かめるためにデルポイに赴く。アポロンの神託は彼の問いには応えず、「オイディプスは父を殺し、母と交わる」という預言を受ける。神託の成就を恐れたオイディプスは、コリントスには帰らぬと心に決め、パルナッソス山の麓の道を辿り、運命に導かれて自らは知らぬ生まれ故郷テーバイへと向かう。テーバイからデルフォイに神託を受けに行く途上にあるライオスと運命の三叉路で出会い、道争いの諍いが起き、その旅人を父とは知らず殺害する。
スピンクスの謎
ライオスはプラタイアイの王ダマシストラトスによって葬られ、王国はクレオンが継いだ。ヘラがスピンクスを送った。スピンクスは、女の面をし、鳥の翼をもつ獅子である。ムーサから謎を教わり、ピキオン山上に坐し、テーバイに謎をかけた。「一つの声をもち、四足、二足、三足になるものは何か。」スピンクスは、謎を解けぬ者たちを攫い食べた。クレオンは、「この謎を解いた者に王国とライオスの妻を与える」と布告した。
オイディプスは、スピンクスの謎を解いて、スピンクスは山から身を投じ、テーバイの国を困難から解放する。王なきテーバイの救済者なったオイディプスは新たな王となり、知らずに母イオカステを妻とする。歳月が流れ、テーバイを疫病が襲う。オイディプスに、嘆願の小枝を身につけた、老いた神官が、国を襲っている疫病からの救済を嘆願する場面から、ソポクレス『オイディプス王』は始まる。『オイディプス王』の悲劇は、以下のような物語である。
ライオス殺害の真相を追究
デルフォイの神託によって、「惡疫の原因は先王ライオス殺害の血の穢れにある」と知らされたオイディプスは、ライオス殺害の真相を追究する。老いた盲目の予言者テイレシアスを問いつめ「王が殺害者だ」と聞き、さらにテイレシアスを侮辱して「オイディプスが先王ライオスの子であり、父を殺して、父の妃を妻としている」という予言を聞くにいたる。
コリントスの使者
コリントスから来た使者が到着して、コリントス王ポリュボスの死を告げるが、オイディプスがポリュボスの実の子ではない、ライオス王に仕える羊飼いから譲り受けたことを、明らかにする。この時、王妃イオカステは、真相を覚り、宮殿で自ら命を絶つ。
呼ばれた羊飼いは、コリントスから来た使者に問いつめられて、真相を語り、自分がライオス王の子をコリントスの使者に渡したということを、認める。オイディプスは、王妃の黄金のブローチで目を突き、盲目となり、放浪の旅に出る。
■ペロプスの呪い
テーバイ伝説、ソポクレス『オイディプス王』は、テーバイ王ライオスが受けたデルポイの神託を前提として始まる。神託の内容は「妃と交わり子を成すなかれ、もし子をなすならば自らの子によって殺される」であり、生まれた子は、王によって踝に孔を開けられ両足を縛られ、キタイロンの山峡に捨てられた。ライオスの子は、牧人に拾われコリントス王ポリュボスの家で育てられる。王妃ペリボイアに子がいなかったためである。「腫れた足」を意味するオイディプスは、やがてデルポイの神託を成就することになる。
だが、それに遡り、ライオスがデルポイの神託を受ける原因は、ペロプスの呪いである。テーバイ王ライオスは、若い時、ペロプス王の宮廷に亡命していた。ペロプスの美しい王子クリュシッポスに、戦車を駆る術を教えている時に、恋し思いを遂げたため、王子は悩み自殺した。ペロプスは王子の死を悲しみ、ライオスを恨みライオスに呪いをかけた。ペロプスの呪いがテーバイ王家の惨劇の原因である。復讐の成就、呪いの実現により、悲劇が生まれる。
(cf.ソポクレス『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』『アンティゴネ』、アポロドーロス『ビブリオテーケー』3-5-5,7,8)
■旅路の果て
ペロプスの呪いが、テーバイ王ライオスを呪縛し死に至らしめ、オイディプス王を苦しめ、王妃イオカステは自害、縊死する。オイディプス王は、王妃の黄金のブローチで目を突き、盲目となり、放浪の旅に出る。旅路の果てに、老いたるオイディプスは、娘アンティゴネに手を引かれてコロノスに辿り着き、エリニュエス(復讐の女神たち)の聖所で終焉を迎えようとする。オイディプスは、我が子、エテオクレスとポリュネイケスを呪って死ぬ。テーバイの王権をめぐって、エテオクレスとポリュネイケスとが争い、ポリュネイケスと七人の将軍たちはテーバイを攻撃し、兄弟は死ぬ。
呪いは愛する者の復讐から生まれる。復讐は正義を実現する方法であり、ギリシア悲劇は愛と復讐のドラマである。自らの身に覚えのない呪縛を受けた身でありながら、運命を見つめ、運命と対峙し、耐えて生きたオイディプス。旅路の果てに、オイディプスが見たものは何か。
「人間にとってはこの世に生まれないことが幸せである。生まれたら早く去ったほうが幸せである。」(ソポクレス『コロノスのオイディプス』)という言葉は有名である。だがそれにもかかわらず、苦しみの深さに耐え、死の時まで、美と正義と善を追求して生きる人間の精神の中に、死すべき人間の尊厳がある。
★Jean-Auguste Ingres,Oedipus,1808,Louvre スフィンクスの謎を解くオイディプス
★デルフィの町
★デルフィ考古学博物館の糸杉
★【参考文献】
トゥキュディデス久保正彰訳『戦史』岩波文庫1966-67
ヘロドトス松平千秋訳『歴史』岩波文庫1971-72
ヘシオドス廣河洋一訳『神統記』岩波文庫1984
カール・ケレーニイ高橋英夫訳『ギリシアの神話 神々の時代』中央公論社1974
カール・ケレーニイ高橋英夫・植田兼義訳『ギリシアの神話 英雄の時代』中央公論社1974
アポロドーロス高津春繁訳『ギリシア神話』岩波文庫1953
ホメロス沓掛良彦訳『ホメーロスの諸神讃歌』平凡社1990
松平千秋、久保正彰、岡道男編『ギリシア悲劇全集』13巻、岩波書店1990-1992
高津春繁編『アイスキュロス、ソフォクレス』「世界古典文学全集8」筑摩書房1964
松平千秋編『エウリピデス』「世界古典文学全集9」筑摩書房1965
村田潔編『ギリシア美術』体系世界の美術5、学研1980
村田数之助『ギリシア美術』新潮社1974
ウェルギリウス泉井久之助訳『アエネイス』岩波文庫1976
アイスキュロス『エウメニデス』
ソポクレス『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』『アンティゴネ』
エウリピデス『ポイニッサイ』『イオーン』
大久保正雄Copyright 2002.10.02

2016年7月15日 (金)

デルフィ、光り輝く(ポイボス)アポロン アポロンの悲恋

Delphi_charioteer_0Ookubomasao115大久保正雄『地中海紀行』第51回デルフィ、アポロンの聖域1
デルフィ、光り輝く(ポイボス)アポロン アポロンの悲恋

カスタリアの泉を飲む者は、ギリシアに帰ってくる。光り輝くアポロンの神域。
いのちの海の波間に漂う、生と死。
知恵の泉に辿りつき、不死の泉に到る。
高貴な精神のなすところは、すべて麗しい。
斷崖の下に、海が見える。糸杉に囲まれた、パルナッソス山の麓、
死すべき人間の運命を予言する、大地の源。デルフィ
瀧は崖をくだり、不死の泉が流れる。
光り輝くアポロン、癒しのアポロン、苦悩する人を救う神。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

■デルフィ アポロンの聖域
デルポイは、パルナッソス山の麓、糸杉に覆われた、森嚴な幽邃の地、アポロンの神域である。デルフィは、古名デルポイ(デルフォイ)である。デルポイは、子宮を意味する。
パルナッソス山の南斜面に、デルポイ、アポロンの神域がある。深い谷が見える。斷崖の下にコリントス湾が見える。
糸杉に囲まれたデルポイの東南の斜面を上ると、シフノス人の宝庫跡、スパルタ人の宝庫跡、アテナイ人の宝庫がある。アテナイ人の宝庫はマラトンの戰いの後、勝利を記念して建てられた。パルテノン神殿を思い起こさせるドーリア式の柱が美しい。聖なる道を上って行くと、その上に、大祭壇があり、アポロン神殿がある。アルカイック期の建築であり、礎石の上に6本の柱のみが殘っている。アポロン神殿遺跡の上に円形劇場があり、さらにその上にローマ時代の競技場(スタディオン)がある。糸杉に囲まれ森閑とした聖域である。
デルポイの地に立つと、古代の神秘、聖なる息吹を感じる。デルポイは、紀元5世紀、テオドシウス2世の命令で、ローマ帝国によって破壊され、19世紀にフランス隊によって発掘されるまで土の中に埋もれ、千四百年の眠りから目覚めた聖域である。
■デルポイ、世界の中心 オンパロス(臍)
デルポイはギリシア人が世界の中心と考えた土地である。ギリシアのみならず、地中海のほとり各地から、オリエントからもアポロンの神託を求めて、地中海を航海し、古代の港キラに辿り着き、この地に旅して来た。コリントス湾の入江をはるかに見下ろす、デルポイは異国人たちが集まる場であり、地中海世界の情報が流れ着く地であった。有名な大地の臍(オンパロス)が、アポロンの神域にあった。アイスキュロス『エウメニデス』に「大地の中心をしめすオンパロス(臍)」と記されている。
ディオニュソスの秘儀の中心地
デルポイとは、デルポス(子宮)の複数形である。デルポイの古名はピュートーと呼ばれ、アポロンが退治した蛇の名であり、蛇の聖域であった。アリストテレス『哲学について』は、デルポイをピュートーと呼んでいる。また、ピユティアとも呼ばれる。またこの地は、トラキア・マケドニアから伝来したディオニュソスの秘儀の中心地の一つであった。
■神聖戦争
デルポイの富と聖域の支配権をめぐり、聖域が占拠され、神聖戦争が行われ、争奪の的となった。デルポイのアポロン神殿と聖域を守る隣保同盟(アンピクテュオネス)が、アポロン神殿領域を侵す者と戦った戦争が、神聖戰爭である。紀元前6世紀、紀元前5世紀、紀元前4世紀、3次に及んで、神聖戰爭が起きた。
紀元前586年、デルポイで、第1回ピュティア祭競技会がはじまった。全ギリシアから人々が集まり、アポロンの祭礼、競技会、音樂競技が行われた。紀元2世紀、『英雄伝』の著者プルタルコスは、デルポイの神官を勤めた。4世紀テオドシウス1世は、異教禁止令を布告、異教の供犠と祭式を彈圧、テオドシウス2世は、異教神殿破壊令を公布する。デルポイの神託は4世紀以後行なわれなくなり、千年以上に亙って行われたアポロンの神託は滅びた。
■デルフィ考古学博物館
デルフィ考古学博物館には、古代ギリシア美術の傑作がある。アルカイック期の作品には、「クレオビスとビトンの像」、「ナクソス人のスピンクス」、2体の女人柱(カリアティデス)が正面を支える優雅なイオニア式の「シフノス人の宝庫」がある。厳格様式時代の作品には、「デルポイの御者」がある。「デルポイの御者」は、シケリア島ゲラのポリュザイロスがデルポイに奉献したもの、静から動に移る瞬間の静寂を刻む。厳格様式の傑作である。ローマ時代の作品には、「プルタルコス像」がある。デルフィ考古学博物館にある「オンパロス」は、紀元前3世紀の複製であり、アポロンの神域にあるオンパロスは、ローマ時代の複製である。
■アポロン神殿
アポロン神殿遺跡は第5神殿であり、現在6本の柱のみが残る。紀元前548年、アポロン神殿が炎上した。紀元前530年、アテナイの貴族クレイステネスはデルフォイにアポロン神殿を奉献した。アポロン神殿は、東前面はパロス産大理石を用いて作られたが、他の部分は石灰岩を用いて作られた。神室内に託宣所(アデュトン)が組み込まれた。地下に大地の子宮のような地下神殿があった。アテナイ人の宝庫(テサウロス)は、マラトンの戦いの勝利を記念して建てられた。ドーリア式の柱が美しい。
■「汝自身を知れ」ソロンの言葉
アポロン神殿には「汝自身を知れ」という言葉が刻まれていた。ソクラテスは問答によくこの言葉を用いた。自己自身を探求する哲学の使命を表わす古代からの箴言である。 (cf.アリストテレス『アテナイ人の国制』19、ヘロドトス『歴史』第2巻180、第5巻62)
■アポロンの神託
デルポイは、オイディプスの父ライオス王に神託を下し、オイディプスに神託を下し、アトレウス家のオレステスに復讐を遂げることを命じて庇護し、ペルシア戰爭の時アテナイ人がこの地で神託を受けサラミスの海戰の暗示を受けて勝利、ソクラテスの友カイレポンに「ソクラテスより知恵ある者はいない」と神託を下した地である。
ピュティア(巫女)は、香り高い没藥の煙立つ神殿で、鼎の台座に坐り、アポロンの託宣を、自らの口を通して伝える。アポロンの神託を伺う者は、神殿の前で供物を捧げ、祭壇に近付き、生贄の羊を捧げ、生贄の羊の喉を切り裂き、祭壇に血を濯ぎ、内陣に入る。デルポイのアポロン神殿に仕えるピュティア(巫女)は、カスタリアの泉で身を清めて、神託伝授の役を勤めた。カスタリアの泉は、古代より清めの力が信じられている。(cf.ソフォクレス『アンティゴネ』,エウリピデス『ポイニッサイ』,エウリピデス『イオーン』)
人間は、人知を尽くして、理智的な判断を組み立て、行動する。だが人が考えた通りにすべてが運ぶとは限らない。人は、成功しない時、自分の判断、思考が誤っていたと考える。だがギリシア人は知っていた。「成功、不成功を決めるのは、必ずしも能力と努力ではなく、運が決める」。成否を決めるのは、偶然なのだということを知った時、人は運命を占うことしかできない。ソクラテスは言った。「右に行くべきか左に行くべきか、考えれば判断できる時に、神託に尋ねる必要はない。だがあらゆる事を考慮してなお結論を導くことができない時、あらゆる努力を尽くした時、運命に委ねるしかない。」*クセノフォン『ソクラテスの思い出』

★アポロンの神話
■遠矢射るアポロン、ポイボス(光り輝く) アポロン、パイアーン(癒しの神) アポロン
アポロンは、予言と音樂、學藝の神である。遠矢射るアポロンと呼ばれ、弓と竪琴を持っている。ゼウスとレトの子である。アポロンは、ポイボス(光り輝く)、パイアーン(癒しの神)と呼ばれる。アポロンの聖地は、デロス島とデルポイである。アポロンは、「ポイボスは、デロス島から、アテナ女神の支配する入り江に着き、パルナッソスの山間に来た。」(アイスキュロス『エウメニデス』)
ゼウスと交わったレトは、ヘラの嫉妬を受け迫害された。ゼウスと交わったレトはヘラによって大地のあらゆる場所に追われ、デロス島でアルテミスを生み、アポロンを生んだ。アルテミスは狩猟を司り、処女として身を守り、アポロンはパンから予言の術を学び、デルポイに来た。テミスの神託を守護していた蛇のピュトンが大地の裂け目に近づくのを遮り、退治し、神託を司った。
■アポロンの悲恋 ダプネ、カッサンドラ
アポロンの恋は常に悲劇的である。アポロンは、ダプネに恋したが、ダプネはアポロンの愛を拒んだ。アポロンがダプネを追うと、ダプネは、月桂樹に変身し、拒否した。  
アポロンは、またトロイのカッサンドラに恋し、予言の術を教えたが、カッサンドラはアポロンの愛を拒んだ。アポロンは、このため、カッサンドラの予言が誰にも信じないようにさせた。トロイ人たちは木馬を城内に入れてはならないとするカッサンドラの予言を聞かず、トロイの城はギリシア人に攻撃され、カッサンドラは不幸になった。
■ベルニーニ『アポロンとダプネ』
ローマのボルゲーゼ美術館に、ベルニーニ『アポロンとダプネ』がある。この彫刻の美しさは、言葉では語りえぬほどであり、ベルニーニの技量は神業である。『アポロンとダプネ』は、美の極致であり、我々の魂を、この世の暗闇から、瞬時、美の世界へ奪うのである。アポロンとアポロンの愛を逃れようとして樹木に変身するダプネの宿命と、渦まく情念のほとばしりが、上昇するうねりの中に形象化され比類なく美しい。
ギリシア人がトロイア人に木馬を送った時、カッサンドラと予言者ラオコーンは、木馬の中に武装した兵が隠れていると、言ったが、トロイア人たちは神への供物として、生贄の儀式を準備し、宴を張ろうとした。アポロンは、アポロン神殿で愛に耽ったラオコーンに復讐するため、蛇を送った。二匹の蛇が海を渡り、ラオコーンの2人の息子を喰い、ラオコーンを殺した。
■ヘレニズム彫刻の傑作『ラオコーン』
ロドス島の3人の彫刻家によって作られたヘレニズム彫刻の傑作『ラオコーン』がある。紀元前3-2世紀リンドスの三人の彫刻家ハゲサンドロス、ポリュドロス、アタノドロスによってリンドスの工房で作られた。この彫刻は、1506年1月14日、エスクィリヌスの丘、ネロの黄金宮殿(ドムス・アウレア)跡から発見された。
ラオコーン群像は、現在、ヴァティカン宮殿ベルヴェデーレの中庭に置かれている。プリニウス『博物誌』によれば、ティトゥス帝(AD79-81)の宮殿に置かれていた。ペルガモン王国のために作られ、ローマ人によってローマに運ばれた、ヘレニズム彫刻の傑作である。一匹の蛇が我が子を殺し、一匹の蛇がラオコーンの脇腹を噛み、ラオコーンの身体中に激痛が走る瞬間を、凍れる大理石の中に刻み、激情は時の流れを超えて止められた。ミケランジェロはこの作品を見て霊感を受けた。激情を湛えるラオコーン群像は、古代のバロックである。ヘレニズムのバロックが千八百年の時の流れを超えて蘇り、16世紀ルネサンス、バロックの藝術家とまみえることになったのは、運命という他はない。
*「ベルヴェデーレのアポロン」レオカレス原作 バチカン博物館
*「蠍を殺すアポロン」
★Delfi Charioteer デルポイの御者 デルフィ考古学博物館
★デルフィ アテナ・プロナイア神域
★アポロン神殿
★パルナッソス山 ファイドリアデスの岩壁
★デルフィ 円形劇場
★参考文献、次ページ参照。
大久保正雄Copyright 2002.10.02

2016年7月12日 (火)

旅する詩人、エウリピデス ギリシア悲劇の極致

Apollo_belvedere_vatican大久保正雄『地中海紀行』第48回ギリシア、愛と復讐の大地2
旅する詩人、エウリピデス ギリシア悲劇の極致

マケドニア王家は、エウリピデスの悲劇を愛した。
エウリピデスは、マケドニアに行き、75歳でその地で死す。波瀾の生涯。
アレクサンドロスは、エウリピデスの悲劇を愛し、
地中海都市、アレクサンドリアに、劇場を作り、悲劇を上演した。
エウリピデス劇は、不朽となった。
アポロンの神が、絶望する人を救う。

*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

■エウリピデス『オレステス』 ギリシア悲劇の極致
死の窮地に立たされたオレステスに救いの手を差し伸べる友ピュラデス。追いつめられた者が企てる陰謀。逆境に立つ友に、痛みをともに受け、救い出そうとする友情の美しさが、利己心に覆われた世界に光をもたらす。エウリピデスが、マケドニアに死の旅に旅立つ前、BC408年、アテナイで最後に書いた傑作である。
オレステスは、父アガメムノンを殺された復讐に、情夫アイギストス、母クリュタイムネストラを殺害した。母親殺しをし、復讐をなし遂げたオレステスは、苦悩し狂気に陥り、病に臥してしまう。娘を殺されたテュンダレオスがオレステスを告発し、アルゴス人たちは、民衆裁判にかけようとする。その時、メネラオスが漂白の旅から帰郷して、ヘレネを館に送り届け、夜が明けてから帰館した。オレステスは、叔父メネラオスに救いを求めたが、メネラオスはテュンダレオスに従い、協力しない。「小さな力で大きなものに立ち向かう見込みはない」と言う。ヘレネ奪還のためトロイ戰爭の総大将であった亡き義兄アガメムノンの仇討ちをしたオレステスを見殺しにするのである。この時、オレステスの友ピュラデスが現れ、民会に弁明するためにオレステスを抱き抱えて行く。民衆の間で議論が湧き起こり、エレクトラとオレステスの姉弟を石打により死刑に処するという結論が出された。しかしオレステスは、自ら命を絶つことを申し出る。民会から帰ったオレステス、ピュラデスとエレクトラの三人の間で、追いつめられた人間たちの謀議が為される。
ピュラデスは、「どうせ死なねばならぬなら、いっそのこと、メネラオスを道連れにしよう。」「ヘレネを殺し、メネラオスに罰を下そう」と提案する。オレステスは、「どうせ命を吐き出す身。敵に一泡ふかせてから死にたい。裏切者どもを逆に討ち果たしたい。」と言う。エレクトラは、「ヘレネが殺されて、もしメネラオスがオレステスやピュラデスや私に、何かしようとしたら、ヘルミオネを殺すと言ってやればよい。剣を抜いて、娘の喉元に突きつけておくのです。」「お前を殺そうとするなら、お前も娘の喉を切り裂いてやればよい。」二人はヘレネを殺害しようとするが、神慮によって消えてしまう。そこに現れたヘルミオネをエレクトラが館の中に入れ、二人は彼女を殺害しようとする。そこにメネラオスが現れ、三人から娘を助けようとする。オレステスはメネラオスに「アルゴス人たちに、死刑を止めるように説得せよ。」という。だがオレステスはピュラデスに館に火を放つようにいう。メネラオスは、アルゴス人たちに武器を執り助けに来るように求める。
■アポロンの神が、絶望する人を救う。
すべては窮地に陥り、行き詰まる。ここでアポロンがヘレネを従えて天空から現れる。クレーンで宙吊りになり籠に乗って現れる、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マーキナー)である。アポロンは、オレステスにはアテナイで裁判を受け、ヘルミオネと結婚すると予言する。そしてピュラデスにエレクトラを娶るように命じる。アポロンは「二人のこれからの人生は幸せが続く」と予言する。
エウリピデス『オレステス』は、ギリシア悲劇の極限であり、到達点である。『オレステス』は悲劇であるが、苦悩するオレステスは、苦難の後、アポロンによって救済され、幸福の予感のうちに、劇は終わる。エウリピデス劇は、波瀾にみちた複雑な展開、激情的な人物、窮地に陥った人々を、神が現れて救う機械仕掛けの神(デウス・エクス・マーキナー)が用いられる、メロドラマ的大衆性を帯びている。
『オレステス』は、エウリピデスがマケドニアに旅立つ前、紀元前408年、アテナイで最後に書いた悲劇である。エウリピデスは2年後に異郷の地で死に、再びアテナイに帰ることはなかった。

エウリピデスの生涯 75歳で異郷マケドニアの地で死す
『地中海人列伝』17
葛藤する激情のドラマ、陰謀劇を書いたエウリピデス。エウリピデスの名聲は、シケリアからマケドニアまで響きわたり、死後、地中海世界にとどろき渡った。
エウリピデス(BC480-406)は、第75オリュンピア紀、サラミスの海戰の年、サラミス島で生まれた。父ムネサルキデスは商人、母クレイトーは野菜売り女であった。
ムネシコロスの娘コイリレを娶ったが、結婚した妻が不貞を働いたため、女の情欲を曝露する劇『ヒッポリュトス』を書き、淫蕩な女であったため離婚した。再婚したが、前の妻以上に淫乱な女であったため、さらに熱心に女の悪口を書くようになった。
エウリピデス劇の女は、報われぬ愛に生きる女の悲劇でもあった。『ヒッポリュトス』は、ミノス王の娘アリアドネの妹、王妃パイドラーが先妻の子ヒッポリュトスに恋し、思いを遂げられぬため、自ら死を遂げ、遺書を残してヒッポリュトスを疑惑に陥れ死に至らしめ、復讐を遂げるという物語である。
初期の傑作『王女メデイア』は、コルキスの王女メデイアの物語である。魔術に通暁したメデイアは、愛するイアソンのために国宝「黄金の羊皮」を盗み出して、実弟を惨殺し、イオルコスにイアソンとともに行く。だがペリアスは王位返還に応じない。王位を簒奪したイアソンの伯父ペリアスを殺し、復讐者に追われた彼らはコリントスに亡命する。コリントス王クレオンの求めに応じて、イアソンはコリントス王女グラウケと結婚するため妻を棄てようとした。メデイアはイアソンに怨みを晴らすため、毒薬を施した衣を贈りコロントス王女を焼き殺しその父親もろとも殺害、イアソンとの間に生れた我が子をも殺し、復讐を遂げる。メデイアは、我が子を殺した後、太陽の神から贈られた有翼の龍車にのり、アテナイに逃亡、その地でパンディーオーンの子アイゲウスの妻となる。
エウリピデスは、世の中から隠遁して、サラミス島の海に臨む洞窟に閉じ籠もって海を眺めながら、執筆活動に耽った。洞窟で俗衆を避けて日々を送った。エウリピデスの作品に海の比喩が多い。理由はこのためである。
エウリピデスは、紀元前408年、『オレステス』上演後、アテナイを去って、マケドニア王国の首都アイガイに行き、アルケラオス王の宮廷に客となり、『アウリスのイピゲネイア』『コリントスのアルクマイオン』『バッカイ』を書き、紀元前406年、75歳の時、異郷マケドニアの地で、客死した。
『メデイア』からマケドニアで執筆した『バッカイ』『アウリスのイピゲネイア』まで、25年間創作活動に携り、生涯に92篇の悲劇を書いたが、優勝したのは5回であった。1回は死後甥のエウリピデスによって上演された。ギリシア悲劇全盛期、優勝することは少なかったが、彼の死後、ヘレニズム時代エウリピデス作品は圧倒的な支持を受け、最も多くの作品が残った。彼の人柄は狷介であったが、作品は民衆の人気を博した。  
ローマ帝国時代、地中海各地に建築された、大理石の劇場で、エウリピデスの悲劇は、最も愛された。苦悩する魂に、絢爛と燦めく狂言綺語の言語空間を構築し、藝術によって愛をもたらすエウリピデス劇は、二千年の星霜に耐えて、今も、比類なく美しい。
★Apollo Belvedere ベルヴェデーレのアポロン レオカレス原作
★ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」ウフィッツィ美術館
★Didyma Apollon Temple
★【参考文献】
『ギリシア悲劇全集』全14巻、松平千秋、久保正彰、岡道男編岩波書店1990-1992
高津春繁編『アイスキュロス、ソフォクレス』「世界古典文学全集8」筑摩書房1964
松平千秋編『エウリピデス』「世界古典文学全集9」筑摩書房1965
松平千秋「エウリピデスについて」『ギリシア悲劇全集』別巻、岩波書店1992
岡道男『ホメロスにおける伝統の継承と創造』創文社1988
中村善也『ギリシア悲劇入門』岩波新書1974
エウリピデス中務哲郎訳『オレステス』『ギリシア悲劇全集』
アポロドーロス高津春繁訳『ギリシア神話』岩波文庫1953
ホメロス呉茂一訳『イリアス』岩波文庫1953
オウィディウス中村善也訳『変身物語』上・下、岩波文庫1981-1984
松村一男『ギリシア神話』2012
呉茂一『ギリシア神話』新潮社1970
高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店1960
大久保正雄2002.11.27

2016年7月11日 (月)

愛と復讐 アイスキュロス『オレステイア』三部作

Ookubomasao11020460231_leonardo_da_vinchi_leda_i_大久保正雄『地中海紀行』第47回ギリシア、愛と復讐の大地1
愛と復讐 アイスキュロス『オレステイア』三部作

トロイア戰爭の始まり 美の爭い
失われた「叙事詩の円環」

美しい海、エーゲ海、
燦めく海。風の息吹、大地と光がある限り、
苦難を受けし魂に、幸いをあたえよ。
苦しみに涙が頬つたう時、伶人が奏でる、玲瓏の楽の音。
オルペウスの竪琴のごとく、すべての生けるもの、樹霊に至るまで、
心震わせる、悲しみの調べ。
燦めく眼の美しい乙女は、愛を囁き、翼ある言葉を放つ。

絶望の果てに、微かな光が見えるならば、
今ある苦しみを耐えることができる。
美しい魂よ、死の淵より、蘇れ。

*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

■ギリシア悲劇 愛と復讐のドラマ
ギリシア悲劇の人間たちは、運命に対峙しながら、理想と信念を貫きとおし、理想に殉じるがゆえに、滅びてゆく。滅びを覺悟しながら自己の理想に殉じる、精神において、高貴な人間である。高貴な魂が、純粋であるがゆえに、苦難に遭い死を遂げる時、悲劇が生れる。
愛するもののために戦い、復讐する高貴な魂。愛の情熱は絶望の焔をあげて燃え上る。ギリシア悲劇は、果たせぬ思い、見果てぬ夢、報われぬ愛、晴らせぬ怨み、人間の苦しみに、光をあてる。生きることの本質は苦しみであると考えた、ギリシアの悲劇詩人たちは、人間の苦しみを直視する。悲劇詩人は、苦しむ人、泣く人、怒る人、復讐を企てる人に、限りない愛を注ぐ。運命の力がいかに強くとも、自己の運命を切り開くことができる。たとえ敗北に終わっても、戰いの軌跡は、人がこの世に生きた証しである。
 生命は死を孕んでいる。だからこそ、生は尊く、一瞬の燦めきを放ち、美しい。ほんとうに生きるためには、一度死んで再び蘇らねばならない。死と再生の秘儀をへて、眞に優れた生きかたが始まる。枯れた死の大地から、春が蘇るように。受難の苦しみを経て、蘇る魂こそ、眞の精神である。知恵は、苦悩から生れる。悲劇は死と再生の秘儀である。新しく生れるためには、死から蘇らねばならない。死からの蘇りがなければ、生はない。ディオニュソスの秘儀から悲劇は生まれた。ディオニュソスが二度生まれた神であるように、死の苦しみ、苦難の果てに、美しい精神が生まれることが悲劇の主題である。一粒の麦、地に落ちて死なずば、もとのままにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし。
 アイスキュロスが書いた最晩年の悲劇『オレステイア』三部作は、ギリシアのみならず人類史に殘る傑作であり、アルゴスの王家3代にわたる復讐のドラマである。死を以って死に報い、血で血を洗う、呪われたアトレウス王家の復讐劇。アポロンの神託によって、復讐を遂げクリュタイメストラを殺害し、正義を実現したオレステスが、復讐の女神たち(エリニュエス)によって追求される。「復讐によって正義は実現される」復讐劇を構築した。ソポクレスは、運命と対峙し生きる人間の悲劇を書いた。オイディプスは、善き意志と不屈の意志によって、謎を解き、不条理な運命を知り、運命に突きつけられた自己を受けいれる。運命劇である。エウリピデスは、復讐の連鎖と運命の呪縛に、陰謀によって対決し克服する不屈の魂を陰謀劇によって書いた。苦しむ人、救いなき人に、神々は救いをもたらす。有限なる精神は、藝術においてのみ、運命と和解し、宇宙の調和に到達することができる。

■三人の悲劇詩人 アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデス
ギリシア悲劇は、紀元前5世紀、最盛期を迎えた。早春、花萌える季節、ディオニュシア祭で、予選を勝ち抜いた三人の悲劇詩人の新作が上演された。3本の悲劇と1本のサテュロス劇を披露して優勝を競った。作品が現存するのは3人だけである。3大悲劇詩人、アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデスである。
アイスキュロスは、聖域エレウシスで生れた神官の家系である。海を臨む岬の上、壮麗な神域の地である。ペルシア戦争で自ら剣をとって戦い、榮光のアテナイの歴史を生きた貴族である。シケリア島のゲラで、榮光のうちに、69歳で死んだ。
ソフォクレスは、アテナイ郊外コロノス・ヒッピオスの地、裕福な騎士階級に生まれた。ソフォクレスは、人柄、才能、家系、容貌、財産、すべてに恵まれ、將軍として活躍した。アテナイ隆盛期の頂点から、ギリシア内乱による没落を自らの目で見た。エウリピデスの死を悼み黒衣をまとい、その年、92歳で死んだ。破綻なき人生は、流麗なドラマ展開をもつ作品に現れている。
エウリピデスは、サラミス海戰の年、サラミスで生れた。孤独を愛する異端児である。サラミスの洞窟に閉じ籠もって海を眺めながら、悲劇を書いた。作品は、最も刺激的で戦慄にみちた展開をもつ。波瀾にみちた複雑な展開の果て、窮地に陥った人々を、神々が現れて救う。マケドニアのアルケラオス王の宮廷で75歳で死んだ。

■アイスキュロス『オレステイア』三部作 アトレウス王家の悲劇
アイスキュロスは、晩年、悲劇『オレステイア』三部作(BC458)を書いた。この傑作を書いた後、シケリア島ゲラに旅立ち、その地で死んだ。
第1部『アガメムノン』
トロイアの落城後、アルゴス王宮で、帰国したアガメムノンが、留守中、彼の従兄弟アイギストスと情を通じた妻クリュタイメストラによって、殺害される。
 アガメムノン殺害は、二つの復讐を意味していた。
 アガメムノンの父アトレウス王は、テュエステスを王位をめぐる争いによって、国と家から追放した。テュエステスは、救いを求める嘆願者として、国に戻って來たのだが、神を恐れぬアトレウス王は、宴を張り実の子供たちの肉を食べさせた。アトレウスに対する復讐魔(エリニュエス)が、死せるアガメムノンの妻の姿を借りて、死者に償いをさせたのだ。
 ヘレネを奪ったパリスに対する報復を遂行するために、トロイア遠征に向かうギリシア軍は、女神アルテミスが起こした嵐によって、アウリスの港で、船出を止められた。アガメムノンは、嵐を鎭めるために、自らの娘イピゲネイアを生贄として、ヘレネ奪還を祈って、捧げた。アガメムノン夫妻の娘イピゲネイアを、アガメムノンが犠牲にしたことに対する恨みが、報いを受けたのである。「爲したる者は受けるべし」という復讐の原理が主導する。
第2部『供養する女たち』
 アガメムノン殺害の復讐をするために、国外に亡命していたオレステスが帰国し、アイギストスと母クリュタイメストラの下で忍従の暮らしを強いられていた姉エレクトラと再會し、姉の助けによって母とアイギストスを討つ。殺害者に対する殺害、復讐に対する復讐のドラマである。「大地が吸った血は消えず、凝結して復讐を呼ぶ。」復讐はさらなる復讐を呼ぶ。殺害されたアイギストスとクリュタイメストラの二人の血は、償いを求める。
第3部『慈みの女神たち』
 オレステスは、母親の殺害を促していたアポロン神のデルポイにある神殿に逃れ、神の加護を求める。復讐の女神たち(エリニュエス)がオレステスを追って来る。
 アポロンは、オレステスに、復讐の女神の追及を逃れアテナイに辿り着き、アテナ女神の加護を願うように説く。オレステスは、アテナイのアクロポリス、アテナ女神神殿に現れる。オレステスの祈りに応え、アテナ女神が現れ、オレステスと復讐の女神の言い分を聞き、アテナイ市民の裁きに委ねる。オレステスが被告で、復讐の女神が原告である。アポロンみずから弁護人になる。12人のアテナイ市民の投票が行なわれ、双方同数であった。裁判長アテナ女神が、オレステス無罪に一票を投じ、オレステスは救われる。復讐の女神は、怒り狂うが、アテナ女神は彼女らを宥め「慈みの女神」(エウメニデス)に変身させる。
■タンタロス家の惨劇
アイスキュロス『オレステイア』三部作は、アガメムノンの父アトレウス王家の呪いから始まる。だが、アトレウス王家の呪いは、それを遡るタンタロス家の呪縛に原因がある。
 タンタロスは、美貌ゆえに、神々に寵愛されて、神々の宴に列することを許されたが、宴の秘密を人間たちに漏らし、或いは神々の飲料ネクタルと神餐アムブロシアを人間に与えたため、或いは我が子ペロプスを殺して神々に供したため、地獄(タルタロス)で責め苦を受ける。エウリピデス『オレステス』では、宙に吊るされて罰を受ける。
 神々の力によって美しく蘇ったペロプスは、ポセイドンに愛されて有翼の戰車を得て、ピサの王オイノマオスの下にヒッポダメイアの求婚に赴く。オイノマオスは、娘の求婚者たちに戰車競技に勝てば結婚を負ければ殺すという条件で競走し、求婚者の首を刎ねていたのだが、ヒッポダメイアはペロプスを一目見て恋に陥る。王の御者であるヘルメスの子ミュルティロスが、王女に秘かに恋い慕い、ペロプスに王国の半分を与えると約束されて、オイノマオスの戰車の車軸の釘を抜いたため、オイノマオスは戦車に引き摺られて死ぬ。この時、オイノマオスはペロプスとミュルティロスに呪いをかけながら死ぬ。ミュルティロスがヒッポダメイアを犯そうとしたため、ペロプスは、ミュルティロスを岬から突き落として殺すが、ミュルティロスはペロプスの子孫に呪いをかけて死ぬ。
■アトレウスとテュエステスの争い
ペロプスとヒッポダメイアの間に生まれた子が、アトレウスとテュエステスである。アトレウスとテュエステス兄弟がミュケナイの王位をめぐって爭い、黄金の羊の所有者に王権を委ねることにした。この羊はヘルメスが我が子の怨みを晴らすために送りこんだものである。アトレウスが秘蔵していたがアトレウスの妻アエロペがテュエステスと情を通じ羊を与えたのでテュエステスが王となった。ゼウスは、太陽が西から昇り東に沈んだらアトレウスが王になるという、約束が二人の間に結ばれ、アトレウスが王になりテュエステスを追放する。
■アトレウス王家の呪い
アトレウスは妻アエロペの姦通を知り、テュエステスをおびき寄せ、その子供たちを殺して料理して父親に食わせる。テュエステスは神託により自らの娘ペロペイアと交わり、アイギストスを生み、復讐をこの子に託す。アイギストスはアトレウスを殺し、クリュタイメストラと情を通じアガメムノンを謀殺する。
アガメムノンは、ミュケナイ人を支配して、テュンダレオスの娘クリュタイムネストラを、その前の夫テュエステスの子タンタロスをその子もろとも殺害して、妻とし、王子オレステス、娘たちクリュソテミス、エレクトラ、イピゲネイアが生まれた。メネラオスは、ヘレネを娶り、テュンダレオスが彼に王国を与え、スパルタに君臨した。(cf.アポロドーロス『エピトメー』)
■レダと白鳥
絶世の美女レダは、双子の美女クリュタイムネストラとヘレネを生んだ。
テュンダレオスは、テスティオスの娘レダを娶った。レダが余りにも美しかったため、ゼウスは、白鳥の姿となってレダと交わり、2つの卵から2組の双子が生まれた。カストールとポリュデウケースの兄弟とクリュタイムネストラとヘレネの姉妹である。カストールは戰爭の術に通暁し、ポリュデウケースは拳闘の技に熟達、ディオスクーロイ(ゼウスの子)と呼ばれた。姉妹は、スパルタの兄弟と結婚した。ヘレネは、スパルタ王メネラオスと結婚し、クリュタイムネストラは、メネラオスの兄ミュケナイ王アガメムノンと結婚した。(cf.アポロドーロス『ビブリオテーケー』)アガメムノンとメネラオスは、ともにアトレウスの子である。アガメムノンとクリュタイムネストラの間に生まれた子が、エレクトラ、オレステス、イピゲネイアである。2人の美女は運命の子である。クリュタイムネストラは夫である王アガメムノンを殺害し、ヘレネはトロイ戰爭の原因となった。絶世の美女は不幸の原因であった。クリュタイムネストラとヘレネは、美貌ゆえに、人を惑わし破滅させた。美しい容貌の下に、醜い心が隠れている。

■失われた叙事詩の円環
今は失われた『叙事詩の円環』8編77巻のなかに、トロイア戰爭の原因と結末、戰爭後のギリシア人たちの帰国、運命が書かれていた。ギリシアを旅立ってから20年におよぶ壮大な戰いと放浪の叙事詩、その一部にアルゴス王家の伝説が書かれていた。『叙事詩の円環』は、『キュプリア』『イリアス』『アイティオピス』『小イリアス』『イリオス落城』『オデュッセイア』『ノストイ』『テレゴニア』である。
■トロイア戰爭の始まり 美の爭い
神々の饗宴
ゼウスは、美しい海の女神テティスと交わろうとしたが、生れてくる子は父より優れた者であるという予言のため、断念し、ペレウスが交わるように手配した。アイギナ島の英雄ペレウスは、海の女神テティスを捕まえ格闘し、テティスを妻にすることにした。ペレウスとテティスの間に生まれた子がアキレウスである。(オウィディウス『変身物語』)ペレウスと女神テティスの婚礼に、神々の宴会が開かれ、オリュンポスの神々が集まった。爭いの女神(エリス)は、この宴に招かれなかった。エリスはこれを恨み、「最も美しい女に」と書かれた黄金の林檎を、投げ込んだ。エリスは西の涯ヘスペリデスの園から黄金の林檎を持ってきたのである。女神たちはこの林檎を奪い合った。最後まで、ヘラ、アテナ、アプロディテの三人の女神が、爭い合った。トロイア戰爭の原因はこの三人の女神の爭いであった。(cf.『キュプリア』)
三人の女神、美の爭い
 ゼウスは、冥界の道案内人ヘルメスに、三人の女神をイデ山の羊飼いパリス(アレクサンドロス)の所に導くように命じた。女神たちは、自分を選んでくれた時には、パリスに見返りとして贈物を与える約束をした。ヘラは全人類の王となることを、アテナは戰いにおける勝利を、アプロディテは絶世の美女ヘレネを、与えることを約束した。女神たちは、権力と武力(名誉)と恋愛とを、パリスの前に提示して、選択をせまったのである。パリスは、美女を選び、アプロディテに黄金の林檎をわたした。これがパリスの「美の審判」である。
 美女ヘレネはすでに結婚していてスパルタ王メネラオスの妻であった。パリスは、スパルタへと出帆した。九日間メネラオスの宮殿で歓待され、十日目にメネラオスが母の父の葬儀のためクレタ島に旅立ったとき、美の女神アプロディテはヘレネがパリスを熱愛するように魔力をかけた。ヘレネは、九歳の娘ヘルミオネを後に残し、財宝を船に積み込み、海に出た。だがヘラは暴風を起こし、地中海の東の涯、シドンの港に辿りついた。(cf.アポロドーロス『エピトメー』)
トロイア戰爭の始まり
 メネラオスは、妻ヘレネを奪われて怒り、ミュケナイの兄アガメムノンの所に行き、全ギリシアから英雄を集め、トロイアに遠征することに決めた。
ゼウスがトロイア戦爭を起こした目的は人類を滅亡すろことにあった。「神々はヘレネの美を道具にして、ギリシア人とプリュギア人を互いに戦わせ、満ち溢れる人間の暴虐を、大地から一掃するために、屍の山を築いただけである。」(エウリピデス『オレステス』)「ヘレネの淫らな血の一滴と引き換えにギリシア人の生命が枯れ、その汚染された腐肉一グラムと引き換えに一人のトロイア人が殺された。」(シェイクスピア『トロイラスとクリセダ』) ヘレネは、ギリシア人にとってもトロイア人にとっても多くの死者をもたらした不幸の原因であり、忌まわしき女であった。(cf.アポロドーロス『エピトメー』)
★ヴォロマンドラのクーロス アテネ考古学博物館
Kouros of Volomandra
★レオナルド派「レダと白鳥」ウフィッツィ美術館、ボルゲーゼ美術館、ウィルトンハウス Leonardo, Leda, 1505-10 Francesco Melzi
★アプロディーテとパンとエロース アテネ考古学博物館
 Aphrodite, Pan, and Eros
参考文献、次ページ参照。
大久保正雄Copyright 2002.11.27