「大徳寺 本朝無双之禅苑」・・・権力の禅院、「観音猿鶴図」牧谿筆、「琴棋書画図襖」狩野永徳筆、「曜変天目」建窯、龍光院蔵
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第502回
豊臣秀吉、徳川家康、前田利家、後醍醐天皇、生き残りのための戦略、権力者を翻弄する寺院。
【織田信長の葬儀、大徳寺の羽柴秀吉】
【織田信長、天徳院殿 卒哭忌 拈香(ねんこう)、百日忌、卒哭忌、お市の方、妙心寺、天正10年9月11日】
大徳寺、天正10年(1582年)11月11日から17日、葬儀の警備は3万人、弟の秀長が取り仕切る中、池田輝政と羽柴秀勝(信長の四男)が信長の棺を持ち、秀吉が寄り添った。
【清須会議、織田信雄、織田信孝、三法師】【賤ヶ岳の戦い】1583(天正11)年、【小牧長久手の戦い、羽柴秀吉、織田信雄、徳川家康】【関ケ原の戦い】1600【大阪夏の陣、豊臣秀頼、豊臣滅亡】1615
京都・紫野に広がる大徳寺は、開山・宗峰妙超(大燈国師)の峻烈な禅風を今に伝える、洛北随一の巨刹です。1326年の開山以来、各時代を代表する名僧が輩出し、天皇や戦国武将、千利休をはじめとする茶人たちの信仰を集めながら発展してきました。なかでも、後醍醐天皇は大徳寺を「本朝無双の禅苑」と讃え、日本に二つとない禅苑としての光を放つことになります。
大徳寺開創700年の節目の年にあたる2026年、通常非公開の名宝が一堂に会する展覧会は実に41年ぶり、そして東京では初の機会となります。塔頭や大徳寺派寺院を含む大徳寺山内の寺宝を一挙公開し、その真髄に迫ります。
国宝、「観音猿鶴図」牧谿筆 中国 南宋時代・13世紀 大徳寺蔵
国宝、「琴棋書画図襖」(部分)狩野永徳筆 室町時代・16世紀、京都・聚光院蔵
国宝、「曜変天目」中国・建窯 南宋時代・12~13世紀、京都・龍光院蔵
国宝、「大井戸茶碗 喜左衛門井戸」韓国慶尚南道 朝鮮時代・16世紀、京都・孤篷庵蔵
「諸悪莫作、衆善奉行しょあくまくさ しゅぜんぶぎょう」は仏教の基本を示す。「悪いことをせず、善いことをせよ」という単純な意味ですが、「三歳の子供でも知っているが、八十歳の老人でも実践は難しい」。
【運命の扉を開く人】多くの人は運命に従って生きる。人は定められた道を歩く。迷うのが怖いからだ。だが、障害を克服して、自由意志を貫く人間もいる。命をかけて扉を開く人がいる。人は命がけで自由意志の尊さを知る。神々が真に望むのは、人類が自ら自分の運命を書く日が来ることだ。君には書ける。真に偉大なのは、輝く理念のために、運命に立ち向かい、扉を開く人である。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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序章、禅の広がり――心から心へ
重要文化財、「龍虎図」伝牧谿筆 中国 南宋時代・咸淳5年(1269)大徳寺蔵【後期展示】
国宝、「観音猿鶴図」牧谿筆 中国 南宋時代・13世紀 大徳寺蔵【前期展示】
狩野松栄は、狩野派を大成した父・元信と、天才と称された息子・永徳の間に挟まれ、目立たない存在。しかし、大徳寺に残された《仏涅槃図》は高さ6メートル超。
およそ90年ぶりに寺外で公開される大作。重要文化財「仏涅槃図」狩野松栄筆 室町時代・永禄6年(1563)
大徳寺蔵【前期展示】
京都の町を焼き尽くした応仁の乱。その戦火のなか、一休宗純は大切な寺宝「看読真詮榜」を袋にいれ、首にかけて避難したと伝わります。
今に残る一巻は、一休が命がけで守り抜いたものかもしれません。本展では、一休が実際に首にかけたといわれる袋と一緒にご紹介します。その他にも歴史エピソードをご紹介
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国宝「看読真詮󠄀榜」宗峰妙超筆 南北朝時代・14世紀 京都・真珠庵蔵
第1章、大徳寺の開創
宗峰妙超は、花園上皇・後醍醐天皇の帰依を受け、嘉暦元年(1326)、紫野の地に大徳寺を開く。
複雑な政治状況のなか、大徳寺は南朝・北朝の両朝から支えられて発展し、「本朝無双の禅苑」と讃えられるに至る。
国宝、「宗峰妙超像」自賛 南北朝時代・建武元年(1334)大徳寺蔵【前期展示】
国宝、「後醍醐天皇宸翰置文」南北朝時代・元弘3年(1333)大徳寺蔵【後期展示】
第2章、大燈禅の継承
宗峰の法を嗣いだ徹翁義亨によって礎が築かれた後、大徳寺は林下としての道を歩んでいく。
そして15世紀、養叟宗頤と一休宗純の時代には堺の町衆にも新たな外護者を広げ、大きく進展することとなった。
重要文化財、「一休宗純像」(部分)自賛、宗辨禅人請 室町時代・15世紀 京都・酬恩庵蔵【前期展示】
書悪 重要文化財、「七仏通戒偈」一休宗純筆 室町時代・15世紀、京都・真珠庵蔵【前期展示】
「達磨図」墨谿筆、一休宗純賛 室町時代・寛正6年(1465)京都・真珠庵蔵 【後期展示】
第3章、戦国武将と塔頭
15世紀から16世紀にかけ、一休宗純を開祖とする真珠庵をはじめ、主要な塔頭が相次いで創建された。
寺勢拡大の背景には、堺衆や三好長慶、織田信長、豊臣秀吉といった戦国武将らによる帰依があった。
重要文化財、「仏涅槃図」狩野松栄筆 室町時代・永禄6年(1563)大徳寺蔵【前期展示】
「織田信長像」(部分)狩野永徳筆 安土桃山時代・天正12年(1584)大徳寺蔵【後期展示】
国宝、「大井戸茶碗 喜左衛門井戸」韓国慶尚南道 朝鮮時代・16世紀、京都・孤篷庵蔵【通期展示】
第4章、江戸時代の名僧
寛永6年(1629)、幕府の法度に抗議した沢庵宗彭、玉室宗珀らが処罰される「紫衣事件」が起こる。
しかし江月宗玩のとりなしにより危機を乗り越え、寛永13年(1636)、大燈国師300年遠忌が無事にとり行なわれた。
重要文化財、「油滴天目」中国北方 金時代・12~13世紀
京都・龍光院蔵【11/25(水)~12/6(日)展示】
国宝、「曜変天目」中国・建窯 南宋時代・12~13世紀、京都・龍光院蔵【前期展示】
第5章、禅宗美術の精華
国宝、「琴棋書画図襖」(部分)狩野永徳筆 室町時代・16世紀、京都・聚光院蔵【後期展示】
重要文化財、「百鬼夜行絵巻」(部分)伝土佐光信筆 室町時代・15世紀
京都・真珠庵蔵【半期で巻替え】
第6章、禅とともに――大徳寺三門の世界
千利休は、なぜ秀吉の怒りを買ったのか?
大徳寺・三門の楼上に置かれた、利休の木像。
秀吉は、「門をくぐる天下人を踏みつけるのか」と激怒したとも——。
通常非公開の三門「金毛閣」の楼上空間を、会場に再現。歴史が動いた舞台。
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参考文献
「桃山―天下人の100年」東京国立博物館・・・室町幕府崩壊、戦国武将、愛と復讐の壮大なドラマ
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「桃山―天下人の100年」2・・・金碧障壁画、織田信長と狩野永徳、秀吉と長谷川等伯
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「桃山―天下人の100年」3・・・茶の湯、足利義政、織田信長、今井宗久、千宗易、豊臣秀吉、楽長次郎
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織田信長、茶を愛好、本能寺の変、天下布武、天下の三肩衝・・・戦う知識人の精神史
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織田信長、本能寺の変、孤高の城、安土城、信長の価値観
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織田信長、第六天魔王、戦いと茶会・・・戦う知識人の精神史
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特別展「桃山―天下人の100年」東京国立博物館 平成館 特別展示室
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2020年10月6日(火) ~ 2020年11月29日
参考文献2
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参考文献「大徳寺 本朝無双之禅苑」・・・権力の禅院、「観音猿鶴図」牧谿筆、「琴棋書画図襖」狩野永徳筆、「曜変天目」建窯、龍光院蔵
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織田信長、浅井三姉妹、織田弾正忠の血を残す者・・・稲生原の戦い、本能寺の変、将軍秀忠の娘、千姫、家光
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羽柴秀吉、中国攻め、本能寺の変、小牧長久手の戦い、豊臣滅亡
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【お市、信長の妹として生まれ、2度落城、波乱万丈の人生】天下一の美女、36歳で死す
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開創700年記念 特別展「大徳寺 本朝無双之禅苑」
平成館 特別展示室
2026年10月14日(水) ~ 2026年12月6日(日)
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