ツタンカーメンの生涯と謎・・・秘められた古代エジプトの宗教的意味
ツタンカーメンの生涯と謎に、秘められた古代エジプトの宗教的意味を考える。
ツタンカーメンの生涯と謎
ネフェルティティの生涯と謎
アクエンアテン王の生涯と謎
ツタンカーメンの生涯は謎に満ちている。ツタンカーメンの心臓が発見されないのは何故か。大神官アイに暗殺されたのか。ネフェルティティの墓はどこにあるのか。アクエンアテン王の異形の容貌は、長頭族か、アマルナ革命はなぜ行ったのか。アテン神とは何か。
ネ第18王朝の王たちの苦難に満ちた人生は、自身の天職と運命とが矛盾する人間に知恵と神秘と力を与える。真言陀羅尼、呪文を唱え、運命を拓く。
ツタンカーメン(在位:紀元前1332〜1323年頃)は、8〜9歳で即位した若きファラオ。19歳で死す。彼の父であるアクエンアテン(アメンホテプⅣ世)は、唯一神アテン(太陽神)を崇拝する急進的な宗教改革を行い、従来の多神教信仰を廃止するという劇的な政策転換を行った。
しかしこの改革は民衆に受け入れられず、アクエンアテンの死後、幼いツタンカーメンは即位とともに伝統的な多神教を復活させた。彼は自身の名前は本来の「ツタンカーテン(アテンに生ける像)」から「ツタンカーメン(アメンに生ける像)」へと改め、かつての国家神アモン(アメン)をはじめとする神々の崇拝を復興させた。宗教的功績こそが、短い治世におけるツタンカーメンの最大の業績。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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1、ツタンカーメンの生涯と謎
【ツタンカーメン】Tutankhamen, King Tut, 紀元前1335 ? - 紀元前1327年頃)は、古代エジプト第18王朝のファラオ(在位: 紀元前1336年頃 - 紀元前1327年頃。
【ツタンカーメンの墓の謎】
ツタンカーメンの墓は、ネフェルティティの墓がツタンカーメンの墓に転用された。彼が急死したため。【ツタンカーメンの死因】大神官アイ(宰相)による暗殺。戦車からの転落による骨折。諸説あり。
【ツタンカーメンの秘宝】5000点。黄金のマスク。黄金の三重の棺。アンケセナーメンとの休憩の図像の椅子。アヌビス神憎。黄金の厨子。アラバスター製カノポス容器。黄金の胸飾り。隕石の短剣。黄金の短剣。
【ツタンカーメンの心臓が発見されない】
カノポス容器に心臓が含まれていないのは重要な点である。古代エジプト人は心臓を魂の宿る場所と信じていたため、心臓だけは遺体の中に残された。ツタンカーメンの心臓は遺体の中からも発見されず。後述する「心臓の秤量」の審判で必要となるためでもあり。
カノポス・チェストを納めた精巧なカノポス・シュライン(厨子)。金箔で覆われた木製の廟堂の形をしており、台座にはスレッジ(橇)が付いています。屋根部分にはコブラと太陽円盤の装飾が施され、柱にはツタンカーメンの名前と称号を記す聖刻文字が刻まれています。
写真の手前に見える女神像はセルケトで、頭に持つサソリが女神の象徴です。セルケトをはじめとする4女神が四方でこの厨子を囲み、王の内臓が納められた石膏の箱を魔除けの力で守護していた。 他の副葬品も宗教的意味に満ちている。墓から発見されたシャブティ(ウシャブティ)像と呼ばれる小さな人形たちは、死後の王に代わって農作業などの労役を行う従者として作られました。ツタンカーメンの墓には100体以上のシャブティが納められており、彼らを魔法で“働かせる”ための呪文(「シャブティの呪文」)も用意されていました。
『エジプト死者の書』の第6章に相当するその呪文は、葬儀の際に唱えられるかミイラと共に埋葬され、冥界で像に命を吹き込むと信じられていたのです。その他、棺を守護する黒いジャッカルの姿をしたアヌビス神の像、魔除けや再生を象徴するスカラベ(聖甲虫)の護符、永遠の生命を表すアンク(生命の鍵)形の装飾品、日常生活に必要な家具・衣服・楽器・玩具までもが副葬品として納められていました。これらすべてが「現世同様の生活を来世でも送れるように」との願いと、数々の神々の加護を得てツタンカーメンが安らかに冥界を旅できるようにとの祈りを反映している。
【埋葬品に込められた象徴 — 副葬品とカノポス容器】
ツタンカーメンの墓からは5,000点を超える副葬品が出土した。それら一つ一つが、古代エジプト人の死後の世界への備えと信仰を物語っています。注目すべきは、ミイラと共に埋葬されたカノポス容器と呼ばれる内臓収納用の壺や箱です。ツタンカーメンの場合、石膏で装飾された大きな木製の厨子(カノポス・シュライン)の内部に、美しい石膏(アラバスター)製の四角い棺桶状の箱(カノポス・チェスト)が収められていた。
箱の中は四つの区画に仕切られ、それぞれに少年王の顔をかたどった小さな金の棺(ミニチュアのカノプス棺)が納められており、肝臓・肺・胃・腸の四つの内臓が保管されていた。
箱の蓋の上部にはコブラ(ウラエウス)の飾りがずらりと並び、箱の四隅と側面には女神イシス、ネフティス、ネイト、セルケトの4柱の女神像が腕を広げて立っている。彼女らはそれぞれ四方を守護し、内部の王の臓器を守る役割を担っている。
【黄金のマスク】ツタンカーメンの顔そのものを理想化して表現黄金製の覆面です。マスクにはネメス頭巾、その額にはコブラ(下エジプト女神ワジェト)とハゲワシ(上エジプト女神ネクベト)。王が上下二つの国を統べる存在であることと同時に、二柱の女神に守られている。
【黄金の中棺の蓋部分】木製棺に金箔やガラスが細工され、ファラオの顔が精巧に再現されている。瞳は黒曜石と水晶で象られ、生きているかのような表情。額には守護神であるコブラ(ウラエウス)とハゲワシの飾りあり、上下エジプトの統一王であることを示しています。胸元には青い石(ラピスラズリ)などで彩られた首飾りが描かれ、手に握る曲がり杖とムチが王の権威とオシリス神の再生力を表しています。黄金のマスクもこの中棺と同様の意匠で作られており、まるで生前の王が神々しい姿で眠っているかのような印象を与えます。
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ツタンカーメン発掘100年・・・古代エジプトの王と王妃と女王
https:/ /bit.ly /3usmqy p
ベルリン・エジプト博物館所蔵「古代エジプト展 天地創造の神話」・・・絶世の美女ネフェルティティ王妃とアマルナ美術の謎
https:/ /bit.ly /39mttQ 1
ツタンカーメン、黄金の秘宝と少年王の真実・・・少年王の愛と苦悩
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クレオパトラとエジプトの王妃展・・・生と死の秘密、時の迷宮への旅
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石浦章一「ツタンカーメンの謎に新説!正体不明のミイラが彼の母親だった!?、「王家のDNA」解析からわかったこと
ラムセス大王・・・カデシュの戦い、平和条約。王妃ネフェルタリ、94歳で死す
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ツタンカーメンの生涯と謎・・・秘められた古代エジプトの宗教的意味
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2、ネフェルティティの生涯と謎
【ネフェルティティ】紀元前1370年-紀元前1330年BC1371-1331。15歳で、アメンホテプⅣ世と結婚。6人の娘を生む。2人は王妃となる。男子は生まず。彼女はツタンカーメンの義母となる
【ネフェルティティの謎】ネフェルティティの両親が誰かは不明。2つの説があり、1つは、後にファラオとなる大神官アイと、その妻テイ(Tey)のあいだの娘とする説、もう1つは、ミタンニ王女タドゥキパ(Tadukhipa)を彼女に比定する説。ネフェルティティの墓はどこにあるのか。
【ネフェルティティの記録の消失】在位12年(紀元前1338年)と推定される碑文が、彼女の娘メケトアテンについて言及する最後の記録である。この日付の後、少ししてメケタトンは死去した。アマルナの王家の谷にあるアクエンアテンの墓の浮き彫りは、彼女の葬儀の様を表している。アクエンアテンの在位14年(紀元前1336年)、ネフェルティティ自身に関する歴史的記述が一切消える。アクエンアテン王の死後、3年間統治する。女王にはならず、圧倒的影響力もつ。ネフェルティティ像、ベルリン博物館。アマルナ移転前。
紀元前1331年、40歳で死す。ネフェルティティの死はミステリー。名前、消され、墓、消滅。【ネフェルティティがネフェルネフェルウアテン(Neferneferuaten)の名で女性ファラオとなった】と主張「エイダン・ドドソン」だが3年で退位らしい。
【ネフェルティティ、子女】メリトアテン( ネフェルティティの長女)。スメンクカーラーの妃。メケトアテン(ネフェルティティの次女)。アンケセンパーテン (三女)。のちのアンケセナーメン、 ネフェルネフェルウアテン・タシェリト、 メリトアテン、 ネフェルネフェルウラー、 セテプエンラー、 メケトアテン【アンケセナーメン】ツタンカーメン王妃
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3、アクエンアテン王の生涯と謎
父はアメンホテプ3世、母は正妃ティイ。
【アクエンアテン王の謎】異形の容貌は、長頭族か、アマルナ様式の孤蝶表現か。アマルナ革命はなぜ行ったのか。アテン神とは何か。アメン神=ラーとはどう違うのか。
【アクエンアテン王のミイラと棺】王家の谷のKV55 、2010年、ザヒ・ハワスらの調査により、DNA鑑定でツタンカーメンのミイラと比較した結果、このミイラはほぼ間違いなくアクエンアテンであることが発表された。それと共に、母ティイとツタンカーメンの母のミイラ(共にアメンホテプ2世王墓(KV35)で発見)も身元が特定され、ツタンカーメンの母はアクエンアテンの同父同母の姉妹であることが明らかになった
【アメンホテプⅣ世=アクエンアテン王】紀元前1362年? - 紀元前1333年、29歳
【アマルナ革命】
治世5年目(前1367年ごろ)アテン神を崇敬。アク・エン・アテン(「アテン神に有益なる者」)に改名した。アマルナ(テル・エル・アマルナ)として知られる新都アケトアテン(「アテンの地平」の意)の建設開始。アマルナ様式。
在位7年(紀元前1343年)、王国の首都はテーベより、アケトアテンへと遷都された。新都の建設はなお進行中であり、更に2年を要して紀元前1341年頃に都市としての体裁を整えたと考えられる。
【アマルナ革命、失敗】
在位中はアメン神とその妻ムト女神の名前を神殿から削り取る、神像を破壊する等して迫害。他の神にも及んだ。アテン神に傾倒するあまり国民の支持を失い、またトトメス3世より維持してきたアジア植民地に注意を払わず、治世末期にはエジプトは大きく領土を減らした。アクエンアテン自身も後継者と定めたスメンクカーラーの死去後数年で亡くなり、
【アメン神への信仰復興】次王ツタンカーメン(トゥトアンクアメン)の治世ではアテン神信仰からアメン神への信仰復興が行われた
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参考文献ツタンカーメン発掘100年・・・古代エジプトの王と王妃と女王
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ベルリン・エジプト博物館所蔵「古代エジプト展 天地創造の神話」・・・絶世の美女ネフェルティティ王妃とアマルナ美術の謎
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ツタンカーメン、黄金の秘宝と少年王の真実・・・少年王の愛と苦悩
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クレオパトラとエジプトの王妃展・・・生と死の秘密、時の迷宮への旅
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石浦章一「ツタンカーメンの謎に新説!正体不明のミイラが彼の母親だった!?、「王家のDNA」解析からわかったこと
ラムセス大王・・・カデシュの戦い、平和条約。王妃ネフェルタリ、94歳で死す
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ツタンカーメンの生涯と謎・・・秘められた古代エジプトの宗教的意味
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