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2023年4月の記事

2023年4月25日 (火)

どうする家康、三井記念美術館・・・孤独な少年、竹千代、家康10の決断

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第325回
孤独な少年、竹千代、元信・元康・家康10の決断。
孤独な少年、松平元康は、今川家の人質として、ひっそりと生涯を終えると思っていた。家康をいかに情けなく描くか、それが勝負。
織田信長像、明智光秀像、豊臣秀吉像、徳川家康像、24歳で亡くなった祖父、松平清康像、於大の方像、金陀美具足、家康の武具、長篠の戦い、小牧長久手の戦い、石川数正出奔、関ヶ原の戦い、大坂の陣の合戦図屏風。
戦国時代、安土桃山、江戸時代、歴史の物的証拠の展覧会。
江戸城にあった徳川家康の遺品は、久能山東照宮に保存され、徳川美術館に所蔵された。
虚飾を剥ぎ取った、家康像は何か。情けない家康公、徳川四天王、三河家臣団の活躍、幸運の生涯
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
【家康の選択、戦乱に満ちた生涯、75年】今川家の人質、桶狭間の戦い、三河一向一揆弾圧、金ヶ崎の窮地、三方原の戦い、長篠の戦い、信康事件、本能寺の変・伊賀越え、小牧長久手の戦い、関ケ原の戦い、大坂の冬の陣、夏の陣。
徳川家康【運を掴む者、掴まぬ者】【本多忠勝、酒井忠次、三河家臣団に恵まれる】【清洲同盟21年】【伊賀越え、知恩院で自刃すると家臣を脅す】【碌を与える者には権を与えず。権を与える者には碌を与えず】【17歳から74歳まで戦争】【経済と政治の分離】【厭離穢土欣求浄土】口先営業の宗教弾圧
【桶狭間の戦い、大高城を包囲する4砦、織田信長】永禄三(1560)年五月、大高城は今川義元をおびき寄せる罠、18日、松平元康は大高城に兵糧入れ。大高城を包囲する信長方の鷲津砦(北東)、丸根砦(東)、正光寺砦(南)、氷上山砦(西)の付城。19日、義元、桶狭間にて討たれる。
【織田信長、松平元康、清洲同盟(永禄5(1562)年1月)】家康18歳、織田信長27歳、瀬名20歳前後、お市12歳前後、秀吉23歳、柴田勝家40歳、酒井忠次35歳、石川数正29歳、本多忠勝13歳、鳥居元忠23歳、鳥居忠吉72歳、水野信元40歳、今川氏真24歳。
【織田信長、正親町天皇、勅命講和】信長の敵対勢力に対する度重なる講和の勅命を実現。元亀元年(1570年)朝倉義景・浅井長政との戦い、天正元年(1573年)足利義昭との戦い、天正8年(1580年)石山本願寺との戦いにおける講和は、いずれも正親町天皇の勅命によるものである。今谷明 『信長と天皇―中世的権威に挑む覇王』1992年
【織田信長の葬儀】天正10年9月11日、妙心寺で勝家やお市が主催し百日忌。この時の法名は「天徳院殿二品前右相府龍巌雲公大居士」清玉上人が命名した天徳院殿。12日、秀吉は養子としていた信長の四男・秀勝を立て大徳寺で百日忌、法名「総見院殿贈大相国一品泰巌大居士」
松平元康から家康、徳川家康、カネで買った系図
【作られた系図、徳川家康、金300貫と馬で従五位下三河守に叙任、清和源氏の末裔として『徳川』を名乗る】関与したのは関白近衛前久。正親町天皇。
【ルネサンスと戦国時代】ミケランジェロ(1475-1564)、シェイクスピア(1564-1616)、織田信長(1534-1582)、豊臣秀吉(1537-1598)、徳川家康(1543-1616)、フェリペ2世(1527-1598)、フランソワ1世(1494-1547)、カルロス1世(カール5世)(1500-1558)、ルイス・フロイス(1532-1597)、明智光秀(1516-1582)、細川藤孝(1534-1610)、カラバッジョ(1571-1610)
「人間の真の姿がたち現れるのは、運命に敢然と立ち向かう時である」シェイクスピア『トロイラスとクレシダ』「この世は舞台、人はみな役者だ」『お気に召すまま』
――
【家康、人生の3分の1を過ごした駿府、今川の人質、竹千代、松平元信、臨済寺、太原雪斎】小和田哲男。家康は今川義元と織田信長のハイブリッド。国づくりは義元に学び、外交関係は織田信長から学んだ。小和田哲男
今川義元の軍師、臨済寺の太原雪斎から教え「戦いを好む者は、必ず滅ぶ」「天下は一人の天下に非ず。天下は天下の天下なり」
【駿府、幼少期、壮年期、晩年】天文18年(1548)、今川義元の人質となる。永禄3年(1560)桶狭間の戦い、今川義元の戦死。19歳の家康は岡崎城に帰還。29歳から45歳、浜松城。【5か国、三河、遠江、駿河、甲斐、信濃、領有時代】駿府に戻ってくる。慶長10年(1605)、将軍職を秀忠に譲り大御所となる。慶長12年(1607)、駿府城を築く。大阪城の豊臣秀頼に対抗するため、大手門を西に向ける。朱印船貿易。駿府10万人、江戸に15万人。
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【学問僧は、庭園の糸杉に呪文を呟き、密教真言を唱える、敵は滅びる。愛犬が守護精霊となって蘇ってくる、学問僧を守る。守護霊が敵を滅ぼす。如意輪観音、愛染明王は、学問僧を救う】
【利益重視の女はどんなにきれいでも嫁にしてはいけない。カマキリの雌は交尾後、雄を食べる。ハリガネムシとなって寄生する】アル中の向上心のない男と結婚する女はクズ。騙そうとする人は心地よい、体に悪いものは美味い、酒は万病の元。ガン、脳梗塞、痴呆症の原因は飲酒癖。
秘密を風に教えてはいけない、森全体に伝わる。お金には敏感になれ、一気に与えると腐る、棘がある良い人になれ。騙そうとする人は心地よい、体に悪いものは美味い、酒は毒薬。見栄張りの人の心は小さい、真相バラされると憎しみ付きまとう。不公平は当たり前。行きたくない会合は、喜んで行くか、断れ。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
★展示作品の一部
<展示構成>
第1章 家康誕生-今川からの独立と三河平定
第2章 戦国乱世の選択-今川・武田との抗争
第3章 豊臣大名徳川氏-豊臣政権下の家康
第4章 天下人への道-関ヶ原から江戸開府
第5章 大御所時代-駿府の生活と大坂の陣
第6章 東照大権現-家康、神となる
■家康の生涯をたどる
徳川家康は、今川氏真、武田信玄・勝頼、豊臣秀吉、石田三成など、強敵たちと時に手を組み、戦い、天下人へと登りつめた。死後、「東照大権現」として神となった。
★大日本五道中図屏風(駿府・久能山の部分) 8曲2双 江戸時代(19世紀) 三井記念美術館蔵 通期展示
江戸から長崎までの街道を描いた鳥瞰図的な絵図。家康の没後30年頃の景観が描かれており、岡崎城、浜松城、駿府城、名古屋城、関ヶ原の戦いの布陣、久能山東照宮など家康の一生をビジュアルにたどることができる。
■若き日の凜々しき武装
★重要文化財 金陀美具足  桃山時代(16世紀) 久能山東照宮博物館蔵 通期展示
大河ドラマ「どうする家康」では若き日の松平元康が桶狭間の戦い以来、ずっと着用して奮戦しているのが印象的な金色の甲冑。そのモデルがこの「金陀美具足」きんだみぐそく。
家康及び徳川十六将図 伝狩野探信守政筆 江戸時代(17~18世紀) 久能山東照宮博物館蔵 前期(4/15~5/14)展示
徳川家康とそれを支えた16人の武将たち。多くは三河時代からの譜代の家臣たち。
■今川・武田との抗争
家康は一時、武田信玄と同盟を結び、今川氏が支配する遠江へ侵攻する。今川氏を倒した家康の前には、次に信玄が立ちふさがる。家康は元亀3年(1572)信玄と遠江の三方ヶ原で戦い、大敗北を喫する。しかし、信玄はまもなく病死、息子の武田勝頼との激しい攻防が始まる。
★長篠合戦図屏風 6曲1隻 江戸時代(17世紀) 名古屋市博物館蔵 4/15~5/7展示
天正3年(1575)、家康と織田信長の連合軍が三河の地で勝頼と戦い、大勝利する。それが長篠の戦い。天正10年(1582)、信長と家康は勝頼を自害に追い込み、武田氏は滅亡。その直後、信長は明智光秀の本能寺の変により自刃。
■秀吉と家康
★小牧長久手合戦図屏風 6曲1隻 江戸時代、名古屋市博物館蔵 4/15~5/7展示
本能寺の変のあと、家康は信長の息子織田信雄と手を結び、秀吉に対抗する。小牧・長久手の戦い、家康は長久手の合戦で勝利したが、最終的に信雄が秀吉と和睦。家康もその後、秀吉の妹を娶り、秀吉の臣下となって豊臣大名として政権を支える。天正18年(1590)、家康は秀吉の小田原攻めに参陣、小田原の北条氏は滅亡。その後、家康は関東への領地替えを命じられ、江戸を本拠とする。
■天下分け目の関ヶ原の戦い
★重要文化財 関ヶ原合戦図屏風(津軽屏風)8曲1双 左隻 桃山~江戸時代(17世紀) 大阪歴史博物館蔵 前期(4/15~5/14)展示
慶長3年(1598)に豊臣秀吉が死ぬと、家康の天下人への歩みが始まる。
慶長5年(1600)、石田三成を中心とする西軍と、家康と組んだ東軍とが雌雄を決する関ヶ原の戦いが起きる。この天下分け目の戦いに勝利した家康は征夷大将軍に任じられ、江戸に幕府を開く。
■三井記念美術館の国宝刀剣
★国宝 短刀 無銘 正宗(名物 日向正宗) 鎌倉時代(14世紀)三井記念美術館蔵 前期(4/15~5/14)展示
石田三成が所持したことのある名刀で、関ヶ原の合戦で水野日向守勝成が手に入れたことから日向正宗と呼ばれる三井記念美術館が所蔵する国宝刀剣を展示。後期(5月16日~6月11日)、同館所蔵の国宝刀剣で、秀吉や家康が所持した「短刀 無銘 貞宗」(名物 徳善院貞宗)を展示。
■天下人が愛したもの
家康は秀忠に将軍職をゆずり、大御所として慶長12年(1607)から元和2年(1616)亡くなるまで、駿府城(静岡市)で過ごした。愛刀ソハヤノツルキ、ゼンマイ式時打ち時計として国内現存最古の洋時計など、家康が駿府城で身近に使っていた遺愛品は他界後に、久能山東照宮に納められた。
★要文化財 太刀 無銘 光世 切付銘 妙純伝持 ソハヤノツルキ ウツスナリ
★鎌倉時代(13~14世紀) 久能山東照宮博物館蔵 前期(4/15~5/14)展示
★重要文化財 洋時計 1573年 久能山東照宮博物館蔵 前期(4/15〜5/14)展示
この洋時計は慶長16年(1611)に家康がスペイン国王から贈られたもの。スペイン属領のフィリピン総督らが航海中に房総沖で遭難し、家康が救助したことの謝礼。
家康、神「東照大権現」となる
最後で最大級の「どうする家康」、2度にわたる大坂の陣、冬の陣、夏の陣(1614、1615年)。
豊臣氏を滅亡させた家康は、戦国の世に幕を下ろし、徳川幕府による太平の世を実現させた。
大坂夏の陣の翌年、元和2年(1616)に家康は駿河で鷹狩り中に発病。死期を悟った家康は「久能山に遺骸を納め、葬礼を増上寺で行い、三河の大樹寺に位牌を置き、一周忌以後に、日光山に小さき堂を建て、関八州の鎮守となりた」という遺言を残して駿府城で他界した。75歳。死後に、家康の神号が検討され、「東照大権現」と決まり、家康は神となった。
★東照大権現像 天海僧正賛写 江戸時代(17~18世紀) 久能山東照宮博物館蔵 通期展示
――
★参考文献
本多隆成『徳川家康の決断』2023
本多隆成『定本 徳川家康』2010
太田牛一『信長公記』新人物文庫
和田裕弘『織田信忠 天下人の嫡男』2019
織田信長【西狩獲麟】孔子は、衝撃を受けた。太平とは縁遠い時代に本来出てきてはならない麒麟が現れた上、捕まえた人々がその神聖なはずの姿を不気味だとして恐れをなすという事態に、孔子は自分が今までやってきたことは何だったのかと失望から、自分が整理を続けてきた魯の歴史書の最後にこの記事を書いて打ち切った。『春秋』「哀公十有四年春、西に狩して麟を獲たり」
織田信長、理念を探求する精神・・・美と復讐
【無能な管理職に復讐する方法】無能が支配する管理社会。なぜ日本組織は未だに大日本帝国、上意下達、忖度官僚だらけ。カネで魂を売る大衆は烏合の衆【織田信長、正親町天皇による勅命講和】1570生涯最大の窮地、志賀の陣、金が埼の退き口、秀吉、家康、光秀、結集
織田信長、天の理念のための戦い。徳姫の戦い・・・愛と美と復讐
【明智光秀、計略と策謀の達人】「その才知、深慮、狡猾さにより信長の寵愛を受けた」「裏切りや密会を好む」「己を偽装するのに抜け目がなく、戦争においては謀略を得意とし、忍耐力に富み、計略と策謀の達人。人を欺くために72の方法を体得し、学習したと吹聴していた」
細川家の至宝、珠玉の永青文庫コレクション・・・織田信長「天下布武」と菱田春草「黒き猫」
どうする家康、三井記念美術館・・・孤独な少年、竹千代、家康10の決断
https://bit.ly/3oBk8NX
――
特別展、どうする家康、三井記念美術館
――
特別展、どうする家康、三井記念美術館、4月15日~6月11日
【東京展】2023年4月15日(土)~6月11日(日)
会場:三井記念美術館
【岡崎展】2023年7月1日(土)~8月20日(日)
会場:岡崎市美術博物館
主催:岡崎市美術博物館、NHK名古屋放送局、NHKエンタープライズ中部
【静岡展】2023年11月3日(金・祝)~12月13日(水)
会場:静岡市美術館

2023年4月22日 (土)

東洋陶磁、安宅コレクション名品選101・・・狂気と礼節のコレクター、美的な価値の基準はどこにあるか

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Ataka-collection-senoku-2023
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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第324回
飛青磁、油滴天目、木葉天目の美しさは卓越している。速水御舟の絵画コレクション、中国韓国陶磁コレクション、気品と静謐と峻烈を誇る美術は必見の価値がある。安宅英一(1901-1994)は、王侯貴族でもなく、現代において、なぜ、贅沢なコレクションを蒐集できたのか。美的な価値の選択基準はどこにあるのか。
王侯貴族の美術蒐集家としては、唐の太宗皇帝李成民、コジモ・デ・メディチ、ロレンツォ・デ・メディチ、フェリペⅡ世、フランソワ1世を思い出す。王侯貴族の楽しみは、至高の藝術コレクションである。王侯貴族は、美的な価値の選択基準を持っていた。
織田信長は、天下一の藝術家、知識人を見い出した。狩野永徳、千利休、津田宗及、本因坊算砂、ルイス・フロイス、信長の近臣、沢彦宗恩、牛田牛一、武井夕庵。
【ルネサンス、フランソワ1世】フランソワ1世(1494-1547)、1515年20歳でフランス王に即位。レオナルドを招く。1516年秋、メルツィとサライを連れてアンボワーズ城に来る。フランソワ1世は、『聖アンナと聖母子』の下絵に彩色させるために、レオナルドをフランスに呼んだ。「主席画家、技師、並びに建築家」の称号をアンボワーズの宮廷で与えられる。レオナルド64歳。
1517年10月10日、レオナルドは、訪問した枢機卿ルイジ・アラゴーナに3枚の絵を見せる。『ジュリアーノ・メディチ(1453-1478)*のために描かれたあるフィレンツェの婦人の肖像』(モナリザ1503-1505)*『洗礼者聖ヨハネ』(Leonardo,San Giovanni,1514)『聖アンナと聖母子』(1510)。レオナルドは、シャンボール城を設計する。レオナルド(1452-1519)67歳で死す。
フランス革命直後、1793年、新しい市民社会の獲得と共に、歴代の王室コレクションが一般公開されたのがルーヴル美術館の誕生である。現在は35万点以上を所蔵する。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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展示作品の一部
《加彩 婦女俑》(かさい ふじょよう)
中国 唐時代 8世紀
大阪市立東洋陶磁美術館(住友グループ寄贈/安宅コレクション)
写真:六田知弘
国宝《油滴天目 茶碗》
中国 南宋時代 12-13世紀
大阪市立東洋陶磁美術館(住友グループ寄贈/安宅コレクション)
写真:六田知弘
重要文化財《木葉天目 茶碗》
中国 南宋時代 12-13世紀
大阪市立東洋陶磁美術館(住友グループ寄贈/安宅コレクション)
写真:六田知弘
国宝《飛青磁 花生》(とびせいじ はないけ)
中国 元時代 14世紀
大阪市立東洋陶磁美術館(住友グループ寄贈/安宅コレクション)
写真:六田知弘
青磁刻花 牡丹唐草文様 瓶
中国 北宋時代 11-12世紀
《粉青鉄絵 蓮池鳥魚文 俵壺》
朝鮮時代 15世紀-16世紀
《青磁鳳凰耳花生》
中国 南宋時代 12-13世紀
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参考文献
『大阪市立東洋陶磁美術館、安宅コレクション名品選101』青幻社2023
不変/普遍の造形—中国青銅器名品選・・・饕餮文、鴟鴞文、殷周の謎の文様
https://bit.ly/3HmqojF
「桃山―天下人の100年」3・・・茶の湯、足利義政、織田信長、津田宗及、千宗易、豊臣秀吉、楽長次郎
https://bit.ly/35ZPK2F
「響きあう名宝─曜変・琳派のかがやき─」・・・幻の曜変天目、本能寺の変
https://bit.ly/3UYWOpe
織田信長、第六天魔王、戦いと茶会・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/3gqTr5n
織田信長、茶を愛好、本能寺の変、天下布武、天下の三肩衝・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/2R1G0fU
東洋陶磁、安宅コレクション名品選101・・・狂気と礼節のコレクター
https://bit.ly/40u9Bl4
――
展覧会概要
世界有数の東洋陶磁の名品を所蔵する大阪市立東洋陶磁美術館。その中核をなすのが、安宅産業株式会社の会長であった安宅英一氏(あたか・えいいち 1901-1994)の美意識によって収集された961件におよぶ東洋陶磁からなる「安宅コレクション」です。従来の伝統的な価値観や枠組みにとらわれることなく、安宅英一という一人の芸術家的な眼をもった収集家によって築かれたコレクションで、国宝《飛青磁 花生》《油滴天目 茶碗》に代表される優れた中国陶磁143件、高麗・朝鮮時代を代表する作品を数多く含む韓国陶磁791件を中心に構成されます。
安宅英一は父の安宅弥吉の安宅商会に入社後、26歳でロンドン支店長となり、帰国後30代半ばから音楽や美術に関する支援活動を始めました。戦後日本のクラシック音楽のパトロン、近代の日本画家・速水御舟のコレクターとしても知られる彼は、昭和26年(1951)安宅産業の事業の一環として美術品購入が認められると、本格的な東洋陶磁の収集を開始し、それは経営が行き詰まる昭和51年まで続きました。その後、散逸の危機に直面した「安宅コレクション」を大阪市に寄贈し、美術館建設に寄与したのが、大阪を基盤とする住友グループでした。本展では、安宅コレクションから国宝2件、重文11件を含む名品101件を選び、珠玉の東洋陶磁を紹介します。
また、こうした住友グループの文化貢献の基盤には、住友家十五代当主であった住友春翠(すみとも・しゅんすい 1864-1926)が育んだ近代的な社会貢献活動(図書館や美術館などの文化施設建設、内国勧業博覧会開催支援など)がありました。大阪市立東洋陶磁美術館設立への支援は、近代住友の社会貢献精神を受け継いだ戦後の住友グループの文化貢献事業を象徴する大きな事業のひとつといえます。リニューアルオープンした新しい展示室 で、中国陶磁、韓国陶磁の名品、さらに住友コレクションの中国絵画の国宝《秋野牧牛図》や高麗仏画の重要文化財《水月観音像》(展示替えあり)とのコラボレーションをご覧頂きます。
展示構成(予定)
*掲載作品の所蔵はすべて大阪市立東洋陶磁美術館(住友グループ寄贈/安宅コレクション)
1.珠玉の名品室 
安宅コレクションを代表する珠玉の名品をご紹介します。茶の湯的な美意識や近代以降の新たな鑑賞陶磁や民芸的な美意識を超えて、安宅英一が見出した「美」の神髄をご堪能ください。
2.韓国陶磁室 
安宅コレクションの中でも質、量ともに世界有数のコレクションである韓国陶磁。その柔らかな美しさは早くから日本人の心を魅了しました。長く立ち上がる頸が優美な高麗時代の《青磁陽刻 牡丹蓮花文 鶴首瓶》、比類ない朝鮮時代の逸品《粉青鉄絵 蓮池鳥魚文 俵壺》など、各時代を代表する名品を紹介します。
3.中国陶磁室
宋・元・明時代を中心とする中国陶磁は、昭和40年代に入手した鴻池家伝来の国宝《飛青磁 花生》、酒井家伝来の国宝《油滴天目 茶碗》、加賀前田家伝来の重要文化財《木葉天目 茶碗》という伝世の茶の湯の名品に代表されます。また、「雨過天晴」とも形容される北宋時代の宮廷用の汝窯青磁や各名窯の優品など見どころ満載です。
4.住友コレクションとの競演
陶磁器の器形には、中国古代青銅祭器から継承されたものが多くみられます。特徴的な形に注目し、住友コレクションとの競演をお楽しみ頂きます。
https://www.artpr.jp/senoku-tokyo/atakacollection101
――
大阪市立東洋陶磁美術館、安宅コレクション名品選101、泉屋博古館東京、3月18日(土)~5月21日(日)

2023年4月12日 (水)

中野晃一講演会『強者の支配か自由な共存か』5月28日、上智大学、1号館402教室

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中野晃一講演会『強者の支配か自由な共存か』5月28日、上智大学、1号館402教室
中野晃一、上智大学国際教養学部教授。政治学、政治哲学。『右傾化する日本政治』岩波新書『私物化される国家 支配と服従の日本政治』角川新書 質疑応答、大久保正雄『ことばによる戦いの歴史としての哲学史』理想社
2023年5月28日、上智大学1号館402、午後2時~4時、上智大生は学生証提示で無料。一般1000円(資料代含)  問い合わせ 上智大学ソフィア会 03-3238-3041
――
古今東西、理念に基づいて行動し政治を実現する人は希少である。理想的な政治家はどこにいるのか。私利私欲によって行動し泥棒政治を実行する政治家。「人間はポリス的動物である」『政治学』「すべての人は善を求める」『ニコマコス倫理学』。民衆は最善を選ぶことができるか。世界の趨勢は民主制が減少している。独裁国家、富裕層が支配する国が71%。制度は民主政であるが、実態は独裁国家、寡頭制国家である。プラトン、アリストテレス、マキャベリへと継承された「政治形態論」から何を学ぶべきか。堕落した国家の諸形態、独裁政、寡頭制、衆愚政。王政、貴族政、民主政。昏迷の国、日本の闇に打ち克つ方法は何か。
――
戦争は作られる。孫崎享『国際政治、覇権争い、ウクライナ戦争』【質疑応答】孫崎享×大久保正雄、ソフィア文化芸術ネットワーク
https://bit.ly/3GOXmJm
中野晃一講演会『強者の支配か自由な共存か』5月28日、上智大学、402教室
https://bit.ly/43qH56n

2023年4月 6日 (木)

ルーヴル美術館展、愛を描く・・・2、キリスト教の愛、オランダ黄金時代、画中画の秘密

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第322回
文明は滅びても、愛は滅びない。古代ギリシア文化、古代ローマ文化、キリスト教文化、ルネサンス、オランダ黄金時代の画中画の秘密、18世紀ロココ貴族の愛欲、革命の新古典主義、ロマン主義の反逆、19世紀イタリアの婚姻契約。「人間の真の姿がたち現れるのは、運命に敢然と立ち向かう時である」「この世は舞台、人はみな役者だ」(シェイクスピア)
【ルネサンス、メディチ家のプラトン・アカデミーの夢】1462年コジモは、フィチーノにプラトンの原典とカレッジの別荘を与えた。ロレンツォは1492年43歳で死に、詩人ポリツィアーノは毒殺、ピコも毒殺、フィチーノは1499年死ぬ。ルネサンスの夢は、マニエリスム、バロック、ロココ、新古典主義、ロマン主義の藝術家によって蘇る。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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キリスト教の愛・・・神の意思により降誕した神の子イエス
4、サッソフェラート(本名 ジョヴァンニ・バティスタ・サルヴィ)《眠る幼子イエス》(1640-85頃)
聖母マリアの腕の中で眠る幼子イエスがあどけない表情を浮かべ、聖母マリアは慈しむように我が子を抱きながら視線を子へ向けている。父なる神の意思により降誕した神の子イエスと、幼子イエスを抱く聖母マリア。十字架にかけられ生け贄の死を遂げる運命を暗示する。
キリスト教の愛・・・イエス、生け贄の死
5、ウスターシュ・ル・シュウール『キリストの十字架降下』1651頃
キリストの十字架降下(The Descent from the Cross)、磔刑に処され死した主イエス。神は我が子キリストに、人類の罪を購うために十字架にかけられ生け贄の死を遂げる運命を与えた。主題「十字架降下」は「ユダヤの王を名乗り、民を惑わせた」とユダヤ教の司祭より処刑を求められ、罪を裁く権限を持つローマ帝国の総督ピラトが手を洗い自らに関わりが無いことを示した。(『マタイによる福音書』27章)ゴルゴダの丘で、2人の盗人と共に磔刑に処された、キリストの受難の中で最も重要な場面。人類の罪を購うために十字架にかけられ生け贄の死を遂げる。
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19世紀イタリア富裕層市民の婚姻契約の愛
6、ギヨーム・ボディニエ 《イタリアの婚姻契約》1831年
1795年フランス生まれの画家ギヨーム・ボディニエは、27歳の時にイタリアを旅行し、この地に魅了されてイタリアの風景を多く描いた。ローマ近郊アルバーノの裕福な農民一家で、婚姻契約の様子を描いた。結婚する二人、若者が女を見つめ、女は恥ずかし気にうつむく、母は介添え、父親は給仕の若い女に目を向け、公証人は証書を書く。

オランダ黄金時代の画中画に隠されたた愛
5、サミュエル・ファン・ホーホストラーテン《部屋履き》1655-1662年頃
オランダの黄金時代1650年代または1660年代初め、ドルトレヒトにおいて制作した風俗画。3つの部屋が描かれている。一番手前は左手の大きな戸を開いて入った空間。床は赤と黒の菱形模様。次の間とのあいだの壁には、大きな布が掛っており、長い箒が立てかけられている。壁の下部にはデルフトタイルの装飾。光は右手から差してきている。
次の空間の床は赤い長方形。楕円形の藁のマットの上には、サンダルのようなものが乱暴に脱ぎ捨ててある。ここには強い光が右手から射してくる。
奥の部屋の入口の扉は室内に向かって開かれており、鍵束のなかの一本の鍵がこの扉に差したままになっている。床は黒と白の菱形。向こうの壁がやけに明るい。そこには画中画、椅子、鏡。黄色のテーブルクロスをかけたテーブルにはローソクをのせた燭台と本が置かれている。本の向こうの黒いものは何だろうか。
画中画にこの画のテーマが隠されているようである。後ろを向いた女性は銀色のドレスを身に付け、女中が待機している。その向こうには赤い天蓋つきのベッド。天蓋の一部は開いているが、その中の様子は分からない。ベッドの手前には同じ色の椅子があるが、その上には何も載っていない。古瀬顕

新古典主義、蘇るギリシア
6,クロード=マリー・デュビュッフ 《アポロンとキュパリッソス》1821年
アポロンはキュパリッソスを愛した。ケオース島には金色に輝く角を持った雄鹿が、人々に大切にされていた。キュパリッソスはこの鹿と仲が良かった。キュパリッソスはあるとき誤って投槍で鹿を殺してしまった。キュパリッソスは深く悲しみ、神々に永遠に嘆き悲しむことを願った。そこで神々は彼を糸杉(悲しみの象徴)に変えた。出典、オウィディウス 『変身物語』
7、『ニンフとサテュロス』アントワーヌ・ヴァトー 1715-1716年頃 油彩/カンヴァス  103x138cm パリ、ルーヴル美術館
半神半獣のサテュロスはぐっすりと眠るニンフのベールを持ち上げ、裸身に夢中になっている。
8、アリ・シェフェール《ダンテとウェルギリウスの前に現れたフランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの亡霊》1855年
ダンテの叙事詩『神曲』「地獄篇」。大胆な構図で描かれるフランチェスカとパオロ。この男女の悲しい恋路、二人は、男の兄の嫉妬により、ナイフで刺され死んでしまう。
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展示作品の一部
フランソワ・ジェラール『アモルとプシュケ』1798年、油彩/カンヴァス 186x132cm パリ、ルーヴル美術館
フランソワ・ブーシェ《アモルの標的》1758年 油彩/カンヴァス 268x167cm パリ、ルーヴル美術館
ピーテル・ファン・デル・ウェルフ 《善悪の知識の木のそばのアダムとエバ》1712年以降 油彩/板 45x35.5cm パリ、ルーヴル美術館
カヴァリエーレ・ダルビーノ(本名 ジュゼッペ・チェーザリ)《楽園を追われるアダムとエバ》(1597)
アントワーヌ・ヴァトー《ニンフとサテュロス》(1715-16頃)
サッソフェラート(本名 ジョヴァンニ・バティスタ・サルヴィ)《眠る幼子イエス》(1640-85頃)
ウスターシュ・ル・シュウール《キリストの十字架降下》1651頃 カンヴァスに油彩 直径134cm パリ、ルーヴル美術館
ジャン=オノレ・フラゴナール《かんぬき》1777-1778頃 カンヴァスに油彩 74x94cm パリ、ルーヴル美術館 
Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Michel Urtado / distributed by AMF-DNPartcom
ギヨーム・ボディニエ 《イタリアの婚姻契約》1831年 油彩/カンヴァス100x138cm パリ、ルーヴル美術館 
ハブリエル・メツー《ヴァージナルを弾く女性と歌い手による楽曲の練習》、または《音楽のレッスン》1659-1662年頃 油彩/板 32x24.5cm パリ、ルーヴル美術館
サミュエル・ファン・ホーホストラーテン《部屋履き》1655-1662年頃 油彩/カンヴァス 103x70cm パリ、ルーヴル美術館
ドメニキーノ(本名 ドメニコ・ザンピエーリ)《リナルドとアルミーダ》1617-1621年頃 油彩/カンヴァス121x168cm パリ、ルーヴル美術館
《ニンフとサテュロス》 アントワーヌ・ヴァトー 1715-1716年頃 油彩/カンヴァス  103x138cm パリ、ルーヴル美術館
クロード=マリー・デュビュッフ 《アポロンとキュパリッソス》1821年 油彩/カンヴァス 192x227.5cm アヴィニョン、カルヴェ美術館
Photo © Avignon, musée Calvet
ウジェーヌ・ドラクロワ『アビドスの花嫁』1852〜1853年頃 パリ、ルーヴル美術館 
アリ・シェフェール《ダンテとウェルギリウスの前に現れたフランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの亡霊》1855年 パリ、ルーヴル美術館
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参考文献
『ルーヴル美術館展、愛を描く』図録2023
「ルーヴル美術館展 19世紀フランス絵画 新古典主義からロマン主義へ」2005
「ルーヴル美術館展 18世紀フランス絵画のきらめき」1997
国立新美術館主任学芸員宮島綾子氏の報道内覧会2023における解説。
新古典主義、ダヴィッドと弟子たち・・・「ソクラテスの死」「アモルとプシュケ」
ロマン主義の愛と苦悩・・・ロマン派から象徴派、美は乱調にあり
ルーヴル美術館展 フランス宮廷の美・・・ルイ15世、ロココ様式、フランソワ・ブーシェ、ジャン=オノレ・フラゴナール
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ヴィーナスの歴史、パリスの審判、三人の女神、トロイ戦争、叙事詩の円環・・・復讐劇の起源
アモールとプシューケー エロースと絶世の美女プシューケー
大久保正雄『地中海紀行』第57回P12
ヴィーナスの歴史、パリスの審判、三人の女神、トロイ戦争、叙事詩の円環・・・復讐劇の起源
新古典主義、ダヴィッドと弟子たち・・・「ソクラテスの死」「アモルとプシュケ」
ルーヴル美術館、愛を描く・・・1、愛の絵画、愛と美の迷宮
ルーヴル美術館展、愛を描く・・・2、キリスト教の愛、オランダ黄金時代、画中画の秘密
https://bit.ly/3Gjenu8
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ルーヴル美術館展、愛を描く、国立新美術館、3月1日〜6月12日
京都市京セラ美術館、6月27日~9月24日

2023年4月 3日 (月)

ルーヴル美術館、愛を描く・・・1、愛の絵画、愛と美の迷宮

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第321回
古代ギリシア文化、古代ローマ文化、キリスト教文化、ルネサンス、オランダの黄金時代、18世紀ロココの貴族の退廃、イタリアの婚姻契約。国家は滅びても、愛は滅びない。「人間の真の姿がたち現れるのは、運命に敢然と立ち向かう時である」シェイクスピア『トロイラスとクレシダ』「この世は舞台、人はみな役者だ」『お気に召すまま』
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
■古代ギリシアの哲学者、プラトン哲学の影響の下に、ルネサンス文化は展開した。
【プラトン『饗宴』】ドラマは、アガトンの悲劇優勝記念の宴に集まる(前416年)。4人(パイドロス、パウサニアス、エリュクシマコス、アリストパネス)が「エロスの神とは何か」を議論する、最後にアガトンがエロスの本質を述べ、ソクラテスがディオティマから教えられた「愛の究極の奥義」を披露し、愛の階梯、魂の美、見えざる魂の美は極美である。究極の美は善である、イデア論を展開する。そこにアルキビアデスが酔って乱入、ソクラテスはギュムナシオンに去る、という対話篇である。メディチ家の思想家、マルシリオ・フィチーノ『饗宴注釈』『プラトン神学』(『パイドン』)を著した。
■ルネサンス文化の源泉 ルネサンス時代、フィレンツェのメディチ家は、プラトンから生まれた新プラトン主義の思想に影響を受け、ボッティチェリ、ミケランジェロらがルネサンス美術を生み出した。マニエリスム、バロック、ロココ様式、新古典主義、すべての源泉はルネサンスである。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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1、フランソワ・ジェラール【アモルとプシュケ】
プシュケはあまりの美貌ゆえに求婚するものが現れず、プシュケはある王国の三女であったが神託により人身御供に捧げられた。ヴィーナスが嫉妬により遣わした息子アモルによって天上の宮殿に略奪された。アモルを見ることを禁じられたプシュケは、アモルの姿をある夜、見てしまい、アモルを探し求めて世界中を彷徨う。ヴィーナスに4つの苦難を与えられたプシュケ。
【最後の難題は、冥界の女王ペルセポネから、美の函を地獄から持ち帰ること】プシュケはほとんど地上まで持ち帰るが、好奇心に勝てず、開けてしまう。しかしその函には、美のかわりに深い眠りが入っていて、プシュケは深い眠りにつく。プシュケは第4の苦難を解き、他方、アモルはプシュケを探している。眠っているプシュケを見つけ、その矢でついて目覚めさせる。プシュケは、アモルと天上界で結ばれる。
出典は、アプレイウス『黄金の驢馬』、ラ・フォンテーヌ『プシュケとアモルの恋』の終幕、苦難を経て天上で結ばれるアモルとプシュケの場面である。プラトン『パイドロス』の「人間の魂と神の愛の結合」、ラ・フォンテーヌ「永遠の愛を意味する再会」である。新古典主義における新プラトン主義の思想の表現である。

18世紀、ロココ様式の貴族の愛。
2,『ジャン=オノレ・フラゴナール かんぬき 1777-1778頃』
男が女を抱き寄せ、部屋のかんぬきをかけている場面。女性は恍惚としているのか、抵抗しているのか判然としない。画面の周辺に、男性性器の暗示とされる閂、女性性器や処女喪失の暗示とされる壺と薔薇の花、メタファーが鏤められている。乱れているベッド、人類最初の女性であるイヴが楽園から追放される原因となった林檎、様々な解釈ができる絵画。
フランス革命の約10年前に描かれた作品、当時は人々のモラルが変わり、男女の恋愛模様も大きく変わる時代。以降、本作のように男女の恋愛模様や性愛を彷彿とさせる作品は非難されるようになった。18世紀フランスでは、自由や快楽を肯定することが、キリスト教の権威に対する反発や批判に繋がる風潮が流行していた。解釈できない曖昧さが画面に散りばめれている」
3、フランソワ・ブーシェ『アモルの標的』1758年
フランソワ・ブーシェ、ロココ様式の巨匠、ルイ15世王の首席画家、王立絵画彫刻アカデミー院長、。生涯に千枚以上の絵画、百枚以上の版画、約一万枚の素描を制作、壁画装飾、タピスリーや磁器の下絵制作。
ローマ神話、ヴィーナスの息子である愛の神アモル(クピド)が放った矢がハート形をした的を射抜いた場面、愛が生まれた瞬間を描。よく見ると、的の周辺には無数の穴があり、アモルが何回か射的に失敗した。上空を飛ぶアモルは両手に持つ月桂冠を掲る。下部のアモルたちは、もう必要がなくなった弓矢を燃やしている。
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参考文献
『ルーヴル美術館展、愛を描く』図録2023
「ルーヴル美術館展 19世紀フランス絵画 新古典主義からロマン主義へ」2005
「ルーヴル美術館展 18世紀フランス絵画のきらめき」1997
国立新美術館主任学芸員宮島綾子氏の報道内覧会2023における解説。
新古典主義、ダヴィッドと弟子たち・・・「ソクラテスの死」「アモルとプシュケ」
ロマン主義の愛と苦悩・・・ロマン派から象徴派、美は乱調にあり
ルーヴル美術館展 フランス宮廷の美・・・ルイ15世、ロココ様式、フランソワ・ブーシェ、ジャン=オノレ・フラゴナール
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ヴィーナスの歴史、パリスの審判、三人の女神、トロイ戦争、叙事詩の円環・・・復讐劇の起源
アモールとプシューケー エロースと絶世の美女プシューケー
大久保正雄『地中海紀行』第57回P12
ヴィーナスの歴史、パリスの審判、三人の女神、トロイ戦争、叙事詩の円環・・・復讐劇の起源
新古典主義、ダヴィッドと弟子たち・・・「ソクラテスの死」「アモルとプシュケ」
ルーヴル美術館、愛を描く・・・1、愛の絵画、愛と美の迷宮
https://bit.ly/3U0Hpoh
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ルーヴル美術館展、愛を描く、国立新美術館、3月1日〜6月12日

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