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2022年8月の記事

2022年8月30日 (火)

生誕140年 ふたつの旅 青木繁×坂本繁二郎・・・青木繁、28歳で死す

Aoki-sakamoto-artizon-2022
Aoki-uminosachi-artizon-2022
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』288回

3人の画家は、運命の出会いを果たし、運命の別れ、それぞれ独自の人生を歩む。
――
【『星の王子さま』星めぐり】六つの星を訪れる。六つの星の支配者たちは、サンテグジュペリが飛行機から見た地上の人間たちの姿。王様=命令する人、自惚れる人、飲酒に溺れ酩酊する人、金を数える人、点燈夫=日常業務の人、探検家を利用する学者。人と競争、詐欺と搾取の競争社会。ここにいないのは、指揮官、探検隊、藝術家。
【人生の舞台】16の性格、外交官グループ、提唱者、仲介者、主唱者、広報運動家。番人グループ、管理者、擁護者、幹部、領事官。探検隊グループ、巨匠、冒険家、起業家、エンターテイナー。分析家グループ、建築家、論理学者、指揮官、討論者。人生という舞台、ゲーム、自分の技をどう披露するか。特性、強み弱み、どう発揮するか
――
青木繁、浪漫主義の悲劇
夭折の天才画家と称される青木繁の生涯と芸術を考えるとき、22歳で福田たねと出会ったことが、青木にとっての悲劇の始まりだった。17歳の時に画家を志して上京、小山正太郎の画塾・不同舎に入塾した。不同舎で福田たねと出会った。
東京美術学校西洋画科選科在学中の21歳の時に白馬会第8回展に「黄泉比良坂」など神話画稿を出品し、白馬会賞を受賞した。若くしてその才能を認められた青木繁。
1904年、坂本繁二郎、森田恒友、福田たねとともに4人で房州布良(現在の館山市)に旅行し、この旅がきっかけで青木の代表作「海の幸」が生まれた。
たねは第一子を出産、その子は「海の幸」にちなんで「幸彦」と名付けられた。翌年、未婚のまま親子3人で水橋村のたねの実家を訪問し、以後は福田家の援助を受けて生活する。ここで東京府勧業博覧会に出品するため「わだつみのいろこの宮」1907を制作。
1911年、九州各地を放浪しながら制作し、再び文展に出品するが落選。精神も肉体も病み、毎日喀血するようになり、大量喀血、28年8カ月の生涯を閉じた。
3人の運命、青木繁、福田たね、坂本繁二郎
福田たね
たねは、青木が去ってから3年後の明治43年、地元の野尻長十郎と結婚し7人の子をもうけた。野尻の転勤に伴い、日光、大阪、大津、札幌などを転居し、昭和29年の野尻没後には再び絵を描きはじめ、示現会などに出品し、83歳で死去した。
坂本繁二郎(1882-1911)
1924年、3年間のパリ留学を終えて郷里久留米へ戻った後、1931(昭和6)年、八女市へ移り、没するまでその地で制作を続けた。1969年87歳の長寿を全うするまで、その静謐な作風で牛や馬、能面や月などを多く描いた。
――
展示作品の一部
青木繁「海の幸」1904
青木繁「わだつみのいろこの宮」1907
坂本繁二郎「うすれ日」(三菱一号館美術館寄託)
――
参考文献
「生誕140年 ふたつの旅 青木繁×坂本繁二郎」アーティゾン美術館、2022
生誕140年 ふたつの旅 青木繁×坂本繁二郎・・・青木繁、28歳で死す
https://bit.ly/3wBtOt1
――
青木繁(1882-1911)と坂本繁二郎(1882-1969)は、ともに現在の福岡県久留米市に生まれ、同じ高等小学校で学び、同じ洋画塾「小山正太郎の画塾・不同舎」で画家を志しました。「同時期の入門者には小杉放菴らがいた」。日本の洋画が成熟へと向かう時代の流れのなかで、それぞれに独自の作風を探求しました。青木は東京美術学校(現東京藝術大学)在学中に画壇にデビューし、美術と文学において浪漫主義的風潮が高まる時代のなか、《海の幸》(1904年)で注目を集め、若くして評価されます。しかし、華々しいデビューとは対照的に、晩年は九州各地を放浪し、中央画壇への復帰も叶わず短い生涯を終えました。
一方、坂本は青木に触発されて上京し、数年遅れてデビューします。パリ留学後は、福岡へ戻り、87歳で亡くなるまで長きにわたって、馬、静物、月などを題材にこつこつと制作に励み、静謐な世界観を築きました。作風も性格も全く異なる二人ではありますが、互いを意識して切磋琢磨していたことは確かでしょう。 生誕140年という記念すべき年に開催する本展は、約250点の作品で構成されます。二人の特徴や関係をよく表す作品を中心にすえ、それぞれの生涯をときに交差させながら「ふたつの旅」をひもといていきます。
青木繁
1882(明治15)年、福岡県久留米市生まれ。1903年、東京美術学校(現東京藝術大学)在学中に神話に取材した作品群で画壇デビュー。翌夏、青木は、友人の坂本、森田恒友、恋人の福田たねと房州の漁村(現千葉県館山市)に滞在し、友人たちの目にした大漁陸揚げの話に想像力をかき立てられ大作《海の幸》1904を制作しました。この作品はすぐれた構想力と大胆な表現法によって注目され、今日、日本近代美術史において、明治浪漫主義絵画を代表する作品として位置づけられています。1907年父親危篤に際して帰郷し、父が亡くなると、家族を扶養する問題に直面します。その解決策を見出せないまま九州各地を放浪し、中央画壇への復帰を画策しますが、その希望は叶うことなく、1911年、肺結核のため28歳で亡くなりました。
坂本繁二郎
1882年、福岡県久留米市生まれ。1902年、青木に誘われ上京、不同舎と太平洋画会研究所で学びました。青木が没すると、遺作展開催や画集編纂などその顕彰に尽くします。1912(大正元)年、文展出品作《うすれ日》(三菱一号館美術館寄託)が夏目漱石に評価され、1914年、二科展結成に加わりました。1924年、3年間のパリ留学を終えて郷里久留米へ戻った後、1931(昭和6)年、八女(やめ)市へ移り、没するまでその地で制作を続けました。人工的な要素の強いものを嫌い、自然のままの味わいを好んだ坂本は、身近な自然や静物に向き合い、淡い色彩と均質な描法によって対象を描き出します。1969年87歳の長寿を全うするまで、その静謐な作風で牛や馬、能面や月などを多く描きました。
https://www.artizon.museum/exhibition/detail/543
――
生誕140年 ふたつの旅 青木繁×坂本繁二郎、アーティゾン美術館、、7月30日(土)~10月16日(日)

2022年8月20日 (土)

ゲルハルト・リヒター展・・・ビルケナウ、ゾンダーコマンドの苦しみ

Gerhard-richter-bilkenau-2022
Gerhard-richter-momat-2022-1
Gerhard-richter-momat-2022
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』287回

ゲルハルト・リヒターは、ホロコーストを主題に、1960年代から、ホロコーストを主題に取り組もうとしたが、2014年に「ビルケナウ」を完成させた。
ナチス・ドイツ(1933-1945)は、ファシズム国家、カルト集団に率いられたカルト国家である。ここに描かれたのは、ホロコーストの絶望的な光景なのか。ゾンダーコマンド(ユダヤ人特殊部隊)には、死刑囚が死刑囚を管理する苦しみがある。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
【ホロコースト、絶滅刑務所1941-45】ナチス政権下にあったドイツ、1941年から1945年5月まで、第三帝国において、ユダヤ人虐殺が行われた。ナチズムは右翼全体主義の代表である。ヒトラーは「ユダヤ人こそ我々の敵だ、不幸の原因だ」と叫び、人々の憎しみをあおった。イエス・キリストは救世主。それを認めないユダヤ人は、「キリストを十字架にかけて殺した罪びと」のレッテルを貼られた。ユダヤ人がヨーロッパ社会に同化すれば「優れた人種」であるアーリア人の血が汚される、という極端に歪んだ思想。ヨーロッパに深く根ざしていた反ユダヤ主義を、ヒトラーは政治的に利用した。殺人を目的としたアウシュヴィッツ収容所がナチ占領下のポーランドに作られた。ここで、1941年ヴァンゼー会議の4カ月前にすでに最初の毒ガスでの殺害が行われた。他にも、5カ所の絶滅収容所がポーランドに建設され、ヨーロッパ全土から貨車に詰め込まれたユダヤ人が次々と送りこまれた。命の選別、労働に「利用できるもの」と「利用できないもの」が選別された。絶滅刑務所に、ゾンダーコマンド(ユダヤ人特殊部隊)が働いていた。
――
リヒターは、1960年代から、ホロコーストを主題に取り組もうとしたが、2014年にこの作品を完成させた。ビルケナウ、「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」。ゾンダーコマンド(ユダヤ人特殊部隊)によって撮影された写真に基づく作品。
――
入口を入って左の展示室。この部屋が一つのインスタレーションになっている。
64~67 ビルケナウ
68 ビルケナウ(写真バージョン)
大型の抽象絵画4点1組が向かい合わせで壁にかけてある。
113 グレイの鏡
もう一面の壁に巨大なグレイの鏡のアート、
残る一面の壁に
69 1944年、アウシュヴィッツ強制収容所でゾンダーコマンド(特別労務班)によって撮影された写真、4点のモノクロ写真。
ナチス・ドイツのホロコーストを題材としている。ゾンダーコマンドは収容所内で虐殺された死体を処理する作業に従事した人々。彼らが密かに撮影し隠していた写真が戦後、発見された。沢山、死体を火にかけている光景。
ペインティングの作品はこの写真の絵の上に描いた抽象絵画。
次に抽象絵画の向かいにある原寸大の写真。
グレイの鏡。
――
「ビルケナウ」シリーズ2014は、1944年8月、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で囚人が隠し撮りしたとされる写真を元に描かれた4点の抽象画である。幅2メートル、高さ2,6メートルの大きな絵で、反対側の壁に4枚の灰色の鏡が向かい合うように設置されている。そして、四隅には小さな白黒写真が。この絵のもととなった4枚の写真だ。
見上げるような角度で捉えられた、木々のシルエット。あわててシャッターを押したような、ブレた写真だ。そして、大きな窓の向こうに立ち上る白煙と何か作業をしている人の影。よく見ると、その足元にあるのは、白い死体の山。河内秀子
――
参考文献
河内秀子「ホロコーストを描くことは可能か?――ドイツ人画家、ゲルハルト・リヒターが自作をベルリンのナショナルギャラリーに永久貸与した理由」
【ゾンダーコマンド】NHKスペシャル
ユダヤ人でありながらナチスの大量虐殺に加担させられた「ゾンダーコマンド」と呼ばれた人たち。同胞をガス室へ誘導する役割や死体処理などを担ったユダヤ人特殊部隊「ゾンダーコマンド」のメンバー
NHKスペシャル アウシュビッツ 死者たちの告白 | NHK放送史
https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009051338_00000
ゲルハルト・リヒター展・・・ビルケナウ、ゾンダーコマンドの苦しみ
https://bit.ly/3c7XDu8
――
ドイツ・ドレスデン出身の現代アートの巨匠、ゲルハルト・リヒター(1932-)。リヒターは初期のフォト・ペインティングからカラーチャート、グレイ・ペインティング、アブストラクト・ペインティング、オイル・オン・フォト、そして最新作のドローイングまで、油彩画、写真、デジタルプリント、ガラス、鏡など多岐にわたる素材を用い、具象表現と抽象表現を行き来しながら、人がものを見て認識するという原理に、一貫して取り組み続けてきました。
画家が90歳を迎えた今年2022年、本展では画家が手元に置いてきた初期作から最新のドローイングまでを含む約120点によって、一貫しつつも多岐にわたる60年の画業を紐解きます。
日本では16年ぶり、東京では初となる美術館での個展です。
近年の大作《ビルケナウ》、日本初公開
幅2メートル、高さ2.6メートルの作品4点で構成される巨大な抽象画《ビルケナウ》は、ホロコーストを主題としており、近年の重要作品とみなされています。出品作品のなかでも最大級の絵画作品である本作が、この度、日本で初めて公開されます。
ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)
1932年、ドイツ東部、ドレスデン生まれ。ベルリンの壁が作られる直前、1961年に西ドイツへ移住し、デュッセルドルフ芸術アカデミーで学ぶ。コンラート・フィッシャーやジグマー・ポルケらと「資本主義リアリズム」と呼ばれる運動を展開し、そのなかで独自の表現を発表し、徐々にその名が知られるように。
その後、イメージの成立条件を問い直す、多岐にわたる作品を通じて、ドイツ国内のみならず、世界で評価されるようになる。
ポンピドゥー・センター(パリ、1977年)、テート・ギャラリー(ロンドン、1991年)、ニューヨーク近代美術館(2002年)、テート・モダン(ロンドン、2011年)、メトロポリタン美術館(ニューヨーク、2020年)など、世界の名だたる美術館で個展を開催。現代で最も重要な画家としての地位を不動のものとしている。
https://www.momat.go.jp/am/exhibition/gerhardrichter/
――
ゲルハルト・リヒター展、東京国立近代美術館、6月7日~10月2日 

2022年8月 2日 (火)

ボストン美術館展 芸術×力・・・藝術と権力の歴史

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』286回

【知恵ある王と暴虐な独裁者との戦い】プラトンは「知恵ある王が支配する国家」を理想としたが、現実には、独裁制、寡頭制、名誉支配制、衆愚制、が出現して、最悪の政治形態になると予想した(プラトン『国家』)。偉大な王、知的な王、明晰透徹な王、知恵ある王、理想を追求する王。【堕落した国家の諸形態】邪知暴虐な王、残虐王、民から税金を巻き上げる詐欺王、金を巻き上げる守銭奴、邪教を用いて金を巻き上げる邪宗王。権力の歴史は、権力闘争の歴史である。知恵ある王と暴虐な独裁者との戦いが、永遠に繰り広げられる。
【権力者と藝術】覇権争いで勝利した国家、封建領主、自由都市、王家の王女、富裕層、富裕商人。権力者は権力を争い、権力者は藝術を愛好し、藝術を外交に用いる。藝術と権力者の歴史をめぐる美術展。
私は思い出す。藝術を愛好した権力者【メディチ家とプラトン・アカデミー】コジモ(1389-1464)、1439年プラトン哲学の奥義を聴く。1463年プラトン・アカデミーをメディチ家カレッジ別荘(Villa Medici di careggi)に創設。【フィレンツェ包囲網】ロレンツォ・デ・メディチ、ナポリ王と和平。ヌムール公・ジュリアーノ・デ・メディチ、フランソワ2世。【ヴェネツィア】1508年、ローマ教皇ユリウス2世と対立、1538年、プレヴェザの海戦、地中海の覇権失う。
――
【王と権力闘争、藝術を愛好した権力者】【アマルナ美術、エル・テル・アマルナ遷都】アクエンアテン王、ネフェルティティ、13歳の王ツタンカーメン。BC 14世紀中頃【カデシュの戦いBC1286】古代エジプト新王国ファラオ・ラムセス2世、ヒッタイト王ムワタリとカデシュの戦い、カデシュの和約。王妃ネフェルタリ、アブシンベル神殿。【ラムセス2世】生涯に8人の正妃、及び多くの側室を娶り、100人以上の子をもうける。67年間王位。第19王朝。【ネフェルタリ】ラムセス2世の第一王妃、8人の妃の中で最も美貌、若くして死す。在位、前1279-1213年。治世62年目、92歳薨去。
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【古代都市国家】アクラガス、カルタゴと戦うBC402、コンコルディア神殿。【ペロポネソス戦争】アテナイ、ペリクレス、スパルタと戦う。
【ルネサンス、メディチ家、対教皇庁戦争】メディチ家ロレンツォ、シクストゥス4世と戦う。ロレンツォ・デ・メディチ、ヌムール公・ジュリアーノ・デ・メディチ、フランス・ルネサンス、フランソワ2世、ハプスブルク家マリア・テレジア。
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【ハプスブルク家の戦争】ロレンツォ=デ=メディチが死んだ1492年から2年後1494年、フランス王シャルル8世の軍のイタリア侵入が始まりイタリア戦争が勃発。【イタリア戦争(ハプスブルク・ヴァロワ戦争】第1-5次1494~1559年)。 1527年カール5世のローマ劫略、レパントの海戦(1571)、無敵艦隊の海戦(1588年)。スペイン継承戦争(1701-14)。オーストリア継承戦争(1740年)。シュレージエン戦争(1740年
【ハプスブルク家、蒐集家たち】デューラーを庇護したマクシミリアン1世、ボスを愛好したフィリップ美公、ティツィアーノを召し抱えたカール5世、ボスを蒐集したフェリペ2世、奇想画家アルチンボルトを擁したルドルフ2世、ベラスケスを官僚として重用したフェリペ4世。
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【嵯峨天皇と空海】平城上皇の乱、
【吉備真備、数奇な人生、度重なる左遷、72歳で右大臣、81歳で死す】真備は、23歳で遣唐使42歳で帰国、19年唐に渡った学者として出発。聖武天皇、阿倍内親王(孝謙天皇)、歴代の天皇に仕える。阿倍内親王は阿修羅像のモデル。右大臣・橘諸兄、僧正・玄昉、東宮博士
【平治の乱1159年】藤原信頼と源義朝が、藤原信西にクーデタ。平清盛、熊野詣から京都へ戻り、後白河上皇、二条天皇を六波羅の清盛邸に救出。天皇と上皇を女装させて牛車に乗せる。源義朝、敗北。後継者、源頼朝、13歳、伊豆国に流される。後白河上皇、天下一の大天狗。
【保元の乱1156年】後白河天皇、崇徳上皇、兄弟の対立。藤原信西、藤原信頼の対立。平清盛、後白河天皇を武力により支持。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
展示作品の一部
「平治物語絵巻」三条殿夜討巻、鎌倉時代・13世紀後半。
 平治元年(1159)に勃発した平治の乱は、その3年前に起きた保元の乱とともに、武士の台頭を示す大きな変革の1つであり、源平争乱の幕開けとなる戦い。「平治物語絵巻」はその約100年後に制作された絵巻、もとは十五巻近い大作。
増山雪斎《孔雀図》、1801、雪斎は、本名を正賢(まさかた)と言い、江戸時代中期に伊勢長島藩(現在の三重県桑名市長島町)を治めた大名。
狩野山雪、老子、西王母図屏風、17世紀
アンソニー・ヴァン・ダイク《メアリー王女、チャールズ1世の娘》1637年頃
Museum of Fine Arts, Boston, Given in memory of Governor Alvan T. Fuller by the Fuller Foundation
カナレット(ジョヴァンニ・アントニオ・カナル)《サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂、サン・マルコ沖から望む》1726-1730年頃
――
参考文献
https://bit.ly/2Jc9WBY
ボストン美術館 日本美術の至宝、東京国立博物館・・・美の宴2012
https://bit.ly/2C5NsU6
ボストン美術館の至宝展、東京都美術館・・・陳容「九龍図巻」2017
https://bit.ly/3Of7s6v
ボストン美術館、肉筆浮世絵「江戸の誘惑」江戸東京博物館2006
ボストン美術館展 芸術×力・・・増山雪斎「孔雀図」、「平治物語絵巻」三条殿夜討
https://bit.ly/3cMgcUC
ボストン美術館展 芸術×力・・・藝術と権力の歴史
https://bit.ly/3vzfsJ6
――
「ルーヴル美術館展 肖像芸術―人は人をどう表現してきたか」・・・絶対権力者が手に入れられない秘宝
理念を探求する精神・・・ギリシアの理想、知恵、勇気、節制、正義、美と復讐
https://bit.ly/3sIf3RW
メディチ家の容貌、ルネサンスの美貌 理念を追求する一族
http://bit.ly/2kSINKR
ヴィーナスの歴史、パリスの審判、三人の女神、トロイ戦争、叙事詩の円環・・・復讐劇の起源
https://bit.ly/3C2fXNP
ハプスブルク家、600年にわたる帝国・・・旅する皇帝と憂愁の王妃
https://bit.ly/2Q14xnz
ハプスブルク家、600年にわたる帝国コレクションの歴史・・・黄昏の帝国
https://bit.ly/2C7rE7K
――
ボストン美術館展 芸術×力、東京都美術館
2022年7月23日(土)~10月2日(日)
https://www.tobikan.jp/exhibition/2022_boston.html

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