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2020年7月 3日 (金)

特別展「きもの KIMONO」・・・織田信長の陣羽織「黒鳥毛揚羽蝶模様」、戦国一の美女と落城

Kimono2020
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第218回
深緑の森を歩いて、博物館に行く。「人間、衣裳を剥ぎとれば、おまえのように、あわれな裸の二本足の動物にすぎぬ」『リア王』。時の関節が外れた、価値体系の崩壊した混沌の時代、王は王の衣装を身につけ、貴族は官僚の衣装を身につけ、武人は甲冑を身につけ、詐欺師の司祭は僧衣を身につけた。衣装は階級社会の象徴である。
16世紀、安土桃山時代、武将たちは、旗幟鮮明にし、権謀術数を尽くして都市と都市が戦う、階級闘争、下剋上の時代。エリザベス朝演劇のように、復讐が繰り広げられた。正義を奪う者に対する復讐、『ハムレット』『テンペスト』、復讐劇に彩られた世界。織田信長の弟、信勝は、なぜ、信長を2度、殺しにきたのか。
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【バロックと戦国】織田信長は、戦場で揚羽模様の陣羽織を纏って指揮した。信長は、西洋甲冑を着て、世界制覇を狙うイエズス会士フランシスコ・カブラルと対峙。宣教師から武器調達、タイ製弾丸。1563年ルイス・フロイス来日、1571年レパントの海戦、1575年長篠の戦、石山本願寺戦争1570-80、「宣教師の征服計画」秀吉、グネツキ・オルガンティノ、高山右近説得(聖イグナシオ洞窟教会)、国友の火縄銃、石山戦争終結。「われは神である」信長、1582年本能寺の変。
1598年9月13日、ハプスブルグ帝国フェリペ2世の死後、5日後に、秀吉は死ぬ。
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【思想家のことば 孔雀のプライド】孔雀は、人前でその美しい尾羽根を隠す。これは、孔雀の矜持と呼ばれる。孔雀のような動物でもそうなのだから、わたしたちは人間として、一層の慎みと矜持を持つべきである。『善悪の彼岸』
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戦国の美しい姫は、政略結婚の道具に過ぎない、天下人に嫁ぎ、戦乱の狭間に散る、城とともに死す。
【織田信長、絶世の美女、生駒吉乃】信長の嫡男、信忠、五徳、信雄を生む。信忠、本能寺の変で二条城にて自刃。徳姫、家康の嫡男、松平信康に嫁ぐ、信康死に、76歳まで生きる。織田信雄は徳川家康とともに豊臣秀吉と戦う。信雄72歳で死す、信長の血を残す。
【信長の妹、戦国一の美貌、お市】美女の娘は美女、浅井三姉妹、茶々(淀)、初、江。豊臣秀吉の寵愛を受けた淀、京極高次の正室・初、徳川秀忠の正室・江。大坂夏の陣1615年(慶長20年)で、淀君と豊臣秀頼は、大阪城炎上とともに死ぬ。
【千姫、家康の孫、政略結婚】秀忠の正室・江の娘。千姫は、家康の命で、7歳で豊臣秀頼に嫁入り。夏の陣で、祖父、家康の命令で救出される。
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【千姫、本多忠刻に2度目の嫁入り】江戸に送り届けられる途中、七里の渡し船中で、桑名城主本多忠刻に一目惚れ、家康が千姫の気持ちを汲んで本多忠刻と結婚。翌年、元和3年(1617)本多忠政が姫路城主となり、千姫には10万石の化粧料が与えられ、 姫路城西の丸御殿で幸福な日々を過ごす。長男の幸千代はわずか3歳で病没、さらに夫の忠刻もその数年後病で世を去り、千姫の二度目の結婚生活わずか11年。この時、千姫は30歳。江戸に戻った千姫は、仏門に入って天樹院と称し、寛文6年(1666)2月、70歳の生涯を終えた。
【姫路城】池田輝政、信長の家臣、池田恒興の二男。織田、豊臣、徳川に仕える。
慶長5年(1600)天下分け目の関ケ原の合戦で軍功をあげ、家康の娘婿でもある池田輝政が播磨一国52万石の大大名となって姫路城主となって築城。池田輝政は大坂城と豊臣恩顧の西国大名に備えるため、家康の支援の下、慶長6年(1601)から姫路城の大改築に着工、慶長14年(1609) 完成。姫路城は城郭建築の技術の粋を結集、五層七階の大天守と三層の小天守が連結した本丸、二の丸、大規模で防備と造形美を兼備した名城。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
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展示作品の一部
陣羽織 黒鳥毛揚羽蝶模様 織田信長所用  安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵
腰から上の部分をすべて山鳥の毛で覆った陣羽織。信長の家紋といわれる揚羽蝶の模様には、山鳥の白い羽毛を一本一本刺しこんだ上で、カッティングを施しています。衿や裾には 南蛮風の襞(ひだ)が施され、外国趣味だった信長の趣向がうかがえます。戦国武将たちは、珍しい素材で突飛な技術を用いて比類ない衣装を誂え、その勇姿を誇示しました。
陣羽織淡茶地獅子模様唐織豊臣秀吉所用 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵
獅子が駆ける姿をいきいきと織り出した唐織で仕立てた陣羽織。衿には戦国武将が好んだヨーロッパ産の猩々緋の羅紗が用いられています。華やかで豪壮な意匠を好んだ秀吉にふさわしい1領です。
重要文化財
縫箔 白練緯地四季草花四替模様 安土桃山時代・16世紀 京都国立博物館蔵
全身を4つに区切った大胆な構成は「四替(よつがわり)」と称され、安土桃山時代を象徴する流行デザインの1つでした。梅模様が春、藤の花房が夏、紅葉が秋、雪持笹が冬を表わします。地を埋め尽くすように、黄緑や紅といった明るい色調の絹糸で刺繡しています。
重要文化財
小袖 黒綸子地波鴛鴦模様 江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵
腰部分を空けて弧を描くような躍動的なデザインが、町方の経済力を背景に寛文期(1661-1673)に流行しました。大胆に孤を描く網干(あぼし)模様は、波のようにデフォルメされ、また筍のようにも見える、遊び心を感じさせるデザインです。
重要文化財
振袖 紅紋縮緬地束熨斗模様 江戸時代・18世紀 京都・友禅史会蔵
熨斗模様(のしもよう)そのものも豪華ですが、熨斗の一筋一筋に施された友禅染の繊細な色挿しは、江戸時代中期における最高の友禅染の技術を駆使しています。
前期展示 4月14日(火)~5月10日(日) 京都・友禅史会蔵
重要文化財 小袖 白綾地秋草模様 尾形光琳筆 江戸時代・18世紀 東京国立博物館蔵
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参考文献
特別展「きもの KIMONO」・・・織田信長の陣羽織「黒鳥毛揚羽蝶模様」、戦国一の美女と落城
https://bit.ly/2NRghXr
織田信長、本能寺の変、孤高の城、安土城、信長の価値観
https://bit.ly/39FAMQc
織田信長、元亀の争乱。武田信玄の死。絶世の美女、生駒吉乃
https://bit.ly/2oacbQH
織田信長、第六天魔王、戦いと茶会・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/3gqTr5n
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日本の美意識を色と模様に表わした「きもの」。その原型である小袖(こそで)は、室町時代後期より、染や刺繡、金銀の摺箔(すりはく)などで模様を表わし、表着(おもてぎ)として花開きました。きものは、現代に至るまで多様に展開しながら成長し続ける日本独自の美の世界を体現しています。
本展では、信長・秀吉・家康・篤姫など歴史上の著名人が着用したきものや、尾形光琳直筆の小袖に加え、狩野秀頼「観楓図屏風」「婦女遊楽図屏風(松浦屏風)」きものが描かれた国宝の絵画作品、 さらに現代デザイナーによるきものなど約300件の作品を一堂に展示。800年以上を生き抜き、今なお新たなファッション・シーンを繰り広げる「きもの」を、現代を生きる日本文化の象徴として展覧し、その過去・現在・未来を見つめる機会とします。
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1987
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特別展「きもの KIMONO」、東京国立博物館 平成館にて、2020年6月30日(火)から8月23日(日)まで

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