「桜 さくら SAKURA 2020 ―美術館でお花見 ! ―」・・・花の宴
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第213回
春の夕暮れ、山種美術館に行く。3月16日、上野で桜が開花し始めたが、感染症の世界的流行の惨事が始まって、不気味な空気である。
菱田春草《桜下美人図》は、美術学校時代の若き日の作品、菱川師宣の面影の残影があり、孤高の藝術家の出発点である。
【花と詩人】理念を追求した人、王羲之、李白、空海、嵯峨天皇、大伴家持、藤原俊成、藤原定家、織田信長。春の兆し、桜を愛で、桃を愛し、神泉苑で、花の宴を催した文人たち。儚い花、儚い香り、儚い夢、儚い愛、愛別離苦の悲しみを歌った詩人たち。この世の苦しみを、花を愛で宴を催し、時を楽しむ。
桜満開の京都をさまよい歩いたある春を思い出す。春爛漫、桜満開の京都の風景は、はるか昔、宇宙のどこかに刻まれている。人間が知り得る知恵は、すべて、宇宙のどこかですでに完成されている、すでに完全な形で書き刻まれているものの似姿、模写にすぎない。プラトン
あの春、私は、桜満開の京都に旅して、仁和寺に宿泊、密教寺院を彷徨い、桜の庭をめぐった。1200年前の時に迷いこむ。東寺、灌頂院、大師堂、醍醐寺、龍安寺、金閣寺、銀閣寺、清水寺、三十三間堂、大徳寺、妙心寺、南禅寺、東福寺、密教寺院と臨済宗の庭。
富と権力の追求が情報を巧みに制御することによって、富と権力を追求し続け、その矛盾が巨大な怨恨と破壊に成長する時、世界の終わりが来ることを知らねばならない。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【嵯峨天皇の花の宴、神泉苑にて】花(桜)を賞翫しながら漢詩を作って遊ぶ典雅な催し、その始まりが嵯峨天皇の神泉苑の詩宴。神泉苑の詩宴は『日本後紀』弘仁三年(812)二月一二日の記事「神泉苑に幸(いでま)す。花樹を覧(みそな)はし文人に命じて詩を賦せしむ」
【大伴家持 春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ乙女】春の園の紅色に咲く桃の花、その下に輝いている道に佇む乙女よ。『万葉集』巻十九、4139 大伴家持、天平勝宝二(750)年三月一日(4月15日)の暮(ゆふべ)に、春の苑の桃李の花を眺矚めて作る二首
【春夜桃李園に宴するの序 李白】それ天地は萬物の逆旅にして 光陰は百代の過客なり 而して浮生は夢の若し 歡を爲すこと幾何ぞ 古人燭を秉りて夜遊ぶ まことに以(ゆえ)
【新古今歌人、西行(佐藤義清)】鳥羽院の北面武士であったが、鳥羽院の女に手をだし、23歳で出家。「高貴な上臈女房と逢瀬をもった」『源平盛衰記』。女は、待賢門院璋子、璋子は、鳥羽上皇の中宮にして白河法皇の愛妾。
西行は、願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ『山家集』(続古今1527)。歌に詠んだ通り、1190年3月31日、陰暦2月16日、釈尊涅槃の日に入寂。73歳。
【醍醐の花見】豊臣秀吉がその最晩年に京都の醍醐寺三宝院裏の山麓において催した花見の宴。秀吉は畿内から700本の桜を植え、三宝院の建物と庭園を造り、盛大な宴を開いた。息子・秀頼、正室・北政所、側室の淀、三の丸など女房衆1300人余りが参加。秀吉61歳。慶長3年
【天下布武】「武とは戈を止めることである(止戈)」「禁暴・戢兵・保大・定功・安民・和衆・豊財(武力行使を禁じ、武器をおさめ、大国を保全し、君主の功業を固め、人民の生活を安定させ、大衆を仲良くさせ、経済を繁栄させる)七徳を備えるべき」『春秋左氏伝』
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【空海と守敏、神泉苑にて、祈雨修法の争い】天長元年(824年)の大干魃の時、祈雨の修法を東寺の弘法大師(空海)に命じて、神泉苑で執り行われた。西寺の守敏僧都が現れ、自からが先に修法を行うと申出る。祈雨の法を争い、空海が勝利した。『今昔物語集』巻十四、『贈大僧正空海和上伝記』
【藤原定家19歳。世上乱逆追討耳に満つと雖も之を注せず。紅旗征戎は吾事に非ず。だが政治中枢に翻弄されていく】定家34歳、健久7年の政変1196。39歳、新古今和歌集選者1201、元久2年(1205)成立。1221年、承久の乱、後鳥羽上皇隠岐追放。
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【ヴィスコンティ『ベニスに死す』1971】1911年コレラ感染に襲われるベニス。訪れた老作曲家は、出会った貴族の血を引く美少年の美の虜となる。病に侵された老作曲家、日々少年の姿を追ってベニスの街を彷徨い、死が迫る。マーラー交響曲第5番第4楽章アダージェット。
【天平の疫病】首都、平城京でも大量に感染した。735年(天平7年)から737年6月には疫病、天然痘の蔓延によって朝廷が停止される事態となり、政権を担っていた藤原四兄弟、藤原武智麻呂、藤原房前、藤原宇合、藤原麻呂も全員が感染によって病死。原因は遣唐使、遣新羅使。738年(天平10年)1月まで続いた。
【東大寺、盧舎那仏像】天平の疫病の後、聖武天皇により、農民に土地の私有を認める「墾田永年私財法」天平15年5月27日(743年6月23日)に発布された勅が施行された。聖武は仏教への帰依を深め、東大寺および盧舎那仏像の建造を命じ、各地に国分寺を建立。
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【理念を探求する精神】理念を追求する精神は、邪知暴虐な権力と戦い、闇の彼方に理想と美を求める。理念の人は、苦難を超えて、輝く天の仕事を成就する。空海、孔子、織田信長、李白、プラトン。即身成仏、仁義礼智、武の七徳、桃花流水杳然去、美の海原の彼方の美のイデア、存在の彼方の善のイデア。
【織田信長】攻撃を一点に集約せよ。臆病者の目には、常に敵が大軍に見える。必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ。器用というのは、世間(他人)の思惑の逆をする者だ。人城を頼らば城人を捨てん。仕事は自分で探して、創り出すものだ。与えられた仕事をやるのは、雑兵だ。
【真実を追求する人と詐欺を追求する人との戦い】政府、専門家会議は、後者を選択。 愚者と狂人が支配する国。知性と戦略なき国家は、滅亡する。【天下布武】「武とは戈を止めることである(止戈)」「禁暴・戢兵・保大・定功・安民・和衆・豊財(武力を禁じ、人民の生活を安定
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東寺・・・春爛漫の京都
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上村松園と美人画の世界・・・肉体の美と叡智
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「法隆寺金堂壁画と百済観音」・・・若草伽藍と聖徳太子の謎
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展示作品の一部
橋本雅邦《児島高徳》、 横山大観《山桜》、 菱田春草《桜下美人図》、 松岡映丘《春光春衣》、 小林古径《桜花》、 川端龍子《さくら》、 土田麦僊《大原女》、 奥村土牛《醍醐》、《吉野》、 小茂田青樹《春庭》、 速水御舟《夜桜》、 橋本明治《朝陽桜》
特別展「桜 さくら SAKURA 2020 ―美術館でお花見 ! ―」山種美術館
2020年3月14日(土)~5月10日(日) 4月4日以後、臨時休館。
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