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2019年4月16日 (火)

「ギュスターブ・モロー展 サロメと宿命の女たち」・・・夢を集める藝術家、パリの館の神秘家。幻の美女を求めて

Moreau2019
Gustave-moreau-apparition-1876
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第179回
花吹雪、桜の花びら舞う道を歩いて、美術館に行く。夢を集める藝術家、パリの館に閉じ籠もる神秘家。ギュスターブ・モローは、ボードレール『悪の華』を愛読し、ギリシア神話、古代史を愛好した。幻の美女たちを求め、画きつづけた。生涯独身だったモローは、母親ポーリーヌと58年間共に暮らした。母親を描いた素描は40点。アレクサンドリーヌは、81歳で死す。10歳年下の女、穏やかで高潔な精神をもった女性アレクサンドリーヌとの親交は31年続いた。アレクサンドリーヌは、54歳で死す。愛する人の死、友人たちの死、ギュスターブ・モローは、自らの運命を意識し、72歳で死ぬまで絵画制作に没頭する。
【愛する人の死とギュスターブ・モロー美術館】
モローは、15歳と31歳の時、イタリアを旅する。「オイディプスとスフィンクス」(1861-64)を始めとして、ギリシア神話の主題を描く。恋人が1890年に死去。「エウリュディケの墓の上のオルフェウス(Orphée sur la tombe d'Eurydice)」(1890) )を制作。友人の死、愛する女性の死をへて、自らの運命を意識し、72歳で死ぬまで、自らの館を美術館にすることに努力する。ジャヤバルマン7世が自らの死を意識してバイヨン寺院を建設したように、ギュスターブ・モローは美術館をつくった。*
【藝術と魔術】藝術は悲しみと苦しみから生まれる。絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ。敵との闘争における武器なのだ。いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ。夢は現実を超え、現実を変革する。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
ギュスターヴ・モロー、ロセッティ(1828-82)、クリムト(1862-1918)、19世紀の画家たちは、なぜ運命の女を追求したのか。ルネサンス、バロックの藝術家は、ギリシア神話、古代史をイメージ化した。レオナルド・ダ・ヴィンチ『レダと白鳥』、ミケランジェロ『レダ』、カラバッジョ『ホロフェルネスの首を斬るユディト』。
【愛する人の死】ギュスターブ・モローは、2人の女性を愛した。「世界で一番大切な存在」母、ポーリーヌ・モロー(1884没)。最愛の恋人アレクサンドリーヌ・デュルー(1836-1890没)。悲しみに暮れたモローは「エウリュディケの墓の上のオルフェウス(Orphée sur la tombe d'Eurydice)」1890を制作。『パルカと死の天使』1890。
【運命の女(ファムファタール) 】ギュスターブ・モローは、魅力的な女を描きつづけた。男を狂わせる運命の女(ファムファタール)。1、男を破滅に導く女、セイレーン。レダ、ヘレネ、クレオパトラ。トラキアの乙女。2、欲望を求める女、皇妃メッサリーナ。3、無垢な美しさが人を狂わせる女の誘惑、エウロペ、一角獣を抱く貴婦人。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
――
ギュスターヴ・モロー(1826-1898)
父、ルイ・モローは、建築家。
1841年、15歳 1回目のイタリア旅行。フィレンツェ、ピサを旅する。
1852年 モローの両親がギュスターブのために、ラ・ロシュフーコー通り14番に、土地と家を購入。
1856年 友人、テオドール・シャセリオーが37歳で死去。
1857年-58年、31歳から32歳。1857年10月から1859年まで、2回目のイタリア滞在。
偉大な芸術家たち(ミケランジェロ、ヴェロネーゼ、ラファエロ、コレッジョ等)の作品を模写する。ローマに滞在した後、モローはフィレンツェ、ミラノ、ベネチアを訪れ、そこでカルパッチョを知る。若いエドガー・ドガと親交を結ぶ。両親とナポリに滞在した後、
1859年9月パリに戻る。デッサンのモデルとなったアレクサンドリーヌ・デュルーに出会う。モロー33歳、アレクサンドリーヌ23歳。彼女は1890年に54歳で他界するまで、モローの「最高でたった一人の女友達」となる。
1862年 父、ルイ・モロー72歳で死去。「私は己の死と、私の作品の行く末を案じている」ギュスターブ・モロー
1864年『オイディプスとスフィンクス(Oedipe et le Sphinx)』1864
1865年『オルフェウス Orpheus』1865 オルフェウスはギリシアの吟遊詩人。最愛の妻エウリュディケが亡くなり、冥界まで行って連れ帰ろうとしたが、失敗した。トラキアの乙女たちがオルフェウスの気を引こうとしたが、彼は拒んだ。ディオニュソスの祭の最中、娘は槍を掴むとオルフェウスに投げつけ、他の娘たちも加わり、彼は八つ裂きにされた。頭と竪琴は河に投げ込まれ河をさまよい、ニンフたちに発見された。
1884年、母、ポーリーヌ・モロー、81歳で死去。
1890年、64歳 恋人アレクサンドリーヌ・デュルー、54歳で死去。
1892年、66歳、国立美術学校(エコール・デ・ボザール)、教授となる。
1895年、69歳、自邸を美術館にするため、建築家アルベール・ラフォンに依頼する。改築を開始。
1898年、ギュスターブ・モロー、72歳で死去。
――
参考文献
「ギュスターヴ・モロー ギュスターヴ・モロー美術館所蔵」図録Bunkamura、2005
「ギュスターブ・モロー展 サロメと宿命の女たち」図録2019
貴婦人と一角獣展・・・タピスリーの謎、五感と「我が唯一の望み」
https://bit.ly/2pwbOwY
運命の女
「ラファエル前派の軌跡展」三菱一号館美術館・・・ロセッティ、ヴィーナスの魅惑と強烈な芳香
https://bit.ly/2Coy0jB
ラファエル前派展 英国ヴィクトリア朝絵画の夢・・・愛と美の深淵
https://bit.ly/2MGcs9l
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「祝福されし乙女」・・・藝術家と運命との戦い、ロセッティ最後の絵画
https://bit.ly/2UoqUWz
ベルギー、奇想の系譜、Bunkamura・・・怪奇と幻想うごめくフランドル
https://bit.ly/2u6J1nr
高階秀爾、中山公男『象徴派の絵画』朝日新聞社1992
【三島由紀夫『癩王のテラス』】肉体の崩壊と共に、大伽藍が完成してゆくといふ、そのおそろしい対照が、あたかも自分の全存在を芸術作品に移譲して滅びてゆく芸術家の人生の比喩のやうに思はれたのである。生がすべて滅び、バイヨンのやうな無上の奇怪な芸術作品が、圧倒的な太陽の下に、静寂をきはめて存続してゐるアンコール・トムを訪れたとき、人は芸術作品といふものの、或る超人的な永生のいやらしさを思はずにはゐられない。壮麗であり又不気味であり、きはめて崇高であるが、同時に、嘔吐を催されるやうなものがそこにあつた。三島由紀夫
――
展示作品の一部
ギュスターヴ・モロー「出現」(L'Apparition)1876頃 キャンバスに油彩 142×103cm ギュスターヴ・モロー美術館蔵 Photo ©RMN-Grand Palais / René-Gabriel Ojéda / distributed by AMF。
ヘロデ王の前で踊るサロメの目の前に出現したヨハネの首の幻影。聖なるものの出現。神秘の出現。
モロー「エウロペの誘拐」(L'enlèvement d'Europe)(1868)
モロー「一角獣」1885年頃 油彩/カンヴァス 115×90cm ギュスターヴ・ モロ一美術館蔵 Photo ©RMN-Grand Palais / René-Gabriel Ojéda / distributed by AMFギュスターヴ・ モロ一美術館蔵
モローが1883年にパリのクリュニー中世美術館で6枚のタピスリー《貴婦人と一角獣》を見たことから生み出された作品、モロー芸術の傑作。
――
象徴主義の巨匠ギュスターヴ・モロー(1826-1898)は、神話や聖書をテーマにした作品で知られています。産業の発展とともに、現実主義的、物質主義的な潮流にあった19世紀後半のフランスにおいて彼は、幻想的な内面世界を描くことで、真実を見いだそうとしました。本展は、そのようなモローが描いた女性像に焦点をあてた展覧会です。出品作品は、パリのギュスターヴ・モロー美術館が所蔵する、洗礼者ヨハネの首の幻影を見るサロメを描いた名作《出現》や、貞節の象徴とされた幻獣を描いた《一角獣》を含む油彩・水彩・素描など約70点によって構成されます。神話や聖書に登場する、男性を死へと導くファム・ファタル(宿命の女)としての女性、誘惑され破滅へと導かれる危うい存在としての女性、そしてモローが実生活において愛した母や恋人。展覧会では、彼女たちそれぞれの物語やモローとの関係を紐解いていき、新たな切り口でモロー芸術の創造の原点に迫ります。
https://panasonic.co.jp/ls/museum/
――
「ギュスターブ・モロー展 サロメと宿命の女たち」
パナソニック汐留ミュージアム、4月6日~6月23日
あべのハルカス美術館. 7月13日(土)~9月23日(月・祝)

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