フォト
無料ブログはココログ

« 2018年3月 | トップページ | 2018年5月 »

2018年4月の記事

2018年4月24日 (火)

「プーシキン美術館展 旅するフランス風景画」・・・藝術家と運命との戦い

Pushkin2018大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第144回
春爛漫、花盛り、紫の躑躅咲く。新緑の森を歩いて、美術館に行く。印象派の絵画は、光の絵画であり、輝く光があふれる。その陰には運命との戦いがある。
藝術家は運命と戦う。藝術家は運命に苦悩する。運命との戦いの中から藝術は生まれる。藝術家は、運命の女と出会う。運命の恋人は女神である。運命の愛から、藝術は生まれる。
*大久保正雄『藝術家と運命との戦い』
――
クロード・モネ、藝術家と運命との戦い
クロード・モネ(Claude Monet, 1840—1926)。若き日、貧困にあえぐ。愛する女の死と悲しみから藝術が生まれる。貧乏な画家のモネはカミーユと恋に落ち、子供が生まれる。モデルを雇うお金がないモネが描く人物画は、カミーユがモデルを務めている。
1879年、モネの妻カミーユ32歳で死す。のちに、支援者オシュデの令嬢18歳のシュザンヌ・オシュデを描く。
1859、19歳でパリに行き、カミーユ・ピサロに出会う。
1866年、恋人カミーユ・ドンシューを描く。『カミーユ、緑衣の女』1866、サロンに出展、絶賛される。1867年、カミーユ、未婚のままモネとの間に長男を出産、1870年にようやく結婚した。
1867、モネ『海辺のテラス、サンタドレス』。
1871年、アルジャントゥイユに移る。
モネ『印象 -日の出(Impression, soleil levant)』1872年。1874年、第1回、印象派展に出展。クロード・モネ『日傘を差す女、 カミーユとジャン・モネ』1875年。
1878年、同じくセーヌ川沿いのヴェトゥイユに住み、パトロンであるエルネスト・オシュデとその妻アリス・オシュデの家族と同居生活。
1875年7月、カミーユは当時不治の病だった結核にかかり、1879年、カミーユ(1847—79旧姓カミーユ・ドンシュー)は32歳の若さで死ぬ。モネ39歳。以後、人物画を描くことはまれになった。
1883年アリス・オシュデとモネ、両家の子供たちはジヴェルニーに転居する。モネ、43歳。モネはその後1892年にアリス・オシュデと再婚。
1886年、第8回印象派展開催(最後)モネ不参加。
1893年ジヴェルニーの邸に隣接する土地を購入。1893年頃から北斎に惚れ込み、日本庭園を作る、リュ川から水を引き日本風の太鼓橋を配置、睡蓮を浮かべた「水の庭」を制作。99年から死ぬまで続くモネの代表作「睡蓮」連作に取り組む。
1911年アリスが亡くなり、息子のジャンも14年に先立つ。
1926年ジヴェルニーで死去。享年86歳。
1927年オランジュリー美術館に「睡蓮」大連作展示。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
大久保正雄『藝術家と運命との戦い、運命の女』
――
【クロード・モネ「草上の昼食」1866年】
クロード・モネが26歳の頃、1866年に描いた「草上の昼食」。パリ近郊のフォンテーヌブローでピクニックを楽しむ若者たち。モネが敬愛したエドゥアール・マネ「草上の昼食」(1862年頃オルセー美術館所蔵)に触発されて描いた。モデルの女性は、当時モネと出会ったばかりの恋人、後に妻となるカミーユ。紳士はモネの友人で画家だったフレデリック・バジール。カミーユは32歳で死ぬ。
――
展示作品の一部
クロード・ロラン「エウロペの掠奪」1655年
ユベール・ロベール「水に囲まれた神殿」1780年
クロード・モネ「草上の昼食」1866年
クロード・モネ「白い睡蓮」1899年
ルノワール「ムーラン・ドラ・ギャレットの木陰」1876年
ポール・セザンヌ「サント=ヴィクトワール山、レ・ローヴからの眺め」1905年
アンリ・ルソー「馬を襲うジャガー」1910年
ポール・ゴーギャン「マタモエ、孔雀のいる風景」1892年
――
大久保正雄『藝術家と運命との戦い、運命の女』
クロード・モネ『日傘の女』・・・カミーユの愛と死
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-2d7c.html
シュールレアリスムの夢と美女、藝術家と運命の女
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-62f4.html
――
珠玉のフランス絵画コレクションで知られるモスクワのプーシキン美術館から、17世紀から20世紀の風景画65点が来日します。神話の物語や古代への憧憬、あるいは身近な自然や大都市パリの喧騒、果ては想像の世界に至るまで、描かれた時代と場所を軸にフランス近代風景画の流れをご紹介します。様々な情景を舞台にした風景画は、その土地のにおいや太陽の煌めき、風にそよぐ木々や街のさざめきをも感じさせてくれます。
なかでも、初来日となるモネの《草上の昼食》では、同時代の人物たちとみずみずしい自然の風景が見事に調和しています。印象派の誕生前夜、26歳となる若きモネの魅力溢れる作品です。ほかにもロラン、ブーシェ、コロー、ルノワール、セザンヌ、ゴーガン、ルソーらの作品が集います。新緑の上野で、巨匠たちが愛した光と色彩が躍る美しい風景を巡る「旅」をどうぞお楽しみください。
http://www.tobikan.jp/exhibition/2018_pushkin.html
――
★「プーシキン美術館展 旅するフランス風景画」東京都美術館、4月14日-7月8日
「プーシキン美術館展 旅するフランス風景画」国立国際美術館2018年7月21日(土)~10月14日(日)

2018年4月15日 (日)

東西美人画の名作《序の舞》への系譜・・・夢みる若い女、樹下美人

20180331大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第143回
春爛漫、百花繚乱、花吹雪。花盛りの森を歩いて美術館に行く。春高楼の花の宴、夜桜の森の下、酔う人々。いにしえの美人の面影が蘇る。春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ少女。
美には、魂の美、肉体の美、内面の美、外面の美、見えざる美、表面の美、内面と外面が一致した美がある。美人画の美女は、夢みる若い女、上流階級の毅然とした美女、艶麗な美女。美人画の最高峰は何か。
日本の美人画が描いていない領域がある。日本の美人画は、ラファエル前派、ルネサンスの美女、バロックの美女、新古典主義の美女とどこが異なるのか。
菱田春草「水鏡」(1897)は「美人はいつまでも美にあらず、ついには衰えるときがある」「天女衰相、天女の相が映る」(菱田春草『画界新彩』)。菱田春草は37歳で夭折する。
上村松園「序の舞」1936は「優美なうちにも毅然として犯しがたい気品」(『靑眉抄』)を表現している。
不気味な女たち。妖気を感じる。上村松園「焔」1918、岸田劉生「麗子」1920「野童女」1922、甲斐庄楠音「幻覚」1920、女は、人間の矛盾を映す鏡である。「江戸時代の幽霊は、女がほとんど。女は、抑圧される。抑圧されていた女は、死んで恨みを晴らす。恨みの視覚化が妖怪である。妖怪は、人が抱える矛盾を映す鏡である。」(小松和彦)
岸田劉生がデロリとよんだ甲斐庄楠音は83歳まで生き、岸田劉生は38歳で没した。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
大久保正雄『藝術家と運命との戦い、運命の女』
――
美人画の始まり 樹下美人図
「鳥毛立女屏風図」正倉院宝物 天平勝宝四年(752年) 。「樹下美人図」ともよばれる。天平勝宝八年(756)の『東大寺献物帳』に「六扇」と記載されている。樹下に佇む唐の装束を着た婦人を描いた。シルクロード起源である。
【樹下美人図】春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ少女。春の園が紅色に美しく輝くように咲いている桃の花の色が、木の下までも照り映えている道に出て立っている乙女よ。(天平勝宝二(西暦750年)年三月一日の暮(ゆうへ)に、春苑の桃李の花を眺矚(なが)めて作る歌二首。大伴家持 (万葉集巻十九、4139)
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より」
――
展示作品の一部
鈴木春信「琴を弾く美人」1767「三十六歌仙」1767
勝川春章「青楼美人合鏡」1776
鳥居清長「美南見十二侯」1784
喜多川歌麿「当世三美人」1793
菱田春草「水鏡」1897
鏑木清方「一葉」1940
菊池契月「友禅の少女」1933
甲斐庄楠音「幻覚」1920
上村松園「序の舞」1936
――
参考文献
ラファエル前派展 英国ヴィクトリア朝絵画の夢・・・愛と美の深淵
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-ee4b.html
「ザ・ビューティフル ― 英国の唯美主義 1860‐1900」・・・大英帝国の黄昏
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/18601900-9567.html
「ヌード NUDE-英国テート・コレクションより」横浜美術館・・・愛と美の象徴、思想表現の自由の戦い
https://bit.ly/2pJnsnZ
「上村松園展、東京国立近代美術館」2010年9月7日-10月17日
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-1f70.html
――
このほど、近代美人画の最高傑作である上村松園作《序の舞》(重要文化財)の修理が完成し、本展にてはじめて一般に公開される運びとなりました。上村松園(1875-1949)は、京都に生まれ鈴木松年や竹内栖鳳らに学びながら、独自の美人画様式を確立。官展を中心に活躍し、昭和23年(1948)、女性としてはじめての文化勲章を受章しました。昭和11年(1936)作の《序の舞》は、松園のもっとも充実した時期に制作された代表作のひとつです。
本展では、この機に、江戸時代の風俗画や浮世絵に近代美人画の源流を探りながら、《序の舞》に至る美人画の系譜をたどります。明治中期から昭和戦前期までの、東京と関西における美人画の展開を、松園をはじめ菱田春草、鏑木清方、菊池契月、北野恒富ら著名作家たちの名作を中心に俯瞰いたします。
https://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2017/bijinga/bijinga_ja.htm
――
★東西美人画の名作 《序の舞》への系譜、東京藝術大学大学美術館
2018年3月31日〜5月6日

2018年4月10日 (火)

島薗進『死生学 宗教の名著 魂のことば』上智大学、5月27日

Botticellinascitaveneresimonettaves島薗進『死生学 宗教の名著 魂のことば』上智大学、5月27日
上智大学、6号館204教室、午後3時30分から
【講演】島薗進【解説、質疑応答】大久保正雄【司会】畑中紀子【企画】大久保正雄
上智大学ソフィア会 ソフィア文化芸術ネットワーク
―――
島薗進、東京大学大学院名誉教授、上智大学大学院教授
宗教の名著に刻まれる、生と死、知恵と愛の意味。様々な文明、多様な文化に宗教がある。宗教の名著のなかに、魂のことばを読み、生と死、知恵と愛の意味を考える。生死を超える言葉、人の痛みを癒す苦悩を超えて生きる言葉。宗教の名著には不朽の思想がある。
死生学(Thanatology)の根本にある問いは「死を迎える人の心の痛みにどう応えるべきか」である。
島薗進『宗教学の名著30』。空海『聾瞽指帰』『秘蔵宝鑰』、エリアーデ『永遠回帰の神話』、ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』、ニーチェ『ツァラトゥストラ』。他
―――
ソフィア文化芸術ネットワーク
【質疑応答】島薗進×大久保正雄『死生学 ファンタジーと宗教』
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-8f05.html
【質疑応答】島薗進×大久保正雄『死生学 人の心の痛み』
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-8607.html
★問い合わせ 上智大学ソフィア会 Tel.03-3238-3041
上智大学、四谷キャンパス地図
http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/access/map/map_yotsuya

« 2018年3月 | トップページ | 2018年5月 »

最近のトラックバック

ウェブページ

2018年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31