空海の旅 旅する思想家、美への旅
大久保正雄「旅する哲学者 美への旅」第69回 空海の旅 旅する思想家
空海の旅 旅する思想家、美への旅
黄金のような国々を、沢山旅してきた。美の国、詩の国、地中海の国、黄昏の国、地の果ての国。空海の旅は秘境冒険譚である。冒険は秘宝の探求である。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
秘宝の探求には苦難にみちた旅と敵、謎の美女、秘密を解く鍵、探求目的の秘密がある。『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』『ロマンシングストーン』のように。砂漠の果てに埋もれている薔薇色の神殿。探検家が砂漠の果ての秘密の宝庫に旅するように、空海は唐の都、長安に密教寺院に師を求めて旅した。
空海は、この国では稀有なる<体系的思考、戦略的思考、哲学的思考、本質を観る直観力、創造力、根源志向、視覚的思考、グランド・デザイン、イメージ戦略>をもつ人である。空海は、美意識と崇高な精神と知性をもつ達人、魂の果てを探検する探求者(沙門)である。空海は、理念(イデア)と夢を地上に現実化する。空海が探求した知恵と愛と美の秘密の扉を開く鍵は何か。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
■空海の思想
『聾瞽指帰』『三教指帰』序文と巻末の十韻の詩は『三教』と異なる。
無常の賦、受報の詞、生死海の賦、大菩提の果 延暦16年(797)12月。空海24歳の作。
「われ先より、汝の来れるを知り、相待つこと久し。今日、相見ゆること大いに好し」(空海『請来目録』)
「密蔵、深玄にして、翰墨(かんぼく)に載せがたし。かわりに図画をかりて、悟らざるに、開示す。」『請来目録』
「秘蔵の奥旨は、文を得ることを貴ばず。ただ心を以って心に伝うるなり。文はこれ糟粕、文はこれ瓦礫、糟粕と瓦礫を受くれば、則ち粋実と至実とを失う。真を棄てて偽を拾うは、愚人の法なり。愚人の法には、汝は随うべからず、また求むべからず。
「古の人は道の為に道を求め、今の人は名利の為に求む。名の為に求むるは、道を求むる志にあらず。」『答叡山澄法師求理趣釈経書』
「物の興廃は必ず人に由る。人の昇沈は定めて道に在り」『綜藝種智院式』
嵯峨天皇「道俗相分かれて数年を経たり。今秋晤語するもまた良縁なり。香茶酌みやすみて日ここに暮れる。稽首してわかれを傷み雲煙を望む。」『海公〔空海〕とともに茶を飲み、山に帰するを送る一首』(経国集』巻十)
「仏に三身(法身・報身・応(化)身)あり。教は二種(顕教・密教)なり。応化の開説を名づけて顕教という。ことば顕略にして機に逗えり。法仏の談話これを密蔵(密教)という。ことば秘奥にして実説なり。」
『弁顕密二教論』
http://www.mikkyo21f.gr.jp/kukai-writing/post-237.html
「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く 死に死に死に、死んで死の終わりに冥し」(『秘蔵宝鑰』序、830年)
「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば我が願いも尽きむ」天長9年(832年)8月22日、高野山最初の万燈万華会。
■『秘密曼荼羅十住心論』
第一住心 異生羝羊心
「凡夫狂酔して、吾が非を悟らず。但し淫食を念ずること、彼の羝羊の如し。」
下愚は狂酔する。羝羊のように、淫食を求める。上智と下愚とは移らず(『論語』陽貨第十七3)。
第二住心 愚童持斎心
「外の因縁に由って、忽ちに節食を思う。施心萌動して、穀の縁に遇うが如し。」
下愚は、外の因縁によって、節度を思う。
第三住心 嬰童無畏心
「外道天に生じて、暫く蘇息を得。彼の嬰児と、犢子との母に随うが如し。」
天真爛漫な季節、天界に生まれたように蘇る。嬰児と犢子が、母に随うごとし。
第四住心 唯蘊無我心
「ただ法有を解して、我人みな遮す。羊車の三蔵、ことごとくこの句に摂す。」
存在するのは唯だ五蘊のみであり、すべての存在は無我であることを知る。
五蘊とは、色・受・想・行・識の精神作用である。
第五住心 抜業因種心
「身を十二に修して、無明、種を抜く。業生、已に除いて、無言に果を得。」
十二縁起を知り、無明=因縁の種子を取り除き、業の生を除く。
第六住心 他縁大乗心
「無縁に悲を起して、大悲初めて発る。幻影に心を観じて、唯識、境を遮す。」
慈悲心に目覚め、唯識説に目覚める。すべての現象は幻影であると知る。唯識瑜伽行派。
第七住心 覚心不生心
「八不に戯を絶ち、一念に空を観れば、心原空寂にして、無相安楽なり。」
「不生、不滅、不断、不常、不一、不異、不去、不来」。この八つの不を認識し、空観に徹すれば、心は空寂で安楽である。中観派。空観派。
第八住心 一通無為心
「一如本浄にして、境智倶に融す。この心性を知るを、号して遮那という。」
主体と客体の境のない境地。一如、境と智ともに融一する。天台止観。
第九住心 極無自性心
「水は自性なし、風に遇うてすなわち波たつ。法界は極にあらず、警を蒙って忽ちに進む。」
事法界、理法界、両者を止揚した、無自性・空界と現象が共存する理事無礙法界、事物が融通無碍に共存する事々無礙法界に到達する。毘盧遮那仏と一体になる融通無碍の境地。『華厳経』。
第十住心 秘密荘厳心
「顕薬塵を払い、真言、庫を開く。秘宝忽ちに陳じて、万徳すなわち証す。」
顕薬は塵を払うが、真言は秘密の宝の庫を開く。大日如来、真言密教の境地。
(空海『秘密曼荼羅十住心論』「日本思想体系」、『弘法大師 空海全集』筑摩書房)
■空海年代記
★宝亀5年 (774) 讃岐国多度郡、屏風浦(香川県善通寺市)で生まれる。父は郡司の佐伯直田公、母は阿刀氏の玉依(または阿古屋)。幼名を真魚という 空海1歳
延暦8年 (789) 桓武天皇の皇子・伊予親王の家庭教師で母方の叔父である阿刀大足について論語、孝経、史伝、文章などを学ぶ。 16歳
★延暦10年 (791) 長岡京の大学寮に入る。大学での専攻は明経道、春秋左氏伝、毛詩、尚書などを学ぶ。 18歳
★延暦11年 (792) 19歳を過ぎた頃から【山林修行】に入る。吉野、阿波、土佐、伊予などの山野を跋渉し、一沙門より「虚空蔵求聞持法」を授けられた 19歳
★★796年、空海が23歳の時、夢のお告げで『大毘廬遮那成仏神變加持経』を知り、経を探して旅をし、【久米寺の東塔】にて『大日経』を発見(感得)。★
★延暦16年 (797) 儒教・道教・仏教の比較思想論、『聾瞽指帰』を著す。 24歳
★貞元20年(延暦23年) (804) 入唐直前に、東大寺戒壇院で得度受戒する。
この年、正規の遣唐使の留学僧(留学期間20年)として唐に渡る。
空海は、遣唐大使藤原葛野麻呂とともに、第一船。第二船に、最澄。 他の二隻は、難破、沈没。 30歳
8月10日、福州長渓県赤岸鎮に漂着。上陸できず。約50日間待機させられる。遣唐大使藤原葛野麻呂に代わり、空海が福州の長官へ嘆願書を代筆する。
★804年11月3日に長安入りを許され、12月23日に長安に入る。 31歳
永貞元年(延暦24年) (805) 2月、西明寺に入り滞在、空海の長安での住居となる。長安で空海は、醴泉寺の印度僧般若三蔵に師事した。密教を学ぶために必須の梵語を学ぶ。空海はこの般若三蔵から梵語の経本や新訳経典を与えられる。
★805年5月、密教の第七祖、【青龍寺の恵果和尚】を訪ね、以降約半年、師事する。
★805年6月13日に【大悲胎蔵の学法灌頂】、7月に【金剛界灌頂】を受ける。
★805年8月10日、【伝法阿闍梨位の灌頂】を受け、遍照金剛の灌頂名を与えられる。
8月中旬以降に、曼荼羅や密教法具の製作、経典の書写が行われ、恵果和尚からは阿闍梨付嘱物を授けられる。
★12月15日、恵果和尚、60歳で入寂。空海32歳
元和元年(延暦25年) (806) 空海は全弟子を代表して和尚を顕彰する碑文を起草する。
3月に長安を出発し、帰国の途につく。
★大同元年(806年)10月、空海は無事帰国、大宰府観世音寺に滞在する。『請来目録』を遣唐使判官高階遠成に託す。空海は太宰府に滞在。大同元年、3月に桓武天皇が崩御し、平城天皇が即位。 33歳
★大同4年 (809) 平城天皇が退位、【嵯峨天皇、即位】。空海は和泉国槇尾山寺に滞在していた。嵯峨天皇の勅により7月、入京、和気氏の私寺、高雄山寺(後の神護寺)に入る。空海の入京には最澄の尽力があったと推定される。★最澄筆『請来目録』が存在する。
その後、二人は813年まで交流関係を持つ。【理趣釈経、借覧問題】 36歳
★弘仁元年 (810) 【薬子の変】空海、嵯峨天皇側につき10月27日より高雄山寺で鎮護国家のための大祈祷をおこなう 37歳
弘仁2年 (811) 乙訓寺の別当を務める(弘仁3年(812年まで) 38歳
弘仁3年 (812) 11月15日、高雄山寺にて金剛界結縁灌頂を開壇。入壇者には、最澄が含まれる。さらに12月14日には胎蔵灌頂を開壇。入壇者は最澄やその弟子円澄、光定、泰範の他190名。 39歳
★813年(弘仁4)11月23日付の手紙で、最澄は「理趣釈経一巻を来月中旬まで借覧したい」と空海に申し送ったが、空海はこれを断った。【理趣釈経、借覧問題】
http://www.mikkyo21f.gr.jp/kukai-ronyu/kitao/new-31.html
★空海『答叡山澄法師求理趣釈経書』
★弘仁6年 (815)『弁顕密二教論』を著す。 42歳
弘仁7年 (816) 6月19日、修禅の道場として高野山の下賜を請う、7月8日には、高野山を下賜する旨勅許を賜る。 43歳
★【高野山金剛峯寺】
★弘仁8年 (817) 泰範や実恵ら弟子を派遣して高野山の開創に着手する 44歳
弘仁9年 (818) 11月には、空海自身が勅許後はじめて高野山に登り翌年まで滞在。 45歳
弘仁10年 (819) 春には七里四方に結界を結び、伽藍建立に着手 46歳
弘仁12年 (821) 満濃池(まんのういけ、現在の香川県にある日本最大の農業用ため池)の改修を指揮して、当時の最新工法を駆使し工事。 48歳
弘仁13年 (822) 太政官符により東大寺に灌頂道場真言院建立。この年平城上皇に潅頂を授ける。 49歳
★弘仁14年 (823) 正月、太政官符により東寺を賜り、真言密教の道場とする。 50歳
★【東寺】
★天長元年 (824) 2月、勅により【神泉苑で祈雨法】を修す。3月には少僧都に任命、僧綱入り(天長4年には大僧都)。 51
★天長5年 (828) 『綜藝種智院式并序』を著すとともに、東寺の東にあった藤原三守の私邸を譲り受けて私立の教育施設「綜芸種智院」開設 55歳
★天長7年 (830) 淳和天皇の勅に応え『秘密曼荼羅十住心論』十巻(天長六本宗書の一)を著、後に本書を要約『秘蔵宝鑰』三巻を著す。 57歳
天長8年 (831) 5月末、病(悪瘡)を得て、6月大僧都を辞する旨上表、天皇に慰留される。 58歳
★天長9年 (832) 8月22日、高野山において最初の万燈万華会が修された。空海は、願文に「虚空盡き、衆生盡き、涅槃盡きなば、我が願いも盡きなん」と表す。その後、秋より高野山に隠棲し、穀物を断ち禅定を好む日々であったと伝えられている。 59歳
★承和元年 (834) 2月、東大寺真言院で『法華経』『般若心経秘鍵』を講じる。
12月19日、毎年正月宮中において真言の修法(後七日御修法)を行いたい旨を奏上。同29日に太政官符で許可され、同24日の太政官符では東寺に三綱を置くことが許下。 61歳
承和2年 (835) 1月8日より宮中で後七日御修法を修す。
宮中での御修法は明治になるまで続き、明治以後は東寺に場所を移して行われている。
1月22日には、真言宗の年分度者3人を申請し許可される。
2月30日、金剛峯寺が定額寺となる。
★835年3月15日、高野山で弟子達に遺告を与え、3月21日に入滅。 62歳
参考文献
*宮崎忍勝『私度僧空海』河出書房新社
*空海年表 空海エンサイクロペディア
http://www.mikkyo21f.gr.jp/kuhkai-chronicle/chronicle_p3.html
『聾瞽指帰』が原形。『三教指帰』序文と巻末の十韻の詩は『三教指帰』と異なる。
http://www.mikkyo21f.gr.jp/kukai-writing/post-105.html
http://www.mikkyo21f.gr.jp/kukai-life/test/post-125.html
★空海
★東寺
★参考文献
宮坂宥勝監修『弘法大師 空海全集』全八巻、筑摩書房1973
渡辺照宏・宮坂宥勝『沙門空海』筑摩書房1967ちくま文庫1993
宮坂宥勝・梅原猛『生命の海 空海』仏教の思想9角川書店1996角川文庫
松長有慶『高僧伝 空海』集英社1985
松長有慶『密教経典 理趣経』集英社1984
松長有慶『理趣経』中公文庫
『芸術新潮2011年8月号 空海、花ひらく密教宇宙』2011年
宮崎忍勝『私度僧空海』河出書房新社1991
宮坂宥勝『空海 生涯と思想』筑摩書房1987ちくま文庫2003
宮坂宥勝『密教世界の構造 空海『秘蔵宝鑰』』筑摩書房1882
宮坂宥勝『密教思想の真理』人文書院1979
宮坂宥勝『密教経典』筑摩書房、仏教経典選1986講談社学術文庫2011
竹内孝善・川辺秀美『空海と密教美術』2011
末木文美士『仏典をよむ―死からはじまる仏教史』新潮文庫2009
末木文美士『日本仏教史―思想史としてのアプローチ』新潮文庫1996
東京国立博物館『空海と密教美術』2011
東京国立博物館『空海と高野山』2003
大久保正雄「プラトン哲学と空海の密教 ―書かれざる教説」2011
大久保正雄『空海の冒険 密教美術の象徴学』2015
大久保正雄2016年8月2日
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