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2016年8月 4日 (木)

ニーチェの旅 永劫回帰 美への旅

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大久保正雄「旅する哲学者 美への旅」第71回ニーチェの旅
ニーチェの旅 永劫回帰 美への旅

黄昏の丘を歩く。森の中の迷宮図書館で考える 。『香水壜』のような図書館。『夕暮れの諧調』を暗唱する。
自己との対話、内なる声、天からの声。天から届き、心のいちばん奥深くに湧き上がって来る声に耳を傾けることが最も貴い使命である。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

■ニーチェの旅 イタリア、南仏、ニース
ニーチェ(1844—1900)は、1879年、10年間勤務したバーゼル大学を35歳で辞職。
1879年から1889年まで、病気療養のため旅をした。
ニーチェは、病気療養のためによい土地を求めて、1889年までさまざまな都市を旅しながら生活した。夏はスイスのサンモリッツ近郊の村シルス・マリア、冬はイタリアのジェノヴァ、トリノ、フランスのニースなどの都市で過ごした。
1881年、病気療養に訪れたスイスのシルス・マリアにてシルヴァプラナ湖畔を散策中に巨大な尖った三角岩のほとりで、襲来した「永劫回帰」の思想。
『ツァラトゥストラかく語りき』(Also sprach Zarathustra, 1885)は、旅の中で書かれた。
ニーチェの哲学書はほとんど、10年間の旅の中で書かれた。

■シルヴァプラナ湖、永劫回帰の思想
ニーチェ(1844—1900)は、1881年、病気療養に訪れたスイスのシルス・マリア。シルヴァプラナ湖畔を散策中に巨大な尖った三角岩のほとりで、「永劫回帰」の思想が、突然襲来した。
永劫回帰ewig wiederkehrenの思想は、『ツァラトゥストラ、かく語りき』においてはじめて提唱された。
「時間は無限であり、物質は有限である」「無限の時間の中で有限の物質を組み合わせたものが世界である」、過去に在ったことは、未来に存在する。永劫に回帰する世界。

■ニーチェ『プラトン対話篇研究序説』
ニーチェ『ギリシア人の悲劇時代における哲学』
著述家プラトンとは本来の教師プラトンの〈影〉であり、アカデモスの庭園における講義への〈想起〉に過ぎないということである。
フリードリヒ・ニーチェ『プラトン対話篇研究序説』
プラトンが言っているのは、一人知者にとってのみ、著作は想起の手段としてその意義を持つということだ。故に彼によれば、完璧な著作は口頭での教授形式を模倣すべきで、それはこうすることによって、知者がどのようにして知者となったか、を想起することを目的としている。
フリードリヒ・ニーチェ『プラトン対話篇研究序説』
不滅を目指すヘラクレイトスの旅路は、他のいかなる旅路よりも苦難と障害に満ちたものだ。それにもかかわらず、この旅路の終点に達することを他ならぬこの哲学者以上に確信し得る者はいない。『ギリシア人の悲劇時代における哲学』

■ニーチェの言葉 『ツァラトゥストラ』
いっさいの書かれたもののうち、わたしはただ、血をもって書かれたもののみを愛する。
血をもって書け。そうすれば君は知るであろう、血が精神であることを。『ツァラトゥストラ』
獅子の精神は言う「われは欲す」と。「汝なすべし」が、その精神の行く手をさえぎっている。金色にきらめく有鱗動物であって、その一枚一枚の鱗に、「汝なすべし」が金色に輝いている。『ツァラトゥストラ』
新しい創造を目ざして自由をわがものにすること。これは獅子の力でなければできない。自由をわがものとし、義務に対してさえ聖なる「否」をいうこと。『ツァラトゥストラ』
孤独の極みの砂漠のなかで、第二の変化が起こる。そのとき精神は獅子となる。精神は由由をわがものとしようとし、自分自身が選んだ砂漠の主になろうとする。『ツァラトゥストラ』
■三様の変化 駱駝、獅子、小児 『ツァラトゥストラ』より
 わたしは君たちに精神の三様の変化について語ろう。すなわち、どのようにして精神が駱駝となり、駱駝が獅子となり、獅子が小児となるかについて述べよう。
 畏敬を宿している、強力で、重荷に堪える精神は、数多くの重いものに遭遇する。そしてこの強靭な精神は、重いもの、最も重いものを要求する。
 何が重くて、担うのに骨が折れるか、それをこの重荷に堪える精神はたずねる。そして駱駝のようにひざまずいて、十分に重荷を積まれることを望む。
 最も重いものは何か、英雄たちよ、と、この重荷に堪える精神はたずねる。わたしはそれを自分の身に担って、わたしの強さを喜びたいのだ。
 最も重いのは、こういうことではないか。おのれの驕慢に痛みを与えるために、自分を低くすることではないか?自分の知恵をあざけるために、自分の愚かさを外にあらわすことではないか?
 もしくは、こういうことか。自分の志すことが成就して勝利を祝うときに、そのことから離れることか。誘う者を誘うために、高い山に登ることか。
 もしくは、こういうことか。乏しい認識の草の実によって露命をつないで、真理のためにおのが魂の飢えを忍ぶことか。
 もしくは、こういうことか。病んでいるのに君は、君を慰めにくる者を家に帰らせ、君の望むことをけっして聞くことのない聾者と交わりを結ぶということか。
 もしくは、こういうことか。真実の水であるならば、どんなにきたない水であっても、そのなかに下り立ち、冷ややかな蛙をも熱気のあるがまをも追いはらおうとしないことか。
 もしくは、こういうことか。われらを軽蔑する者を愛し、妖怪がわれらを恐れさせようとするときに、それに手をさしのべることか。
 すべてこれらの最も重いことを、重荷に堪える精神は、重荷を負って砂漠へ急ぐ駱駝のように、おのれの身に担う。そうしてかれはかれの砂漠へ急ぐ。
 しかし、孤独の極みの砂漠のなかで、第二の変化が起こる。そのとき精神は獅子となる。精神は由由をわがものとしようとし、自分自身が選んだ砂漠の主になろうとする。
 その砂漠でかれはかれを最後に支配した者を呼び出す。かれはその最後の支配者、かれの神の敵となろうとする。勝利を得ようと、かれはこの巨大な龍と角逐する。
 精神がもはや主と認めず神と呼ぼうとしない巨大な龍とは、何であろうか。「汝なすべし」それがその巨大な龍の名である。しかし獅子の精神は言う、「われは欲す」と。
 「汝なすべし」が、その精神の行く手をさえぎっている。金色にきらめく有鱗動物であって、その一枚一枚の鱗に、「汝なすべし」が金色に輝いている。
 千年にわたったもろもろの価値が、それらの鱗に輝いている。それゆえ、あらゆる龍のうちの最も強力なこの龍は言う。「諸事物のあらゆる価値 - それはわたしの身に輝いている」と。
「いっさいの価値はすでに創られた。そして創られたこのいっさいの価値 - それはわたしである。まことに、もはや『われ欲す』は、あってはならない」そう龍は言う。
 わたしの兄弟たちよ。何のために精神の獅子が必要になるのか。なぜ重荷を担う、諦念と畏敬の念にみちた駱駝では不十分なのか。
 新しい諸価値を創造すること - それはまだ獅子にもできない。しかし新しい創造を目ざして自由をわがものにすること - これは獅子の力でなければできないのだ。
 自由をわがものとし、義務に対してさえ聖なる「否」をいうこと、わたしの兄弟たちよ、そのためには、獅子が必要なのだ。
 新しい諸価値を立てる権利をみずからのために獲得すること - これは重荷に堪える敬虔な精神にとつては、身の毛もよだつ行為である。まことに、それはかれにとっては強奪であり、強奪を常とする猛獣の行なうことである。
 精神はかつて、「汝なすべし」を、自分の奉ずる最も神聖なものとして愛していた。いまかれはこの最も神聖なもののなかにも、迷妄と恣意を見いださざるをえない。そして自分が愛していたものからの自由を強奪しなければならない。この強奪のために獅子を必要とするのだ。
 しかし思え、わたしの兄弟たちよ。獅子さえ行なうことができなかったのに、小児の身で行なうことができるものがある。それは何であろう。なぜ強奪する獅子が、さらに小児にならなければならないのだろう。
 小児は無垢である、忘却である。新しい開始。挑戦、おのれの力で回る車輪、始源の運動、「然り」という聖なる発語である。
 そうだ、わたしの兄弟たちよ。創造という遊戯のためには、「然り」という聖なる発語が必要である。そのとき精神はおのれの意欲を意欲する。世界を離れて、おのれの世界を獲得する。
 精神の三様の変化をわたしは君たちに述べた。どのようこして精神が駱駝になり、駱駝が獅子になり、獅子が小児になったかを述べた。 -
ツァラトウストラはこう語った。そのときかれは「まだら牛」と呼ばれる都市に滞在していた。
★Nice, French Riviera, hotel negresco nice
★Monaco
★Cote d’Azur
★Nietzsche, Also sprach Zaratustra, 1885
★参考文献
手塚富雄訳『ツァラトゥストラ』『世界の名著』中央公論社
西尾幹二訳『悲劇の誕生』『世界の名著』中央公論社
岡村民夫『旅するニーチェ リゾートの哲学』白水社
大久保正雄2016年8月3日

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