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2016年8月22日 (月)

プラトン、アカデメイア派2000年 美への旅

Botticellinascitaveneresimonettav_2大久保正雄「旅する哲学者 美への旅」第88回
プラトン、アカデメイア派2000年 美への旅

美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
はちみつ色の夕暮れ、黄昏の丘、黄昏の森を歩き、迷宮図書館に行く。糸杉の丘、知の神殿。美しい魂は、光輝く天の仕事をなす。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

■プラトン、アカデメイア派2000年
紀元前399年、ソクラテス、死す。
紀元前387年、プラトンは、四十歳の時、アカデメイアの地に学園を設立した。
プラトンは、28歳から40歳まで、12年間、地中海を旅した。
529年東ローマ皇帝ユスティニアヌス1世は、アテナイの新プラトン派のアカデメイアを閉鎖、財産を没収。アカデメイア916年の歴史が終焉した。
https://t.co/QQtspVQ4FD
■メディチ家とプラトン・アカデミー
コジモ・デ・メディチ
1439年7月6日フィレンツェ公会議が開かれ、ギリシア・ローマ両協会の統一が宣言された。この時コンスタンティノープルから、プラトン學者ベッサリオン、ゲミストス・プレトンが來訪、コジモはプレトンの教えに感銘をうけ、教示により「アカデミア・プラトニカ」(プラトン・アカデミー)を構想した。
1462年コジモ・デ・メディチは、マルシリオ・フィチーノ(1433 - 1499)にプラトンの原典とカレッジの別荘を与え、プラトン全集の翻訳を命じ、コジモは1464年に死ぬが、フィチーノは1477年に完成した。
最晩年1464年コジモは、フィレンツェ郊外ヴィッラ・カレッジで、死の予感の中で、哲學的な隠遁の生活に浸り、蘇った哲學の古典に読み耽る。コジモはフィチーノにオルペウスの竪琴とラテン語訳プラトン『ピレボス』を持って來るように手紙を書いて命じた。1)フィチーノは、1475年『プラトン饗宴注解-愛について』、1482年『プラトン神學-魂の不滅について』、1484年『プラトン全集』ラテン語訳を出版、イタリアの地にプラトン哲學が蘇る。
ロレンツォ・デ・メディチ
1478年4月26日、【パッツィ家の陰謀】ロレンツォ暗殺計画。ロレンツォの弟、ジュリアーノ・デ・メディチ、暗殺される。シクストゥス4世の陰謀。
★1482年、ボッティチェリ『春』1485年、ボッティチェリ『ヴィーナスの誕生』
1490年-1492年【ミケランジェロ】ロレンツォの家で養育される。
1495年「クピド」制作。1497年「バッカス」制作。
1492年 ロレンツォ、4月8日カレッジにて、死す。旧友フィチーノをカレッジに呼び寄せ、魂の不死不滅を反芻する。潅仏会(花祭り、仏生会、浴仏会)の日。
ロレンツォ・デ・メディチ(Lorenzo de' Medici, 1449年1月1日 - 1492年4月8日)
http://en.wikipedia.org/wiki/Lorenzo_de'_Medici
1494年、プラトンアカデミーの思想家、次々、死す。ポリツィアーノ、ピコ、毒殺される。
1494年、メディチ家、フィレンツェから追放。
1499年、マルシリオ・フィチーノ、死す。
プラトンの天を指すは天上界のイデアを指し示し、アリストテレスは地上の現実界を示す。
プラトン哲学は、天界のイデアを目ざして飛翔する。
―――――
★天をさす指の象徴
ラファエロ『アテナイの学堂』1509-10, Raffaello Sanzio,Scuola di Atena, vatican, 1509-10
レオナルド『ヨハネ』,Leonardo, San Giovanni Battista,1513
ダヴィッド『毒盃を仰ぐソクラテス』1787,David,Death of Socrates,Metropolitan,NY,1787
―――――
「旅する哲学者 美への旅」
ルネサンス年代記 ボッティチェリ ルネサンスの理念
https://t.co/mjMEiIw7xi
大久保正雄「旅する哲学者 美への旅」第67回ボッティチェリP23
メディチ家とプラトンアカデミー 黄昏のフィレンツェ
https://t.co/QQtspVQ4FD
ルネサンスの奇人変人、メディチ家 コジモとロレンツォ
https://t.co/1ycQTUMP05
皇帝ユスティニアヌス1世、プラトンのアカデメイア閉鎖。529年*
https://t.co/OSyk6Kzoq3
★参考文献
広川洋一『プラトンの学園アカデメイア』岩波書店、講談社学術文庫
清水純一「フィレンツェ・プラトニズム その発祥と展開」1977
清水純一『ルネサンス 人と思想』平凡社1994
大久保正雄「美の奥義 プラトン哲学におけるエロス(愛)とタナトス(死)」2013
イヴァン・クルーラス『ロレンツォ・イル・マニフィコ』河出書房新社
クリストファー・ヒッバート『メディチ家』リブロポート1984
中嶋浩郎『図説 メディチ家―古都フィレンツェと栄光の「王朝」』(ふくろうの本)2000
広川洋一『ギリシア人の教育』岩波新書
★Botticelli, Nascita Venere, 1485
★Botticelli, Primavera,1482

大久保正雄 2016年8月22日

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