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2016年7月11日 (月)

愛と復讐 アイスキュロス『オレステイア』三部作

Ookubomasao11020460231_leonardo_da_vinchi_leda_i_大久保正雄『地中海紀行』第47回ギリシア、愛と復讐の大地1
愛と復讐 アイスキュロス『オレステイア』三部作

トロイア戰爭の始まり 美の爭い
失われた「叙事詩の円環」

美しい海、エーゲ海、
燦めく海。風の息吹、大地と光がある限り、
苦難を受けし魂に、幸いをあたえよ。
苦しみに涙が頬つたう時、伶人が奏でる、玲瓏の楽の音。
オルペウスの竪琴のごとく、すべての生けるもの、樹霊に至るまで、
心震わせる、悲しみの調べ。
燦めく眼の美しい乙女は、愛を囁き、翼ある言葉を放つ。

絶望の果てに、微かな光が見えるならば、
今ある苦しみを耐えることができる。
美しい魂よ、死の淵より、蘇れ。

*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

■ギリシア悲劇 愛と復讐のドラマ
ギリシア悲劇の人間たちは、運命に対峙しながら、理想と信念を貫きとおし、理想に殉じるがゆえに、滅びてゆく。滅びを覺悟しながら自己の理想に殉じる、精神において、高貴な人間である。高貴な魂が、純粋であるがゆえに、苦難に遭い死を遂げる時、悲劇が生れる。
愛するもののために戦い、復讐する高貴な魂。愛の情熱は絶望の焔をあげて燃え上る。ギリシア悲劇は、果たせぬ思い、見果てぬ夢、報われぬ愛、晴らせぬ怨み、人間の苦しみに、光をあてる。生きることの本質は苦しみであると考えた、ギリシアの悲劇詩人たちは、人間の苦しみを直視する。悲劇詩人は、苦しむ人、泣く人、怒る人、復讐を企てる人に、限りない愛を注ぐ。運命の力がいかに強くとも、自己の運命を切り開くことができる。たとえ敗北に終わっても、戰いの軌跡は、人がこの世に生きた証しである。
 生命は死を孕んでいる。だからこそ、生は尊く、一瞬の燦めきを放ち、美しい。ほんとうに生きるためには、一度死んで再び蘇らねばならない。死と再生の秘儀をへて、眞に優れた生きかたが始まる。枯れた死の大地から、春が蘇るように。受難の苦しみを経て、蘇る魂こそ、眞の精神である。知恵は、苦悩から生れる。悲劇は死と再生の秘儀である。新しく生れるためには、死から蘇らねばならない。死からの蘇りがなければ、生はない。ディオニュソスの秘儀から悲劇は生まれた。ディオニュソスが二度生まれた神であるように、死の苦しみ、苦難の果てに、美しい精神が生まれることが悲劇の主題である。一粒の麦、地に落ちて死なずば、もとのままにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし。
 アイスキュロスが書いた最晩年の悲劇『オレステイア』三部作は、ギリシアのみならず人類史に殘る傑作であり、アルゴスの王家3代にわたる復讐のドラマである。死を以って死に報い、血で血を洗う、呪われたアトレウス王家の復讐劇。アポロンの神託によって、復讐を遂げクリュタイメストラを殺害し、正義を実現したオレステスが、復讐の女神たち(エリニュエス)によって追求される。「復讐によって正義は実現される」復讐劇を構築した。ソポクレスは、運命と対峙し生きる人間の悲劇を書いた。オイディプスは、善き意志と不屈の意志によって、謎を解き、不条理な運命を知り、運命に突きつけられた自己を受けいれる。運命劇である。エウリピデスは、復讐の連鎖と運命の呪縛に、陰謀によって対決し克服する不屈の魂を陰謀劇によって書いた。苦しむ人、救いなき人に、神々は救いをもたらす。有限なる精神は、藝術においてのみ、運命と和解し、宇宙の調和に到達することができる。

■三人の悲劇詩人 アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデス
ギリシア悲劇は、紀元前5世紀、最盛期を迎えた。早春、花萌える季節、ディオニュシア祭で、予選を勝ち抜いた三人の悲劇詩人の新作が上演された。3本の悲劇と1本のサテュロス劇を披露して優勝を競った。作品が現存するのは3人だけである。3大悲劇詩人、アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデスである。
アイスキュロスは、聖域エレウシスで生れた神官の家系である。海を臨む岬の上、壮麗な神域の地である。ペルシア戦争で自ら剣をとって戦い、榮光のアテナイの歴史を生きた貴族である。シケリア島のゲラで、榮光のうちに、69歳で死んだ。
ソフォクレスは、アテナイ郊外コロノス・ヒッピオスの地、裕福な騎士階級に生まれた。ソフォクレスは、人柄、才能、家系、容貌、財産、すべてに恵まれ、將軍として活躍した。アテナイ隆盛期の頂点から、ギリシア内乱による没落を自らの目で見た。エウリピデスの死を悼み黒衣をまとい、その年、92歳で死んだ。破綻なき人生は、流麗なドラマ展開をもつ作品に現れている。
エウリピデスは、サラミス海戰の年、サラミスで生れた。孤独を愛する異端児である。サラミスの洞窟に閉じ籠もって海を眺めながら、悲劇を書いた。作品は、最も刺激的で戦慄にみちた展開をもつ。波瀾にみちた複雑な展開の果て、窮地に陥った人々を、神々が現れて救う。マケドニアのアルケラオス王の宮廷で75歳で死んだ。

■アイスキュロス『オレステイア』三部作 アトレウス王家の悲劇
アイスキュロスは、晩年、悲劇『オレステイア』三部作(BC458)を書いた。この傑作を書いた後、シケリア島ゲラに旅立ち、その地で死んだ。
第1部『アガメムノン』
トロイアの落城後、アルゴス王宮で、帰国したアガメムノンが、留守中、彼の従兄弟アイギストスと情を通じた妻クリュタイメストラによって、殺害される。
 アガメムノン殺害は、二つの復讐を意味していた。
 アガメムノンの父アトレウス王は、テュエステスを王位をめぐる争いによって、国と家から追放した。テュエステスは、救いを求める嘆願者として、国に戻って來たのだが、神を恐れぬアトレウス王は、宴を張り実の子供たちの肉を食べさせた。アトレウスに対する復讐魔(エリニュエス)が、死せるアガメムノンの妻の姿を借りて、死者に償いをさせたのだ。
 ヘレネを奪ったパリスに対する報復を遂行するために、トロイア遠征に向かうギリシア軍は、女神アルテミスが起こした嵐によって、アウリスの港で、船出を止められた。アガメムノンは、嵐を鎭めるために、自らの娘イピゲネイアを生贄として、ヘレネ奪還を祈って、捧げた。アガメムノン夫妻の娘イピゲネイアを、アガメムノンが犠牲にしたことに対する恨みが、報いを受けたのである。「爲したる者は受けるべし」という復讐の原理が主導する。
第2部『供養する女たち』
 アガメムノン殺害の復讐をするために、国外に亡命していたオレステスが帰国し、アイギストスと母クリュタイメストラの下で忍従の暮らしを強いられていた姉エレクトラと再會し、姉の助けによって母とアイギストスを討つ。殺害者に対する殺害、復讐に対する復讐のドラマである。「大地が吸った血は消えず、凝結して復讐を呼ぶ。」復讐はさらなる復讐を呼ぶ。殺害されたアイギストスとクリュタイメストラの二人の血は、償いを求める。
第3部『慈みの女神たち』
 オレステスは、母親の殺害を促していたアポロン神のデルポイにある神殿に逃れ、神の加護を求める。復讐の女神たち(エリニュエス)がオレステスを追って来る。
 アポロンは、オレステスに、復讐の女神の追及を逃れアテナイに辿り着き、アテナ女神の加護を願うように説く。オレステスは、アテナイのアクロポリス、アテナ女神神殿に現れる。オレステスの祈りに応え、アテナ女神が現れ、オレステスと復讐の女神の言い分を聞き、アテナイ市民の裁きに委ねる。オレステスが被告で、復讐の女神が原告である。アポロンみずから弁護人になる。12人のアテナイ市民の投票が行なわれ、双方同数であった。裁判長アテナ女神が、オレステス無罪に一票を投じ、オレステスは救われる。復讐の女神は、怒り狂うが、アテナ女神は彼女らを宥め「慈みの女神」(エウメニデス)に変身させる。
■タンタロス家の惨劇
アイスキュロス『オレステイア』三部作は、アガメムノンの父アトレウス王家の呪いから始まる。だが、アトレウス王家の呪いは、それを遡るタンタロス家の呪縛に原因がある。
 タンタロスは、美貌ゆえに、神々に寵愛されて、神々の宴に列することを許されたが、宴の秘密を人間たちに漏らし、或いは神々の飲料ネクタルと神餐アムブロシアを人間に与えたため、或いは我が子ペロプスを殺して神々に供したため、地獄(タルタロス)で責め苦を受ける。エウリピデス『オレステス』では、宙に吊るされて罰を受ける。
 神々の力によって美しく蘇ったペロプスは、ポセイドンに愛されて有翼の戰車を得て、ピサの王オイノマオスの下にヒッポダメイアの求婚に赴く。オイノマオスは、娘の求婚者たちに戰車競技に勝てば結婚を負ければ殺すという条件で競走し、求婚者の首を刎ねていたのだが、ヒッポダメイアはペロプスを一目見て恋に陥る。王の御者であるヘルメスの子ミュルティロスが、王女に秘かに恋い慕い、ペロプスに王国の半分を与えると約束されて、オイノマオスの戰車の車軸の釘を抜いたため、オイノマオスは戦車に引き摺られて死ぬ。この時、オイノマオスはペロプスとミュルティロスに呪いをかけながら死ぬ。ミュルティロスがヒッポダメイアを犯そうとしたため、ペロプスは、ミュルティロスを岬から突き落として殺すが、ミュルティロスはペロプスの子孫に呪いをかけて死ぬ。
■アトレウスとテュエステスの争い
ペロプスとヒッポダメイアの間に生まれた子が、アトレウスとテュエステスである。アトレウスとテュエステス兄弟がミュケナイの王位をめぐって爭い、黄金の羊の所有者に王権を委ねることにした。この羊はヘルメスが我が子の怨みを晴らすために送りこんだものである。アトレウスが秘蔵していたがアトレウスの妻アエロペがテュエステスと情を通じ羊を与えたのでテュエステスが王となった。ゼウスは、太陽が西から昇り東に沈んだらアトレウスが王になるという、約束が二人の間に結ばれ、アトレウスが王になりテュエステスを追放する。
■アトレウス王家の呪い
アトレウスは妻アエロペの姦通を知り、テュエステスをおびき寄せ、その子供たちを殺して料理して父親に食わせる。テュエステスは神託により自らの娘ペロペイアと交わり、アイギストスを生み、復讐をこの子に託す。アイギストスはアトレウスを殺し、クリュタイメストラと情を通じアガメムノンを謀殺する。
アガメムノンは、ミュケナイ人を支配して、テュンダレオスの娘クリュタイムネストラを、その前の夫テュエステスの子タンタロスをその子もろとも殺害して、妻とし、王子オレステス、娘たちクリュソテミス、エレクトラ、イピゲネイアが生まれた。メネラオスは、ヘレネを娶り、テュンダレオスが彼に王国を与え、スパルタに君臨した。(cf.アポロドーロス『エピトメー』)
■レダと白鳥
絶世の美女レダは、双子の美女クリュタイムネストラとヘレネを生んだ。
テュンダレオスは、テスティオスの娘レダを娶った。レダが余りにも美しかったため、ゼウスは、白鳥の姿となってレダと交わり、2つの卵から2組の双子が生まれた。カストールとポリュデウケースの兄弟とクリュタイムネストラとヘレネの姉妹である。カストールは戰爭の術に通暁し、ポリュデウケースは拳闘の技に熟達、ディオスクーロイ(ゼウスの子)と呼ばれた。姉妹は、スパルタの兄弟と結婚した。ヘレネは、スパルタ王メネラオスと結婚し、クリュタイムネストラは、メネラオスの兄ミュケナイ王アガメムノンと結婚した。(cf.アポロドーロス『ビブリオテーケー』)アガメムノンとメネラオスは、ともにアトレウスの子である。アガメムノンとクリュタイムネストラの間に生まれた子が、エレクトラ、オレステス、イピゲネイアである。2人の美女は運命の子である。クリュタイムネストラは夫である王アガメムノンを殺害し、ヘレネはトロイ戰爭の原因となった。絶世の美女は不幸の原因であった。クリュタイムネストラとヘレネは、美貌ゆえに、人を惑わし破滅させた。美しい容貌の下に、醜い心が隠れている。

■失われた叙事詩の円環
今は失われた『叙事詩の円環』8編77巻のなかに、トロイア戰爭の原因と結末、戰爭後のギリシア人たちの帰国、運命が書かれていた。ギリシアを旅立ってから20年におよぶ壮大な戰いと放浪の叙事詩、その一部にアルゴス王家の伝説が書かれていた。『叙事詩の円環』は、『キュプリア』『イリアス』『アイティオピス』『小イリアス』『イリオス落城』『オデュッセイア』『ノストイ』『テレゴニア』である。
■トロイア戰爭の始まり 美の爭い
神々の饗宴
ゼウスは、美しい海の女神テティスと交わろうとしたが、生れてくる子は父より優れた者であるという予言のため、断念し、ペレウスが交わるように手配した。アイギナ島の英雄ペレウスは、海の女神テティスを捕まえ格闘し、テティスを妻にすることにした。ペレウスとテティスの間に生まれた子がアキレウスである。(オウィディウス『変身物語』)ペレウスと女神テティスの婚礼に、神々の宴会が開かれ、オリュンポスの神々が集まった。爭いの女神(エリス)は、この宴に招かれなかった。エリスはこれを恨み、「最も美しい女に」と書かれた黄金の林檎を、投げ込んだ。エリスは西の涯ヘスペリデスの園から黄金の林檎を持ってきたのである。女神たちはこの林檎を奪い合った。最後まで、ヘラ、アテナ、アプロディテの三人の女神が、爭い合った。トロイア戰爭の原因はこの三人の女神の爭いであった。(cf.『キュプリア』)
三人の女神、美の爭い
 ゼウスは、冥界の道案内人ヘルメスに、三人の女神をイデ山の羊飼いパリス(アレクサンドロス)の所に導くように命じた。女神たちは、自分を選んでくれた時には、パリスに見返りとして贈物を与える約束をした。ヘラは全人類の王となることを、アテナは戰いにおける勝利を、アプロディテは絶世の美女ヘレネを、与えることを約束した。女神たちは、権力と武力(名誉)と恋愛とを、パリスの前に提示して、選択をせまったのである。パリスは、美女を選び、アプロディテに黄金の林檎をわたした。これがパリスの「美の審判」である。
 美女ヘレネはすでに結婚していてスパルタ王メネラオスの妻であった。パリスは、スパルタへと出帆した。九日間メネラオスの宮殿で歓待され、十日目にメネラオスが母の父の葬儀のためクレタ島に旅立ったとき、美の女神アプロディテはヘレネがパリスを熱愛するように魔力をかけた。ヘレネは、九歳の娘ヘルミオネを後に残し、財宝を船に積み込み、海に出た。だがヘラは暴風を起こし、地中海の東の涯、シドンの港に辿りついた。(cf.アポロドーロス『エピトメー』)
トロイア戰爭の始まり
 メネラオスは、妻ヘレネを奪われて怒り、ミュケナイの兄アガメムノンの所に行き、全ギリシアから英雄を集め、トロイアに遠征することに決めた。
ゼウスがトロイア戦爭を起こした目的は人類を滅亡すろことにあった。「神々はヘレネの美を道具にして、ギリシア人とプリュギア人を互いに戦わせ、満ち溢れる人間の暴虐を、大地から一掃するために、屍の山を築いただけである。」(エウリピデス『オレステス』)「ヘレネの淫らな血の一滴と引き換えにギリシア人の生命が枯れ、その汚染された腐肉一グラムと引き換えに一人のトロイア人が殺された。」(シェイクスピア『トロイラスとクリセダ』) ヘレネは、ギリシア人にとってもトロイア人にとっても多くの死者をもたらした不幸の原因であり、忌まわしき女であった。(cf.アポロドーロス『エピトメー』)
★ヴォロマンドラのクーロス アテネ考古学博物館
Kouros of Volomandra
★レオナルド派「レダと白鳥」ウフィッツィ美術館、ボルゲーゼ美術館、ウィルトンハウス Leonardo, Leda, 1505-10 Francesco Melzi
★アプロディーテとパンとエロース アテネ考古学博物館
 Aphrodite, Pan, and Eros
参考文献、次ページ参照。
大久保正雄Copyright 2002.11.27

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