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2016年7月24日 (日)

ギリシア文明年代記 蘇るアクロポリスの少女

Ookubomasao110Acropolis_kore大久保正雄『地中海紀行』60回
ギリシア文明年代記 蘇るアクロポリスの少女

美は真であり、真は美である。
黄昏の丘を越えて、黄昏の海に行く。
美は真であり、真は美である。汝が生涯知るべきことはそれがすべてである。
ギリシア精神の歴史は、蘇りの歴史である。
二千年の時をへて、蘇る少女。恨血結千年、土中の碧。千年後、具眼の士をまつ。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

蘇る少女
2400年の時を超える。アクロポリスのコレー(少女)
アクロポリスの丘に立つパルテノン神殿、エレクテイオン神殿の神域に、「アクロポリスのコレー」が埋もれていた。アテナ古神殿、ヘカトンペドンに存在したとされる。*
ペルシア戦争(BC492-480)、テミストクレスの決議*によって、アテネのポリスは、トロイゼン他の都市へ避難した。古い神殿が破壊される前、アクロポリスに祀られていた乙女像が、埋められていた。20世紀に、調査隊によって、見出された。*
*テミストクレスの決議碑文 ヘレニズム時代の複製が、アテネ碑文博物館にある。
*アテナ古神殿、ヘカトンペドン
前406年のヘカトンペドン炎上の際に、多少損害を蒙ったが、前395年に修理した。神殿は前と変らず「古神殿」あるいは「古い神像を蔵めた神殿」、「アテナ・ポリアス神殿」と呼ばれていた。(cf.『アリストパネス』高津春繁・呉茂一訳)
カリアティデス
アクロポリスの丘の北側に立つエレクテイオン神殿、美しい柱がある。屋根を支える女人柱、6体のコレー(乙女)像。 カリアティデスと呼ばれる。
エレクテイオン神殿は、イオニア式柱頭を戴き、優美な佇まいである。エレクテイオン神殿には南面柱廊に、6体の女人柱(カリアティデス)が屋根を支える、乙女のテラスがある。柱廊のカリアティデス、柱となった6人の女人が限りなく優美である。エレクテイオンの一角に聖なるオリーヴの木の跡がある。大理石の白亞の列柱に、眞昼の日差しが烈しく降り注ぎ、光と影が烈しい対比を織り成し、眞昼の丘は、溜め息が出るほど美しい。
エレクテイオン神殿、カリアティデス(女人柱)
大久保正雄「アクロポリスの光と影 パルテノン神殿」
https://t.co/nmDmRi4sGN

*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
―――――――
★ギリシア文明史 年代記
第1期 古代ギリシャ世界のはじまり(BC 6800年紀~BC 1100年頃)
   キュクラデス文明(BC 2800~BC 2300年)
   キュクラデス期(BC 2800~BC 2300年)
第2期 ミノス文明(BC 3200年頃~BC 1100年頃)
      The snake goddess (BC 1600) in Heraklion Archaeological Museum
第3期 ミュケナイ文明(BC1600年頃~BC 1100年頃)
   トロイア戦争 BC 1200年
   ミュケナイ文明崩壊後、
暗黒時代(BC1200年頃~BC 800年頃)に陥るエーゲ海
   紀元前1000年紀に入るとギリシャ世界は長い眠りから目覚め始める。
第4期 幾何学様式~アルカイック時代(BC900年頃~BC480年)
   ヴォロマンドラのクーロスBC560 Kouros Volomandra 子牛を担う人 BC560
   アクロポリスのコレーBC530 Acropolis kore
   デルフィ、スフィンクスSphinx of Naxos Delphi BC560
   スフィンクスMarble Sphinx, 540 BC, Acropolis Museum, Athens
第5期 クラシック時代(BC480年~BC323年)
   ペルシア戦争BC492-480
   ペリクレス時代BC443-429
   ペリポネソス戦争BC431-404
   パルテノン神殿建設BC438
   カリアティデス(6体の女人柱) BC470、エレクテイオン神殿BC470
   沈思のアテナBC470アクロポリス博物館
   アルテミシオンのゼウス(BC 460~450年)
   デルフィの御者Charioteer of Delphi BC478
   フェイディアス、アテナ・プロマコス、アテナ・レムニア、BC490-430
   アテナ・パルテノス立像、オリンピアのゼウス座像
ミュロン、クレシラス、ポリュクレイトス プリニウスが美術を参考にした
紀元前4世紀のクセノクラテスが書いたとされるカタログ(Xenocratic catalogue)
ではフェイディアスとミュロンの間にランクづけされている『博物誌』
リュシッポス、スコパス、プラクシテレス、ギリシアの古典期後期の三大彫刻家
ヘレニズム時代への移行をもたらした。
★プラクシテレス「クニドスのアフロディーテ」Aphrodite of Cnidus、Venus Pudica 
(恥じらいのヴィーナス)(胸を手で隠すなどのポーズをしている)として、メディチ家のヴィーナス (Venus de' Medici) やカピトリーノのヴィーナス
(Capitoline Venus)、「トカゲを殺すアポロン」
★リュシッポス、アンティキュテラの青年 Lysippos BC350-320 アレクサンドロス
レオカレス「アポロン」BC350、ベルヴェデーレの中庭、ピオ・クレメンティーノ
美術館(Apollo Belvedere)の原作、「アルテミスと雌鹿」
     ★古代オリンピックBC776-AD393

第6期 マケドニア王国
紀元前7世紀頃、ドリス系のギリシア人により建国された。マケドニアは都市国家を形成せず、王政で一夫多妻制を取る、古代ギリシアの他の地域とは違う制度

     フィリッポス2世BC359-336 
     アレクサンドロス3世(BC356-323年)フィリッポス2世暗殺。20歳で即位。
     ★デルヴェニのクラテル、ディオニュソスとアリアドネBC4C

第7期 ヘレニズムとローマ帝国(BC323年~)
   アレクサンドロス大王(-BC 323年)東方遠征開始BC334
   ★ラオコーン群像(Group of Laocoon ) (BC160年からBC120年まで)
   ピオ・クレメンティーノ美術館
―――――――
注★テミストクレスの決議文
1959年ギリシアのトロイゼンで発見された大理石板に刻まれた碑文、現在アテネの碑文博物館所蔵。60年アメリカのジェームソンM.H.Jamesonによって本文校訂と注釈が公にされた。この碑文が刻まれたのはBC4世紀の反マケドニア運動が盛んになった時と推定される。BC480年サラミスの海戦の前にテミストクレスの発議で評議会と民会で決議された,対ペルシア軍作戦計画を内容とする、原形に近いと推定される。

kouros Volomandra, Attica, 560BC, Athens archeological museum
ヴォロマンドラのクーロス,Kouros of Volomandra
★acropolis kore, acropolis museum
アクロポリスのコレー
参考文献
大久保正雄「至高の戦略家、テミストクレス ギリシア人の知恵」
https://t.co/T9feAYy0rz
大久保正雄「テミストクレスとペルシア帝国の戦争 ギリシアの偉大と退廃」
https://t.co/I5UyvXOH2A
大久保正雄 Copyright 2016年7月21日

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