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2016年7月 4日 (月)

旅する皇帝、ギリシアを愛した皇帝たち ネロ、ハドリアヌス

Hadrians_villa_the_maritime_theatrePiazzadispagna大久保正雄『地中海紀行』第40回地中海のほとり 美と知恵を求めて3
旅する皇帝、ギリシアを愛した皇帝たち ネロ、ハドリアヌス

ハドリアヌスは、ギリシアを愛し、生涯にアテナイに4度滞在した。ハドリアヌスは、21年間の皇帝在任中、12年間、視察旅行に出た。ヴィッラ・アドリアーナの庭園にギリシア、エジプトの旅の思い出を鏤めた。
ネロは都が燃え盛っているさなか館の舞台に立ち炎上するのをまのあたりに見て竪琴を弾きながら「トロイア陥落」の歌を吟じた
劇場都市ローマの華麗な舞台装置、トレヴィの泉、スペイン階段、ナヴォーナ広場。

*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

■ギリシアを愛した皇帝たち ネロ、ハドリアヌス
ローマ皇帝ネロ、ハドリアヌスは、ギリシア文化を愛した。
ネロ
ネロは、クラウディウス帝が毒殺された後、17歳で第5代皇帝に即位した。ネロはギリシア文化を愛好し、竪琴、詩、競技に熱中した。66年ギリシアに旅し、第211回オリュンピア競技会に自ら戰車競技に優勝した。64年ローマが大火で燃えローマの二分の一が灰燼に帰した。この時、ネロは都が燃え盛っているさなか館の舞台に立ち炎上するのをまのあたりに見て竪琴を弾きながら「トロイア陥落」の歌を吟じた。パラティヌスの丘からマエナケスの庭園までに及ぶ、ネロの壮大な宮殿「ドムス・トランシトリア」は燃え、廃墟の跡に黄金宮殿(ドムス・アウレア)を建設した。(cf.スエトニウス『ローマ皇帝伝』、タキトゥス『年代記』)
ハドリアヌス
ハドリアヌスは、トラヤヌス帝の皇后プロティナの寵愛を受け、皇帝の死後、41歳の時アンティオキアで即位する。ギリシアを愛し、生涯にアテナイに4度滞在した。ハドリアヌスは、21年間の皇帝在任中、12年間、視察旅行に出た。戰爭目的の旅ではなかった。ハドリアヌスは旅する皇帝であった。ハドリアヌスはギリシア文化を愛し、詩人であり、また優れた建築家であった。ハドリアヌス時代はローマ建築史の絶頂期であり、皇帝廟、パンテオン、ヴィッラ・アドリアーナが建設された。ヴィッラ・アドリアーナの庭園にギリシア、エジプトの旅の思い出を鏤めた。ヴィッラ・アドリアーナ図書館には、ラテン語図書館、ギリシア語図書館があった。
ハドリアヌスのアテネ
ハドリアヌスは、スッラの軍隊によって破壊されたアテナイを灰のなかから蘇らせ、百柱の図書館を建て、ゼウス・オリュンピエイオス神殿壁面を完成させた。ゼウス・オリュンピエイオス神殿は、紀元前6世紀、僭主ヒッピアスの時代、基壇(ステュロバテス)のみが作られ、紀元前2世紀、セレウコス朝アンティオコス4世によって築かれた104本のコリントス式列柱が立つ未完の神殿であったが、650年の歳月を経てハドリアヌスによって完成された。現在、8本の列柱が殘るのみである。
ローマ皇帝とギリシアの弁論術
ローマ人の支配階層は弁論術の奥義をギリシア人に師事して身につけた。アウグストゥスは、ギリシア語の弁論術教師ペルガモンのアポロドロスに師事して、弁論術の領域においても秀でた。ユリウス・カエサルは、ロドス島に航海し弁論術を学び卓越した雄弁を発揮し帝国を築き、またティベリウスは権力抗爭を避けてロドス島に隠退し弁論術を学んだ。
ローマ藝術は、ギリシア藝術の複製であり、独創性を築き得なかった。例えば、ローマ彫刻のほとんどは、ギリシア彫刻の複製であり、皇帝像とハドリアヌスの愛した青年アンティノウス像以外は、すべてギリシア彫刻の複製である。アンティノウス像はローマ人が作った唯一の個性的彫刻であるといわれる。またローマ人はギリシアの命の籠った彩色壁画に到達することもできなかった。ローマが誇る技術は建築でありコンクリート工法により巨大建築を作り壮大な都市を築いたが、これに対しギリシア建築はまぐさ工法であり、切石を組み立てて大理石の周柱式神殿を作った。ギリシア建築は柱の建築であり、ローマ建築は壁面の建築である。イタリア人が生命漲る彫刻と絵画を作るには15世紀フィレンツェにおけるルネサンスを待たねばならなかった。ルネサンスは古代藝術の蘇りであることはいうまでもない。

■バロックの劇場都市 スペイン階段
ローマはバロックの劇場空間である。この町を歩くとき、人生の舞台を歩く激情を感じる劇場都市である。そこに生きる人が、観客でありかつ舞台の主役である舞台装置が満ち溢れている。トレヴィの泉、スペイン階段、ナヴォーナ広場は、劇場都市ローマの華麗な舞台装置である。
狭隘な迷路のような路地をたどると、トレヴィの泉広場がある。ここに至る道は5つあるがどの道を辿っても狭い道から急に視界が開ける。
トレヴィの泉
トレヴィの泉は、18世紀のバロック藝術の傑作である。1762年、建築家ニコラ・サルディが、紀元前19年アグリッパが作らせた乙女の泉(Aqua Vergine)の跡に復興した泉である。乙女の泉の記憶が、バロック空間の根底に息づいている。パラッツォ・ポーリの壁面に、勝利のアーチ、ネプテューヌス、左右に二頭の馬と操る御者トリトーネの彫刻が劇的に組み立てられて、建築と彫刻と水が劇的に調和している。
スペイン階段
スペイン階段は、1723年から建築家フランチェスコ・デ・サンクティスによって作られた。トリニタ・デイ・モンティ階段とも呼ばれ、丘の上のトリニタ・デイ・モンティ教会広場とコンドッティ通りをつなげるために作られた。かつて丘は、断崖の上にあり昇ることができなかった。トリニタ・デイ・モンティ教会(丘の三位一体教会)は、1502年にルイ12世の命によって建設が始められ100年後ボッロミーニの師、カルロ・マデルノによって建築された。 階段のバルコニーからコンドッティ通りとローマの町を眺めると、重層する時の流れが見える。スペイン広場のバルカッチャ(破船)の噴水は、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの父ピエトロによって設計された。
ナヴォーナ広場
ナヴォーナ広場は、ドミティアヌスの円形競馬場(ヒッポドロムス)の遺跡にある。ジャン・ロレンツォ・ベルニーニのデザインにより、四大河の噴水、ムーア人の噴水、が作られ、19世紀、ネプテューヌスの噴水の彫刻が作られた。ベルニーニは、四大河の噴水で教皇インノケンティウス10世によって、認められ以後贔屓される。ナヴォーナ広場中央にあるサンタニェゼ・イン・アゴーネ教会は1652年インノケンティウス10世が発案し、ボッロミーニによって設計された。四大河の噴水のオベリスクは皇帝マクセンティウスの競技場から運ばれたものである。
ベルニーニ、ボッロミーニ
ナヴォーナ広場は、バロック藝術の盛期に活躍したベルニーニ、ボッロミーニによって構築された空間の傑作であり、トレヴィの泉、スペイン階段は、バロック藝術の終焉期を飾る傑作である。バロックの画家カラヴァッジオは、劇的な絵画をえがき、自ら劇的な数奇な生涯を生き、38歳で死んだ。自らの絵のような劇的な生涯である。バロック藝術の巨匠たちによって作られた空間は、この広場を歩く人を、人生の舞台の主人公にする。美しい町に生きる時、人生は美しい劇場である。地中海ほとり、いつまでもそこに佇み、眺めていたい風景がある。
■酔生夢死
酔うように生き、夢のように死んでいく人生。地位と名譽と富のためでなく、愛することに没頭して、夢を追求して、夢中に生きる人生。地中海的生活様式は眞の幸いを追求する。貧困層のために法律を詩で書いた賢者ソロン。名譽と榮光のためでなく、美と愛に耽溺する人生を生きた藝術家、フィリッポ・リッピ。止まることなき知的好奇心に駆られ多岐にわたる知的荒野を彷徨い、知的探求のみを求め、イタリアを彷徨い、終焉の地アンボワーズに辿り着いたレオナルド。美に溺れ愛に溺れたラファエロ。激情に溺れ破滅したカラヴァッジオ。地中海には、奇人変人がみち溢れる。地中海のほとり、人は美を追求する。美しい生が、地中海のほとりにある。
地中海的生活様式の根源に、己の理想に殉じて命をささげたソクラテスの生きかたが生きている。「ただ生きるのではなく、善く生きること、美しく生きること、正しく生きることが、人間にとって大切である。」プラトン『ソクラテスの弁明』魂は不死不滅であり、輪廻転生する。人は魂を大切にしなければならない。人は、知恵を愛し求め、美しく善い生きかたをしなければならない。人のゆくてには、生きかたの選択、愛の岐路がある。人は、何を愛するかによって、生きかたの形が現れる。人は、何を愛し、いかに生き、いかに死ぬかによって、精神の美が現れる。何故ならば、魂は不滅だからである。
★Villa Adriana,
Hadrian's Villa - The Maritime Theatre
★スペイン広場 Scalinata di Piazza di Spagna
★ 【参考文献】
プルタルコス河野與一訳『プルタルコス英雄伝』岩波文庫1956
スエトニウス國原吉之助訳『ローマ皇帝伝』岩波文庫1986
タキトゥス國原吉之助訳『年代記』岩波文庫
國原吉之助訳『タキトゥス』世界古典文学全集22、筑摩書房1965
ディオゲネス・ラエルティオス加来彰俊訳『哲学者列伝』岩波文庫1984-1994
塚本虎二訳『新約聖書福音書』岩波文庫1963
南川高志『ローマ五賢帝―「輝ける世紀」の虚像と実像』講談社現代新書1998
青柳正規『古代都市ローマ』中央公論美術出版1990
青柳正規『皇帝たちの都ローマ』中公新書1992
森谷公俊『アレクサンドロスとオリュンピアス―大王の母、光輝と波乱の生涯』ちくま学芸文庫) 2012
プラトン『クリトン』
ソポクレス『コロノスのオイディプス』『ピロクテーテース』
エウリピデス『アンドロマケ』『オレステス』
大久保正雄Copyright 2002.10.30

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