変人皇帝たちの宴 陰鬱帝ティベリウス
大久保正雄『地中海紀行』第49回変人皇帝たちの宴1
変人皇帝たちの宴 陰鬱帝ティベリウス
地位と財産は人を狂わせる。嫉妬により処刑命令を下す者たち。
初代皇帝アウグストゥス、妃リウィアに無花果に毒を盛られて死ぬ。復讐である。*1
紺碧の海、カプリ島の断崖に屹立するヴィラ、叙事詩の研究に没頭しながら、処刑命令を下す、ティベリウス。富裕層の阿諛追従を嫌悪。*2
愛欲に溺れ、貴婦人たちを弄ぶ、カリギュラ。*3
丘の上、宮殿に閉じ籠もる、クラウディウス、殺戮を意好む学者皇帝。妃に殺害される。*4
黄金宮殿を築き、ギリシア彫刻にかこまれ、詩を書いた詩人皇帝ネロ。*5
地中海を旅する皇帝ハドリアヌス。第14代皇帝。思い出を封じ込める、ヴィラ・アドリアーナ。*
薔薇の饗宴。孔雀の舌、駱駝の踵、雉の頭。第23代、皇帝ヘリオガバルスの宴。*
嫉妬により処刑命令を下す皇帝たち。愛に耽溺した、変人皇帝たち。
愛する人の面影は、時の彼方に、虹のごとく、愛は血を流して、死に絶える。
ギリシアを愛した皇帝たち。秘められた愛。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
■変人皇帝たちの宴
ローマ皇帝たちは偏奇な才人に満ちあふれている。陰鬱帝ティベリウス、狂帝カリギュラ、愚昧帝クラウディウス、詩人皇帝ネロ。欲望の赴くままに、愛欲を追求し、美に溺れた変人皇帝たち。己の意志を妨げる者は虐殺する、最高権力者の止まることを知らぬ欲望。
フィレンツェ人、ルネサンス人は、偏奇と華美を探求したが、その飽くことなき美の追求の精神の根底には、変人皇帝たちの宴が生きている。美酒と美食と美女を愛する、イタリア人の精神の源泉は、惡虐な皇帝たちの生活様式にある。
皇帝たちは、宴にあけ暮れ、美酒と美食を飽きるまで貪り、美女たちを弄び、猟色をくりひろげた。美食を追求し、飽食すると、医師に命じて鳥の羽で嘔吐して「食べるために吐き、吐くために食べる」。建築に狂い、皇帝財庫、国庫を蕩尽し、破綻した財政を再建するため、富める者たち、貴族たちを、国家反逆罪で告発し、有罪判決を下して処刑、財産を没収するのが常套手段であった。元老院議員たちは自らの地位を守るため、皇帝に阿諛追従した。
皇帝アウグストゥス 皇妃リウィアに無花果に毒を盛られて死ぬ。リウィアの復讐である。
皇帝アウグストゥスは、「十二神の饗宴」と呼ばれる宴会を催し、アポロンの如く着飾ったと、アントニウスは書き嘲笑した。アウグストゥスは青いいちじくを好んで食べた。アウグストゥスは、皇妃リウィアに無花果に毒を盛られて死んだ。皇妃リウィアは、ティベリウスに皇位を継がせるために毒を盛った。
狂帝カリギュラ
剣闘士競技と戰車競技と雄弁術を磨き、饗宴に溺れた皇帝カリギュラ。カリギュラは眞珠を酢に溶かして飲み、賓客に黄金のパンと菜食を供した。カリギュラが手を出さなかった上流の貴婦人は一人もいなかった。貴婦人を晩餐に招き、自分の足先を通る女を眺め、奴隷商人のごとく品定めした。美人を別室に呼びつけ再び食卓に戻ると、女の体と閨房の振舞いの美点と欠点を一つ一つあげ、譽めたり貶したりした。近親相姦、人妻との情事、同性愛、皇帝は、あらゆる愛欲の追求を行った。
愚昧帝クラウディウス
クラウディウスは茸(きのこ)を好み、皇妃アグリッピナに好物の茸に毒を盛られたが、嘔吐したので、皇妃は鳥の羽に毒を塗らせ、喉を衝いて死に至らしめた。
詩人皇帝ネロ
戦車競技と竪琴に溺れた詩人皇帝ネロ。ネロは、弟ブリタニクス、母アグリッピナを殺し、妃オクタウィアを殺した。オトの妻、美貌の貴婦人ポッパエアと結婚したが、妊娠中に踵で蹴り殺した。ポッパエア死後、クラウディウスの娘アントニアは、ネロとの結婚を拒否すると、国家反逆罪で、殺害される。夫を執政官在任中に殺害して、スタティリア・メッサリナと結婚する稀代の建築狂であり、広大な黄金宮殿を建て、ネロポリス建設を夢みて、国庫を蕩尽する。破綻した国庫を、富裕な貴族を国家反逆罪で有罪にして死刑に処し、財産を没収した。皇帝一族のうちネロの犯行で破滅しなかった者は一人もいない。
皇帝ヘリオガバルス
シリア人皇帝ヘリオガバルス(エラガバルス)は、孔雀の舌、鶯の舌、駱駝の踵、雉の頭を食卓に用意させた。Cf.アントナン・アルトー『ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト』。
皇帝ティベリウス 貴族たちの阿諛追従を嫌惡
ティベリウスは、カプリ島に閉じ籠ったが、権謀術数うずまくローマから逃避するためであった。ティベリウスは、貴族たちの阿諛追従を嫌惡し、皇太后リウィアの支配を厭い、十年間ナポリ湾にのぞむカプリ島の別荘に籠り、淫靡な遊びに耽りながら、処刑命令を下した。
(cf.スエトニウス『皇帝伝』第1-5巻『アウグストゥス伝』『ティベリウス伝』『カリギュラ伝』『クラウディウス伝』『ネロ伝』)
■パラティヌスの丘 皇帝宮殿
内乱の時代、紀元前1世紀、カエサル、ポンペイウスは、パラティヌスの丘に住み、館を建てた。ポンペイウスの死後、アントニウスは、ポンペイウスの家を購入した。カエサルの家は、アウグストゥスが相続し、以後、皇帝家に受け継がれる。アントニウスの家は二人の姉妹アントニアに受け継がれ、アントニアの孫カリギュラは、父ゲルマニクスが死んだ後、三人の妹たちとこの丘に住んだ。アントニアの家に、エジプト人や、ユダヤ王ヘロデス・アグリッパスが訪れた。ティベリウス帝は、この丘にドムス・ティベリアーナ(ティベリウス宮殿)を建てたが、カプリ島の別荘に隠遁し、死ぬまで島に留まる。
ネロ帝は、首都が炎上した後、エスクィリアエの丘に広大な黄金宮殿(ドムス・アウレア)を建て、巨大な池を作った。残虐な皇帝ドミティアヌスは、この丘に、皇帝宮殿(ドムス・アウグスターナ)を建て、セプテミウス・セヴェルス帝は、パラティヌスの丘の下に、三層の列柱廊と巨大な壁龕からなるセプティヅォニウムを建て、ヘリオガバルス帝は、神殿エラガバリウムを建てる。かくして、パラティヌスの丘は、広大な皇帝宮殿の複合建築を構成した。
トラヤヌス帝時代、ローマには11の水道橋があり、1300の噴水があふれていた。コンスタンティヌス帝時代、コンスタンティノポリス遷都後、ローマは、世界の首都ではなくなったが、テヴェレ川に8つの橋がかかり、19の水道橋が城壁の彼方の田園につらなり、無限の水路が重層するアーチの上を流れていた。
異民族の侵入により水道橋が破壊され丘の上に水が供給されなくなり、パラティヌスの丘の皇帝宮殿は廃墟となり、再び蘇ることはなかった。
■皇妃リウィア 仮面の美貌
皇妃リウィア、皇帝アウグストゥスに無花果に毒を盛って殺害。
皇帝アウグストゥス
オクタウィアヌスは、紀元前38年1月リウィア・ドルシラを、ティベリウス・クラウディウス・ネロの妻であったが、リウィアが2人目の子を身籠っていたにもかかわらず、屋敷に連れ込み、結婚した。略奪婚であった。リウィアは気に染まなかった。
リウィア・ドルシラは、淫蕩なオクタウィアヌス(アウグストゥス)の多情多淫に寛大で、広い心の持主といわれた。だが彼女は暗い影に彩られ、殺人と陰謀の疑惑がある。我が子ティベリウスを帝位につけるため、マルケルス、ガイウス・カエサル、ルキウス・カエサルを死に至らしめたと囁かれた。アウグストゥスの孫ガイウスとルキウスが夭折したため、ユリウス家の血は絶えた。皇后リウィアは、夫アウグストゥス帝が極秘に最後の孫アグリッパ・ポストゥムスをプラナシア諸島に訪問した時、アグリッパ・ポストゥムスが帝位を継承するのを恐れた。アウグストゥス帝は無花果を好み、樹の枝からとって食べるのを知っていたので、リウィアは、無花果に毒を塗って毒殺した。リウィアは、皇帝に復讐を遂げたのである。
ティベリウスとリウィアは、二人とも怨んでいたアグリッパ・ポストゥムスを急遽、暗殺した。百人隊長が、「命令どおり実行しました」と報告すると、ティベリウスは、「予は命じた覚えはない」と応えた。リウィアは、アウグストゥス帝死後、15年生き、紀元29年、86歳で死んだ。
■陰鬱帝ティベリウス 後継者争いを避け、ロドス島とカプリ島に隠遁
「死すべき者は、すべて儚い。人間は地位が高くなるほど、足元が滑りやすくなる」ティベリウス
ティベリウスは、パラティウムの丘に、ティベリウス・クラウディウス・ネロとリウィア・ドルシラとの間に生れた。4歳の時、リウィア・ドルシラはオクタウィアヌスと結婚する。
ティベリウスは、ウィプサニア・アグリッピナと結婚し心から愛していたが、アウグストゥスに娘ユリアと結婚することを強要され、泣きながら離婚した。紀元前6年、36歳の時、ユリアに倦み、後継者争いの暗闘を避け、ロドス島に隠遁した。皇帝の娘ユリアは淫乱で、常に愛欲を貪っていた。ティベリウスは、隠遁してから8年目、紀元2年帰国した。エスクィリアエの丘のマエケナスの庭園に移り、閑雅な暮らしに没頭した。アウグストゥスは、ティベリウスを皇位継承者に指名するが、ティベリウスが残忍な性格であることを知っていた。自らの名声が後世に高まるように、残忍なティベリウスを皇位継承者にした。
ティベリウスは、紀元14年即位した。国父(パテル・パトリアエ)という称号を民衆から何度も歓呼されたが、これを拒絶した。「死すべき者は、すべて儚い。人間は地位が高くなるほど、足元が滑りやすくなる」だがティベリウスは、市民の心からの信頼を得られなかった。なぜなら反逆罪(lex majestatis)を復活させたからである。
カエサルとアウグストゥスは、都市ローマを再建するために建設事業に国庫を浪費したため、ティベリウスが皇帝位についた時、国家財政は破綻していたが、ティベリウスは、それを知らなかった。
19年、將軍ゲルマニクスは東方遠征中、急死する。ゲルマニクスの死は、シリア総督グナエウス・ピソを通じてティベリウスが仕掛けた殺害である。ゲルマニクスの名聲にティベリウスが嫉妬したためである。
23年ティベリウスの子、ドルススが死ぬ。ウィプサニアとの間に生れた愛しき子である。27年ティベリウスは、カプリ島に隠遁する。阿諛迎合する貴族たちを嫌い、母リウィアの支配を嫌ったためである。隠遁するとティベリウスは人目を欺いてきた悪徳を開花させた。28年、親衛隊長官セイヤヌスの奸策により、アグリッピナ(ゲルマニクスの妻)とその子ネロを追放する。翌年、ゲルマニクスの子ドルススをパラティウムの最奥の部屋に幽閉、死に至らしめる。29年ティベリウスの母、皇太后リウィアが死ぬ。31年ティベリウスは、アントニアの手紙によって、セイヤヌスの反逆を知り、セイヤヌスを処刑する。セイヤヌスの妻アピタカの遺書によって、皇帝の子ドルススの死が、親衛隊長官セイヤヌスとドルススの妻による毒殺であることが発覚した。セイヤヌスの友人たちを虐殺、粛清した。ティベリウスは猜疑心に取り憑かれ、皇帝に対する反逆を大逆罪として、告発された人々を処刑、財産を没収する。財産没収に熱意を燃やし、ティベリウスを遺産相続人にするよう強要し、富豪たちは裁判で有罪に処された。大逆罪裁判が頻発、告発屋(デラートル)が跳梁跋扈する。ローマは恐怖政治に戰慄する。
ティベリウスは、ギリシアとローマの教養を熱心に身につけ、研鑚を積み、ギリシア語を流暢に話し、ギリシア語で詩を作った。ティベリウスの文体は、彫心鏤骨、晦渋に陥った。神話学の知識を誇り、文献学者に質問して学識を試した。「ヘカベの母は誰か」「アキレウスは乙女たちとともに暮らしていた時は何という名か」など難問を問うた。ティベリウスは、愛玩用の蛇を一匹飼って樂しんでいた。餌を与えようとしていた時、蟻が蛇を食い尽くしたのを見つけ、大衆の力を警戒することを覚った。
カリギュラは、拘禁され、ティベリウスの隠棲地カプリ島で、奴隷のような忍従の日々を送り、己を殺して生きていたが、親衛隊長マクロの援助で、ティベリウスを毒殺する。あるいは枕で息ができぬように命じた。老帝ティベリウスは、カリギュラが、自分を殺し、世界を破滅させることを予知していた。
ティベリウスは、カプリ島に隠遁し10年間島に閉じ籠もり、島の別荘イオから処刑命令を下した。晩年、虐殺者と化した陰鬱な隠遁者ティベリウスは、37年3月16日、ナポリ湾のルクルスの別荘で死ぬ。78歳である。ローマ市民は、陰鬱な老帝の死を歓喜し、「ティベリウスをティベリス河に投げ棄てろ」と叫んだ。
(cf.スエトニウス『皇帝伝』第2巻、タキトゥス『年代記』第1巻-第6巻)
★パラティーノの丘からみるフォロ・ロマーノ
★Caesar Augustus 皇帝アウグストゥス
★参考文献、次ページ参照。
大久保正雄Copyright 2003.02.26
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