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2016年7月23日 (土)

メディチ家年代記 メディチ家礼拝堂の幽明境

Cappella_di_medici_2Botticellinascitaveneresimonettaves大久保正雄『地中海紀行』59回
メディチ家年代記 メディチ家礼拝堂の幽明境

メディチ家礼拝堂、幽明境にて、ロレンツォの夢を想う。
メディチ家は、美しい精神の集まりを追求した。美しい精神をもつ人々の自由な集まり、プラトン哲学の精神に捧げられた集まり。*
ハプスブルク家は、金と権力を追求した。腐った魂が集まる権力の城。
金と地位と権力では手に入れられない至高の価値とは何か。肉体を失っても、価値を失わないものとは何か。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

愛を語る昼の宴 美しい人と、地中海の旅を夢みる。ヨルダンのペトラ遺跡、パルミラ、ペルセポリス、ナイル河クルーズ。
地中海のアクロポリスの神殿、砂漠に埋もれた図書館、山岳の修道院で見出されたプラトン対話編写本。
美しい人とふたたび行く、地中海。魂の癒しの海。癒しの神アポロンの島。哲学者は、理想の美を追求する。哲学は、理念と現実の一致を探求する魂のオデュッセイア。理念と現実の矛盾は、藝術において、解決される。理念と現実の一致、調和が実現される。プラトンの精神の復活がルネサンスである。
ルネサンスの都、美しい人と行く。夕暮れの町、夕暮れ散歩。地中海の彫刻。
メディチ家霊廟、礼拝堂にて、ジュリアーノ、ロレンツォの夢を想う。
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』より

【メディチ家300年】
ジョヴァンニ・ディ・ビッチからアンナ・マリア・ルイーザまで。
ハプスブルク家650年。ドイツ王ルドルフ1世から、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世まで。
メディチ家300年。15世紀、メディチ家、ローマ教皇史2000年に戦いを挑む。
18世紀、アンナ・マリア・ルイーザ、ハプスブルク家の攻撃から美術品を守る。

【メディチ家の戦い】
ルネサンスはイタリアの戦国時代。15世紀、メディチ家とローマ法王の殺し合い。
ルネサンス。メディチ家のプラトンアカデミー、1499年まで。
【ルネサンスとバロック】
メディチ家は、卓越した美的趣味、知性、感覚をもち理想主義(Idealism)を探求した。
美の探求によって、運命の扉を開いた。
カラヴァッジョは、ルネサンス藝術が黙視した、醜悪な現実を直視、現実主義(Realism)を探求した。

★メディチ家系図
【ジョバンニ・ディ・ビッチ・デ・メディチ】Giovanni di Bicci de' Medici 1360-1429
対立教皇ヨハネス23世を擁立。
1397年、メディチ銀行創設。
★兄脈
【コジモ・デ・メディチ】Cosimo de' Medici 1389-1464
【ピエロ・イル・ゴットーゾ・デ・メディチ】1416-1469
【ロレンツォ・イル・マニフィコ・デ・メディチ】Lorenzo de' Medici 1449-1492
【ジュリアーノ・デ・メディチ】1453-1478
【愚昧なピエロ・イル・フォルトゥオ・デ・メディチ】1472-1503
【ヌムール公ジュリアーノ・デ・メディチ】1479-1516
【ウルビーノ公ロレンツォ・デ・メディチ】1482-1519
【カトリーヌ・ド・メディシス】Caterina de' Medici 1519-1589
★弟脈
【ロレンツォ・イル・ヴェッキオ・デ・メディチ】1395-1440
【コジモ1世】1519-1574
【アンナ・マリア・ルイーザ・デ・メディチ】Anna Maria Luisa de' Medici 1667-1773
【メディチ家の理想】
【フィレンツェ・プラトン主義】
【ルネサンスの魂】プラトン・アカデミー
コジモ・デ・メディチ、1439年ゲミストス・プレトンからプラトン哲学の奥義を学ぶ。1459年、コジモ、カレッジ別荘とプラトン写本をフィチーノに託し、プラトン・アカデミー設立。コジモ、1464年、カレッジ別荘にて、74歳で死去。

【ロレンツォとシクストゥス4世の抗争】
★【稀代の謀略家】
稀代の謀略家、教皇シクストゥス4世(SixtusⅣ,1471-1484)の陰謀
★【メディチ家】パッツィ家の陰謀 ロレンツォ暗殺計画 
1478年4月26日、ロレンツォの弟、ジュリアーノ・デ・メディチ、1478年4月26日に暗殺される。25歳。教皇シクストゥス4世(SixtusⅣ。1471-1484)の陰謀
★【フィレンツェ包囲網】1478。教皇シクストゥス4世(SixtusⅣ。1471-1484)の陰謀。
【対教皇庁戦争】1474-80
1492【ロレンツォ死去】
1494【イタリア戦争】シャルル8世、フィレンツェ入城。
   1494-1559
1494【サヴォナローラ神権政治】1498、サヴォナローラ、火刑。
1494【メディチ家、追放】

【フィリッポ・リッピ】Fra Filippo Lippi (1406-69)
修道女ルクレツィア・ブーティをモデルに聖母子像を描き、彼女は妊娠。ルクレツィア19歳。リッピ50歳。1452年
プラート滞在中、1452年、ルクレツィア・ブーティとの恋愛事件を起こす。
【フィリッポ・リッピ】
修道女5人、愛人の元に逃亡。「夜間犯罪および修道院取締局」に告発される。
【フィリッポ・リッピ】を救い出したのはコジモ・デ・メディチ。教皇に願い出て、2人を解放させ、結婚させた。
[フィリッポ・リッピ]は自分の労働で栄誉あるゆったりとした生活を送り、女のことで途方もない出費を重ねた。彼は生きていた間は女性関係が絶えず、死ぬまで情事を楽しんでいた。ヴァザーリ『芸術家列伝』
『聖母子と二天使』1456
フィリッポ・リッピ『聖母子と二天使』は真珠のような宝石類を付け、透き通るようなベールに包まれる。

【ボッティチェリ】Botticelli 1444-1510
【春】ヴァザーリによって『春』と名づけられた。
1476~78年、青年のロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチ(1463-1503)の委嘱で制作された。
『春』Primavera,1482 春の花の女神フローラのモデルは、ジュリアーノの恋人、シモネッタ・ヴェスプッチ。メリクリウスのモデルはジュリアーノ・デ・メディチ。
『ヴィーナスの誕生』Birth of Venus,1485。ジュリアーノ・デ・メディチの愛人シモネッタ・ヴェスプッチに対する愛の祝福を意味する。
*【シモネッタ・ヴェスプッチ】1453-1476 23歳で死ぬ。
【レオナルド】Leonardo da vinci 1452-1519
*Leonardo da vinci,Simonetta Vespucci

【ミケランジェロ】Michelangelo 1475-1564
『階段の聖母』(1490-92)、15歳で制作する。天才ドナテッロを上回る。
『ケンタウロスの戦い』(1491-92年)はポリツィアーノがミケランジェロに語ったギリシア神話のエピソードをもとに制作された。
【ミケランジェロ】Michelangelo, Pieta, 1498
1490年-1492年【ミケランジェロ】ロレンツォに養育される。
1490年-1492年、メディチ家ロレンツォの4人の姫の一人と秘恋をする。
【ミケランジェロ】貴婦人ヴィットリオ・コロンナと悲恋。1538年-47年。
「ピエタ」1498、23歳の時の作品。イエスが十字架から下ろされ母マリアの腕に抱かれた姿。余りにも若いマリア。
聖母の胸の帯に刻まれた文字「フィレンツェ人ミケランジェロ・ブオナローティが作る」。
【ダビデ像】Michelangelo, Davide, 1504
1501年造営局は26歳の若きミケランジェロに委託することを決定した。
1434年、フィレンツェ花の聖母教会円蓋、ブルネレスキ、14年の歳月をかけて完成。
1504年、レオナルドは『モナリザ』と『レダと白鳥』を描いていた。工房を訪れたラファエロは『レダ』を模写した。
【レオナルドとミケランジェロ】
1504年、レオナルドとミケランジェロ、ヴェッキオ宮殿壁画、競作。

【ルネサンスの死】
詩人、思想家たちが、つぎつぎに、死ぬ。プラトン・アカデミーの思想家たち、死す。
1492年 4月8日、ロレンツォ、カレッジ別荘にて、42歳で死す。
旧友フィチーノをカレッジに呼び寄せ、魂の不死不滅を反芻する。*
潅仏会(花祭り、仏生会、浴仏会)。
ロレンツォ・デ・メディチ(Lorenzo de' Medici, 1449年1月1日 - 1492年4月8日)
http://en.wikipedia.org/wiki/Lorenzo_de'_Medici 
1494年、アンジェロ・ポリツィアーノ、ピコ・デラ・ミランドラ、暗殺される。毒殺。
1498年、クリストフォロ・ランディーノ、暗殺される。
1499年、マルシリオ・フィチーノ、死ぬ。
1600年、ジョルダーノ・ブルーノ、処刑される。

【ラファエロ】Rafaello 1483-1520
1504年、[ラファエッロがフィレンツェに赴いたのは]レオナルドが描いた馬の素晴しい集団の下絵――それは後に政庁の大広間に描かれることになっていた――と、それと競って描いたミケランジェロの手による、レオナルドを凌駕すると思われる幾人かの裸体の図を、何人かの画工が絶賛するのを聞いたからだった。ヴァザーリ『芸術家列伝』

【ミケランジェロとローヴェレ家教皇ユリウス2世の抗争】
ユリウス2世墓廟の制作。システィーナ礼拝堂天井画。1505年-1512年。
【チェーザレ・ボルジアとユリウス2世の抗争】【ボルジア家とローヴェレ家の抗争】
*
アカデミア・プラトニカは「美しい精神をもつ人々の自由な集まり、プラトンに捧げられた集まり」(アンドレ・シャステル『ルネサンス精神の深層-フィチーノと芸術-』)

★Cappella di Medici, Michelangelo,1526
★Cappella di Medici, Michelangelo,1524-26
★Medici Riccardi,
★Botticelli, Nascita Venere 1485, Primavera 1482 Uffizi
★Michelangelo, Pieta, 1498
★Michelangelo, Davide, 1504
★参考文献
アンドレ・シャステル『ルネサンス精神の深層-フィチーノと芸術-』平凡社
クリストファー・ヒッバート『メディチ家 その勃興と没落』リブロポート1984
イヴァン・クルーラス『ロレンツォ豪華王』河出書房新社
イヴァン・クルーラス『ボルジア家』河出書房新社
ロマン・ロラン『ミケランジェロ』岩波文庫
中嶋 浩郎『図説 メディチ家―古都フィレンツェと栄光の「王朝」』河出書房新社(ふくろうの本)2000
清水純一「フィレンツェ・プラトン主義」1977
清水純一「ルネサンスの哲学」1977
清水純一『ルネサンスの偉大と頽廃』1972
清水純一『ルネサンス 人と思想』平凡社1994
清水純一『ジョルダーノ・ブルーノ研究』創文社1972
森田義之『メディチ家』 (講談社現代新書1442)
オルソラ・ネーミ『カトリーヌ・ド・メディチ』中公文庫
ヴァザーリ『芸術家列伝』白水社
ケネス・クラーク『レオナルド・ダ・ヴィンチ』
ケネス・クラーク『芸術と文明』
シャルル・ド・トルナイ『ミケランジェロ』岩波書店
アンドレ・シャステル(Andre Chastel)『イタリア・ルネッサンス1』『人類の美術』新潮社1968
アンドレ・シャステル『イタリア・ルネッサンスの大工房』『人類の美術』新潮社1968
ルートヴィヒ・ハインリヒ・ハイデンライヒ(Ludwig Heinrich Heydenreich)『イタリア・ルネッサンス2』『人類の美術』新潮社1975
フランチェスコ・シオヴァロ『ローマ教皇 キリストの代理者二千年の系譜』創元社1997
『藝術崇拝の思想』国家と資本が生み出す宗教。
http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011071703579.html
大久保正雄Copyright 2016年7月21日

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