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2016年6月11日 (土)

旅する哲学者、黄昏の地中海

Ookubomasao54Ookubomasao55大久保正雄『地中海紀行』第19回
旅する哲学者、黄昏の地中海

美への旅、知恵の旅、時空の果てへの旅、魂への旅。
旅する哲学者は、至高の美へ旅する。美しい魂は、輝く天の仕事をなし遂げる。
夕暮れの丘、夕暮れ散歩。美しい魂に、美しい天使が舞い降りる。

天と地の狭間を旅する旅人
地中海都市を歩く時、時めきを感じる舞台装置。
藝術作品としての国家。
私は、苦しみを秘めて、ヨーロッパに旅立った。
黄昏の橋をわたり、夕暮の寺院の伽藍を彷徨い、夕闇の街を歩く。
丘の上から眺める、藝術のような都市の殘照。この世のものとは思えない美しい光景。時を忘れて立ち尽くす。荒野の果てに生きる美しい人。
闇が深ければ深いほど、星は輝きを増す。
夕暮れの丘、糸杉の樹林を歩くと、木の香りが立ち込める。
美しい天使が舞い降りる。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

【われらが海、地中海】
■樹林を歩く時、生死の根源への旅
斑鳩、法隆寺の回廊を歩くとき、ギリシアの列柱回廊を思い出す。古代人の優美な歩み、輝けるまなざし、悲しみと調和を湛えた瞳の奥に、生ける者の苦悩と悲しみが蘇る。夢殿の夢違い観音は、自らの苦惱のさ中に、ひとの苦痛を救う、救済の意志の現われである。
大理石の列柱の影が深くなる眞夏の午後、時は止まる。アクロポリスの丘、アッタロスのストア。この地で、問答が積み重ねられ、難問が突きつけられ、生きる意味が問われた。ギリシアの神殿の列柱は森の木々から生まれた。森と海からギリシア文明は生まれた。
金剛峰寺、奥の院、空海の即身成仏の空間。鬱蒼と聳える杉の巨樹の森を歩くとき、ルクソール、カルナック神殿、列柱の間を想い起こす。
死と再生を祈る、ナイル河のほとり。葦が茂りロータスの花咲く水辺。人は、樹林の間を歩く時、列柱の間を歩く時、遠い日の記憶が蘇る。いのちが燦き、精神が輝き、藝術作品のような都市が築かれた黄金時代。森と水はいのちを生み出す源郷である。

■榮光のローマ帝国
スペインの果て、メリダ。古代から現代に架かるローマ橋、二千年の時の流れを湛える悠久の河。聳え立つ水道橋、劇場。ヨーロッパの西の果て、ローマ帝國が築いた都市。流れ去った一千年の歳月。時の流れは夢、幻のごとく。いま、陽光の下に、河は流れる。
ローマ人は、イベリア半島の果てから、アフリカ、アラビアの砂漠に到るまで、ローマ都市を築いた。ローマ人はローマ都市を到るところに築き、地中海は、ローマ人の「われらが海」(mare nostrum)となった。ローマ人は、地中海世界の至る所に、広場、神殿、戰車競技場(アレーナ)、水道橋、円形劇場、競技場、浴場、圖書館を築き、ローマ都市は、地中海都市の原型となる。ギボンはローマ帝國、五賢帝時代紀元2世紀を「人類の最も幸福な時代」と呼ぶ。(ギボン『ローマ帝國衰亡史』)

■藝術作品としての国家
海が見える丘の上に、アクロポリスがある。地中海の紺碧の海。エメラルドの輝き。ギリシアにはじめて學問を築いたイオニアの大地と海。
丘の上から、フィレンツェの町を眺める時、そこには、藝術作品としての國家がある。國家は、見える都市の形に現れる。アクロポリスの丘が聳えるアテナイ、アンダルシアの都コルドバ、荒野に聳えるトレド。美しい國家は、美しい都市としてこの世に存在する。  地中海的生活様式の樣々な樣式は、不滅の輝きをもっている。地中海人の生きかたは、三千年の時の流れを超えて、時の風雪に耐えた人類の智慧の結晶である。地中海人は、地上の輝かしい空間、藝術作品としての國家を築いた。
人間がいきいきと生きる環境を生み出すことが、統治者の義務であり、人間がいきいきと生きる空間を構築することが建築家の使命である。地中海のほとりには美しい都市がある。

■地中海都市の樣式
地中海都市を歩く時、いのちの時めきを感じる装置に満ちみちている。バール(カフェ、カフェニオン、チャイハネ)、迷路、中庭、バロックの階段、例えば、スペイン階段。地中海都市は、劇場都市である。
地中海都市は、美しい樣式をもつ。それは人類の不滅の遺産であり、普遍的な価値をもつ。地中海都市の劇的空間は、人生を美しく生きるための装置に満ちている。地中海都市の劇場的空間は、樣々な舞臺装置からなる。広場、円形劇場、音樂堂、糸杉の丘、神殿、列柱回廊、アクロポリス(城砦)、泉水、至高聖所、秘儀伝授の場、田園。
人生は舞台である。生きることは劇的である。地中海都市の樣式のなかに、不朽の「藝術作品としての都市國家」のイデアがある。

【人間の尊厳】
地中海人の生活樣式。自由と個性を尊重する生きかた。美を愛する生活樣式。人生を樂しむ生きかた。個を尊重する生きかた。地中海人の生きかたは、尊敬に値する。その根底には、人間の尊厳を重んじる生き方がある。
人が存在していること自體が、価値がある。生きているということが、かけがえのないものである。そして人間の尊厳の本質は、魂の善さにある。知恵を愛する者(philosophos)の魂のみが、魂の翼をもつ。

■ソクラテスの死
ソクラテスは、裁判に敗れ、紀元前399年処刑されて死んだ。ソクラテスの生と死を貫くものは、知恵を愛すること。ソクラテスは、裁判の中で奢れるアテナイ人たちに語る。
ただ金銭を、できる限り多く自分のものにしたいということに気を遣っていて、恥ずかしくはないのか。評判や地位のことは気にしても、思慮と眞理には気を遣わず、魂をできるだけ優れたものにするように、心を用いることをしない。
魂ができる限り善きものになるように配慮しなければならない。それより先にもしくは同程度にでも、肉体や金銭のことを気にしてはならない、と私は説くのだ。金銭から魂のよさ(徳)が生まれてくるのではない。金銭その他のものが、人間にとって善きものとなるのは、公私いずれにおいても、すべては魂のよさによるのだ。自己自身に気づかい、できる限り善きものとなり、思慮ある者となるように努め、自己にとってはただ付属物にすぎないものを、決して自己自身に優先して気づかってはならない。(cf.プラトン『ソクラテスの弁明』)と、ソクラテスは説いた。
ソクラテスは、毒人参の毒が體にまわり息が止まるまでの時間、自らの死を前にして、弟子たちに、魂の不死不滅を説き、自らの思想に殉じて死んだ。

■黄昏の旅人
或る秋、私は、苦惱を胸に秘めて、ヨーロッパに旅立った。
黄昏の橋をわたり、夕暮の寺院の伽藍を彷徨い、夕闇の街を歩いた。丘の上から、藝術のような都市の殘照を眺めた。この世界のものとは思えない美しい光景に、時を忘れて立ち尽くした。荒野の果てに生きる美しい人を見た。闇が深ければ深いほど、星は輝きを増す。
私は、失意と絶望の果てに、ヨーロッパに旅立った。この世の美しいものを見るために。この世のあらゆる美しいものを見るために。
私は、ミラノの朝焼けの空に、獅子座流星群が降るのを見た。ミラノの夜明け、紅と緑の西洋梨を剥いて食べたのを思い出す。あれから月日が流れた。
そして、私は地中海のほとりを旅した。美と智慧を求めて。私は旅を續ける。私は、黄昏の旅人である。
旅立とう、あなたとともに。美と智慧を求めて。
★参考文献
ギボン中野好夫訳『ローマ帝國衰亡史』ちくま学芸文庫、筑摩書房1995
J.ブルクハルト柴田治三郎訳『イタリア・ルネサンスの文化』中央公論社1966
F.ブローデル浜名優美訳『地中海』1-5巻、藤原書店1991-1995
F.ブローデル神沢榮三訳『地中海世界・』みすず書房1990
大久保正雄『理性の微笑み ことばによる戦いの歴史としての哲学史』理想社1993
大久保正雄「魂の美学 プラトンの対話編に於ける美の探究」「上智大学哲学論集」第22号、1993
大久保正雄「理念のかたち かたちとかたちを超えるもの」『理想』659号、理想社1994
陣内秀信『都市の地中海 光と海のトポスを訪ねて』NTT出版1995
プラトン『ソクラテスの弁明』『パイドン』
John Burnet(ed.), Platonis Opera, 5vols, Oxford Classical Text, Oxford U.P.,1903
★著者、大久保正雄 ヴィーナスの誕生 ウフィッツィ美術館
★著者、大久保正雄 フィレンツェにて
★黄昏のポンテ・ヴェッキオ
大久保正雄Copyright 2001.9.26
Ookubomasao53_2

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