フォト
無料ブログはココログ

« 神々の黄昏 皇帝テオドシウス、ユスティニアヌス ローマ帝国滅亡 | トップページ | エーゲ海年代記 文明の十字路、エーゲ海 »

2016年6月16日 (木)

黄昏の旅人、黄昏のギリシア エーゲ海の飛行

Ookubomasao68Ookubomasao70_2大久保正雄『地中海紀行』第22回
黄昏の旅人、黄昏のギリシア エーゲ海の飛行

地上に殘された美しい魂の香り。愛して止まぬ、死せる人の魂。

地の果て、光の海、エーゲ海へ、
この世のあらゆる美しいものを見るために、私は旅立つ。
地上に刻まれた、美しい魂の影を求めて、
失われた哲學者の魂を探して、時のきざはしを溯る。

美は一瞬の輝き、時が止まる黄金の瞬間。
精神と美が刻まれる空間。魂のアクロポリス。
苦惱する者は美しく、美しい魂には美しい香りがある。

夢のように過ぎた美しい日々。愛は過ぎ去りし日の眞夏の輝き。
黄金の黄昏が忍びよる。星が輝く夜、月光のエーゲ海。
黄昏のエーゲ海が燃えあがる時、
夜空に輝く星のように、輝ける魂をもて。
人の心を虜にする、愛の呪縛は、
容貌の美しさではなく、魂の美しさである。

*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

■黄昏の飛行
黄昏時、クレタ島からロドス島へ、飛び立つ。エーゲ海の空を、飛行する。
雲海の下に、黄金色に輝くエーゲ海、無数の島影が、見える。この世のものとは思えない美しさである。
飛行機が旋回すると、黄昏の光芒が光の条となって、窓から、機内に射して來る。
海は金色に光り輝く。ギリシア人の面影のように美しい。この世のものとは思われぬ至上の瞬間である。地上の絶望、怒り、歓喜、悲しみが、光の奔流となって、融け合う。
エーゲ海航空(Aegean Airlines)のスチュワーデスは、古代の彫刻のように、微笑む。時は止まり、美しい。

■エーゲ海
波のない海、沈黙(しじま)が支配する海、光盈ちる海。
エーゲ海は、傷ついた魂に、優しく微笑む。
海と空と光が満ちる處、エーゲ海。海は光る。光る海を眺めると、地上のあらゆる苦痛、怒り、悔恨、悲しみが、融けていく。
光あふれるエーゲ海の光景ほど、魂の苦惱を鎭める地は他にない。エーゲ海は、なにゆえに、傷ついた魂にかくも優しいのか。

■生きる樂しみを探求する地中海人
地中海人は、人生の樂しみを探求する生活樣式を愛好する。地中海的生活樣式には、偽りない心を大切にし、個の尊厳を尊ぶ思想が根底にある。生の根源にある愛、根源的な生が、ギリシアにある。
人は、いかなる知識、いかなる學識を所有しても、愛がなければ、不幸である。地位と名譽があっても、その人の本質、存在が美しくなければ、生きるに価いしない。美と善は、己のいのちを生贄にして、手にいれるものである。命は限りあるものであるゆえに、人はいのちの眞の樂しみを大切にしなければならない。ギリシア人の生活樣式の根底には、生きることを愛する思想がある。
知る者は好む者に及ばず、好む者は樂しむ者に及ばない。善と美を、樂しむ者が最も優れている。
思想とは生きかたであり、暮らしであり、生活樣式である。美しい思想が美しい生きかたを生むように、美しい思想が美しい生活樣式を生みだす。

■愛の国ギリシア
エーゲ海の海辺、糸杉の林を歩きながら、私はこう考えた。
イタリアはアモーレの國であり、ギリシアはエロスの国である。
エロースは愛の神である。
「天地開闢のはじめに、カオス(混沌)が生じ、ガイア(大地)と、地底のタルタロス、そして、エロースが生じた。エロースは、不死なる神々のなかでも最も美しい、神々にも人間にも、理性と思慮を失わせる強力な力をもつ。」(cf.ヘシオドス『神統記』116-122)  ギリシア語には愛を意味する言葉が3つある。エロース、フィリア、アガペーである。多くの書物は、エロースは愛欲を意味すると書くが、根本的な誤りである。エロースは、戀愛のみならず、學問や藝術や智慧、美徳に對する愛、を意味することは言うまでもない。
糸杉の香りが漂う森のなかで、私はこう考えた。
人が、心から愛するものにいのちを賭けて生きることが、眞に生きることである。眞に心から愛するものにいのちを捧げて生きることが、美しく生きることである。人は、心から好きなことに没頭して生きなければ、生きる価値はない。人は、心から愛することに人生をささげて生きなければ、人生は生きるに価しない。
美と善は、己のいのちと引きかえに、手にいれるものである。名譽と榮光のためでなく、美と善のために、人は生きねばならない。
地中海人は、人生の眞の樂しみを探求する。それは古代人から受け継いだ叡知である。アモーレの國イタリア、エロースの國ギリシア。愛は、個のいのちの尊厳に對する敬意から生まれる。

■地中海人は、形の美を愛する
地中海人は、形象の美を愛する。イタリア人、ギリシア人は、視覺的な美しさを愛好する。イタリア人、ルネサンス人は、美に耽溺し、愛に溺れる。ヴァザーリ『藝術家列伝』には、耽美的な奇人が溢れている。フィレンツェ人は、美に對する偏奇な愛を持っている。アリストテレスは、人間はあらゆる感覺のなかで視覺を最も愛するという。ギリシア人は、形象の美を愛する。ギリシア人の洗練された美意識は、アクロポリスのコレー、ラオコーン、巨人族と神々の戰いのレリーフ、を見れば明らかである。
この世に永遠なものは一つもない。この世のあらゆるものはすべて滅びる。美しいものもすべて滅びる。地上の美は、イデアの影である。いのちは限りあるものであることを知るがゆえに、ギリシア人、イタリア人は美を追求する。

■ヘラクレイトス 
地中海人は、精神の美を愛する
人は肉體の衣を通して、存在を感じ、魂を感じることができる。エーゲ海には、肉體の衣を通して、精神の形を見る目をもつ人たちがいる。この時、ギリシア人は、見える肉體の衣を通して、見えざる魂の美を見るのである。
 ヘラクレイトスは、ペルシア帝國ダレイオス王の招きを斷って、こう言った。「この地上にあらゆるすべての人間は眞理と正義から遠ざかり、悲惨な愚かさゆえに、飽くことを知らぬ貪欲と名聲への渇望に心を向けているのだ。だが私はいかなる邪惡をも退け、嫉妬と深く結びつくあらゆる欲求の満足を避け、榮耀を遠ざけている。ゆえにペルシアへと赴くことはできない。」(cf.ディオゲネス・ラエルティオス『哲學者列伝』9巻1-14)
 ギリシア人は、見える肉體の衣を通して、見えざる魂の醜さを見る目をもつ。ギリシア人にとって、美は善であり、善は美である。何故ならば、魂の醜さが肉體の形を透過して、見えるからである。精神の美しさなくして、肉體の美しさはありえない。

■魂の深さ
愛の深さは、魂の深さである。魂の愛のみが眞の愛である。地位や名譽、職業や財産のゆえに愛する人々。偽りの愛。眞の愛はない世界。人間が美しいのは、存在そのものが美しいときである。
魂の愛、魂が互いに愛し合う愛。魂が魂を愛する愛のみが、眞の愛である。美しい魂を愛する愛のみが、眞の愛である。行きて愛せ、この地上になに一つ汝を助けるものがなくとも。その地に愛するに値するものがある限り。ギリシア神話とギリシア悲劇には、愛と復讐のドラマがみち溢れている。愛と復讐は、生きる原形である。ギリシア人は魂の美しさを愛した。名譽と榮光のためでなく、ギリシア人は、魂の美しさゆえに、魂を愛した。

■光の海、エーゲ海
アクロポリスの丘の上。光る海を見ながら、私はこう考えた。
太陽の光が海に降り注ぎ、エーゲ海人に、光と知恵と命をもたらした。
光溢れる空間が、輝ける精神と輝ける肉體と、そして美しい魂を磨きあげる。愛が人間の魂に美を生みだす。
黄金の海、エーゲ海。静かなる海に、黄昏の光が零る時、愛は霊となり、不滅の魂に智慧と勇気を与える。エーゲ海の烈しく眩い光は、ギリシア人に、眞實を見る知性を与えた。
エーゲ海を見る時、私はプラトンの言葉を思い出す。
太陽は、光をもたらし、感覺される世界において、見えるものを見えるものたらしめ、生成させる原因であるように。善は、思惟される世界において、眞理と存在を、知られるようにするのみならず、存在するものたらしめる根拠である。
★夕暮のエーゲ海 ロドス島
★リンドス アクロポリス
★雲海の下にみえる、黄昏のエーゲ海
★リンドス、アクロポリス アテナ神域
★リンドス、アクロポリス 光る海
大久保正雄COPYRIGHT2001.12.26

« 神々の黄昏 皇帝テオドシウス、ユスティニアヌス ローマ帝国滅亡 | トップページ | エーゲ海年代記 文明の十字路、エーゲ海 »

ギリシア」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2347669/66047077

この記事へのトラックバック一覧です: 黄昏の旅人、黄昏のギリシア エーゲ海の飛行:

« 神々の黄昏 皇帝テオドシウス、ユスティニアヌス ローマ帝国滅亡 | トップページ | エーゲ海年代記 文明の十字路、エーゲ海 »

最近のトラックバック

ウェブページ

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30