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2016年6月 2日 (木)

塔の中の王女たち、『アルハンブラ物語』

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大久保正雄『地中海紀行』第10回

塔の中の三人の王女たち
ヴェールがほどけ、光り輝く美貌が、
すべての人の眼にあらわになる。
スペイン人の捕虜の騎士たちと三人の王女は恋に陥る。
騎士たちはベルメーハスの塔(朱色の塔)の牢獄に連行、
三人の王女は、ラス・インファンタスの塔の中に囚われる。
恋は越え難い障害と戦う情熱が生み出す歓びの炎。
縄梯子の端をバルコニーに結び、下の花園に吊り下ろし、
二人の王女は胸を高鳴らせて降りる。
一刻を争う時、ソラハイダ姫は、思い惑い、躊躇い、立ち竦み、
ソラハイダ姫は、激しい恋の思いを胸に秘めたまま、若くして死に、
インファンタスの塔の地下室に埋葬。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

【ワシントン・アーヴィング『アルハンブラ物語』】
 1829年、作家ワシントン・アーヴィング(1783-1859)は、グラナダを旅した。5月10日から7月29日までアルハンブラ宮殿に滞在した。梟が鳴き、蝙蝠が飛び交い、蜘蛛の巣が張る、荒れ果てたアルハンブラ宮殿、グラナダ総督の部屋に住み6月12日から「果實の間(salla de frutus)」に滞在した。昼夜、アルハンブラの部屋から部屋をさまよい歩き、塔に昇り、庭園を眺め、執筆に耽った。月下の宮殿に魅惑され、失われた時と現在の狭間を往き來し、幻想と現實の間を彷徨い歩いた。アーヴィングは1832年『アルハンブラ物語』を出版、世界中の讀者を魅了する(第2版1851)。夢の魅惑が人々の心を捉えた。『アルハンブラ物語』は、自己を見失ったアーヴィングが過ぎ去った世界に彷徨うことにより、失われた自己の愛を探す心の旅である。この書物は、孤獨な旅人による「失われた時への旅」である。

【塔の中の美しい王女たち】
 ムハンマド9世(在位1419-27,30-31,32-45,47-53)は、左利きのため、またすることなすこと思いどおりに行かない、悲運に見舞われ續けた。それ故「左利き王」と呼ばれた。左利き王は、三度グラナダ王の王位から追放され、三度復位した。逆境から知恵を學ぶことが下手で、左手の武力に物を言わせようとし直情径行、強引な性格であった。
 左利き王は、捕虜として囚えられた敵將の娘であるスペインの貴婦人に心魅かれ、后にした。このスペイン人の貴婦人との間に、三つ子の娘が生まれ、サイーダ、ソライダ、ソラハイダと名づけられた。王は、占星術師を招いた。占星術師たちは「三人の王女は危険な星の下に生まれた。妙齢期には監視を怠りなく手許から放さぬように。」と予言した。
 王は、地中海を眼下に見わたす丘の頂きに築かれた堅牢無比の砦、サロブレーニャ城に、王女たちを閉じ籠めた。紺碧の空の下、地中海の海原を見わたす斷崖の上の離宮で、三人の王女は、息を呑むほど美しい乙女に成長した。ある日、王女たちが白い波が打ち寄せる砂浜を見下ろす望楼の窓から海を眺めていると、キリスト教徒の捕虜が引き立てられ、降り立った。捕虜の中に、立派な身なりのスペイン人騎士が三人いた。鉄鎖に繋がれていたが、花のように誇り高く、優雅で気品のある顔立ち、高貴な気性が全身に溢れ出ていた。三人の王女の胸が熱く高鳴った。娘たちに危険が迫ったことを知らされた王は、三人の王女をアルハンブラの塔に住まわせるために、自ら護衛隊を率いてサロブレーニャ離宮から、グラナダへの歸還の途上、捕虜を連行する部隊に出会った。左利き王は怒り狂い、新月刀を引き抜き、立ち尽くしている三人の騎士に一撃を加えようとした。この時、三人の王女のヴェールがほどけて、光り輝く美貌が、すべての人の眼にあらわになった。三人の王女の美貌が魔力を発揮するに十分な時間であった。騎馬隊は捕虜の騎士たちをベルメーハスの塔(朱色の塔)の牢獄に連行し、三人の王女たちはラス・インファンタスの塔の中に匿まわれた。
 スペイン人の捕虜の騎士たちと三人の王女は恋に陥った。「恋は越え難い障害と戦う情熱が生み出す歓びの炎である。恋は、最も枯渇した大地に、最も根づよく生い茂る。」
 ある眞夜中、縄梯子の端をバルコニーに結び、下の花園に吊り下ろし、二人の王女は胸を高鳴らせて降りたが、一刻を爭う時に、ソラハイダ姫は、思い惑い、躊躇い、立ち竦み、降りることはできなかった。二人の王女は、コルドバに辿り着き、騎士たちと結婚した。ソラハイダ姫は、恋の思いを遂げず、踏み止まったことを悔やんだ。嘆きの調べを奏でる恨みのリュートの音が、いつまでも塔から聞こえた。
 ソラハイダ姫は、恋しい思いを胸に秘めたまま、若くして死に、インファンタスの塔の地下室に埋葬された。今も塔の下にはソラハイダ姫の死體が埋まっている。(cf.『アルハンブラ物語』28)

【塔の中の王妃】
 ムレイ・アブール・ハッサン王(在位1464-82,82-85)は、「王妃アイシァが王を追放して、息子を王位に就けようと陰謀を企てている」という讒言を耳に吹き込まれた。王は激怒して、王妃アイシァとその子 (ボアブディル=ムハンマド11世)をコマレスの塔に閉じ込め、「ボアブディルを生かしておかぬ」と口走り罵った。深夜、王妃アイシァは、自分と侍女たちのスカーフをつなぎ、塔のバルコニーから王子を吊り下ろした。王妃に忠誠を誓う騎士たちが、駿馬を用意して待ち受け、王子を救出しラス・アルプハラス山中に連れ去った。
 ムレイ・アブール・ハッサン王はこれを知り、アベンセラーヘ家の36人の騎士たちを、アルハンブラの広間に召喚し、獅子の中庭で斬首し虐殺した。大理石の噴泉から流れる水が鮮血で紅く染まりつづけた。アベンセラーヘ家の悲劇である。(cf.『アルハンブラ物語』15)
 1491年カスティーリア・アラゴン連合王國はグラナダを包囲。ムハンマド11世は1492年1月2日降伏する。最後の王は、涙の丘から失われたアルハンブラを返りみて涙を流した。
★参考文献
W・モンゴメリー・ワット黒田壽郎・柏木英彦訳『イスラーム・スペイン史』岩波書店1976
イブン・ハズム黒田壽郎訳『鳩の頸飾り―愛と愛する人々に関する論攷』(イスラーム古典叢書)1978
ワシントン・アーヴィング平沼孝之訳『アルハンブラ物語』上・下 岩波文庫1997
神吉敬三『巨匠たちのスペイン』毎日新聞社1996
 「スペイン的空間感情の特質」pp.68-90「アルハンブラ」pp.91-118
安引宏・佐伯泰英『新アルハンブラ物語』新潮社1991
陣内秀信『都市の地中海 光と海のトポスを訪ねて』NTT出版1995
堀田善衛「グラナダにて」『すばる』1989年1月号 集英社
ユネスコ世界遺産センター編『ユネスコ世界遺産10 南ヨーロッパ』講談社1996
地中海学会編『地中海歴史散歩1スペイン』河出書房新社1997
川成洋『図説スペインの歴史』河出書房新社1993
池上岑夫・牛島信明・神吉敬三監修『スペイン・ポルトガルを知る事典』平凡社1992
★ヘネラリーフェ離宮 アセキアの中庭
★天人花の中庭
★天人花の中庭 採光窓
COPYRIGHT大久保正雄 2001.04.25

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