イスタンブール 二千年の都
岬の上、糸杉に囲まれたアクロポリスの丘。
海に囲まれ、ギリシアの城砦に囲まれた、
難攻不落の城塞都市。
この丘の上に、皇帝コンスタンティヌスが宮殿を建て、
メフメト2世がトプカプ宮殿を建てた。
剣のように鋭い、三日月が輝く、紺青の空。
イスラーム寺院の尖塔が聳える丘の上。
砂漠より來たる者に水を与え、海原より來たる者に眠りを与える。
苦惱する者に愛を蘇らせ、英雄の偉大なる死を刻む都。
英雄の香りを漂わせる都の埃。海の都、ビュザンティオン。
アレクサンドロスの父フィリッポスが包囲した海。
日が沈む、靄のなか、黄昏の海に。
ここより飛び立つ者に、帰還の翼を与えよ。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
【香水の匂い】
眼下に、黄昏の海が見える。春の夕暮刻、トルコ航空機は、イスタンブール空港に着陸する。靄のなかに海は夕焼けで紅く染まっていた。夕焼けのマルマラ海。イスタンブールは金色の太陽が沈む春の靄のなかである。
トルコ航空は、スチュワーデスが身につける香水が強烈な匂いを放つ。オリエンタル・ノートの甘く濃艶な香り。麝香、霊猫香、龍涎香。動物的な濃厚な匂い。強い殘香。そのなかに混じり合う熱帯の密林の樹木の香りが闇を縫って漂う。オリエントの艶麗な匂いがする。イスラーム寺院に立ち籠める神秘的な薫香の匂いである。香水の匂いのなかにイスラーム神秘主義とトルコの官能が妖しく立ち昇る。スレイマン大帝の寵妃ヒュッレムの膚に纏う香水も麝香の香りである。妖艶な香りの中にオリエントの舞い、生と死の秘密を探求するイスラーム哲學の匂いがする。古都コンヤにおけるメヴラーナの旋舞のように、陶酔と忘我の匂いのなかに、死と再生の秘儀がある。
【二千年の都 イスタンブール】
■アポロン・アクロポリスの丘
紀元前7世紀、地中海のほとりから来た、ギリシア人が築いた植民都市ビュザンティオン。この地は、330年コンスタンティヌス帝によってローマ帝國の帝都となりコンスタンティノポリスと名づけられ、ビザンティン帝國の都として榮華と頽廃を極める。1453年メフメト2世のオスマン・トルコ帝國がこの地を征服した後、イスタンブールと呼ばれる。
イスタンブールは、ローマと同じく、七つの丘からなる。坂道が多い迷路のような町である。三方を海に囲まれ、三重の城壁に囲まれた、難攻不落の城塞都市である。
■すべての道はコンスタンティノープルに通じる
イスタンブールとは、イス・ティン・ポリン(is tin polin)が語源であり、中世ギリシア語で「あの町へ」を意味する。すべての道はコンスタンティノープルに通じる。
この地は、古代から海上交通路の要衝、東西文明の狭間、シルクロードの西の果てアンティオキアにつながる、東洋と西洋が出会う所である。地中海、エジプト、西欧、中國から豊饒な富が集積された。
■三つの帝國の都
ローマ帝國、ビザンティン帝國、オスマン帝國、三つの帝國の帝都であり續けた歴史上比類ない都市である。ビザンティン帝國は、「キリスト教化された、ギリシア人による、ローマ帝國」であり、中世ギリシア人の帝國である。帝國を構成する文化の3要素は、キリスト教、ギリシアの古典文化、ローマ帝國である。(cf.井上浩一『生き残った帝国ビザンティン』)
支配する民族が変わり、支配階級の言語が変わり、国家の形が変わり、変貌を遂げるが、都であることは変わらない。ビュザンティオン千年、コンスタンティノポリス千年、イスタンブール五百年。二千五百年の都である。
永遠の都、ローマは、ルネサンス時代には荒廃し昔日の都の面影はなかったが、バロックの時代、灰燼の中から蘇った。コンスタンティノポリスは、オスマン帝國の攻撃により1453年、滅亡する。それは虚榮の都コンスタンティノポリスに下された天の配剤であるのかも知れない。滅亡すべくして滅亡した官僚制の帝國、ビザンティン帝國。
イタリアでルネサンスの花が咲き誇る15世紀、16世紀。この世紀は、オスマン・トルコ帝國の最盛期である。その時代、イスタンブールはオスマン帝國の下、帝都であり續けた。
■文明の絨毯
歴史が重く堆積する都。ローマとならぶ永遠の都。第二のローマ、イスタンブール。
古代ギリシア人、ローマ人、中世ギリシア人、トルコ人、アラブ人、多様な文化が堆積する。イスタンブールは文明が重層する多重文化空間である。
ビザンティン帝國、オスマン・トルコ帝國は多民族、多文化、多宗教、多言語空間であり、このような地は、スペインのアンダルシア地方、シチリア島、マルタ島がある。
重々しい歴史の絨毯の上に、アクロポリスを築いたギリシア人と、ローマ皇帝と、スルタンと、東西の旅人が行き交った。多くの藝術家、作家がこの地に魅せられ幾たびも旅し訪れた。だが心ある者はこの地に永く止まることはない。
志ある者は、旅人としてこの永遠の都を通り過ぎよ。この地は文明の橋である。決してこの地に止まってはならない。この地は、東西文明の十字路。虚榮の都に榮華を極め留まる者の魂は腐敗する。「富める者が神の國に入るよりは、駱駝が針の穴を通るほうが、はるかにたやすい。」醜い魂には醜い魂の香りがあり、美しい魂には美しい魂の香りがある。旅人の心を深く魅了し、此処から旅立つことを決意させる地、イスタンブール。
★参考文献
鈴木薫『オスマン帝国 イスラム世界の「柔らかい専制」』講談社現代新書1992
益田朋幸・赤松章『ビザンティン美術への旅』平凡社1995
井上浩一『生き残った帝国ビザンティン』講談社現代新書1990
井上浩一『ビザンツ帝国』岩波書店1982
井上浩一『ビザンツ皇妃列伝』筑摩書房1996
★ブルー・モスク
★祈り図(Deisis) 1261 アギア・ソフィア寺院
COPYRIGHT大久保正雄 2001.7.25
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