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2016年6月 7日 (火)

ビザンティン帝国の都 コンスタンティヌス帝、ユスティニアヌス帝

Ookubomasao42Ookubomasao44ビザンティン帝国の都 コンスタンティヌス帝、ユスティニアヌス帝
大久保正雄『地中海紀行』第15回

ビザンティン帝国の都 コンスタンティノープル
地中海と黒海を結ぶ、ボスポラス海峡に、春風が吹き渡る。
コンスタンティヌスのポリス。ヨーロッパの東の果て、
文明の十字路。ヨーロッパとアジアが出会う海峡。
コンスタンティヌスはこの要塞を鎧のように駆使、
帝国の礎を不朽にした。

オスマン艦隊が陸を越えた奇襲の地。
英雄の幻影、英霊たちの聲が、霧深い春の海峡に谺する。
窓から、ボスポラス海峡が見える。夜霧に煙る海峡。
海の向こうに、輝ける時が燦く。

*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

■コンスタンティヌス帝 戰略の名人
【地中海人列伝8】
コンスタンティヌス帝(274-337在位312-337)。305年ディオクレティアヌス退位後、帝國は権力闘爭が始まる。306年セヴェルス(306-7)が西方正帝(Augustus)に、コンスタンティヌスは副帝(Caesar)になる。307年コンスタンティヌスは、皇帝マクシミアヌスの娘ファウスタと結婚。312年マクセンティウス帝と對決、ローマを流れるティベル河のミルヴィウス橋を挾んで對峙する。この時、勝利を祈り夕空に十字架の幻を見る(cf.『コンスタンティヌス伝』)。敵を虐殺、ローマを占領、帝國西方を制覇、正帝に即位する。313年コンスタンティヌス帝は、リキニウス帝とミラノでキリスト教を公認。「ミラノ勅令」発布の眞の意圖は、對抗勢力がキリスト教迫害を行なっていたため、帝國の覇権を確立するためにキリスト教徒を保護するという戰略にある。後にコンスタンティヌスと對立するリキニウスはキリスト教徒を彈圧する。324年コンスタンティヌス帝はリキニウス帝とハドリアノポリスで對決、リキニウスを破りテッサロニキにて謀殺する。326年我が子副帝クリスプスと皇后ファウスタを不義密通の罪で死刑に処す。冤罪であることは言うまでもない。
 330年5月11日、コンスタンティヌス帝は、ビュザンティオンの街を聖母マリアに捧げ、献都式を擧行。自ら神の代理人となる。この地はローマ帝國の都となりコンスタンティノポリス、コンスタンティヌスの都と名づけられる。たび重なる迫害でも屈服しないキリスト教徒を敵に回すことの不利を知り、キリスト教を帝國支配の道具・イデオロギーとして用いた。コンスタンティヌス帝は、セプティミウス・セヴェルス帝(193-211)の城壁の外側に大城壁を築く。ディオクレティアヌス帝の専制体制を完成、官僚制を基盤とする階級社会を構築、皇帝直属の官僚によって獨裁制を確立する。332年「コロヌスの土地緊縛令」発布。身分と職業を固定化する。ディオクレティアヌス帝以降、帝政は「選ばれた第一人者制(principatus)」から「専制君主制(dominatus)」へと移行する。官僚主義と宮廷儀礼が蔓延するビザンティン帝國の原形が生まれる。
337年コンスタンティヌス1世は、ペルシア遠征の途上ニコメディアで病死する。殘された帝國は3人の子に3分割される。
コンスタンティヌス1世は、地中海世界を駆けめぐり、権力を手に入れるためには手段を選ばず、冷徹で計算高い策士、戰闘と謀略に明け暮れた武人。名君の名に値しない暴力皇帝である。

ユスティニアヌス帝 「われらが海、地中海」、アカデメイアを閉鎖
【地中海人列伝9】
ビザンティン皇帝ユスティニアヌス(483-565 在位527-565)は、失われた旧ローマ帝國領を回復するため533-555年まで21年間、遠征軍を派遣する。534年將軍ベルサリオスは、地中海に闘いを繰り広げる。カルタゴのヴァンダル王國を滅ぼし、北アフリカに領土を拡大。マルタ島を占領。535年ゴート戰爭を開始。552年東ゴート王國を征服し滅亡させ、イタリアを回復する。554年イベリア半島の西ゴート王國を征服。帝國領とする。地中海は、ふたたびローマ帝國の「われらが海」(mare nostrum)となる。
529年、異端の牙城とされたアテナイのアカデメイアを閉鎖。プラトン以來、九百年の歴史が終焉する。首都コンスタンティノポリスで第5回公會議を開き、東方3派を彈圧する。
ユスティニアヌス帝は、遠征軍派遣のための莫大な戰費を得るため、緻密かつ厳格にして過酷な税制を施行した。重税にあえぐ民衆の不満は皇帝に對する反亂に発展、ニカ(勝利)の亂である。亂が頂点に達した時、退位を迫られた皇帝は亡命することを心に決め港に船が用意された。しかし皇妃テオドラは「皇帝の緋色の衣は最も美しい棺である」と皇帝に諫言する。皇帝は將軍ベルサリオスを競技場に派遣し、反亂する市民3万人を虐殺、亂は終結した。以後、安定政権を維持し、ビザンティン文藝史の黄金時代を築く。偽ディオニュシオス文書、他、歴史的な書物が書かれる。
ユスティニアヌス帝は、法學者トリボリアヌスに編纂を命じ、534年『ローマ法大全』を集大成する(534『勅法集』533『學説集』『法學概論』)。532年ニカの亂によって焼失したアギア・ソフィア再建に着手、537年12月27日アギア・ソフィア寺院を建立する。アギア・ソフィアは、「聖なる神の叡智」(Agia Sophia)にささげられた聖堂である。ユスティニアヌスは、「皇帝が、自身を法に縛られたものとして認めることは、支配者としての尊厳にふさわしい。」(『勅法集』1-14-4.429)と宣言、「法に縛られるものとしての皇帝」を確立する。(cf.渡辺金一『中世ローマ帝國』)
ユスティニアヌスは、財政破綻を再建、増収するため534年シルクロード經由で蚕卵を入手、絹織物生産を開始する。
ユスティニアヌス1世は、帝國の最大の版圖を掌中に収め、全盛期を迎えるが長期の戰爭のため財政は破綻する。宿敵ペルシアとの爭いは一進一退、和平条約を二度結ぶ(532.562)。死後、西方領土を失い、帝國は極微な世界に閉じ籠められて行く。

【ローマ帝国の落日】西ローマ帝國滅亡
395年1月17日テオドシウス1世は、ミラノで病死。帝國は2分され2人の息子に継承される。ローマ帝國は東西に分裂する。ローマを帝都とする西ローマ帝國を統治したのはホノリウス帝(在位395-423)であり、コンスタンティノポリスを帝都とする東ローマ帝國(ビザンティン帝國)を統治したのはアルカディウス帝(在位395-408)である。
西ローマ帝國は、476年9月4日ゲルマン人傭兵隊長オドアケルが反亂、皇帝ロムルス・アウグストゥルス(在位475-476)を廃位。ビザンティン皇帝ゼノンは、オドアケルをパトリキウスとして承認。西ローマ帝國は滅亡する。ローマ帝國分裂後、ビザンティン帝國の帝都コンスタンティノポリスは、千年に亙り、地中海世界の中心として榮える。
★参考文献
鈴木薫『オスマン帝国 イスラム世界の「柔らかい専制」』講談社現代新書1992
益田朋幸・赤松章『ビザンティン美術への旅』平凡社1995
井上浩一『生き残った帝国ビザンティン』講談社現代新書1990
井上浩一『ビザンツ帝国』岩波書店1982
井上浩一『ビザンツ皇妃列伝』筑摩書房1996
井上浩一・栗生沢猛夫『ビザンツとスラブ 世界の歴史11』中央公論社1998
クリス・スカー著 青柳正規監修『ローマ皇帝歴代誌』創元社1998
アリアノス大牟田章訳『アレクサンドロス大王東征伝 付インド誌』上下、岩波文庫2001
渡辺金一『コンスタンティノープル千年 革命劇場』岩波新書1985
渡辺金一『中世ローマ帝国 世界史を見直す』岩波新書1980
和田廣『ビザンツ帝国 東ローマ1千年の歴史』教育社1981
ベック渡辺金一編訳『ビザンツ世界の思考構造』岩波書店
桜井万里子・本村凌二『ギリシアとローマ 世界の歴史5』中央公論社1997
鈴木薫『食はイスタンブルにあり 君府名物考』NTT出版1995
鈴木薫『図説イスタンブル歴史散歩』河出書房新社1993
坂本勉『トルコ民族主義』講談社現代新書1996
陳舜臣『世界の都市の物語イスタンブール』文藝春秋1992
スティーブン・ランシマン護雅夫訳『コンスタンティノープル陥落す』みすず書房1969
ユネスコ世界遺産センター編『ユネスコ世界遺産3 西アジア』講談社1998
ゲオルク・オストロゴルスキー和田廣訳『ビザンツ帝国史』恒文社2001
伊東孝之、直野敦、萩原直、南塚信吾、柴宜弘編『東欧を知る事典』平凡社2001
★ブルー・モスク
★ジャンニ・ヴェルサーチのデザイン によるホテル Inter-continental Istanbul
★ジャンニ・ヴェルサーチのデザイン によるホテル Inter-continental Istanbul
COPYRIGHT大久保正雄 2001.7.25

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