アテネ 黄昏の帝国 メロス島攻撃、シケリア遠征
大久保正雄『地中海紀行』第36回アテネ 黄昏の帝国1
アテネ 黄昏の帝国 メロス島侵攻、シケリア遠征
アルキビアデスが策謀にあけくれ策に溺れ、
エウリピデスは陰謀劇を書いた。
メロス島侵攻、シケリア島遠征。
海が血に染まる時、苦悩と痛みが大地に染み、
流された血は、復讐を呼ぶ。
蜜のように甘く、毒のように劇しく、
藝術の花咲き乱れ、爛熟する、黄昏の帝国。
驕れる強者に、復讐せよ。
英雄の苦難と自己犠牲は、復讐の遂行によって輝く。
人は、愛しき人のために戰い、復讐する。
国は滅び、愛する者は死に、愛のみが藝術となって残り、
烈しい光が降り、空は深く、エーゲ海は輝く。
愛する人の面影のように。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
■アルキビアデス 蜜のように甘く、毒のように劇しく
陰謀、裏切り、誣告、暗殺。何でもありのポリス。血は血を招き、眞実は闇に覆われる。国家利益を考慮せず、私利私欲を貪り、虚偽によって人を陥れる、アテナイ人の虚妄の正義。藝術が花開き、爛熟する、昏迷の帝国アテナイ。権力をもつ者は力に溺れ、弱者を虐げる。倨傲に至り、栄光は迷妄に変わり果てる。
惡は権威の裝いをもって現れ、善は貧しい衣裳をまとい地位低い者に存在する。優れた能力と惡巧み、欺瞞と眞実、美と醜、善意と惡意、相反するあらゆるものが共存する、魂の闇。心という名の混沌、深い淵。権力者が高い地位と美しい衣裳を身に纏い、惡虐な行爲を行い、正しき人を陥れる時、大地に血は染み、勇者の血は復讐を招く。大地が吸った血は、消えず、凝固し、復讐を呼ぶ。虐げられた勇者の復讐がはじまる。
権謀術策、陰謀のための欺瞞、権力欲。国家利益を犠牲にして私利私欲を貪り、正義の名の下に不正がなされる、帝国の黄昏時。藝術は花開き、善美なる人は滅びる。美貌の將軍アルキビアデスが策謀にあけくれ策に溺れ、エウリピデスは陰謀劇を書いた。
■美しい精神と美しい肉体
眞に美しいものは、美しい姿で現れるとは限らない。醜惡な人間が高い地位と美しい衣裳を身に纏って現れ、心が美しい人が容貌美しからず低い地位と貧しい衣裳で現れるということがある。人は権力と地位と富を持つと醜惡な魂を持つようになる。時に、美しい肉体に醜い精神が住み、美しからぬ肉体に美しい精神が住む。見かけの美しさは、内容の美しさと一致しない。美しい魂と美しい容姿は時に対立する。
アルキビアデスは、美しい肉体を纏い、醜い魂をもつ。ソクラテスは、美しからざる肉体を纏い、美しい魂をもつ。美しい者は醜く、醜い者は美しい。美しい容貌と邪惡な魂。顔貌は美しからず貧しいが純粋で美しい魂。
魂の美しさを見るのは、肉体の美しさを見るほど容易ではない。魂は見えない。魂は、魂から生まれた行動と言葉によってのみ見ることができる。だが、邪惡な魂も、美しい肉体や家柄や富で覆われて、人間の眼を欺いている。魂は見ることができない。だから邪惡な人間が人を欺くことができる。惡が善を駆逐し、善が惡に虐げられる世界。正義が実現するためには、復讐が為されねばならない。
■黄昏の帝国 アテナイ敗北
アケメネス朝ペルシア帝国と戦ったアテナイ。アテナイは、自ら権力を誇示し、エーゲ海に君臨する帝国となる。権力に抵抗する勇者から、権力に溺れる覇者となる。驕れる強国は、久しからず。権力に溺れ、弱者を虐げる者は、復讐の女神(エリニュエス)の復讐を受ける。
同盟国に対する彈圧がナクソス島攻撃から始まる。アテナイは、エーゲ海の島々を彈圧する。紀元前468~7年、ナクソス島が、同盟から離叛したため、アテナイは攻撃し、属国とした。(cf.トゥキュディデス『戰史』第1巻98) デロス同盟から離叛した国に対する最初の攻撃である。アテナイの帝国化はこのとき始まる。アテナイは、国々に民主制を強要、アテナイの度量衡、通貨使用を強制した。紀元前463~2年、タソス島反亂軍が降伏する。紀元前467~6年、アイギナ島、降伏。紀元前466年、エウボイア島反亂軍、降伏。
紀元前427年、レスボス島、ミュティレネの反亂軍が降伏する。アテナイの民会(エクレシア)は、全市民を処刑、婦女子を奴隷として売却することを決定、その夜、処刑令状を携える三段橈船が出帆する。しかし翌日、反乱者に対する処罰が過酷であることを後悔し激しい議論の末、撤回を決定、赦免を伝える三段橈船が出発する(cf.『戰史』第3巻36-49)。
紀元前425年8月、交戰派の煽動家クレオンがスパクテリア島を陥落(cf.『戰史』第4巻26-41)。冬、クレオンは枯渇した国庫に軍資金を満たすため、デロス同盟の納賦金を1460タラントンに引き上げた(「年賦金増額碑文」Tod,Nr.66,BC425)。喜劇詩人アリストパネスは『バビュロニア人』『アカルナイの人々』『騎士』を書いてデロス同盟を批判した(426-424)。
紀元前416年、アテナイ軍はメロス島に侵攻、冬、婦女子を奴隷として売却、全市民を虐殺する。紀元前415年、アテナイはシケリア島に遠征軍を派遣する。紀元前413年9月アテナイ海軍がシケリア島シュラクサイで全滅する。捕虜となったアテナイ兵士7000人が、餓えと渇きと病気のため折重なって死ぬ。紀元前412年、エーゲ海の島々、キオス、レスボス、ミレトス、ロドス、アテナイから離反する。ラケダイモン側につく。エーゲ海の軍事拠点はサモス島のみとなる。紀元前411年、サモス島のアテナイ海軍がロドスを海上から攻撃する(cf.『戰史』第8巻55)。シケリア島遠征以降、アテナイの滅亡が始まる。紀元前405年秋、アテナイ艦隊はアイゴスポタモイの海戰で撃破され、陸海を封鎖され食糧補給路を絶たれ、餓死する者が溢れ、紀元前404年アテナイは無条件降伏する。アテナイ人は自らが行ったように虐殺され復讐されることを恐れた。権力者の私利私欲の追求が、国家を滅亡させたのである。
★【参考文献】次ページ参照
★アンティキュテラの青年 Lysippos BC350-320 アテネ考古学博物館
★黄昏のロドス島
★カリアティデス(女人柱) アクロポリスの丘
大久保正雄Copyright2002.07.31
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