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2016年6月21日 (火)

ロドス島 古代都市リンドス イアリュソスの丘 聖ヨハネ騎士団

Ookubomasao73Ookubomasao86_2Ookubomasao87_3大久保正雄『地中海紀行』第27回
古代都市リンドス イアリュソスの丘 聖ヨハネ騎士団
ラオコーン群像 三人の彫刻家ハゲサンドロス、ポリュドロス、アタノドロス

勝利の女神ニケが舞い降りる 古代都市リンドス。
ラオコーン群像、ミケランジェロが湛えた傑作。
リンドスの三人の彫刻家、ハゲサンドロス、ポリュドロス、アタノドロス
聖ヨハネ騎士団、オスマン帝国との攻防。

*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

■聖ヨハネ騎士団
1103年聖ヨハネ病院騎士団はイエルサレムに創設されたが、1291年アッコン陥落の時、キュプロス島に移住し、1308年8月15日、聖ヨハネ騎士団はビザンティン帝國軍と戰い、ロドス島を征服、1310年根拠地にする。聖ヨハネ騎士団は、ロドスに城塞都市を築き、16世紀、ヴェネツィア人築城建築家バジリオ・デッラ・スコラによって胸間城壁をそなえた強固な城砦を築いた。
1522年8月1日、オスマン帝國第10代スルタン、スレイマン1世(1494-1566)は、聖ヨハネ騎士団が占拠するロドス島を包囲、5か月間攻撃を續行。スルタン率いるオスマン帝國軍20万。對する、聖ヨハネ騎士団騎士500人、傭兵1500人、戰闘可能な市民3000人。スレイマン1世は、イスラーム法に基づき「抗戰するか退却するか」選択を提示。武装解除せずに退去させることを約束する。12月19日、聖ヨハネ騎士団は、撤退を決意、1月1日この要塞都市を船で去る。ロドス島は、黒海、イスタンブール、地中海を結ぶ海上交易路、また地中海戰略上の拠点である。1530年、聖ヨハネ騎士団は、ヨーロッパを彷徨った末、マルタ島に移住。1798年、ナポレオンの包囲を受け、要塞都市ヴァレッタを放棄。ロシアに移る。現在、ローマ、コンドッティ通りにある。

■古代都市リンドス
リンドスの折重なる白い町の迷路から、石畳の坂を昇ると、糸杉に囲まれた中世の 城砦の城壁に辿りつく。丘の上、糸杉の樹林の間からリンドスの入り江が見える。城 砦の門から中に入ると、細い階段がある。入り江を臨むテラスの岩壁に、三段櫂船 (トリエレス)の浮彫りがある。紀元前3-2世紀の彫刻家ピュトクリトスの浮彫であ る。ピュトクリトスは、サモトラケのニケを作った彫刻家である。階段を上り、ビザ ンティン総督の館、聖ヨハネ礼拝堂を抜けると、ドーリア式列柱柱廊の前門に至る。 そして階段を上ると、リンドスのアクロポリス頂上に辿りつく。東のはしにアテナ・ リュンディア神殿が建つ。斷崖の上から、輝く紺碧の海が見える。

■リンドス 賢者と藝術家のポリス
リンドスに、紀元前7世紀、七賢人の一人、僭主クレオブゥロスが生まれた。クレオブゥロスは、「節度が最善である。幸運に恵まれても傲慢であってはならない。逆境に陥っても卑屈になってはならない。」と言った。ギリシア七賢人とは、ミレトスの人タレス、ミュティレネの人ピッタコス、プリエネの人ビアス、アテナイ人ソロン、リンドスの人クレオブゥロス、ケナイの人ミュソン、スパルタの人キロンである。(cf.プラトン『プロタゴラス』)
彫刻家ピュトクリトスが、紀元前3-2世紀、リンドスの工房で創作活動をした。紀元前190年ロドス島の人々は、セレウコス朝アンティオコス3世に対する勝利を祝して、サモトラケ島に、空から舟の舳先に降り立った勝利の女神、翼を持ったニケの像を建てた。このニケはピュトクリトスの作品である。

■ラオコーン群像
リンドスの三人の彫刻家ハゲサンドロス、ポリュドロス、アタノドロス
ヴァティカン宮殿ベルヴェデーレの中庭に置かれている、ラオコーン群像は、紀元前3-2世紀リンドスの三人の彫刻家ハゲサンドロス、ポリュドロス、アタノドロスによってリンドスの工房で作られた。ティトゥス帝(79-81)の宮殿に置かれていた。ペルガモン王國のために作られ、ローマ人によってローマに運ばれた、ヘレニズム彫刻の傑作である。ラオコーン像は、ルネサンス時代1506年1月14日、エスクィリーノの丘から発見された。ミケランジェロはこの作品を見て霊感を受けた。

■イアリュソスの丘
トリアンダの村から、フィレリモス山に上ると、大きなくぬぎの木が枝を広げ木陰をつくる広場がある。糸杉の並木道で囲まれた石段の坂を上ると、頂上に、イアリュソスのアクロポリスがある。紀元前三世紀のアテナ神殿礎石があり、パナギア・フィレリモス教会、ブーゲンビリアの花に覆われた回廊、聖ヨハネ騎士団の修道院がある。付近にミュケナイ時代の円形墳墓がある。紀元前1200年、ミュケナイ王國崩壊、王宮が炎上した時、ロドスのイアリュソスに移住した、ミュケナイ人の足跡である。
 重層する時間を湛えながら、時は止まる。糸杉の木立に囲まれた回廊は、時が止まった美しい空間である。生きてこの地を歩くことは、至上の歓びである。
 イアリュソスの丘の上、ヨハネ騎士団修道院からフィレリモス山頂きに向かう、美しい並木道がある。木々の幹がきらきらと輝き、松脂が光っている。燦々とひかる樹木の香りに身が包まれる。松の樹液の香りが漂う丘の上の並木道を歩くと、この世にこれほど美しい場所があるのか、夢の中を歩いているように思われる。あるいは前世の記憶が蘇り、前世でこの道を歩いたことを思い出すような氣がする。

■ロドスをめぐる攻防
紀元前323年、アレクサンドロス大王はバビロニアのバビロンで死ぬ。アレクサンドロスは遺書を殘さなかったので、大王死後、広大な帝國の支配權をめぐり、アレクサンドロス帝國の武將たちが抗爭を繰り広げた。だが、或る伝説によれば、大王の遺書はロドスに委託された(cf.シチリアのディオドロス『歴史』)。プトレマイオス、セレウコス、アンティゴノスが、後継者爭いを繰り広げる。ロドスの人々は、ヘレニズム時代、プトレマイオスと同盟を結び、東地中海貿易で榮える。ロドスは、ヘレニズム期、黄金時代を築く。
紀元前305年、アンティゴノス朝マケドニアのアンティゴノス1世(隻眼王モノプタルモス)は、王子デメトリオス攻城王(ポリオルケテス337-283)を派遣して、ロドスの人々と戰爭することを命じた。デメトリオスは、容貌の美しさが優れていたので、彫刻家や画家は作品を完成することができなかった。顔には愛らしさと品位と威厳と甘美が具わり、若さと氣力に加え、英雄的な輝きと王に相応しい重みがあった。だが戰爭以外の時、性格は放縦で獰猛であった。美しい容貌と優れた才能、そして醜い性格を持つ人間の生きた一例である。デメトリオスは、兵器の製作に特異な才能を発揮し、十六層艪船や巨大な攻城具(ヘレポリス)などの機械を製作していた。デメトリオスが製作した機械は巨大かつ巧緻であるのみならず美しかった。このため敵さえもこれを眺めるために時を費やした。デメトリオスは、ロドスの城壁に攻城具をすえつけ包囲。プトレマイオスとの同盟の破棄を迫る。ロドスの人々は勇敢に抗戰。紀元前304年、ロドスの人々は頑強に戰いを継續する。デメトリオスはロドス包囲を斷念、アテナイからの使節の調停により、ロドスの人々と講和条約を結ぶ。(cf.プルタルコス『對比列伝』「デメトリオス伝」)
紀元前302年、第4次ディアドコイ戰爭が起きる。リュシマコス、カッサンドロス、プトレマイオス、セレウコス、對アンティゴノス1世・デメトリオス同盟を締結する。紀元前301年8月イプソスの戰いにおいて、アンティゴノス1世、デメトリオス父子は破れ、アンティゴノス1世は敗死。セレウコス・リュシマコス連合軍が勝利する。リュシマコス、カッサンドロス、プトレマイオス、セレウコスの四王國成立。アレクサンドロス帝國の分割が行なわれる。
このようにして、ロドスは、プトレマイオス朝エジプトの庇護の下、紀元前168年までエーゲ海に君臨する。ロドスの黄金時代である。
★参考文献
Herrman Diels,Walter “Kranz Die Fragmente der Vorsokratiker” 3 Bande,Berlin, 1953
内山勝利編『ソクラテス以前哲学者断片集』全6巻、岩波書店1996-1998
プルタルコス河野與一訳『プルタルコス英雄伝』岩波文庫
プルタルコス『プルタルコス英雄伝』「デメトリオス伝」「カエサル伝」「キケロ伝」「ブルートゥス伝」「ポンペイウス伝」
W.W.ターン角田有智子・中井義明訳『ヘレニズム文明』思索社1987
橋口倫介『十字軍騎士団』講談社学術文庫1994 pp.125-126
周藤芳幸・村田奈々子『ギリシアを知る事典』東京堂出版2000
 11.ロドスとヘレニズム時代の東地中海 pp.204-223
塩野七生『ロードス島攻防記』新潮社1985
ロレンス・ダレル土井亨訳『海のヴィーナスの思い出 ロドス・太陽神の島1945-1947』新評論1999
トゥキュディデス 久保正彰訳『戰史』岩波文庫1966-67
★ロドス島 イアリュソスの丘
★ラオコーン像 騎士団長の館
★ロドス島 イアリュソスの丘
★聖ヨハネ騎士団 騎士団長の館
大久保正雄COPYRIGHT 2002.2.27
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