2020年8月
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2020年8月10日 (月)

「おいしい浮世絵展~北斎 広重 国芳たちが描いた江戸の味わい~」・・・江戸人の味覚

Ukiyoe-moriart-2020
Andou-hiroshige-mariko
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』222回

夏の午後、六本木に行く。人影まばらである。資本主義史上、最大のウィルス感染危機に襲われている。人の密集した都市文明は異常であるが、江戸人は、料理茶屋、歌舞伎、花見の宴、料亭の遊宴、都市人の楽しみに耽溺した。今、東京人は人形町「㐂寿司」、銀座「久兵衛」飯倉「野田岩」銀座「てんぷら近藤」に行く。
浮世絵は、有岡城主、荒木村重の遺児、岩佐又兵衛『洛中洛外図屏風』舟木本(1614‐15)が起源とされるが、菱川師宣(1618‐1694)が浮世絵の祖とされ、美人画が江戸人に流行した。
浮世絵の題材は、美人画、役者絵、芝居絵、名所絵、春画、花鳥画、多岐にわたるが、江戸の風俗史に欠かせない食事も、多くの絵師によって描かれたテーマである。
東京、日本橋には今も名店が軒を連ねる。すし・うなぎ・天ぷら・そば、季節に移ろう江戸を代表する料理。描かれた「日本の料理を食する」場面。食を描いた浮世絵の魅力、現代の暮らしにも通じる江戸の食文化、そして四季折々、江戸人が楽しんだ食材と料理法。
葛飾北斎、歌川広重、歌川国芳も、江戸の食事の風景を描いた。
嬉々とした表情で喜んですしを嗜好する女を描いた国芳「縞揃女辨慶 (松の鮨)」、うなぎを手にする女「春の虹蜺」、名絵師が描いた食の場面。
北斎の「北斎漫画」、そばを食する姿を描いた作品がある、満開の桜に宴を楽しむ男女の姿を活写した三代歌川豊国「見立源氏はなの宴」。
「東海道五十三次、鞠子、名物茶店」は「梅若菜、丸子の宿のとろろ汁」芭蕉。安藤広重は、江戸の名店を主題とした「江戸高名會亭盡 両国柳橋 河内屋」、東海道の宿場町の連作「東海道五十三次」には、料理を楽しむ人々がいる。
――
【後藤新平、島村抱月、松井須磨子、与謝野晶子】後藤新平は、125年前1895年、日清戦争帰還兵を似島で3か月で30万人、コレラを検査と隔離によって防疫に成功した。
1918年、島村抱月がスペイン風邪で死去、2カ月後、女優松井須磨子が後追い自殺。与謝野晶子は、子供11人がいたが、1人が学校で感染して、家族全員が感染。スペイン風邪は、世界で5000万人死亡した。(『NationalGeogrephics』)
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
展示作品の一部
葛飾北斎「北斎漫画」
安藤広重「東海道五十三次」「鞠子、名物茶店」
安藤広重「江戸高名會亭盡 両国柳橋 河内屋」
国芳「縞揃女辨慶 (松の鮨)」「春の虹蜺」
三代歌川豊国「見立源氏はなの宴」
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参考文献
「おいしい浮世絵展~北斎 広重 国芳たちが描いた江戸の味わい~」・・・江戸人の味覚
https://bit.ly/3kwMEK0
「The UKIYO-E 2020 ─ 日本三大浮世絵コレクション」・・・浮き世の遊宴と享楽と美女
https://bit.ly/30JCdd2
「大浮世絵展―歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」江戸東京博物館・・・謎の絵師写楽、画狂老人卍
https://bit.ly/35ywoAa
「大浮世絵展」・・・反骨の絵師、歌麿。不朽の名作『名所江戸百景』、奇想の絵師
https://bit.ly/34AB3Bz
「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」東京都美術館・・・世に背を向け道を探求する、孤高の藝術家
https://bit.ly/2BUy4rl
「新・北斎展」森アーツセンターギャラリー・・・悪霊調伏する空海、『弘法大師修法図』
https://bit.ly/2HAZJ5y 
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「おいしい浮世絵展~北斎 広重 国芳たちが描いた江戸の味わい~」
六本木ヒルズ52階、森アーツセンターギャラリーにて
2020年7月15日(水)~9月13日(日)〈事前予約制〉

2020年8月 1日 (土)

STARS展、現代美術のスターたち、森美術館 ・・・資本主義史上最大の感染爆発、混迷する人類、救済する智慧はどこにあるか

Stars-2020
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第221回
夏の午後、六本木ヒルズ、森美術館に行く。
【神の怒り】人類史をみると人の密集した都市文明は異常である*。神々は、カネと地位に執着する人間たちに天罰を下す。
人格なき学識(Knowledge without Character)、道徳なき商業(Commerce wihtout Morality)、人間性なき科学(Science without Humanity)は人間を滅ぼす。「マスコミは無知な大衆をだますことが仕事である」TV局社長。文明は死を超えて、利益を追求する。BC8000年、農耕牧畜が始まり、人獣共通感染症が出現。家鴨と豚を一緒に飼うことによって出現した。森林を伐採して農地を作り、そこに大量の肥料をまき文明が栄えた。BC4000年シュメールに都市文明が誕生、階級社会が生まれ、宗教と藝術と学問が生まれた。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
――
時間の庭のひとりごと
100年に一度の感染爆発の危機にあって、現代美術のスターたちは、大衆をだます詐欺師か、天から舞い降りた創造者か。
私は、ひとり糸杉の森で、天災人災を調伏するため、大日如来、愛染明王に祈りをささげ、真言を唱える。
杉本博司《時間の庭のひとりごと》2020年は、人の少ない海と森のなかで人間が生きることの意味を考えさせる。杉本博司72歳の映像作品。
地球上で起こるすべての環境破壊は、人間の欲望によって生まれた。近代資本主義が築いた文明が無に帰すとき、人間が理想とすべき、生きかたの形、偉大な人類の精神が現れる。
アクロポリスのパルテノン神殿は、古代人の理想を刻む。現代人は、古代文化の精神に思いを馳せ憧れる。廃墟になっても美しい、人の心を打つ藝術を創造することが、真の藝術家の使命である。
現代美術のスターたちは、大衆をだます詐欺師か、天から舞い降りた創造者か。
【如意輪観音菩薩】「真実を語る人は黙殺される。虚偽を語り、人をだます者が尊重される鬼畜競争社会」「天から降りた天人はこの世の守銭奴に苦しめられる」「六道輪廻、天人は、餓鬼道の人間に虐められる。天人は、如意輪観音に救われる。六観音の教え。大報恩寺」
人生で、よい師と出逢うことは、重要なことだ。しかし、よき師に出逢うことは困難である。求めて出逢うことは、まれである。【ミケランジェロとロレンツォ】1489年メディチ家ロレンツォがギルランダイオを介して、ミケランジャロと出会う。1490年から1492年メディチ家が創設したプラトン・アカデミーに参加。ミケランジェロ藝術の原点。
【本質をみる学問】古代ギリシアの学問は、現象を捉えるだけの表面的な学問でなく根本的に知性を磨き教養を養い、精神的な価値を考えさせる学問。パルメニデス、ヘラクレイトス、エンペドクレス、ソクラテス、プラトン。哲学者の思想の回廊に刻まれた美しい日々。プラトン哲学の奥義を究めた。
【人口削減計画】ゼウスは、増え過ぎた人口を調節するためにテミスと試案を重ね、大戦を起こして人類の大半を死に至らしめる決意をした。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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展示作品の一部
杉本博司《時間に庭のひとりごと》2020年、映像作品
杉本博司《シロクマ》1976年
村上 隆《Ko²ちゃん(プロジェクトKo²)》1997年
奈良美智《Voyage of the Moon (Resting Moon) / Voyage of the Moon》2006年
李禹煥《関係項》1969/1982年
草間弥生《ピンクボート》1992
宮島達男《Sea of Time '98》1998年
――
参考文献
【人口削減計画】ゼウスは、増え過ぎた人口を調節するためにテミスと試案を重ね、大戦を起こして人類の大半を死に至らしめる決意をした。
https://bit.ly/2XoaNcd
感染爆発、帝国と都市国家の戦い。この世の果てを超えて、旅する詩人・・・「時の関節が外れた」シェイクスピア
https://bit.ly/2XoaNcd
世界の果てへの旅:The World's End ・・・理念を探求する旅人
https://bit.ly/2WylxmE
ウィルスと人類の戦い・・・感染爆発の歴史、アテネのペリクレス、ルネサンス、厩戸皇子 、盧舎那仏
https://bit.ly/2z32Orl
「愛染明王像」康円作、鎌倉時代13世紀。京都神護寺から東京国立博物館に寄託。
「大日如来坐像」運慶作、鎌倉時代12世紀、栃木、光得寺
「密教彫刻の世界」東京国立博物館・・・愛染明王、金剛薩埵の化身
https://bit.ly/2WNIoNt

STARS展、現代美術のスターたち、森美術館 ・・・資本主義史上最大の感染爆発、混迷する人類、救済する智慧はどこにあるか
https://bit.ly/30g3TY4
――
ガンジー『魂のことば』『七つの社会的罪』(Seven Social Sins)
理念なき政治(Politics without Principles)
労働なき富(Wealth without Work)
良心なき快楽(Pleasure without Conscience)
人格なき学識(Knowledge without Character)
道徳なき商業(Commerce wihtout Morality)
人間性なき科学(Science without Humanity)
献身なき信仰(Worship without Sacrifice)
(長谷川真理子)「人類史でみると人の密集した都市文明は異常である」
――
STARS展、現代美術のスターたち、日本から世界へ、森美術館、2020.7.31(金)~ 2021.1.3(日)
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/stars/

2020年7月26日 (日)

「The UKIYO-E 2020 ─ 日本三大浮世絵コレクション」・・・浮き世の遊宴と快楽と美女

Ukiyoe2020-1   
Utagawakuniyoshi-sanukiinkenzoku-1851
夏の森を歩いて、美術館に行く。浮世絵は、浮き世の遊宴と快楽と美女から生まれた。憂き世の憂いを忘れ、遊宴、劇場、歌舞伎役者、有名な英雄、有名な美女を愉しむ、江戸人の享楽。
菱川師宣「見返り美人図」1693から歌川国芳「讃岐院眷属をして為朝を救ふ図」1851まで。歌川国芳(1798-1861)は、幕末の混沌のなかで、英雄の武勇を表現した。
【浮世絵と美人画】菱川師宣から始まる浮世絵は、錦絵創始期の第一人者鈴木春信、「春章一幅値千金」と謳われた勝川春章の肉筆画、八頭身美人の江戸のヴィーナスと呼ばれる鳥居清長、青楼の絵師と謳われた喜多川歌麿へと展開した、5人の絵師。美人画の歴史である。
【浮世絵の黄金時代】18世紀末、19世紀、浮世絵は黄金時代を極める。熾烈な競争と幕府の弾圧と我身の運命と戦う浮世絵師。歌麿、写楽、北斎、広重、国芳、5人の絵師は、波瀾のなかで偉大な作品を残した。歌川国芳(1798-1861)は、幕末の混沌のなかで、英雄の武勇を表現した。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
【美人画の系譜】浮世絵の祖・菱川師宣から、鈴木春信、勝川春章、鳥居清長、喜多川歌麿、17世紀から19世紀
菱川師宣(1618-1694)、安房国 (千葉県) の縫箔を家業とする家に生れる。寛文年間 (1661~73) 、画家を志して江戸に出てから死没 (元禄7(1694).6.4、77歳) まで。菱川派の祖としてその配下の画工たちと,絵本、挿絵本、一枚絵の組物といった版画作品 (好色本)、遊楽の場面を描いた肉筆画を精力的に制作した。墨摺絵(万治年間 (1658~61)と呼ばれる墨一色の世界に、明暦の大火 (57) 以後、江戸庶民の生活、風俗を表現。美人のタイプは「菱川様の吾妻おもかげ」と呼ばれ、普及した。浮世絵の元祖。主要作品、版画『伽羅枕』 (1661~73)、『秘戯図』、肉筆画では『北楼及演劇図巻』 (1672~89,東京国立博物館) 、『見返り美人図』 (1693頃、東京国立博物館) 。76歳で死す。
五大、美人画絵師
鈴木春信(1725-1770)、錦絵の創始者。浮世絵師としての活動はわずか10年。江戸時代中期の浮世絵師であり、錦絵(多色摺木版画)の誕生に大きく寄与した。明和2 (1765) 年鈴木春信らが多色摺木版画である錦絵を創始し、浮世絵の黄金時代を迎える。人形のように華奢な春信美人は一世を風靡。45歳で死す。
勝川春章(1726-1792)、江戸中期、「春章一幅値千金」と謳われた勝川春章の肉筆画で有名である。葛飾北斎は、【春朗期(20~35歳)】勝川派として活動する。春章は、68歳で死す。
鳥居清長(1752-1815)、63歳で死す。江戸時代後期、鳥居清満の門人となり師没後に鳥居家4代目を襲名。美人画に転じて清長風と呼ばれる八頭身、長身で端麗な美人を描き、群像表現、風景との組合せ、天明期 (81~88) の浮世絵界で活躍。代表作『当世遊里美人合』『風俗東之錦』『美南見十二候』、三大揃物。
喜多川歌麿(1753-1806)は、反骨の絵師、寛政の改革の弾圧に抵抗、52歳まで描きつづけ、54歳で死す。
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展示作品の一部
史上初の3点同時出品となる鈴木春重(後の司馬江漢)「雪月花」
世界に唯一現存するとされる東洲斎写楽「曾我五郎と御所五郎丸」(重要美術品)
葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」横大判錦絵、天保元~4年(1830-1833)頃
太田記念美術館
東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」大判錦絵、寛政6年(1794)5月、日本浮世絵博物館
石川豊信「花下美人」重要文化財 大々判漆絵、延享期(1744-1748)、平木浮世絵財団
葛飾北斎「富岳三十六景」神奈川沖浪裏
安藤広重「名所江戸百景」深川万年橋
歌川国芳「人をばかにした人だ」大判錦絵、弘化4年(1847)頃、日本浮世絵博物館
歌川国芳「讃岐院眷属をして為朝を救ふ図」 1951
歌川国芳「相馬の古内裏」
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参考文献
「The UKIYO-E 2020 ─ 日本三大浮世絵コレクション」・・・浮き世の遊宴と快楽と美女
https://bit.ly/30JCdd2 
「大浮世絵展―歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」江戸東京博物館・・・謎の絵師写楽、画狂老人卍
https://bit.ly/35ywoAa
「大浮世絵展」・・・反骨の絵師、歌麿。不朽の名作『名所江戸百景』、奇想の絵師
https://bit.ly/34AB3Bz
「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」東京都美術館・・・世に背を向け道を探求する、孤高の藝術家
https://bit.ly/2BUy4rl
「新・北斎展」森アーツセンターギャラリー・・・悪霊調伏する空海、『弘法大師修法図』
https://bit.ly/2HAZJ5y 
――
鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎、歌川広重、歌川国芳まで、浮世絵の歴史を網羅する総勢約60名の絵師たちの代表作、450点。
浮世絵は、江戸時代の庶民たちに愛好された、日本を代表する芸術の一ジャンルです。その人気は海を渡り、印象派の画家をはじめとする欧米のアーティストたちに大きな影響を与え、ジャポニスム旋風を巻き起こしたことはよく知られています。また、葛飾北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」は、世界で最も有名な日本の絵として、多くの人々に愛されています。
本展覧会は、質、量ともに日本の三大浮世絵コレクションと言っても過言ではない太田記念美術館、日本浮世絵博物館、平木浮世絵財団の名品をはじめて結集し、選りすぐった約450点の浮世絵版画を展示します。浮世絵版画の名品は海外に流出したと言われることもありますが、実は日本国内に世界最高水準の浮世絵コレクションが存在するのです。浮世絵の初期から幕末まで、代表的な浮世絵師たちによる名品の数々をお楽しみください。
https://www.tobikan.jp/exhibition/2020_ukiyoe.html
――
「The UKIYO-E 2020 ─ 日本三大浮世絵コレクション」東京都美術館、7月23日—9月22日
前期展示:7月23日(木・祝)~8月23日(日)
後期展示:8月25日(火)~9月22日(火・祝)

2020年7月15日 (水)

織田信長の苦悩、信長と道三、復讐の嵐。連動する美濃と尾張、帰蝶と絶世の美女、生駒吉乃

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大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第219回
【復讐する偉大な王】アレクサンドロス大王、クレオパトラ7世、弟プトレマイオス14世を暗殺。プロイセンのフリードリッヒ大王、織田信長、偉大な人生は、復讐から始まる。絶望に立ち向かう。絶望を超えて、復讐を果たし、天の仕事を成し遂げる。
「この世は舞台であり、人は役者にすぎぬ」『お気に召すまま』
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
【天人午睡 :世界の果てへの旅】
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
はちみつ色の夕暮れ、黄昏の丘、黄昏の森を歩き、夕暮れのアポロン神殿に行く。糸杉の丘、仏陀の智慧が覚醒する。奇想の画家、若冲は「千歳、具眼の士をまつ」といった。
天人はこの世に舞い降りて、餓鬼道の者に嫉妬され虐げられることがある。如意輪観音菩薩は、この世に生きる天人を救う。
美しい魂は、輝く天の仕事をなす。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
――
1、
【織田信長と斉藤道三、復讐の嵐】尾張守護代織田彦五郎の家老坂井大膳が守護斯波義統を暗殺。義統の嫡男義銀が織田信長を頼る。信長の叔父信光が彦五郎を暗殺。親信長派の斎藤孫四郎・喜平次が勢いづく。反信長派の斎藤高政が孫四郎・喜平次を暗殺。斎藤道三と高政、全面戦争へ。孫四郎様と喜平次様の亡骸を確認して悲嘆、そして狂乱する斉藤道三。
【斉藤道三と斎藤高政の戦い】
斎藤道三に反旗を翻した後、斎藤高政は一時期「范可」と名乗る。これは中国の故事で父親殺しを行った人物の名に因んだもの。逆に言えば、高政は道三を実の父親だと認識していた。長良川の戦い、弘治2年(1556年)4月、道三、死去。
【斉藤道三の最後】孫四郎と喜平次の亡骸を確認して、悲嘆し、そして狂乱する道三、リア王。リア王は生来の気性の荒さと老いからくる耄碌で、2人の娘の腹の底を見抜けず、裏切られ、悲嘆と狂乱のうちに哀れな最期を遂げる。
道三の状況とよく似ている。「麒麟がくる」
――
2、
【織田信長の逆境、連動する尾張と美濃】長良川の戦い、弘治2年(1556年)4月、斎藤道三が自身の嫡男・義龍との戦に敗れて死去。織田信勝は林秀貞・林通具・柴田勝家らを味方につけて信長に対して挙兵。8月24日、稲生で柴田勝家が敗れ、次いで林通具が討死(稲生の戦い)。信長、報復を果たす。弘治3年(1557年)弟信勝、信長を殺害しにくる。信長、返り討ち。
――
3、
【織田信長の妻。帰蝶、生駒吉乃】
帰蝶は、ただの政略結婚。帰蝶は斉藤龍興と対立、斉藤道三は龍興に敗れ、闇に消える。
【絶世の美女、生駒吉乃】吉乃の子。信忠(1557-82)26歳で非業の死。徳姫(1559-1636)は松平信康に嫁ぐ。76歳で死ぬ。織田信雄(1558-1630)は徳川家康とともに豊臣秀吉と戦う。信雄72歳で死す、信長の血を残す。
【織田信長3人の妻:帰蝶、生駒吉乃、お鍋の方】道三の娘、帰蝶、奇蝶・濃姫、行方不明。生駒家宗の娘、生駒吉乃(1527-1566)、信忠・信雄・徳姫。お鍋の方、側室、七男の信高と八男の信吉、娘・於振の母。近江の豪族・高畑源十郎の娘。本能寺の後、いち早く岐阜城へ戻り、信長の遺品を「龍興申さるゝは、信長は、故道三の聟なれば、信長妻の爲には姪なれば、其妻死後に遺し難し」
【織田信忠】信長の長男。母は側室の生駒吉乃。信長の後継者として、甲斐武田家を滅ぼした甲州征伐(1582年)では織田軍の総大将を務めた。
【蝮の道三の娘、帰蝶、奇蝶・濃姫】美濃国の戦国大名、守護代、斎藤道三(利政)と正室である小見の方の唯一の子、政略結婚で尾張国の織田信長に嫁ぐ。信長の正室であるが『信長公記』にその名は無く、後半生の逸話が極めて少ない。早くから死別、或いは離縁されたとの説が立つ。謎の人生
【蝮の道三の娘、帰蝶、奇蝶・濃姫】斎藤道三(利政)は、稲葉山城を斎藤義龍(高政)に譲って出家、再び道三と号して鷺山城に退く。翌年、この城から古渡城の織田信長のもとに嫁いだため、鷺山殿とも呼ばれた。江戸時代に成立した「美濃国諸旧記」では帰蝶、歸蝶、奇蝶、「武功夜話」では胡蝶。
【織田信長13人の子、政権争い】清州会議
――
4、尾張と美濃、連動する戦い
【道三と高政、美濃を二分する戦い、高政と帰蝶、敵対】斉藤道三、大桑城から出陣、明智軍、明智城から出陣、鶴山に集結。稲葉山城の高政、岩倉城の織田信賢と内通、さらに今川義元と内通。清州城の織田信長、織田信賢と敵対。【桶狭間の戦い】信長と義元の戦いに発展する。
――
参考文献
織田信長、本能寺の変、孤高の城、安土城、信長の価値観
https://bit.ly/39FAMQc
織田信長、元亀の争乱。武田信玄の死。絶世の美女、生駒吉乃
https://bit.ly/2oacbQH
織田信長、第六天魔王、戦いと茶会・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/3gqTr5n
織田信長、茶を愛好、本能寺の変、天下布武、天下の三肩衝・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/2R1G0fU
織田信長、信長包囲網との戦い、八つの戦い、比叡山、天下一の名城、安土城
https://bit.ly/2FkeiJX
織田信長、天下布武、知的で革命的。既存の階級社会、価値観を否定・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/2MP00UY

2020年7月 3日 (金)

特別展「きもの KIMONO」・・・織田信長の陣羽織「黒鳥毛揚羽蝶模様」、戦国一の美女と落城

Kimono2020
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第218回
深緑の森を歩いて、博物館に行く。「人間、衣裳を剥ぎとれば、おまえのように、あわれな裸の二本足の動物にすぎぬ」『リア王』。時の関節が外れた、価値体系の崩壊した混沌の時代、王は王の衣装を身につけ、貴族は官僚の衣装を身につけ、武人は甲冑を身につけ、詐欺師の司祭は僧衣を身につけた。衣装は階級社会の象徴である。
16世紀、安土桃山時代、武将たちは、旗幟鮮明にし、権謀術数を尽くして都市と都市が戦う、階級闘争、下剋上の時代。エリザベス朝演劇のように、復讐が繰り広げられた。正義を奪う者に対する復讐、『ハムレット』『テンペスト』、復讐劇に彩られた世界。織田信長の弟、信勝は、なぜ、信長を2度、殺しにきたのか。
――
【バロックと戦国】織田信長は、戦場で揚羽模様の陣羽織を纏って指揮した。信長は、西洋甲冑を着て、世界制覇を狙うイエズス会士フランシスコ・カブラルと対峙。宣教師から武器調達、タイ製弾丸。1563年ルイス・フロイス来日、1571年レパントの海戦、1575年長篠の戦、石山本願寺戦争1570-80、「宣教師の征服計画」秀吉、グネツキ・オルガンティノ、高山右近説得(聖イグナシオ洞窟教会)、国友の火縄銃、石山戦争終結。「われは神である」信長、1582年本能寺の変。
1598年9月13日、ハプスブルグ帝国フェリペ2世の死後、5日後に、秀吉は死ぬ。
――
【思想家のことば 孔雀のプライド】孔雀は、人前でその美しい尾羽根を隠す。これは、孔雀の矜持と呼ばれる。孔雀のような動物でもそうなのだから、わたしたちは人間として、一層の慎みと矜持を持つべきである。『善悪の彼岸』
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戦国の美しい姫は、政略結婚の道具に過ぎない、天下人に嫁ぎ、戦乱の狭間に散る、城とともに死す。
【織田信長、絶世の美女、生駒吉乃】信長の嫡男、信忠、五徳、信雄を生む。信忠、本能寺の変で二条城にて自刃。徳姫、家康の嫡男、松平信康に嫁ぐ、信康死に、76歳まで生きる。織田信雄は徳川家康とともに豊臣秀吉と戦う。信雄72歳で死す、信長の血を残す。
【信長の妹、戦国一の美貌、お市】美女の娘は美女、浅井三姉妹、茶々(淀)、初、江。豊臣秀吉の寵愛を受けた淀、京極高次の正室・初、徳川秀忠の正室・江。大坂夏の陣1615年(慶長20年)で、淀君と豊臣秀頼は、大阪城炎上とともに死ぬ。
【千姫、家康の孫、政略結婚】秀忠の正室・江の娘。千姫は、家康の命で、7歳で豊臣秀頼に嫁入り。夏の陣で、祖父、家康の命令で救出される。
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【千姫、本多忠刻に2度目の嫁入り】江戸に送り届けられる途中、七里の渡し船中で、桑名城主本多忠刻に一目惚れ、家康が千姫の気持ちを汲んで本多忠刻と結婚。翌年、元和3年(1617)本多忠政が姫路城主となり、千姫には10万石の化粧料が与えられ、 姫路城西の丸御殿で幸福な日々を過ごす。長男の幸千代はわずか3歳で病没、さらに夫の忠刻もその数年後病で世を去り、千姫の二度目の結婚生活わずか11年。この時、千姫は30歳。江戸に戻った千姫は、仏門に入って天樹院と称し、寛文6年(1666)2月、70歳の生涯を終えた。
【姫路城】池田輝政、信長の家臣、池田恒興の二男。織田、豊臣、徳川に仕える。
慶長5年(1600)天下分け目の関ケ原の合戦で軍功をあげ、家康の娘婿でもある池田輝政が播磨一国52万石の大大名となって姫路城主となって築城。池田輝政は大坂城と豊臣恩顧の西国大名に備えるため、家康の支援の下、慶長6年(1601)から姫路城の大改築に着工、慶長14年(1609) 完成。姫路城は城郭建築の技術の粋を結集、五層七階の大天守と三層の小天守が連結した本丸、二の丸、大規模で防備と造形美を兼備した名城。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
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展示作品の一部
陣羽織 黒鳥毛揚羽蝶模様 織田信長所用  安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵
腰から上の部分をすべて山鳥の毛で覆った陣羽織。信長の家紋といわれる揚羽蝶の模様には、山鳥の白い羽毛を一本一本刺しこんだ上で、カッティングを施しています。衿や裾には 南蛮風の襞(ひだ)が施され、外国趣味だった信長の趣向がうかがえます。戦国武将たちは、珍しい素材で突飛な技術を用いて比類ない衣装を誂え、その勇姿を誇示しました。
陣羽織淡茶地獅子模様唐織豊臣秀吉所用 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵
獅子が駆ける姿をいきいきと織り出した唐織で仕立てた陣羽織。衿には戦国武将が好んだヨーロッパ産の猩々緋の羅紗が用いられています。華やかで豪壮な意匠を好んだ秀吉にふさわしい1領です。
重要文化財
縫箔 白練緯地四季草花四替模様 安土桃山時代・16世紀 京都国立博物館蔵
全身を4つに区切った大胆な構成は「四替(よつがわり)」と称され、安土桃山時代を象徴する流行デザインの1つでした。梅模様が春、藤の花房が夏、紅葉が秋、雪持笹が冬を表わします。地を埋め尽くすように、黄緑や紅といった明るい色調の絹糸で刺繡しています。
重要文化財
小袖 黒綸子地波鴛鴦模様 江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵
腰部分を空けて弧を描くような躍動的なデザインが、町方の経済力を背景に寛文期(1661-1673)に流行しました。大胆に孤を描く網干(あぼし)模様は、波のようにデフォルメされ、また筍のようにも見える、遊び心を感じさせるデザインです。
重要文化財
振袖 紅紋縮緬地束熨斗模様 江戸時代・18世紀 京都・友禅史会蔵
熨斗模様(のしもよう)そのものも豪華ですが、熨斗の一筋一筋に施された友禅染の繊細な色挿しは、江戸時代中期における最高の友禅染の技術を駆使しています。
前期展示 4月14日(火)~5月10日(日) 京都・友禅史会蔵
重要文化財 小袖 白綾地秋草模様 尾形光琳筆 江戸時代・18世紀 東京国立博物館蔵
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参考文献
特別展「きもの KIMONO」・・・織田信長の陣羽織「黒鳥毛揚羽蝶模様」、戦国一の美女と落城
https://bit.ly/2NRghXr
織田信長、本能寺の変、孤高の城、安土城、信長の価値観
https://bit.ly/39FAMQc
織田信長、元亀の争乱。武田信玄の死。絶世の美女、生駒吉乃
https://bit.ly/2oacbQH
織田信長、第六天魔王、戦いと茶会・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/3gqTr5n
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日本の美意識を色と模様に表わした「きもの」。その原型である小袖(こそで)は、室町時代後期より、染や刺繡、金銀の摺箔(すりはく)などで模様を表わし、表着(おもてぎ)として花開きました。きものは、現代に至るまで多様に展開しながら成長し続ける日本独自の美の世界を体現しています。
本展では、信長・秀吉・家康・篤姫など歴史上の著名人が着用したきものや、尾形光琳直筆の小袖に加え、狩野秀頼「観楓図屏風」「婦女遊楽図屏風(松浦屏風)」きものが描かれた国宝の絵画作品、 さらに現代デザイナーによるきものなど約300件の作品を一堂に展示。800年以上を生き抜き、今なお新たなファッション・シーンを繰り広げる「きもの」を、現代を生きる日本文化の象徴として展覧し、その過去・現在・未来を見つめる機会とします。
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1987
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特別展「きもの KIMONO」、東京国立博物館 平成館にて、2020年6月30日(火)から8月23日(日)まで

2020年6月27日 (土)

ロンドン・ナショナル・ギャラリー展・・・ルネサンス、ヴェネツィアの放浪画家、マニエリスムの放浪画家

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大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第217回
資本主義史上最大の感染爆発、美術館は閉鎖され、都市封鎖。世界は時の歩みを止めた。
3月8日、ヴェネツィア都市封鎖、3月17日、パリ都市封鎖、3月22日、NY都市封鎖。
感染爆発を止めるか経済活動か、全体主義か自由主義か、自由か死か、人類は解くことのできないディレンマに直面している。
国立西洋美術館は2月27日から閉鎖され、6月18日再開された。ルーヴル美術館は、3月閉鎖、7月6日、再開予定。
ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、ルネサンス美術をイギリスに紹介したことに1つの業績がある。レオナルド工房、ジョバンニ・アンブロージオ・デ・プレディス『岩窟の聖母』1508、はここにある。
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人の密集する文明は異常である。大地の女神からみると、人類は傲慢に繁栄し過ぎた。人のいなくなった都市には、碧空、羊、鹿、鳥、動物が出てくる。 マリー・アントワネットのプチ・トリアノン宮は、300年前の風景が蘇った。
【人口削減計画】ゼウスは、増え過ぎた人口を調節するためにテミスと試案を重ね、大戦を起こして人類の大半を死に至らしめる決意をした。そして、トロイア戦争を起こした。
『キュプリア』によれば,ガイアは、増えすぎた人間の重みに耐えかね,. しかも人間には神 を畏敬する心がまったくなかったため, ゼウスにこの重荷.を軽減してくれるようにと願い出た. ゼウスは同情してまずテーバイ戦争を起こし多数の人間を滅ぼした。
【黒死病、ルネサンス】1348年、フィレンツェで黒死病が流行。『デカメロン』1351。1348から1577年ヴェネツィアまで、イギリス、パリ、6回、感染爆発が起こる。ヨーロッパ全土に黒死病が蔓延。全人口の5割が死亡。1億人。
ヴェネツィアにかかわる2人の、ルネサンスの放浪画家、カルロ・クリヴェリ、マニエリスムの放浪の画家、エル・グレコに、思いを馳せた。
エル・グレコ展・・・天上界と地上界の融合、 「昨夜私は永遠を見た」
https://bit.ly/381zejw
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
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【放浪の奇才、装飾的で妖艶な祭壇画】カルロ・クリヴェリはヤコポ・クリヴェリの息子である。初めはジャコポ・ベリーニ、ヴィヴァリーニ工房、アントニオとバルトロメオ・ヴィヴァリーニ、ヴェネツィアに住むパドヴァ派の兄弟画家に学んだ。画風の特徴は、柔らかく艶麗な人物像、明確なモデリングと精密なディテール、金属的な装飾。パドヴァ派伝統の画風に触れ、アンドレア・マンテーニャの絵画の影響を受ける。
1457年、カルロ・クリヴェリは既婚女性を誘惑したとして、ヴェネツィアで姦通罪の刑期を務めた。
その後ヴェネツィアを去った。その後、彼はヴェネツィアの南にあるプロヴァンシア・ディ・アンコーナの都市で活動する。1487年からアスコリ・ビチェーノに住み、1482年3月25日、受胎告知の祝日、シクストゥス4世からこの都市が自治権を得たのを記念して『受胎告知』を描く。マルケ地方、ダルマチア地方で祭壇画の画家として「多翼祭壇画」を多数描く。1495年、65歳で死す。
Carlo Crivelli 1430-1495| 初期ルネサンス・ヴェネツィア派
Carlo Crivelli | Italian painter | Britannica
https://www.britannica.com/biography/Carlo-Crivelli
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【放浪の画家】エル・グレコEl Greco (1541年—1614年)、クレタ島に生まれ、1567年、ヴェネツィアへ渡航、ティツィアーノ工房で学ぶ。ローマに行く。アレッサンドロ・フェロネーゼ枢機卿の支援を受ける。1577年春、マドリードに渡航。エル・エスコリアル、トレドへ放浪した。ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(1488年~1576年)が仕えた、フェリペ 2世のエル・エスコリアル宮殿(1563年~1584年)の絵画制作のために渡航。フェリペ2世の宮廷画家になれず。『聖衣剥奪』(1577-1579トレド大聖堂)が評価されず。トレドに住み工房を営む。ヘロニマ・デ・ラス・クエバスとの間にホルヘ・マヌエルを残す。73歳で死す。
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★主な展示作品
カルロ・クリヴェッリ「聖エミディウスを伴う受胎告知」1486
エル・グレコ「神殿から商人を追い払うキリスト」1600
クロード・ロラン「海港」1644
レンブラント・ファン・レイン「34歳の自画像」1640年
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《劇場にて(初めてのお出かけ)》 1876-77年 油彩・カンヴァス 65×49.5cm
ヨハネス・フェルメール 《ヴァージナルの前に座る若い女性》 1670-72年頃 油彩・カンヴァス 51.5×45.5cm
フィンセント・ファン・ゴッホ 《ひまわり》 1888年 油彩・カンヴァス 92.1×73cm
クロード・モネ《睡蓮の池》(1899)
ジョゼフ・マロード・ ウィリアム・ターナー《ポリュフェモスを嘲るオデュッセウス》(1829)
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ロンドン・ナショナル・ギャラリー展・・・ルネサンス、ヴェネツィアの放浪画家、マニエリスムの放浪画家
https://bit.ly/3g2iknx
美術館スケジュール2020年・・・旅する哲学者 美への旅
https://bit.ly/2YUimHh
【人口削減計画】ゼウスは、増え過ぎた人口を調節するためにテミスと試案を重ね、大戦を起こして人類の大半を死に至らしめる決意をした。
https://bit.ly/2XoaNcd
感染爆発、帝国と都市国家の戦い。この世の果てを超えて、旅する詩人・・・「時の関節が外れた」シェイクスピア
https://bit.ly/2XoaNcd
世界の果てへの旅:The World's End ・・・理念を探求する旅人
https://bit.ly/2WylxmE
ウィルスと人類の戦い・・・感染爆発の歴史、アテネのペリクレス、ルネサンス、厩戸皇子 、盧舎那仏
https://bit.ly/2z32Orl
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★ロンドン・ナショナル・ギャラリー展、
国立西洋美術館、2020年6月18日~10月18日
国立国際美術館、2020年11月3日(火・祝)~2021年1月31日(日)
https://www.nmwa.go.jp/

2020年6月 2日 (火)

感染爆発、帝国と都市国家の戦い。この世の果てを超えて、旅する詩人・・・「時の関節が外れた」シェイクスピア

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大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第216回
感染爆発に襲われ、都市封鎖、暴力化する世界、階級社会化する世界にあって、死を越えて蘇ることができるのか。邪知暴虐な権力者が現れて、世界帝国が、個人の自由を奪い、都市は隷属化する。旅する思想家のように、運命と戦い理念を探求することができるのか。旅する詩人のように、桃花流水の境地を追求することができるのか。
「世の中は関節が外れている、呪われた悪意よ、それを正すべくおれはこの世に生を受けたのだ」シェイクスピア
【ゼウスは人間を滅亡させる計画を画策】
パンデミック計画、ウィルス学者によりウィルス作成、感染爆発、国家破綻、占領、ワクチンビジネス、ワクチン産業の支配。
人間に与えられた選択は二つ。第1の選択「全体主義の監視と管理か、自由か」、第2の選択「分裂か対決か」。独裁国家か、自由か。
「人間の真の姿がたち現れるのは、運命に敢然と立ち向かう時である」。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
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【独裁者を追放するシステム、アテネ民主政】重装武器をもつ市民が擡頭。BC6C執政官(アルコン)クレイステネスは、貴族と平民の身分差をなくし市民が政治を担うデーモスクラティア(民主政)を開始。独裁者(僭主)が出現することを防止するシステム、オストラキスモス(陶片追放)を創設。
【ペロポネソス戦争と感染爆発】BC480ペルシア戦争に勝利したギリシアは、アテネのデロス同盟とスパルタのペロポネソス同盟、二つの勢力が激突、ペロポネソス戦争(BC431-404)へ発展した。籠城作戦をとったアテネに感染爆発、BC429最高指揮官、ペリクレスが死ぬ。
――
1、
【創造的研究】研究には2種類ある。創造的研究と研究のための研究。高度に普遍的な学問はいくら究めても上には上がある。普遍的な学問は、他との競争に勝っても後世優秀な人に克服される。創造的学問は、他に類がないので究極的秘儀に立ち入る。ある建築家の教え。『旅する思想家』
――
2、
旅する詩人
【李白、旅する詩人(701-762)】李白がはじめて長安にのぼったのは742年。42歳の時。長安で李白は賀知章(659-744)の知遇を得る。賀知章は玄宗皇帝に仕え、詩壇の長老。賀知章は李白の仙人的な人柄を気に入る。「お前の才能はこの世のものではない。まるで天から流されてきた仙人のようだ(謫仙人)」。742年、李白は賀知章の推挙を受けて翰林供奉となる。
【李白、旅する詩人】玄宗皇帝の側近、宦官の高力士と対立。李白が詩で楊貴妃の美しさを前漢の美人、趙飛燕になぞらえる。趙飛燕は前漢の成帝に愛され皇后になるが成帝の崩御後、庶民にまで落ち自殺した。李白は失脚、長安を追われる。744年、李白44歳。宮廷詩人として活躍したのは僅か3年間。長安を去り李白は再び遍歴生活に戻る。*『清平調詞』二
【李白 黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る】古くからの友人(孟浩然)は、西にある黄鶴楼に別れを告げ、花が咲き春の霞が立つ三月、揚州へと長江を下っていった。遠くに見える一そうの舟の帆も青空に消えて、ただ、長江が天の果てまで流れていくのを見るばかりである。
【旅する詩人、孟浩然】(689-740)。湖北省襄陽市の人。青年時代は故郷の鹿門山に隠棲。40歳ごろ長安に出て科挙を受験するが落第。郷里に戻る。一時張九齢の招きで任官するがすぐに官職を辞す。江南地方を放浪して一生を終える。生涯、出世には縁が無かったが、その詩才は高く評価される。王維・李白・張九齢らと交流があり。自然を歌った詩に名作が多い。王維と並んで「王孟」と並び称され、中唐の韋応物、柳宗元と並び王孟韋柳とも称される。『春暁』『洛陽にて袁拾遺を訪ふて遇はず』
【旅する思想家】孔子は、下剋上の嵐を止めるため、魯の君主に抜擢され大司寇に任命されるが、魯国の繁栄を恐れた隣国の斉は美女歌舞団八十人を魯国に贈った。季桓は受納し三日政庁に現れず。紀元前497年孔子、魯国を去る。孔子56歳。14年間、流浪の旅に出る。
――
3、文明の興亡
【ゼウスの計画、トロイア戦争の原因。ゼウスは、増え過ぎた人口を調節するためにテミス(秩序の女神)と試案を重ね、遂に大戦を起こして人類の大半を死に至らしめる決意を固める。】
【トロイア戦争10年目、トロイの海辺で、アカイア軍は疫病に襲われる。オデュッセウスの計略によって木馬が、木馬には兵たちが潜み、トロイに送られる。だが、カッサンドラは危険を予言する】
【ペトラ、ナバテア王国は、なぜ栄えたのか。なぜ滅びたのか。エル・カズネは王の墓なのか。広大な水路、灌漑設備はどう建設されたのか。主産業は葡萄酒。アラブに滅ぼされたのは何故か】
【パルミラ王国は、なぜ、栄えたのか。なぜ、滅びたのか。パルミラ王国、美麗女王ゼノビア女は、何を成し遂げたのか】
【ミケランジェロは、その超越的な技術を何から学んだのか。ミケランジェロは、23歳で卓越した技を発揮し、悪魔の手をもつと呼ばれた】
【織田信長、卓越した情報力】敵の謀を討つ。弟織田信勝の謀反を返り討ち。信長24歳。桶狭間の戦い、二万五千の今川義元を迎え撃つ、織田勢四千。信長27歳。長篠の戦い、武田勝頼の騎馬隊を千挺の鉄砲と馬防柵で撃つ。信長42歳。天正6年、第2次木津川合戦、毛利水軍を巨大船によって迎撃
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4、感染症との戦い、ウィルス研究者たち
武漢ウィルス研究所、石正麗(Shi Zhengli)、博士
武漢ウイルス研究所の副所長、蝙蝠女、石正麗(Shi Zhengli)が再浮上。実験室理論に対する(決定的な)証拠。新型コロナウイルスは、コウモリ起源で絶滅危惧センザンコウが媒介。
Coronavirus, le prove ('definitive') contro la teoria del laboratorio
https://corriere.it/cronache/20_aprile_26/coronavirus-prove-definitive-contro-teoria-laboratorio-7887264c-86f2-11ea-9b77-4fc0668b38e0.shtml

「習近平の弟」武漢ウイルス研究所からの流出を認める
https://youtube.com/watch?v=ZYrBz7yWmOM&feature=share 
【ウィルス利権の元凶、ファウチ】米ファウチ博士、中国武漢のウイルス研究所に資金援助、中国発生説を否定
https://beat-the-corona.tokyo/?p=2562 
新型コロナの危険察知の“コウモリ女”の口を封じた17歳下“美人”上司
https://news.yahoo.co.jp/byline/nishiokashoji/20200511-00177991/
【解説】新型コロナの流出源? 武漢研究所を取り巻く疑惑
https://www.afpbb.com/articles/-/3279139
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リュック・モンタニエ博士
HIV発見の功績でノーベル賞を受賞したリュック・モンタニエ博士が「新型コロナは人工ウイルス」とする論文を発表。そして「人為的な改変は必ず消える」とパンデミックが干渉と共に終わる道筋を表明
https://indeep.jp/coronavirus-is-a-man-made-according-to-luc-montagnier/
1983年に HIV (エイズウイルス)を発見した功績で、2008年にノーベル医学賞を受賞したリュック・モンタニエ博士。同僚の研究者とウイルスの分析を続けた結果、「新型コロナウイルスは人工のウイルスである」と結論付けたことが報じられた。「(ウイルスの)干渉波の影響の中で、ウイルスの中の人為的な配列が排除されていき、結果としてパンデミックは止まる」「自然にある存在は、分子の人為的な改変を一切受け入れない」「エイズのワクチン開発のためのウイルスが流出した」
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Dr.Judy Mikovits.Plandemic
映画「プランデミック」我々の命、自由、健康を支配する計画、パート1:ジュディ・マイコヴィッツ(前編)
https://www.bitchute.com/video/aTSLR86irgBP/
映画「プランデミック」我々の命、自由、健康を支配する計画、パート1:ジュディ・マイコヴィッツ(後編)
https://www.bitchute.com/video/iw1V6Q9Ldrtf/ 
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死神博士、河岡義裕教授、1999年スペイン・インフルエンザ、ウィルス合成、東京大学医科学研究所
あまりにも大胆なウイルス研究を行い、世界中で大論争を巻き起こした。その研究とは、H1N1型インフルエンザ(豚インフルエンザ)ウイルスの遺伝子を改変。
中国武漢で昨年9月に「新型コロナウイルス発生の模擬演習」をしていた!? コロナ騒動3つのポイントと第三次世界大戦勃発への流れを解説!
https://tocana.jp/2020/03/post_147264_entry.html @DailyTocanaさんから

【論説空間】現代によみがえるスペイン風邪ウイルス 塩基配列から ...
http://www.todaishimbun.org/spanishflu20200510/
2020年5月10日 ... ウイルス研究って面白い!」と初めて実感したのは、インフルエンザウイルスの人工 合成系が確立された時である。当時(1999年)、私は北海道大学獣医学研究院の博士 課程に籍を置きつつ、 米国ウイスコンシン大学獣医学部の河岡義裕 ...
エッセイ 2006.WEB.04.ウイルス学者(東京大学感染症国際研究 ...
https://www.jili.or.jp/kuraho/2006/inochi/web04/i_web04.html
河岡義裕先生は、1999年に「リバース・ジェネティックス」という技術で、世界で初めて インフルエンザウイルスを人工的に作り出すことに成功した。 ... ます。20世紀以降だけ でも、3度のパンデミック(世界的大流行)を引き起こしました。1918年から19年にかけて のスペイン風邪では世界中で2000万人が ... 私がウイスコンシン大学にいた1999年、 私たちの研究グループは、世界で初めてインフルエンザウイルスの人工合成に成功しま した。
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参考文献
運命の美人姉妹、クリュタイムネストラ、ヘレネー
トロイア戦争の始まり 失われた『叙事詩の円環』
https://t.co/JjeYXXOypq
https://en.wikipedia.org/wiki/Epic_Cycle
大久保正雄『地中海紀行』第61回トロイア戦争 パリスの審判P29
岡道男『ホメロスにおける伝統の継承と創造』
城江良知「ガイアの嘆願と『イリアス』」
『キュプリア』によれば,ガイアは、増えすぎた人間の重みに耐えかね,. しかも人間には神 を畏敬する心がまったくなかったため, ゼウスにこの重荷.を軽減してくれるようにと願い出た. ゼウスは同情してまずテーバイ戦争を起こし多数の人間を滅ぼした。・
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/68585/1/KJ00004263559
高木登「人間を小宇宙と見るルネサンス的思想-. その1 シェイクスピアに見るこの世の秩序の崩壊.」
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世界の果てへの旅:The World's End ・・・理念を探求する旅人
https://bit.ly/2WylxmE
ウィルスと人類の戦い・・・感染爆発の歴史、アテネのペリクレス、ルネサンス、厩戸皇子 、盧舎那仏
https://bit.ly/2z32Orl

画像、NHK,、Reuters、Guardian

2020年5月 5日 (火)

世界の果てへの旅:The World's End ・・・理念を探求する旅人

2011
Sakurako-20190306
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第215回
【天啓】世界の変革期、14世紀のヨーロッパのように、社会のパラダイムが根底から、崩壊する時。14世紀から16世紀、1348年から1577年まで、黒死病が襲来し、衝撃的な危機が襲来、夥しい人が死に、人口の三分の一が死に、死屍累々と都市に溢れた。
【生命の危機、都市封鎖、愚者の国と賢者の国】賢者の国、危機に立ち向かう、民主主義が出現する。ドイツ、メルケル首相、NZ、アーダーン首相、NY、クオモ知事、台湾、蔡英文、総統のように。愚者の国では、全体主義の独裁者が出現する、ヒトラー総統のように敵を仕立てて大衆を洗脳する。
【憲法は独裁政権を縛るためにある】【独裁者は、過ちを認めず、事実は隠蔽し、誰も責任をとらず、都合の悪い統計は偽装する】悪と戦い、この世に正義を実現するために戦っていく。
――
【この世の終わりの光景】
人はこの世の終わりの光景に、狼狽え、天に祈った。天の啓示であったのか。天は何を啓示するのか。その時、人はなぜ存在するのか、何のために生きるのか。何をするためにこの世にやって来たのか。
【国家と対峙する】人間は否応なく社会システムに組み込まれている。個人がシステムに支配され、自由を奪われ、自立した思考ができなくなることこそ、全体主義だと私は考える。どこにも依存せず自立することは、ほとんど不可能ではあるが、自らのよって立つ根拠、思想の根拠を探求しつづけなければならない。生涯にわたる沙門、探求者と自ら考えた、空海、プラトンのように。生涯にわたる阿修羅と考えた宮澤賢治のように。
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』

【The World's End :世界の果てへの旅】
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
はちみつ色の夕暮れ、黄昏の丘、黄昏の森を歩き、夕暮れのアポロン神殿に行く。糸杉の丘、仏陀の智慧が覚醒する。奇想の画家は「千歳、具眼の士をまつ」といった、時の果てに、秘蔵された美がある。白夜の東欧の孤城に失われた絵画を探し、夕映えのエーゲ海、古代神殿の宝庫に、幻の古代彫刻を求めて彷徨い歩く。秘書が、世界の果てから、世界の果てへやってくる。
天人はこの世に舞い降りて、餓鬼道の者に嫉妬され虐げられることがある。如意輪観音菩薩は、この世に生きる天人を救う。
美しい魂は、輝く天の仕事をなす。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』

【旅する思想家、美への旅】空海は理念を探求して旅した。空海24歳の苦悩は『聾瞽指帰』に刻まれている。空海、プラトン、玄奘三蔵、李白、王羲之、嵯峨天皇、ロレンツォ・デ・メディチ、理念に向かって旅する旅人。理念を追求する人は、この世の闇の彼方に美を求める。
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★参考文献
ウィルスの起源
新型コロナウィルスは、武漢ウイルス研究所の、蝙蝠女、石正麗博士、が人工的に合成した。2015年、論文発表。2019年、流出。

武漢ウイルス研究所の副所長、蝙蝠女、石正麗(Shi Zhengli)が再浮上。実験室理論に対する(決定的な)証拠。新型コロナウイルスは、コウモリ起源で絶滅危惧センザンコウが媒介。
Coronavirus, le prove ('definitive') contro la teoria del laboratorio
https://corriere.it/cronache/20_aprile_26/coronavirus-prove-definitive-contro-teoria-laboratorio-7887264c-86f2-11ea-9b77-4fc0668b38e0.shtml

新型コロナウイルスは、石正麗チームがエイズウイルスと合成か。 | Bookservice.JP -Rinkaku-
https://www.bookservice.jp/2020/02/22/post-41435/
ウイルス発生源、欧米学者が突然変異説:武漢発生源という証拠なし?(遠藤誉) - Y!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20200415-00173491/

HIV発見の功績でノーベル賞を受賞したリュック・モンタニエ博士が「新型コロナは人工ウイルス」とする論文を発表。そして「人為的な改変は必ず消える」とパンデミックが干渉と共に終わる道筋を表明
https://indeep.jp/coronavirus-is-a-man-made-according-to-luc-montagnier/

日本(アジア)の新型コロナ感染者、重症者、死者が欧米よりはるかに少ない理由はHLA
浮上してきたHLA(Human Leukocyte Antigen=ヒト白血球抗原)
https://www.landerblue.co.jp/50000/..
入口 紀男「私も HLA には大きな関心をもっています。また、日本には成人T細胞白血病ウィルスという、縄文時代から存在するウィルスがいて、新型コロナ肺炎のウィルスの天敵になっていないかとも感じています。成人T細胞白血病ウィルスは九州南部と岩手県に多く存在しています。」
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★世界経済崩壊
5月末までに「世界のほとんどの航空会社は倒産する」…各国政府の介入がなければ
https://www.businessinsider.jp/post-210286
2020年4月2日 ... 航空コンサルタント会社のCAPAは、コロナウイルスのパンデミックで、世界の航空会社 の「ほとんど」が5月末までに倒産する可能性があると警告した。アメリカのトランプ 大統領は、航空業界に対して580億ドルを支援すると決めたが、

NY原油初のマイナス、実は合理的な根拠あり - ロイター
https://jp.reuters.com/article/crude-breakingviews-idJPKBN223066
2020年4月20日 ... [ロンドン 20日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 原油価格が文字通り、底割れした。20 日のニューヨーク市場で、米国の原油供給が貯蔵 ... トレーダーがパニックを起こし たため、指標の米国産標準油種(WTI)5月渡しが史上初めてマイナスの水準になった のだ。1つの限月の価格 ... このドキュメントの当コンテンツ
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参考文献
世界の果てへの旅:The World's End ・・・理念を探求する旅人
https://bit.ly/2WylxmE
ウィルスと人類の戦い・・・感染爆発の歴史、アテネのペリクレス、ルネサンス、厩戸皇子 、盧舎那仏
https://bit.ly/2z32Orl
「法隆寺金堂壁画と百済観音」・・・若草伽藍と聖徳太子の謎
https://bit.ly/2R8JNtG 
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★写真 東寺、JR東海 花尻の森、櫻子さん

2020年5月 3日 (日)

ウィルスと人類の戦い・・・感染爆発の歴史、アテネのペリクレス、ルネサンス、厩戸皇子 、盧舎那仏

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大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第214回
【生命の危機、緊急事態、都市封鎖、愚者の国と賢者の国】全体主義の独裁者が出現する国、ヒトラー総統のように敵を仕立てて大衆を洗脳する。危機に立ち向かう、民主主義が出現する国。ドイツ、メルケル首相、NZ、アーダーン首相、NY、クオモ知事、台湾、蔡英文、総統のように。
【国家と対峙する】人間は否応なく社会システムに組み込まれている。個人がシステムに支配され、自由を奪われ、自立した思考ができなくなることこそ、全体主義だと私は考える。どこにも依存せず自立することは、ほとんど不可能ではあるが、自らのよって立つ根拠、思想の根拠を探求しつづけなければならない。生涯にわたる沙門、探求者と自ら考えた、空海、プラトンのように。生涯にわたる阿修羅と考えた宮澤賢治のように。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【〈蘇民将来子孫也〉祇園祭、護符。疫病から守る護符】
【死生学 武塔の神】武塔の神が、嫁を探しに旅をしてきた。泊まる宿を求めた。貧窮の兄と富裕の弟とがあり、富裕な巨旦は意地悪く「うちは貧しいから泊められない」と嘘をついて断った。蘇民は貧しいながら、粟飯の粗末な食事で世話をした。金持ちでうそつきで意地悪の弟、巨旦。貧しい兄、蘇民。再訪した武塔神は、蘇民の娘に「蘇民将来の子孫」と言って茅の輪を付けさせ、厄病から守られるという。蘇民の娘を除いて、皆殺しにした。武塔の神は、美しい者を救う。蘇民将来の伝説。『備後国風土記』(『備後国風土記』逸文(『日本古典文学大系2 風土記』所収・1958・岩波書店)
1、
【人類と感染症の戦い】ペロポネソス戦争。籠城作戦をとる。紀元前429年、最高指揮官ペリクレス、疫病で、66歳で死す。アテネ最盛期、スパルタに敗北した一因。トゥキュディデスは「アテネの疫病」に罹ったが、幸い命を取り留めその経験をもとに大国の戦いを『戦史』に記録する。
原因は、発疹チフス、麻疹、痘瘡、腺ペスト、溶血性連鎖球菌感染、野兎病、ラッサ熱やエボラ出血熱。推定される。
2、
【聖徳太子、死の謎】622年、なぜ聖徳太子=厩戸皇子は49歳で死んだのか。前年、生母、穴穂部間人皇女が死亡。太子の死の前日に妃の膳大郎女が死去。相次いで三人が死ぬ。3人は同じ墓に埋葬された。膳大郎女は、太子の4人の妻のうち最も身分が低い。疫病による病死。唐あるいは新羅からの疫病か。
【法隆寺、釈迦三尊像】聖徳太子が亡くなった翌623年、太子等身の釈迦三尊像を造って安置した。この像に彫られた196文字の銘文は聖徳太子と同時代のものであると推定される。刻まれた「尺寸王身」という記述から、釈迦三尊像が太子本人に生き写しであったと思われる。621年、穴穂部間人皇女が死亡、太子の死の前日に妃の膳大郎女が死去。
【聖徳太子の死】疫病説、膳大郎女との自殺説、暗殺説。議論を呼ぶ暗殺説には、蘇我氏、唐からの暗殺者、中大兄皇子と中臣鎌足、等がある。
3、
【人類と感染症の戦い】
【天平の疫病】首都、平城京でも大量に感染した。735年(天平7年)から737年6月には疫病、天然痘の蔓延によって朝廷が停止される事態となり、政権を担っていた藤原四兄弟、藤原武智麻呂、藤原房前、藤原宇合、藤原麻呂も全員が感染によって病死。原因は遣唐使、遣新羅使。738年(天平10年)1月まで続いた。
【東大寺、盧舎那仏】天平の疫病の後、聖武天皇により、農民に土地の私有を認める「墾田永年私財法」天平15年5月27日(743年6月23日)に発布された勅が施行された。
【盧舎那仏】聖武は仏教への帰依を深め、東大寺および盧舎那仏像の建造を命じ、各地に国分寺を建立。 聖武天皇の発願で天平17年(745年)に制作が開始され、天平勝宝4年(752年)に開眼供養会。妃、光明子、光明皇后の名は、『金光明最勝王経』に由来する。
*天平の疫病。聖武天皇、天平7年735年に九州で発生したのち全国に広がり735年から737年にかけて奈良時代の日本で発生した天然痘の流行。藤原四兄弟(武智麻呂、房前、宇合、麻呂)全員が病死し、政治機能麻痺。当時の日本の総人口の25–35パーセント、100万–150万人が感染により死亡した。
4、
【感染爆発と平安文学、一条天皇は31歳で死す。中宮定子は24歳で死。中宮彰子88歳まで生きる】一条天皇は2人の皇后を持った(一帝二后)、一人の后でが中宮彰子(988-1074)、彼女に仕えたのが清少納言のライバル、紫式部(970頃-1019頃以降)。中宮彰子は、藤原道隆の弟でのちに位人身を極める藤原道長(966-1028)の娘として生まれ、
後一条天皇、後朱雀天皇の2人の帝を産み「国母」と称され、系図上では現在の明仁・徳仁天皇の祖先。
【インフルエンザ肺炎、中宮定子、中宮彰子、一条天皇】彰子の夫である一条天皇は《980-1011》31歳で亡くなり、死因は「咳逆=しわぶき」、インフルエンザ肺炎と伝えられる。清少納言が仕えた「年上の后」中宮定子は《977-1001》24歳で産褥のため亡くなる。
【中宮彰子と藤原道長】
大酒のみの父道隆が995年糖尿病のために42歳で死んだ後、にわかに権力を掌握した道長によって、12歳で「皇后」となっていた彰子は後一条天皇(1008-1036)と後朱雀天皇(1009-1045)を生んだ後、半世紀以上も生きながらえ、米寿まで存命する。
皇后彰子は20-21歳にかけての1008-1009年には、28-29歳だった一条天皇と同衾して子供を作っているが、1011年、一条天皇がインフルエンザに罹患した後は、その感染を免れ、その後63年間生き続ける。
――
5、
【黒死病、1348年から1577年ヨーロッパで感染爆発】1348年~51年の黒死病の大流行は黒海沿岸、ジェノヴァ植民地カッファがモンゴル軍(キプチャク汗国)の包囲を受けた時に感染。モンゴル軍は感染遺体を投擲機で投入。感染爆発。クレタ島でヴェネツィア人が気づく。
【黒死病、中世崩壊、ルネサンス】1348年、フィレンツェで黒死病が流行『デカメロン』1351。1577年ヴェネツィアまで、イギリス、パリ、6回、感染爆発。ヨーロッパ全土に黒死病が蔓延。全人口の5割が死亡。1億人。ローマ教皇庁の権威は崩壊、ルネサンス、近代社会誕生へと至る。『死の舞踏』死神が司祭とダンスする。
【黒死病、ルネサンス、モンゴル帝国】雲南省に侵入したモンゴル軍が、現地のペスト菌に感染した齧歯類(クマネズミ)と、その齧歯類に寄生するノミを他の地域に持ち出すこととなって、ヨーロッパに伝染。 William Hardy McNeill説。
【ローマ教皇庁の権威崩壊、ルネサンスへ】ダンテ『神曲』1321、中世キリスト教世界観に沈殿、階級社会。『死の舞踏』死神が司祭とダンスする。
【1348年~50年の黒死病】1348年~50年の黒死病の大流行は黒海沿岸のジェノヴァ植民地カッファがモンゴル軍(キプチャク汗国)の包囲を受けた時に感染。カッファを出航した12隻の船がシチリアに着き、さらにジェノヴァ、ベネツィア、ピサに到達、そこから北西にフランス、スペイン、イギリス、ドイツ、北欧、1351年にはロシアにまで到達。
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参考文献
「法隆寺金堂壁画と百済観音」・・・若草伽藍と聖徳太子の謎
https://bit.ly/2R8JNtG
岡田晴恵『人類vs感染症』岩波書店
玉木 俊明「14世紀半ば、全欧が怯えた「黒死病」パンデミック」 【連載】ビジネスに効く! 世界史最前線(第43回) JBpress(日本ビジネスプレス)
伊東乾「平安貴族に学ぶパンデミック対策寝殿造りと「ジェンナー以前」の生活の知恵 (JBpress)
東大寺大仏-天平の至宝・・・蓮華蔵世界、蓮の花弁に香る天平文化.
https://bit.ly/2xC6IE4
「国宝 阿修羅展」・・・阿修羅像の謎、光明皇后、天平文化の香り
https://bit.ly/2zKYquU
★写真、Venezia、Reuters,AFP Milano New York Times

2020年4月 9日 (木)

「桜 さくら SAKURA 2020 ―美術館でお花見 ! ―」・・・花の宴

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大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第213回
春の夕暮れ、山種美術館に行く。3月16日、上野で桜が開花し始めたが、感染症の世界的流行の惨事が始まって、不気味な空気である。
菱田春草《桜下美人図》は、美術学校時代の若き日の作品、菱川師宣の面影の残影があり、孤高の藝術家の出発点である。
【花と詩人】理念を追求した人、王羲之、李白、空海、嵯峨天皇、大伴家持、藤原俊成、藤原定家、織田信長。春の兆し、桜を愛で、桃を愛し、神泉苑で、花の宴を催した文人たち。儚い花、儚い香り、儚い夢、儚い愛、愛別離苦の悲しみを歌った詩人たち。この世の苦しみを、花を愛で宴を催し、時を楽しむ。
桜満開の京都をさまよい歩いたある春を思い出す。春爛漫、桜満開の京都の風景は、はるか昔、宇宙のどこかに刻まれている。人間が知り得る知恵は、すべて、宇宙のどこかですでに完成されている、すでに完全な形で書き刻まれているものの似姿、模写にすぎない。プラトン
あの春、私は、桜満開の京都に旅して、仁和寺に宿泊、密教寺院を彷徨い、桜の庭をめぐった。1200年前の時に迷いこむ。東寺、灌頂院、大師堂、醍醐寺、龍安寺、金閣寺、銀閣寺、清水寺、三十三間堂、大徳寺、妙心寺、南禅寺、東福寺、密教寺院と臨済宗の庭。
富と権力の追求が情報を巧みに制御することによって、富と権力を追求し続け、その矛盾が巨大な怨恨と破壊に成長する時、世界の終わりが来ることを知らねばならない。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【嵯峨天皇の花の宴、神泉苑にて】花(桜)を賞翫しながら漢詩を作って遊ぶ典雅な催し、その始まりが嵯峨天皇の神泉苑の詩宴。神泉苑の詩宴は『日本後紀』弘仁三年(812)二月一二日の記事「神泉苑に幸(いでま)す。花樹を覧(みそな)はし文人に命じて詩を賦せしむ」
【大伴家持 春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ乙女】春の園の紅色に咲く桃の花、その下に輝いている道に佇む乙女よ。『万葉集』巻十九、4139 大伴家持、天平勝宝二(750)年三月一日(4月15日)の暮(ゆふべ)に、春の苑の桃李の花を眺矚めて作る二首
【春夜桃李園に宴するの序 李白】それ天地は萬物の逆旅にして 光陰は百代の過客なり 而して浮生は夢の若し 歡を爲すこと幾何ぞ 古人燭を秉りて夜遊ぶ まことに以(ゆえ)
【新古今歌人、西行(佐藤義清)】鳥羽院の北面武士であったが、鳥羽院の女に手をだし、23歳で出家。「高貴な上臈女房と逢瀬をもった」『源平盛衰記』。女は、待賢門院璋子、璋子は、鳥羽上皇の中宮にして白河法皇の愛妾。
西行は、願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ『山家集』(続古今1527)。歌に詠んだ通り、1190年3月31日、陰暦2月16日、釈尊涅槃の日に入寂。73歳。
【醍醐の花見】豊臣秀吉がその最晩年に京都の醍醐寺三宝院裏の山麓において催した花見の宴。秀吉は畿内から700本の桜を植え、三宝院の建物と庭園を造り、盛大な宴を開いた。息子・秀頼、正室・北政所、側室の淀、三の丸など女房衆1300人余りが参加。秀吉61歳。慶長3年
【天下布武】「武とは戈を止めることである(止戈)」「禁暴・戢兵・保大・定功・安民・和衆・豊財(武力行使を禁じ、武器をおさめ、大国を保全し、君主の功業を固め、人民の生活を安定させ、大衆を仲良くさせ、経済を繁栄させる)七徳を備えるべき」『春秋左氏伝』
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【空海と守敏、神泉苑にて、祈雨修法の争い】天長元年(824年)の大干魃の時、祈雨の修法を東寺の弘法大師(空海)に命じて、神泉苑で執り行われた。西寺の守敏僧都が現れ、自からが先に修法を行うと申出る。祈雨の法を争い、空海が勝利した。『今昔物語集』巻十四、『贈大僧正空海和上伝記』
【藤原定家19歳。世上乱逆追討耳に満つと雖も之を注せず。紅旗征戎は吾事に非ず。だが政治中枢に翻弄されていく】定家34歳、健久7年の政変1196。39歳、新古今和歌集選者1201、元久2年(1205)成立。1221年、承久の乱、後鳥羽上皇隠岐追放。
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【ヴィスコンティ『ベニスに死す』1971】1911年コレラ感染に襲われるベニス。訪れた老作曲家は、出会った貴族の血を引く美少年の美の虜となる。病に侵された老作曲家、日々少年の姿を追ってベニスの街を彷徨い、死が迫る。マーラー交響曲第5番第4楽章アダージェット。
【天平の疫病】首都、平城京でも大量に感染した。735年(天平7年)から737年6月には疫病、天然痘の蔓延によって朝廷が停止される事態となり、政権を担っていた藤原四兄弟、藤原武智麻呂、藤原房前、藤原宇合、藤原麻呂も全員が感染によって病死。原因は遣唐使、遣新羅使。738年(天平10年)1月まで続いた。
【東大寺、盧舎那仏像】天平の疫病の後、聖武天皇により、農民に土地の私有を認める「墾田永年私財法」天平15年5月27日(743年6月23日)に発布された勅が施行された。聖武は仏教への帰依を深め、東大寺および盧舎那仏像の建造を命じ、各地に国分寺を建立。
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【理念を探求する精神】理念を追求する精神は、邪知暴虐な権力と戦い、闇の彼方に理想と美を求める。理念の人は、苦難を超えて、輝く天の仕事を成就する。空海、孔子、織田信長、李白、プラトン。即身成仏、仁義礼智、武の七徳、桃花流水杳然去、美の海原の彼方の美のイデア、存在の彼方の善のイデア。
【織田信長】攻撃を一点に集約せよ。臆病者の目には、常に敵が大軍に見える。必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ。器用というのは、世間(他人)の思惑の逆をする者だ。人城を頼らば城人を捨てん。仕事は自分で探して、創り出すものだ。与えられた仕事をやるのは、雑兵だ。
【真実を追求する人と詐欺を追求する人との戦い】政府、専門家会議は、後者を選択。 愚者と狂人が支配する国。知性と戦略なき国家は、滅亡する。【天下布武】「武とは戈を止めることである(止戈)」「禁暴・戢兵・保大・定功・安民・和衆・豊財(武力を禁じ、人民の生活を安定
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東寺・・・春爛漫の京都
https://bit.ly/3aVI9Dy
上村松園と美人画の世界・・・肉体の美と叡智
https://bit.ly/2GXmVru
「法隆寺金堂壁画と百済観音」・・・若草伽藍と聖徳太子の謎
https://bit.ly/2R8JNtG 
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展示作品の一部
橋本雅邦《児島高徳》、 横山大観《山桜》、 菱田春草《桜下美人図》、 松岡映丘《春光春衣》、 小林古径《桜花》、 川端龍子《さくら》、 土田麦僊《大原女》、 奥村土牛《醍醐》、《吉野》、 小茂田青樹《春庭》、 速水御舟《夜桜》、 橋本明治《朝陽桜》
特別展「桜 さくら SAKURA 2020 ―美術館でお花見 ! ―」山種美術館
2020年3月14日(土)~5月10日(日) 4月4日以後、臨時休館。
http://www.yamatane-museum.jp/exh/2020/sakura2020.html

«私たちは運命と戦うために生まれた・・・Rinascerò rinascerai, Roby Facchinetti